RSS | ATOM | SEARCH
映画「トゥルー・グリット」感想〜「俺だったらこうするね!」の最高のお手本
 どうも。


そろそろオスカーが近くなって来ました。作品賞のノミネートで語らないとならない映画があと2本。今日はこちらです。




リメイク映画ながら、さすがは名匠ジョエル&イーサン・コーエンの手腕ゆえに10部門にノミネートされた西部劇「トゥルー・グリット」、行きましょう!


舞台は1870年代のテキサス。14歳の少女、マティ・ロス(ヘイリー・スタインフェルド)はお父さんの死体と直面します。



殺害者の名前は既に”トム・チェイニー”と判明。テキサスの有力な金持ちの娘のマティは、その頭脳明晰さと怖いもの知らずの勇気とで損害賠償の手にし、そのお金で有能な保安官を雇うことにしますが、その男こそ



ルースター・コグバーン。普段は酔っぱらってばかりで、強面の片目顔はその風貌だけで子供を怖がらせるには充分。捜査の過程で何人も容疑者を殺したことで裁判で訴えられてもいるほど。そんなコグバーンでしたが、マティは周囲からの「本物の気概(トゥルー・グリット)を持った男」との評判を信じて、50ドルの報酬の約束を条件に父を殺したトム・チェイニーを捜査すうよう求めます。しかし、コグバーンは「子供のたわごと」とばかりに、なかなか用件を耳にしようとはしません。



一方、マティは宿泊しているホテルで、テキサス公安局(テキサス・レンジャー)のラブーフ(マット・デイモン)と遭遇します。ラブーフは別件の殺人事件でチェイニーを追跡中。彼はマティに「俺とコグバーンとで手を組まないか?」とマティに提案しますが、自分の手でチェイニーを捕まえたかったマティはそれを拒みます。その翌日、マティはようやくコグバーンの説得に成功しますが、ちょっと目を離した瞬間、コグバーンのベッドには置き手紙が。そこに書いてあった言葉は「俺は捜査に行くから、子供は早く帰るこった!」。




マティは帽子をかぶり、馬にまたがりコグバーンを追走。川を横切る際に馬が流れに飲まれ溺れそうになりながらもなんとかコグバーンをキャッチ。するとコグバーンはラブーフと一緒だったのです。「これでは約束が違う!契約不履行で訴える!」とマティはかなりの剣幕で喰ってかかります。その結果、コグバーンはマティと捜査をすることになり、これに不服なラブーフは行動を別にすることとなります。


すると、コグバーンの捜査はかなり強引でありました。ある夜、彼はチェイニーの居場所を間違いなく知っていると思われる2人の無法者のアジトに奇襲攻撃で侵入。その無法者の使いっ走りの方が口を割りそうなところを親分が足を刺して諌めようとすると、コグバーンはその親分の頭に容赦なくピストル!これに恐れをなした子分格は、チェイニーとその一味が近いうちにまたこの近辺に戻ってくることを明かします。


するとその証言通りに、チェイニーたちの一味は真夜中に戻って来ましたが、そこにはラブーフが待ち構えていました。しかし、一味は滅法強く、ラブーフはロープで縛られ、馬に引き回される惨敗っぷり。そこを、真っ暗でかなりの距離があるにも関わらず、コグバーンはその自慢のライフルの腕前でその悪党を全て片付けます。そして命拾いをしたラブーフとコグバーンとマティの間に真の友情が生まれます。




あくる朝も、彼らは捜査を続けます。マティはコグバーンたちのいるところから少し離れたところを探索していると、なんとそこには父親を殺したトム・チェイニー(ジョッシュ・ブローリン)。そのチェイニーに「父の仇!」とばかりに、マティはピストルをチェイニーに向けますが…。



…と、ここまでにしておきましょう。


これですね、これをお読みになってる方で1969年のオリジナルの「勇気ある追跡(原題は同じく「True Grit」)」ご覧になったことのある方はそれほど多くないと思うのですが、こんな感じです。


どうです?上の新バージョンのポスターや写真に比べると、トーンが随分明るい感じがしませんか?それも、そのはず。このオリジナル、かなりカラッと明るい話なんです。

と同時に

実は知名度の割にメチャクチャ、ツッコミどころ満載の映画でもあったんです!


