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映画「ブレードランナー2049」感想 スピリットは感じる良い続編ではあるんだけど

どうも。

 

 

では、今日は前々から言ってた、これの映画レヴュー、行きましょう。

 

 

 

はい。「ブレードランナー」の35年振りの続編、「ブレードランナー2049」。これのレヴュー、行きましょう。

 

 

35年も前の作品を、その当時のキャストも込みでできるというのは客観的に考えたらすごいことですけど、それだけハリソン・フォードの役者人生の長さの冥利に尽きますね。そして、そんなに長い時間、、ファンを引きつけるだけのオリジナルの作品の強さ。そういうことだと思います。僕は、そこまで大ファンということではないんですけど、やっぱり「エイティーズ」のイメージとして思い出すものの一つだし、イメージを大事にして自分の中でとっておきたい映画の一つであるこちには変わりはありません。楽しみにしていましたよ。

 

では、早速あらすじから行きましょう。

 

 

時は2049年。前作の設定から時が30年流れていました。

 

 

その間、人間にそっくりに作られた人工生命体レプリカントは、人間の作業システムに組み込まれる形で生き延びていましたが、新しいモデルが作られると、古いモデルは新しいモデルから無理やり生命を奪われるシステムとなっていました。

 

 

そんな、古いレプリカントを取り締まる別名「ブレードランナー」の一人として、ロサンゼルス警察勤務のK(ライアン・ゴスリング)は生きていました。

 

 

 

 彼の生活はレプリカントを狩り、家に帰ると、レプリカントの製作者として名高いニアンダー・ウォレス(ジャレッド・レト)が開発したホログラフによる映像上のカノジョ、ジョイがいました。

 

 

 そんな彼はある日、レプリカントのレジスタンス運動家サッパー・モートンを追跡している際に、彼が持っていた所有物を見つけたんですが、これが衝撃を呼びました。

 

 

 それはレプリカントの白骨遺体で、それは妊婦でテイプ切開してる際に亡くなった、と言うものでした。それはある種、タブーな存在でした。なぜなら、レプリカントはあくまで大量複製存在で、人間のような妊娠の形をとることはありえないとされていたからです。

 

 

 

 Kはそれを秘密にするよう警察の上司ジョシ警部(ロビン・ライト)に命令されます。

 

 

 

 ただ、その一方で、ウォレスは、その死の妊娠で生まれた子供を見つけ出したいと思い、部下の女レプリマント、ラヴに手を回させもします。

 

 

 

 Kはこの捜査の過程で、この遺体のレプリカントが、前作でデッカード刑事(ハリソン・フォード)と恋に落ちたレプリカント、レイチェル(ショーン・ヤング)であったことを発見します。Kはデッカードをなんとか見つけ出そうとしますが・・。

 

 

・・と、ここまでにしておきましょう。

 

これはですね

 

 

 前作「メッセージ」が大好評で前回のオスカーでも多数ノミネートされたカナダの若き名監督ですね、ドゥニ・ヴィルヌーヴが監督を手掛けたことで話題ですね。

 

 僕はこの人、そういうSFものを手がける以前に「灼熱の魂」とか「ボーダーライン」と言った人間ドラマでむしろすごく好みの監督だったんですけど、今回の映画はそういう彼の良さがすごく出ていますね。脚本のプロットラインがすごく凝ってて、しかもそれが、82年版の前作のおいしいエッセンスをちゃんとくんで話を作ってあるのに好感が持てました。

 

 

 一つにはやはり、「高度に進み過ぎた人間の合理性の潜む恐怖」ですね。これに関しては、リドリー・スコットの手掛けた前作より丁寧に描けている気がしました。前作って、「用無しになって命を奪われるものの哀しさ」に関してはルトガー・ハウアーやダリル・ハンナを主体にうまく描けていたと思うんですけど、追い詰める側の醜さに関しては、こないだ見返して改めて思ったんですけど、案外薄いんですね。今回は両方の側の立場がうまく描かれていたと思います。

 

 

 そして二つ目はやはり

 

 

 デッカードとレイチェルの愛の復活ですね。これがしっかり描かれ、それこそが今回のストーリーの軸としてしっかり生きていたのが良かったです。これは人間とレプリカントの愛なのか。もしくはレプリカント同士の愛なのか。それは見る人に目に委ねるしかない領域なんですが、それが何の場合にせよ。愛の形は変わらない。そのメッセージが、今回の続編のスピリットとしてしっかり通じているように思えましたね。

 

 

 あとヴィルヌーヴで言えば、演技の配役的にも良かったですね。ライアン・ゴスリングの不器用で孤独で何かに彷徨っている姿といい、今やクセものの役をやらせたら欲しい存在になっているジャレッド・レトといい、どうも「ハウス・オブ・カード」や「ワンダーウーマン」以来、貫禄ある女性像が板についてるロビン・ライトとか。こういうとこの配役はうまいと思いましたね。

 

 あと、未来都市の浮遊感ね。今回、あの小型飛行船がポカンと浮くのが3Dになってるから、そこはなおのことでしたね。

 

 

 という風に、監督自身の「ブレードランナー」という作品に対する解釈や愛情はしっかり伝わる作品にはなってはいるのです

 

 

 が!!

 

 ごめんなさい。正直、こうも思ってしまいました。

 

 

 これ、見た人の記憶にいつまでも残る作品かなあ〜。

 

 

 そう思うポイントを挙げておきましょう。

 

 これ、さっきも言うように、話自体は前作よりもずっと入り組んでいて、凝った作りにはなっているんですが、

 

 それでも160分というのは長すぎるし、簡潔さに欠けるんじゃないの・・

 

 話は確かに深くなっているんです。でも、そのために覚えにくい話にもなっているんですね。分かりやすいインパクトに欠けるんですよね。

 

 それから、ここが一番違和感あったかな。映像、確かにテクニカルには優れてはいたんですけど

 

 いつまでも印象に残るような未来都市の絵柄のオリジナリティが少ない

 

 ここがなあ〜。それでこそオリジナルは映画史に残ったんだけどなあ。

 

 

 強いて挙げればジョイのこれくらいですね。これだって前作のビルに映った芸者さんとか、ああいうのと比べてしまうと、やっぱり物足りないんですよね。

 

あと、女優さんでいうと

 

 

 

 