このオリジナルが作られた1969年当時、もうすでにジョン・フォードやハワード・ホークスといったウェスタンの巨匠はほぼ一線から退き、ウェスタンの主流は、マカロニ・ウェスタンやサム・ペキンパーのようなヴァイオレンス・アクション型のウェスタンが主流でした。プラス、若者自体もロック世代になっていたことで、古き良きほのぼのとしたウェスタンは完全に時代遅れだったわけです。


この「トゥルー・グリット」のオリジナルは、そんな古き良きウェスタンにモダンさを加えた作品として世に出されたようです。少なくとも、僕にはそのように見えました。たとえば、このオリジナルには劇中に黒人や中国人といい、それまで白人絶対だったウェスタンにはなかった人種的配慮もされていたりしていたのですが、それ以上にモダンだったのが以下の2つ。まず




ラブーフを演じたのはなんとグレン・キャンベル!この当時、ロックとのクロスオーヴァー・カントリーを歌ってポップス界でも屈指の人気者ですよ!実際彼はビーチボーイズ人脈でもあるので僕も彼の曲は「ウィチタ・ラインマン」(激名曲!)をはじめ好きなものが多いのですが、オリジナル「トゥルー・グリット」、こともあろうに、この人の歌う主題歌からはじまります!しかもそれが「Oh ガール、キミもレディになればトゥルー・グリットってやつを理解出来るのさ」という、ベッタベタにクッサい歌なんだ、これが(笑)。


そして、このこっぱずかしさ(笑)に加え、マティ役が




えっ!


ジャスティン・ビーバー(笑)?

ね?かなり変でしょ(笑)。1870年代のいったいどこにこんな髪型した少女がいるわけだ(笑)?この髪型、60年代のスウィンギング・ロンドンのときに女の子の間で流行ったショートヘアそのままで出ちゃったんですね。これもモダンさを意識したと思うんですけど、いくらなんでも無理あり過ぎです(笑)。


で、話の進行もすごくイージーなんですよ。すごく簡単に意気投合し、すぐに友情芽生えるは、クライマックスでの戦いのシーンもエラくあっさりしてるは。で、しまいには、マティとラブーフの間に20歳くらい年の差があるのにロマンスまで芽生えさせたりして(笑)。ここの作りに関して言えば、かなりイージーです。なので、このオリジナルを見たとき、「なんでこれのリメイクがあそこまで絶賛されるんだろう」とまで思ったほどです。

ところが!




それを可能にしてしまう男たちこそ、さすがはコーエン兄弟なのです。今回のコーエン兄弟、もう完全に「批評家」に徹してましたね。


まず上に書いた、今からしたら滑稽に見えてしまう部分は削除(黒人、中国人はちゃんといましたが強調せず)。そして、ストーリーとして不自然だったイージーな心の通い合いを、ちゃんと登場人物と鑑賞者の気持ちの動きにあうように、丁寧かつ理にかなったストーリー進行に変更。ゆえに話への感情移入がかなり容易になってます。たとえばジェフ・ブリッジズ演じたコグバーンはジョン・ウェインの雰囲気を基本的に踏襲はしてましたが、酔っぱらい振りはより激しく、射撃の腕前にはより自信を持ち、マティへの当初の冷たさもよりハッキリと演じてます。そうすることによって、後半徐々に発揮して来る彼本来の人間的優しさがより見る人の胸に迫るように作っています。特に…、いや、やめとこ(笑)。ラスト近くにすっごく泣けるシーンがあるんですよ、これ。