やっぱ、ダリル・ハンナのプリス、そしてそして、ショーン・ヤング演じたレイチェルのこうしたショットには全然及んでないんですよねえ。ズバリ今回は、ジョイ役を演じた女優さんのインパクトが弱かった。アナ・デ・アルマスという人みたいなんですが、なんで彼女を起用しないといけなかったのかは今ひとつ判らなかったですね。

 

 

 あとサントラもですね。前作のヴァンゲリスのシンセのインストに匹敵するようなものがなかった。そこも物足りなかったですね。

 

 

 あとですね。僕、今回、どうしてもこれと比較しちゃったんだよなあ。

 

 

 

 やっぱ、「マッドマックス怒りのデスロード」ですよねえ・・。この復活作が持つ狂気の表現力と、オリジナルを作ったジョージ・ミラーの異様なまでの才能の爆発ですよねえ。なんか「人間の想像力の底力とかほとばしり」みたいな、創作者の業みたいなものさえ感じてしまったこれに比べると、ヴィルヌーヴ版のマッドマックスはいささかスマートすぎるんですよね。一緒にしてはいけないのかもしれないけど、でも、同時に「フォースの覚醒」のフレッシュさとオリジナルの持ってた輝きの直感的なツカ味ですね。そういうのが非常に分かりやすかったのに比べると、ちょっとじっくり見ないとよく分からないとこでも損をしてますね。

 

 

 なんとなくですけど、「評判はいいけど、興行が今回今ひとつ・・」なのはなんかわかるような気がします。

 

 

author:沢田太陽, category:映画レビュー, 10:19
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映画「mother!」感想  良くも悪くも、これがアロノフスキー

どうも。

 

 

では、今日は映画レヴュー行きましょう。これです!

 

 

 

ダーレン・アロノフスキー監督、ジェニファー・ローレンス主演の話題作ですね、「mother!」、これのレヴューに行きましょう。

 

アロノフスキーと言えば、2010年のナタリー・ポートマンの「ブラック・スワン」での奇妙な世界観で一躍有名になりましたが、基本、かなり少なくない人に一定の後味の悪さを残すことで有名な人です(笑)。その時はナタリー・ポートマンにオスカーの主演女優賞をもたらしましたが、今回の主演は、現在、交際中との噂もある、本当に大人気ですね。ジェニファー・ローレンスが勤めています。果たしてどんな映画なんでしょうか。

 

 

早速あらすじから語りましょう。

 

 

 

 今回のこの映画ですが、なんと配役名が付けられていません。主人公の女性(ジェニファー・ローレンス)は、かなり有名な詩人(ハビエル・バルデム)の妻で、ちょっと古い木造の大きな家に住んでいました。この話が始まる時点で、彼は自分の作品をだいぶ前に書いたきり、次が書けていない状況のようです。

 

 

 主人公の女性は、以前から家の中で漠然とした不安を感じる時があり、それが家の中の何かに象徴的に現れるのを目にすることがありました。

 

 

 そんな2人に、ある日、夫の熱狂的ファンという高齢の男性(エド・ハリス)が家にやってきます。初めて来る割には随分図々しいとこもある人物でしたが、人を受け入れるのにウェルカムな夫には関係ありません。

 

 

 やがて、その夫の妻(ミシェル・ファイファー)まで、その病弱な夫の介抱だとかなんとか言って、気がついたら居座ります。タチの悪いことに彼女はヒロインの女性に関して「子供はまだなの?」などと上から詮索し、家のことまでとやかく言うようになり、ついにはこんなことまで・・。

 

 

 

 そして、そこに、その二人の来客の息子2人までもが入ってきて、事態はさらにおかしなことになり、そのたび、家では金曜な光景が見られるようになり・・。

 

 

(中略)

 

 

 

 その奇妙な出来事からしばらくして、ヒロインは妊娠します。ようやく心が落ち着いたかのように見えましたが、子供ができて喜ぶ夫は、前の出来事よりもさらに多くの人を招こうとして・・・。

 

・・と、ここまでにしておきましょう。

 

 

 で、

 

変な映画でしょ(笑)?

 

 まあ、

 

 

 

 ダーレン・アロノフスキーの映画で「万人が喜ぶ映画」なんてものは、これまでもないし、この先もまず存在はしないでしょう(笑)。それは「ブラック・スワン」もしかり、「レクイエム・フォー・ア・ドリーム」しかり「パイ」しかり。そうすると、「レスラー」だけ、明らかに異色ですけど。実際、今回もシネマスコアっていう、アメリカ人が映画を見る際の参考にするサイトみたいのがあって、そこでF評価を受けてしまって、興行で大苦戦する、ということが起きています。

 

 

 ただ、

 

僕からしたら、今回の作品、すごくわかりやすい映画でした!

 

というのも、これ

 

 

 すごくわかりやすい、ロマン・ポランスキーへのオマージュだから。

 

まず

 

 

不安に駆られたヒロインが家の中で奇妙なものを見て恐れるという設定はまんま「反撥」だし

 

 

 

奇妙な隣人と共に、赤ちゃんが呪われるなんてのはまんま「ローズマリーの赤ちゃん」だし。

 

 

ローズマリーに至っては、自分たちでこんなパロディまで作っていたりね(笑)。

 

 

 でも、ただ単純にこの二つを組み合わせた、というわけでもなく、しっかりストーリーとイメージするものはあります。

 

 

 これは僕、ズバリ、「男女における”プライベートでプレシャスな感覚の違い”」に関する映画かな、と思ってしまいました。より外交的で人を安請け合いなくらい受け入れたい男と、自分の時間を大切にしたい女。とりわけ、出産とか、子供との時間というのには、その「プレシャスなプライベート」の象徴的な時間というか。そういう、ある種、普遍的な感覚を描き、女性のそういう感覚ゆえに生まれる、自分の空間と時間が奪われる恐怖を描いた作品なのかな、と思いましたね。

 

 

 これ、とりわけ、今、最も世界で多忙な女優の一人でもある、J.Lawみたいなタイプの人には特に訴える内容だったんじゃないかな、と思うんですよね。忙しい上に、パパラッチに追いかけられる生活を送っている彼女にとっては、この恐怖はわかりやすいものだし、それこそ、「どこかで一息つきたい」とも思っているでしょうからね。それを、今の彼氏のアロノフスキー自身が作ってくれたことで、よりに意気に感じて出演したんじゃないのかな、とも思います。

 

 

が!

 

 それがゆえなのかどうかわからないのですが、この映画、

 

 

ちょっと自己満足感が強いのも確かです(笑)!

 

ぶっちゃけ言ってしまうと

 

 

最後の10分はなくてよかったかなあ。

 

 

 これですね。その「最後の10分」までは、すごくわかりやすく、話を進めてるんですよ。それなのに、最後の10分くらいで、なくて良いものを付け足してしまっているがために、「何が言いたいのか」の主張をちょっとぼやかしてしまっているんですよね。必要以上にドラマを作りこもうとして、すごく自分たちの自己満足に終わってしまっているような、そんな印象を受けてしまいました。ただ単にドロドロにドラマティックだったらいいというわけではない。普通にサクッと終わって、最後に別のブラック・ジョークを足す、とか、そういう風にしたほうが見ている人にはよりスンナリわかりやすかったのに。これをやってしまったがために、なんか

 

 

 結果的にラース・フォン・トリアーの映画みたいな破綻状態で終わってしまっています(笑)。まあ、そっちの方が好きって人も少なくないでしょうけど。

 

 

 でも、その結果、「ブラック・スワン」以来となるアワードレースはちょっと後退しちゃったかなあ。決して嫌いな作品ではないですけどね。

 

author:沢田太陽, category:映画レビュー, 12:29
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映画「It(イット)」感想  話題の「あのドラマ」に似てる?いや、ルーツはこっちだ!

どうも。

 

 

今日はこの映画評、行きましょう。これです!

 

 

この9月、全米で大ヒットしました、青春ホラー映画「It」。こちらのレヴュー、行きましょう。原作はこれ、あのスティーヴン・キングの有名な代表作の映画化作なんですが、どのようになっているのでしょうか。

 

早速、あらすじから見ていきましょう。

 

 

 ストーリーの舞台となるのは、アメリカ北東部メイン州のデリーという町です。話は1988年10月。主人公の病弱なビルの幼い弟のジョージが、大雨の日に、ビルの作った折り紙の船を雨の流れる通りで流して遊んでいたところ、それが排水溝に入ってしまいます。溝を覗くと、そこには不気味なピエロの存在がありました。赤い風船を持った彼は気味悪く「ここでは楽しいことがいっぱいだよ」とジョージを誘います。怖がりながらも、ビルに対して申し訳ない思いからジョージは、その、別名ペニーワイズというピエロに近づきますが、そこから行方不明になってしまいます。

 

 

 翌1989年。ビルは学校に戻っていました。そこで彼は、学校内でどこかさえない、いじめられっ子タイプの3人、瓶底メガネのリッチー、マザコンのエディ、ユダヤ教徒のスタンと仲良しグループを作っていました。ビル自身も吃音障害を患っています。彼らは凶暴ないじめっ子、ヘンリーのグループに目をつけられています。

 

 

 一方、かわいいのに、どこか影のある女の子ビバリーも、ちょうど身体的な変わり目の時期で、そのタイミングで女の子たちの間でいじめられていました。彼女の男やもめの父親はどこか不穏の匂いのする人物でもありました。そんなビバリーは、ニュー・キッズ・オン・ザ・ブロックのファンの小太りの小柄の少年、ベンと出会います。そのベンもヘンリーのいじめの対象となっていました。また、もう一方で、親が動物を屠殺することを生業にしていた黒人少年マイクもヘンリーからいじめられていました。

 

 

 そんな折、ビルたちはちょうどベンがヘンリーにいじめられている時に遭遇し、さらにここにビバリー、マイクが加わり、彼らは「ルーザーズ・クラブ」なるグループを結成します。そして、ちょうどその頃から、彼らは個人個人で、それぞれの形で奇妙な恐ろしい体験をするようになります。

 

 

 

そして、そこにはあの不気味なピエロが暗躍することがほとんどでした。

 

 

 図書館に通ってデリーの昔の不可解な事件について調べていたベンによると、この街には1908年、35年、62年と、27年おきのスパンで、街の少年少女が次々と行方不明になる奇妙な事件が相次いでいたと言います。1989年はちょうどそのサイクルに当たっていたのです。

 

 

 

 6人の中でも、とりわけ関心を示したのはやはりビルでした。それはやはり、この恐ろしい弟をさらわれた、という意識が強いからです。彼は、怖がって嫌がる、または怖いもの見たさのルーザーズの仲間を引っ張り、ジョージをさらった下水、そして、エディだったかスタンだったか(すみません、ここ、記憶が曖昧です)が恐怖体験をした無人のあばら家をチェックしようとします。

 

 そして、その間、ビルはビバリーに恋心を抱いていきます・・。

 

 

 ・・と、ここまでにしておきましょう。

 

 

 これはですね

 

 

 

スティーヴン・キングが1986年に発表し、彼の代表作になるほどの大ヒットになった小説「It」の映画化作です。

 

 

 そこで「あれ?」と思われた方もいらっしゃるかもしれませんね。「1986年発表なのに89年って微妙に未来じゃない?」と。そう!これ、映画化に伴って

 

 実は話の時代設定を大幅に変えています。

 

 

 これ、実は原作では、時代設定は、1957〜58年なんですよね。

 

 

 そしてさらに言えば、その27年後の1984〜1985年にもう一つ話があります。

 

 ここでピンと来た方もいらっしゃるかもしれませんが

 

 つまり、今回の話は、その最初の話を80年代の設定に変え、後半の27年後の話は描かれていません!

 

 実際、アメリカでは、原作に忠実に作って欲しかった人からはこうした苦情も漏れています。ただ、それは僕に言わさせてもらうと、今回の製作者の意図の方が正しいと思います。だって、そうでしょ?今の時点で、1950年代と80年代の話なんてしても、あんまいい味がないじゃないですか。大体、80年代時代がなつかしの話になっているのに、2つの過去の話をしてもしょうがないわけで。なので今回は、80年代の話を過去の話として、その次の27年後を現在の設定としているわけです。

 

 

 ただ、その設定を、原作の出た1986年にしちゃうと、現在の物が2013年と微妙にズレちゃううんですね。そこで、つじつまを合わせる意味でも今回は設定を80年代ギリギリの89年にしていて、次作の設定を、ごく近い過去の2016年に来るようにしているわけですね。

 

 ただ、今の時代がうまいこと、27年スライドしているので、原作がリリースされた80年代のイメージがちゃんと残して、それを今に伝えられてるのはすごくうまいと思いましたね。 

 

 で、これ、「なんか最近、どこかで聞いたような話だな、これ」と思った人は、これ、世界中に多いんです、これ。というのも。

 

 

 

「ストレンジャー・シングス」のブームがありましたからね。

 

 

実際にこのネットフリックスのドラマと、一人配役までかぶってますからね。今回の「It」のリメイクに関して、この「ストレンジャー・シングス」のことが製作者の意識になかった、と言ったら、それは嘘になるでしょうね。

 

 

 でも、ですね、

 

「いじめっ子といじめられっ子で80年代」といえば、スティーヴン・キングなんですよ!

 

 だって、これがあるわけじゃないですか。

 

 

 

「スタンド・バイ・ミー」!

 

 この映画が、まさに「it」の原作の出た1986年の公開だったわけですけど、やっぱ、この当時、この子役たちも、いじめっ子ものちに有名になりましたからね。リヴァー・フェニクスしかり、コリー・フェルドマンしかり、そしてキーファー・サザーランド。その図式が「ストレンジャー・シングス」に生かされて、逆に「It」でパクリ返した、というわけです(笑)。

 

 

 今回のこの「It」は、そうした思わぬエイティーズ・リバイバルの波にノルことで「It」とスティーヴン・キングの持っていた時代性を最大限に生かし、さらに、無駄のない巧みなストーリー展開と、鮮やかかつ見た目に美しい映像技術と、それを生かすテクニックによって、原作の持っていたスピリットを見事に再現させてます。これはうまい!正直、かなり高度な頭脳プレイだと思いましたね。

 

 

 この出来にはかの

 

 

 スティーヴン・キング先生も大変大喜びだったそうですよ。あのキューブリJックによる「シャイニング」の映画化の時でさえ、「ジャック・ニコルソンのあの役は、私の想定したものではない」として大巨匠を批判したキング先生でしたが、今回の映画化に関しては手放しで褒めていますね。

 

 そうしたシナジーもあったのか、この「It」、リリースから3週目の時点で最もヒットしたホラー映画になったようですね。今年の夏の全米興行が10数年ぶりに低調だったとも言いますから、これでだいぶ穴埋めもできるんじゃないですかね。

 

 あと、この映画、少年たちの演技もいいんですけど、僕的には

 

 

 この子、ビバリーを演じたソフィア・リリス。この子は、次のイレヴンになれる素材だと思いましたね。ビバリーは劇中で髪をショートにして、エイティーズのアイドル女優だったモリー・リングウォルドみたいになっちゃうんですけど、この子、どうやら普段はもっとトンボイっぽい子で、この役よりもさらに短髪だったというから、ちょっと驚きました。この子、惹きつけるものあるので、次も何か主演に近い役、あるんじゃないかな。

 

 

 あとペニーワイズ役のビル・スカースガードも怪演でしたね。ちょっと、これでステレオタイプの役回りが来そうな気もしないではないですが、怪優に成る可能性ありかな、と思いました。

 

 

 この「It」ですが、もう続編も決まってます。というか、原作の「27年後」の部分が描かれてないので、むしろ、「やらないといけない」ものなんですけど、そこでは少年少女たちの27年後の姿が描かれるわけです。もう、その候補の選定に入っているわけですけど、どうやらジェシカ・チャステインにオファーが行っているようですね。まあ、何の役かは、これを見たらすぐに分かっちゃいますけどね(笑)。

 

 

 

author:沢田太陽, category:映画レビュー, 13:27
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映画「ダンケルク」感想 きわめて高度な「戦争映画への批評」なんだけど・・

どうも。

 

 

では、今日は映画レヴュー、行きましょう。これです!

 

 

話題作ですね。クリストファー・ノーラン最新作の戦争映画「ダンケルク」。彼が初めて臨んだ戦争映画で、かなりの大絶賛で迎えられているのはもうすでに知られていることです。さて、どんな映画でしょうか。

 

 

早速あらすじから行きましょう。

 

 

舞台は1940年5月の第二次世界大戦中のフランスのダンケルク。そこで、フランス、イギリス、ベルギーの連合軍はドイツ・ナチスに大敗し、完全に包囲されていました。

 

 

 

イギリス軍はチャーチル首相の命令もあり、戦場から兵士を引き返させることにしています。海軍の兵士たちは海岸で船を待ちますが、その間に彼らにも攻撃は加えられます。

 

 

 一方、陸軍では、若き兵士トミー(フィン・ホワイトヘッド)が命からがら陸軍での惨敗だった戦闘から抜け出て、もうひとりの若い兵士と共にダンケルク海岸に向かい、自分たちも脱出に加わろうとします。

 

 

 

 また、フランス近海では、ドーソンさん(マーク・ライランス)をリーダーとした小型船が、海軍兵を助ける役目をしていましたが、そこに、墜落した空軍パイロットのコリンズが泳いで船に乗って来ました.コリンズさんは近寄ると危険なダンケルク海岸まで、命がけでたどり着こうとします。

 

 

 

 そして、空軍では、連合軍大劣勢の中、ファリアー(トム・ハーディ)が一人奮闘し、なんとか持ちこたえようとします。

 

・・と、ここまでにしておきましょう。

 

 これはですね。

 

 

 

 

1940年5月26日から6月4日にかけて、実際に行なわれたダンケルクからの英軍の撤退を描いた作品です、ここで、ダメージはもちろんあったとはいえ、出来るだけ多くの兵士が戻って来たことで、それが後に英軍の盛り返しにも貢献した、という話ですね。

 

 この映画なんですが、それを

 

 

きわめてリアルにつきつめて表現してます!

 

 

 それはこの映画そのものを見ても十分感じうることなんですが、見ている僕らが実際にその場に居合わせているかのような臨場感と緊迫感があります。極力、IMAXみたいなタイプの映画館で見た方が、よpり楽しめるのではないかとも思います。僕も、極力スクリーンの大きそうな映画館を選んでこれを見ましたので。あと、空軍のバトルによる戦いにせよ、爆弾を落とされる船待ちの海軍を映す際の立体的なカメラワークも実に見事です。撮影に関して言えば、これ、オスカー狙えるんじゃないかな。あと、サウンドのミキシングとか、録音とかも行けるのでは。

 

 

 そして、これ、読んでおわかりだと思うのですが、特定の主役を置いてなく、陸・海・空の3つの観点から、そのときに進行していたことを同時進行で描いてます。そこには登場人物の誰かの視点ではなく、第三者が光景を客観的に見ているかのような冷静さがあります。

 

 たしかに、戦争映画というのは、ふつう、登場人物の誰かの視点によって描かれるものです。でも、戦争そのものには本来、「特定のヒーロー」なんてものはいないわけで、命をかけて戦場に経っている全ての人が言ってしまえばヒーローです。いや、ヒーローなんてものを願うのは、戦場に立っていない人が、そこに立っている人に描きたいひとつの「エゴ」に過ぎず、そこにいる当人たちにとっては、がむしゃらに生き続けることに必死なだけ・・、という感じでしょうか。

 

 

 ぶっちゃけ、そうした

 

 

 

クリストファー・ノーランの狙いそのものはわかるし、コンセプトの実践の観点からしたら100点満点の映画だとも思います。だからこそ、世界的にものすごい絶賛になっているんだと思うし、僕自身も、なんてことはないメロドラマにしか思えなかった(スミマセン)「インターステラー」とか、最初の2作の勢いが最後に来てスタミナ切れしちゃったのかなと思えた「ダーク・ナイト・ライジング」よりは満足出来た映画にはなっていました。

 

 

が!

 

 

「戦争映画の最高傑作」なんて評価にはハッキリ言って違和感しかありません。

 

 

 僕が上に書いたことをさらに要約して言うと、この映画、「通常の戦争映画についての批評」だと思うんですね。「これまでの戦争映画より正確な描写で作ろう」「これまでの戦争映画のヒロイズムには違和感しかない」みたいな思惑があったから、こういう作風になったと思うんですけど、しかし

 

 

この論法での作風は、何回も通用するものなの・・・?

 

 

 と思ってしまう自分もどうしてもいるんですよねえ・・。

 

 

 だって、「スーパーリアリズムのドキュメンタリー風の作風こそが戦争映画で一番」ってことになったら、世に存在したすべての戦争でいちいちこういう映画を続々作ったとしたら、そんなの面白いですか?これが行き過ぎちゃったら、「そりゃ、リアルかもしれないけど、なんか退屈・・」ってことになりません?その意味で、フォロワーは非常に生みにくい、1回限りの方法論に過ぎないんじゃないかな?これまでだって、こういう方法論が最良だったとしたら、なぜ100年の映画の歴史の中でこういうのがあまり作られて来てなかったんでしょう?僕はやっぱり「リアルなだけな戦争映画が作られ続けたら、全部同じになってしまう」からなのではないかとおもうんですよねえ。

 

 

 あと、「戦争にヒーローはいらない」という観点ですが、それ、非常によくわかるんです。命を落とすかもしれない現場にいて、人もたくさん殺されているようなところに本当にヒーローなんているのか。そう言われたら、たしかに返す言葉はありません

 

 

が!

 

戦争映画って、観る人がもっとも感情的になっていい映画ジャンルなのではないでしょうか?

 

 

 僕の個人的な意見になってしまうかもしれないんですけど、やっぱり、「こんなことがあってはいけない」「もしも、自分の愛する人たちが世の非常事態でこういうとこに立たされたらどうしよう」とか思いながら見るものじゃないですか、戦争映画って。あるいは、人として、こんな悪事は許せない」とか、「こんな残酷な惨状は嫌だ」とか、あらゆる私的な感情が強く積み重なりながら見るものじゃないですか。だからこそ、人間臭くて良いと思うんですよね、戦争映画って。そこから考えると「ダンケルク」は

 

 

血なまぐさくないけど、血が通った感じもしない

 

 

だって

 

この戦争に関して彼がどう思っているのか、とかも全然わからない!

 

 

そこのところが、僕、どうしても引っかかっちゃうんですよねえ〜。

 

 

 オルタナティヴな、これまでにない批評的な表現をしたいという欲求は、創作上、すごく大事なことだと思うんですね。ただ、そのひとつの映画ジャンルが長いこと培って来た「普遍性」というのもやっぱり大事というか。その意味でこれ、戦争映画を見る際に一番あってしかるべきエモーションの部分がちょっと足らな過ぎる感じがするんですよねえ。見た瞬間には、「おお、こんなの見たことない!」「この映像と臨場感はすごいぞ!」とワッと盛り上がるとは思うんですけど、さっき例に挙げたような感情的な普遍性に欠ける分、この興奮、果たして長く続くのかな・・という感じがどうしてもしちゃうんですよねえ。

 

 

 でも、言ってしまえば、「こういうこと、今までの映画でやってないだろ!」ってのが、クリストファー・ノーランらしい手法と言えば手法だし、もしかしたら

 

 

そこが、アカデミー会員に嫌われるポイントなのかも・・

 

 

と、今回、はじめて思ってしまったなあ。

 

 

クリストファー・ノーランは、こと映画ファンのあいだでの人気は当代一です。でも、これまでオスカーの監督賞にノミネートされたことが一回もありません。「なんでなのかな」とよく考えてもいて結局わからなかったんですけど、こういうことだったのかなあ。結局、「新しい方法論は持ち込むけど、普遍性は疑問」ってことなのかなあ。やっぱ、「どれが先か後か、どれが現実でどれが幻か」とか、「すごく哲学的なスーパーヒーロー映画」とか、それだってフォロワー利かないでしょ(笑)?なので、結局この人、孤高にならざるをえないんじゃないかな。まあ、「だまし絵アート」的な作品だと、弟のジョナサンがもうそれの専門家みたいになって、今、「ウェストワールド」っていう、非常にワケがわからなすぎてそこが笑えもし最高なドラマをHBOで作ってもいますけど、お兄さんもこの傾向のまま行くんだろうね。

 

 

 また、「新しさ」と言ってもそれは手法的なもので、「ハートロッカー」みたいな「現代戦争事情分析」みたいなものでもない。あの映画も静かだけど、「静かな中の狂気」というか、どこで命を落とすか分からない怖さみたいなのが今日の戦争の狂気であって、あの描写は今も本当に見事だと思ったんですが、そういう「戦争そのものへの考察」みたいなものがないことも僕は物足りなかったかなあ。

 

 

とはいえ、今回は、絶賛ぶりがすさまじいし、ジャンル的にもオスカーには近いと思うし、監督賞のノミネートもあるとは思うんですけど、作品賞・・果たしてどうでしょうね。

 

author:沢田太陽, category:映画レビュー, 19:43
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映画「ベイビー・ドライバー」感想 全ロック・ファン必見!これぞサブカル・アクション映画の最新決定版!

どうも。

 

 

今日は映画レヴューですが、もう、これはぜひとも、このブログ覗きにいらっしゃるような方にこそ是非見ていただきたい。これです!

 

 

この「ベイビー・ドライバー」。かの「HOT FUZZ」や「ショーン・オブ・ザ・デッド」、「スコット・ピルグリム」といった、わかる人にはわかるタイプのカルト映画の監督、エドガー・ライトの最新作です。僕も彼の映画は大好きなので毎回楽しみなのですが、今回はもう見る前から情報がジャンジャン入って来て、もう楽しみで仕方がなかったのですが、さて、どういう映画なのでしょうか。

 

 

さっそくあらすじから行きましょう。話を円滑に進めるため、順番を少しいじってます。

 

 

 

舞台はアトランタ。そこではある強盗団が銀行を襲っていましたが

 

 

その影に、青年ドライバーがいました。彼は自分のことをベイビー(アンゼル・エルゴート)とだけ称していました。

 

 

 

ベイビーは若さに似合わず凄腕のドライバーですが、その原動力となっているのはipodに入っているお気に入りの音楽を聴くこと。それで任務の精度を上げています。

 

 

 

 

そして、会議中に音楽をずっと聴いてようが、読心術で人の会話を全部理解する特殊な能力も持っていました。

 

 

 彼がこのような特徴を身につけたのは幼き日に受けたあることの後遺症で常に音楽を聴かないといきていけない体質になったからでした。さらに、暇さえあれば日常音を録音し、それをサンプリングして音楽を作っていました。

 

 

 

 ベイビーがこういう仕事をしているのは、犯罪界のボス、ドク(ケヴィン・スペイシー)の金を盗もうとしてバレたためで、その運転の腕前に目を付けた彼がベイビーを雇い続けていました。

 

 

 

 親を早くに亡くしていたベイビーは育ての親である、耳の聞こえない黒人のおじいさんがいて彼と2人暮らしなんですが、おじいさんはベイビーが何をして稼いで来たのか、すごく気になっています。

 

 

 さらに、彼にはダイナーで出会ったすごく音楽の趣味の良いウェイトレス、デボラ(リリー・ジェイムス)の存在がいました。趣味も気もピッタリな彼女と一緒に時間をすごしたいため、ベイビーは早く仕事の足を洗いたく、もう、終えた気でもいました。

 

 

 しかし、ドクは仕事の命令をやめず、遂にはオールスター・チームでの銀行強盗も画策します。それは以前も仕事をした、常にセクシーなカノジョとラヴラヴのイケメン知性派強盗のバディ(ジョン・ハム)とその愛人のダーリング、そしてキレるとやたらに凶暴なガンマン、バッツ(ジェイミー・フォックス)との仕事でしたが、ベイビーはデボラに後ろ髪を引かれ・・・。

 

 

・・と、ここまでにしておきましょう。

 

 

 これなんですが、まず、僕みたいなロックファンからしたら、こんな嬉しい話、ないですね。だって

 

 

 

 主人公が生粋のミュージック・ラヴァーだから!

 

 

 最近もたとえば、「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」でのクリス・プラットも70sのポップスのマニアだったりして面白いじゃないですか。でも、ここでのベイビーの方がセンスが圧倒的にマニアックですね。これ、監督のエドガー・ライトの趣味だと思うんですけど、70sのロック(パンクもプログレもハードロックも!)と50、60年代のモッズ好みのソウル・ミュージックの組み合わせが、もう、とにかく絶妙ですね。でも、中でも最高なのが

 

 

 

いや〜、2017年の今、ジョンスペのこの曲を先端の尖った映画で耳にすることになるとは思いませんでしたね〜。これが流れる瞬間、鳥肌立ちまくりましたからね!これが流れるシーン、これこそをこの曲のミュージック・ヴィデオとして発表したらアワードで賞取れますね。このシーンの圧巻さで言えば、「ラ・ラ・ランド」のオープニングのシーンのソレに匹敵するか、それ以上ですよ!あるいはアクション映画で言うなら、「イージーライダー」で「ワイルドで行こう」が’かかるあの瞬間とか。

 

でも、一番近いのは、やっぱ、これかなあ

 

 

 

 この「パルプ・フィクション」での「ミザルー」ですね。あの、一般に知られているわけでもない曲を、不意に効果的に使われた際の、あのカッコよさ。ここでの「ベルボトムズ」はまさにこれを彷彿とさせますね。

 

 

 また、ニクイじゃないですか。「ベルボトムズ」って、リリースされたの、まさに「パルプ・フィクション」と同じ1994年ですよ。その頃に渋谷の輸入盤店とかで流行ってたのが、23年後のストリーミングの時代に、まるで60年代のサーフ・インストの「ミザルー」が再発見されたみたいに、改めて見直される。なんか偶然にしてはすごく出来過ぎてる感じがしますね。

 

 

 この映画、この音楽シーンの多用ゆえに、「アクション映画版ラ・ラ・ランド」とも一部で呼ばれているんですが、僕にしてみればこれはむしろ

 

 

「トゥルー・ロマンス」の2017年版ですね!

 

 もちろん、これも初期タランティーノを代表する傑作(脚本のみですが)だし、この頃の奇想天外さや甘酸っぱさ、スリリングさが「ベイビー・ドライバー」には詰まってるんですよね。その後のタランティーノももちろん素晴らしいですけど、僕自身も90s前半に夢中になった、この頃の若さゆえの瑞々しさにはもうタランティーノも戻れないなと思っていただけに、エドガーのこの試みは僕には嬉しかったですね。

 

 

 あと、これ、もちろんアクション映画としてもかなりレベルが高いです。スピードといい、繰り出すカー・アクションのちょっと入り組んだ感じといいベイビーたちの追いかけっこの際の機転といい、すごく緻密に考えられてますね。エドガー自身が明かしてますが、この映画のために10作ほどの作品を参照にしたようですよ。それはこちらに詳しく書いていますが、いったんこりはじめると細部が神経症的にマニアックな彼らしいところでもあります。

 

 

 でも、

 

 まだ、それだけじゃない!

 

 この映画、まだすごいんです。このテの、印象的な絵になるシーンの多いアクション映画だと、「でも長編ミュージック・ヴィデオみたいなものなんじゃないの?」などと穿った見方をする人が必ず現れます。実際にそういうレヴューも僕は読んでますが、でも、これ

 

 

 話が後に進めば進むほど良い!

 

 

 しかも、展開にドキドキするだけじゃなく

 

 

 話が途中でワケはわからなくなるどころか、終わりに近づけば近づくほど論理的説得力があがるんです!

 

 

 そこがすごいと思いましたね。刹那的な勢いで魅せるタイプかと思いきや、最後まで、地に足をつけるところはちゃんと付けてるんです。

 

 

 そして、その上で

 

 

このベイビーという、新しいアクション・キャラクター像を世に提示するのに成功しています。

 

大体、音楽マニアですからね。性格が内向的になるに決まってます。そして、その性格は、世を見る価値観にもしっかり反映されています。決して、これまでのアクション映画にありがりなマッチョなヒーロー像ではない!このアピールでも、この映画、成功してると思います。

 

 

 そんな役をモノにできた、アンセルの才能にも驚きましたけどね。彼は2014年に、大ヒットしたヤング・アダルトの青春ロマンス「きっと星のせいじゃない。」で、シェイリーン・ウッドリーの相手役やって一躍ハートスロブとして注目されたんですけど、もう今や代表作はこっちになってますね。アンセルは来年ももうすでに主演が2本決まってて、一本の相手役はクロエ・グレース・モレッツだということですよ。

 

 

それから相手役のリリー・ジェイムスもすごくよかったですね。彼女、あのディズニーの実写版の「シンデレラ」演じた子ですよ!あの頃の清純なイメージから、今回ガラッと大変身して、イケてるロックンロール・ガールになってます。彼女のセリフも、もう音楽ファンの男子のツボつきすぎるくらい知的なマニアックさがあって、そういう言葉を発しても滑ってない感じに演じてたのが良かったです。

 

 

 あと演技陣は他も見事でした。ケヴィン・スペイシーが悪役として活躍するところもあの「ユージュアル・サスペクツ」のカイザー・ソゼとか「セヴン」の猟奇殺人鬼を覚えている向きにはこれまたすごくナインティーズな感じですけど、やっぱ似合うんですよね、悪役。あと、実はおちゃらけたマッドな演技が大好きなジョン・ハムは遂にあの「マッドメン」のドン・ドレイパーから離れた印象での役をモノにしましたね。あと、ジェイミー・フォックスのマッドぶりも相変わらず冴えてましたね。

 

 

 こんな風に良いとこあげて行ったらキリがないですけどね。でも、これこそが、音楽好きこそ見て損はない「これぞサブカル!」の見本みたいな映画だし、今の時代を象徴し、かつ、アクション映画の可能性を先に進めた映画でもあることは強調すべきとこだと思いますね。アワードでも・・そうだなあ。そういうタイプの映画ではないにせよ、オスカーみたいな大きな賞でも、技術系だけじゃなくてせめて脚本賞くらいはノミネートされてほしいですけどね。でも、これ、そんなこととは関係なしに記憶にはずっと残って行くと思いますね。カルト・クラシック化は確実だと思います。

 

author:沢田太陽, category:映画レビュー, 10:18
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映画「スパイダーマン ホームカミング」感想 リブート成功!お見事なティーン・ムーヴィー

どうも。

 

ちょっと時間がなく、全部書くのは翌日までかかりそうなんですが、この映画レヴューを。

 

 

 

 

現在、話題沸騰中ですね。マーヴェル新作「スパイダーマン ホームカミング」、これのレヴュー行きましょう。つい最近まで「アメージング・スパイダーマン」として2作作ってたばかりなのに、それを完成させずに新シリーズを立ち上げてしまったマーヴェルですが、これはどんな感じなのでしょう。

 

早速あらすじから行きましょう。

 

 

エイドリアン・トゥーメス(マイケル・キートン)はニューヨークの清掃会社の社長でしたが、ある日、トニー・スターク(ロバート・ダウニーJR)がその役目をつとめることを通達されて仕事がなくなってしまいます。そこで彼は、自分たちが蓄積していた工業物を兵器に作り替えて、それを犯罪組織に売る闇ビジネスをはじめていました。

 

 

 

 

ときは流れ10年後、ピーター・パーカー(トム・ホランド)はデブのアジア系の親友ネッド・リード(ジェイコブ・バタロン)だけが親友のヒョロヒョロで色白のナード少年でしたが、彼には秘密がありました。それはトニー・スタークの会社のインターンをやっていることでしたが、彼はある日、秘書のハロルド・ホーガン(ジョン・ファヴロー)に連れられ、スパイダーマンとして、主に街の警備を行なう役目を任せられたのでした。

 

 

 

 しかし、その任務を終えて、自宅であるメイおばさん(マリッサ・トメイ)の家に戻ったところ、なぜか部屋に先にいたネッドに正体がバレてしまいます。

 

 

 

 さえないピーターをなんとかしようと、ネッドはピーターの秘密を明かしたくてたまりませんでしたが、そんなときに、街で噂のスパイダーマンに興味を持っていた学園のクイーン、リズ(ローラ・ハリエル)にピーターは近づこうとします。

 

 

 

 リズの主催のパーティに呼ばれたピーターでしたが、窓の外から見えた怪しい犯罪のにおいに反応してピーターは外に繰り出しますが、それは巨大な組織犯罪で、本来、新米の彼の手に負えるようなものではありませんでした。

 

 

 

 

 なにげに遠くでピーターを見張っているトニー・スタークは、「そんな大事に手を出さないように」と注意しますが、ピーターがネッドやリズや、校内のちょっとアウトサイダーなミシェル(ゼンダヤ)らと共にデカスロンの大会に出場しようとしたとき、事態はさらに大きくなり・・。

 

 

 ・・と、ここまでにしておきましょう。

 

 

 これはですね。

 

「アヴェンジャーズ」のシリーズにスパイダーマンを取り込むためにストーリーを変えたことによって、「アメージング・スパイダーマン」の3作目以降がボツになったんですが

 

 

 ハッキリ言ってこの英断は成功だったと思います!

 

 

 それがなぜなのか、ポイントをあげて行きましょう。

 

 

.肇燹Ε曠薀鵐匹ピーター・パーカーとして完璧!

 

 

 今回のこのスパイダーマンなんですが、もう、このトム・ホランドがしゃべりはじめた瞬間から「あっ、アメージング・スパイダーマン」よりは良くなるな」と直感的に思いましたね。このトムはまだ20歳のイギリスの舞台俳優で「リトル・ダンサー」のビリー・エリオット役(ブロードウェイ)を演じていた少年だったんですけど、軽妙でテンポがすごくいいんですね。

 

 

 ピーター・パーカーって、どうやら痩せ身で声が甲高くないといけないみたいなんですけど(笑)、これまで演じて来た役者の中で彼が一番、本来やるべきティーンエイジャーの青年像を一番リアルに演じることが出来ていましたね。アンドリュー・ガーフィールドが良い役者であることは、今年のオスカーで彼が「ハクソー・リッジ」でノミネートされていたりスコセッシの「沈黙」の演技でも証明はしています。だけど、アメージングで共演した元カノのエマ・ストーン同様に、なんか悪い意味で「文系寄り過ぎ」というか、別に踏まないでいいステップわざわざ踏んじゃった感じがどうしても否めないんですよね。エマにしても今年のオスカーの主演女優賞受賞した女優さんなわけでもちろん素晴らしい女優なんですけど、ただ、スーパーヒーローのフランチャイズの役を演じる軽妙なグルーヴには2人して,その要素は持ち得てなかったかな、と思います。逆にトビー・マグワイアになると、あのときは良かったんだけど、なんかちょっとナード臭がトゥ・マッチだったかな、という気がしないではありません。

 

 そこ行くと、このトムの演技って、一人芝居の上手さで思わず「クククッ」と微笑ましくひきつけるものがある。そこがいいんですよね。見ていてなんだか

 

 

古き良き、80年代のティーン・ムーヴィーを思い出してしまいましたよ。言うまでもなく、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のマイケルJフォックスとか「ベストキッド」のラルフ・マッチオね。声の甲高さも含めて、すごくイメージ近いなと思ったし、あのノリがトムにはあって、理屈ぬきに楽しめたんですよね。

 

 

配役が次々と的中

 

 今回、役者陣が絶妙ですね。

 

 

「アイアンマン」からトニー・スタークが出てるのもいいんだけど、ハッピー・ホーガンことジョン・ファヴローまでちゃんと出て来てるのがいいです。ファヴローの場合、「アイアンマン」は自分が監督で、彼自身、本職が役者(コメディアン)だからついでにスクリーンも出てるような印象もあったんですけど、今回、別に監督してるわけでもなく、あくまでひとりのアクターとして貢献してましたね。ピーター・パーカーのお目付役をしっかり演じられていたと思います。

 

それから

 

 

 マイケル・キートンの貫禄の悪役ぶりね。おそらく映画史上、スーパーヒーローを演じていた側から、悪役の方に回った例ってはじめてなんじゃないかな。25年くらい前はバットマンだったわけですからね。それがなんか、あの彼自身のカムバック映画にもなったオスカー作品賞受賞の「バードマン」で、「かつてのスーパーヒーロー俳優」の役を経て今回がヴィレンという。彼を見てると、スクリーンでのフィクションが実生活とオーヴァーラップして見ていていい意味で混乱してしまうのですが(笑)、そういう演技を引き出せる悪役って、なかなかいないと思うんですよね。

 

それから

 

 

個人的にイチおしはこのネッドですね。彼はジェイコブ・バタロンといって、まだ新人で20歳みたいなんですけどね。なんか伊集院光感がハンパないんですけど(笑)、すごく若いときのジョナ・ヒルみたいないいオーラだして、ピーター・パーカーと絶妙な名コンビぶりを見せています。

 

 

 

あと、青春ドラマ部分の配役が人種ダイバーシティに富んでてそれが嫌みじゃないのもいいです。ピーターが惚れる女の子が黒人で、ピーターたちをいじめるイヤなヤツがインド系で。このインド系の彼は「グランド・ブダペスト・ホテル」のあの少年ポーターですけどね。

 

 

5憶に残るアクション・シーンがある

 

 あと、アクション映画としてもこれ、非常によく撮れてます。どこのシーンかはあえていいませんが、後々に語り継がれそうなすごく印象的なスタントみたいなのがあります。そこは自分の目で是非見つけていただきたいのですが、もう見たら何のことかはすぐわかります。

 

 

ざ鼎辰討劼佑辰織廛蹈奪

 

 

 あと、脚本の展開も鮮やかです。今回、実はあらすじ、話の半分くらいしか書いてないんですけど、そこから展開が二転三転します。見ていて、「えっ、そうだったんだ!」と思わされることあり。

 

 

ゼ〆邂聞澆僕祥気鮖った話の運び

 

 あと、今回のことだけを考えずに、パート2以降のことも考えた、余裕のあるストーリー展開も僕的にはツボでしたね。「何もここで全部話さなくていいじゃないか」という、制作者の意図がハッキリ読めてね。とりわけ

 

 

ゼンダヤ演じる,この女の子ね。ゼンダヤ本人がディズニーの超人気ティーン・アイドル女優なのにね。彼女、背約されたときに「MJが決まった」と言われていたんですけど、MJだとミッシェルって名前じゃないんですよね。「それ、どういうこと?」と、実はこれ、世界的に今回の「?」ポイントなんですが、さてさて、そこのところはどうなるか。

 

 

 

あと、メイおばあちゃんが、いつのまにかセクシーなおばさんに変わってましたね(笑)。ここも原作を重んじるタイプの人のあいだで意見が割れました。ただ、マリッサ・トメイって、「疲れた訳ありの中年美女」演じさせたらハンパなくうまい人なので、僕はすごく楽しみなんですけどね。なんでオバさんに変わってしまったのかは・・どうなんでしょうね(笑)。

 

 

・・と、こんな風に、僕はかなり楽しめました。難点があるとすれば、「見て、何か考えさせるような何かが残る」とか、そういう類いのことが一切ないことですね(笑)。そこは「ワンダーウーマン」とやや違うところです。ただ、「痛快娯楽青春映画」としては、これ、非常に良く出来た作品だと思います。

 

 

 

 

 

 

author:沢田太陽, category:映画レビュー, 20:41
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