そして「この体験がマティにとっていかに大事なものだったか」ということに説得力を持たせるべく、今回のヴァージョン、「マティの回顧録」として描かれているんですねえ〜。オリジナルは単にその場で起こったストーリーをただ追うだけだったんですけどね。やっぱり、「自分の人生に本当に印象的な出来事だった」と示すには、このやり方が一番いいわけで。これ実は、両作品の元となった小説はなんと回顧録!つまりコーエン兄弟はそこまで厳密にチェックした上でどちらがより効果的なのかを吟味したんだと思います。


あと、そうしたことをベースにして、コーエンらしさをちゃんとしっかり加えていたのも見逃せないです。今回のこの映画、彼ららしいブラック・ユーモアこそ控えめでしたが、殺人シーンや死体のリアルな残忍さはいかにもコーエン仕様。ただ、そのおかげで、マティの、父親殺しの犯人への憎悪がリアルに湧くわけです。オリジナルだと、今回になかったお父さんの殺害シーンが最初に出るんですけど、マティは父の亡骸には面会してませんからね。こういうところでの心理状態の読みもさすがです。


あと、こと「アメリカの田舎」を描かせたらコーエン兄弟は現在ではやはりトップですね。南部の乾いた土臭さや自然の険しさ。これに関して言えば、大自然での世界を本来描いているはずなのにどうにもセットくさい人口っぽさが同時に見えてもいた黄金期のウェスタンよりもリアルに感じられました。その意味でコーエン兄弟、ウェスタンには本来かなり向いているような気もしましたね。


今回のこのリメイクから感じられることは、オリジナルが活かし損なっていた要素をいかに批評家的に「俺だったらこうするね!」という、映画鑑賞者がリアルに感じる思いを注ぎ込むことで映画が飛躍的に良くなるか、ということですね。その意味で今回コーエン兄弟が選んだ素材は絶好だったと思います。「知名度はあるものの、そこまで優れてはない映画」。それをちょっと手直しするだけでどれだけ良い映画にメイクオーバーするか。彼らはそれを改めて示してくれたような気がします。


もっとも、あの出す作品出す作品必ず絶賛されるコーエン兄弟の「最大の失敗作」と呼ばれている作品、それがリメイクだったことも今回うまく行った要因かもしれません。その作品は「レディキラーズ」と言って、1950年代のイギリスのブラック・コメディを現在のアメリカ南部の設定に置き換えてやったのですが、このときはあまりにも「コーエンらしさ」を出そうとばかりし過ぎて、オリジナルの良かった部分を殺してしまったんですね。もっとも、この「レディキラーズ」事態がイギリスの映画通なら誰でも知ってるほどの名作でメスを入れるようなところも特になかった映画だったんですよね。これは僕の想像ですけど、おそらくこの失敗をもとにして今回コーエン兄弟はリメイクに必要なものを見つけたのではないかと。それは「アーティスト性より批評性」。元が優れたものを変に手をつけるでなしに、元の方で活かし切ってない何かに息を吹き込むことの方がどれだけ大事か。僕らのような映画
ファンって簡単に「ここはこうじゃないだろ〜」みたいなことを監督でもないのにエラそうに言いがちですが(笑)、それが映画史に残る偉大な映画作家によって行われて出来た作品。それが今回の「トゥルー・グリット」だったような気がします。


ただ、そんな計算高いコーエン兄弟を持ってしても予期出来なかった要素がどう考えても今回ひとつだけあるんですねえ、これが!それはもう、これしかありません!




ズバリ、ヘイリー・スタインフェルドしかないでしょう!!!


いや〜、これで本当に14歳!?信じられないくらいのものすごい落ち着きぶりでしたよ、これは!!しかも撮影中は、話の設定より下の13歳だったわけですから!この年齢で明晰な頭脳で大人たちを言い負かしたり、殺し屋に臆せず堂々立ち向かったり、同時に恐怖心をも脆弱に忍ばせる演技まで全て出来てるわけだから!オリジナルを演じたキム・ダービーが21歳だったことを考えると、これ、快挙ですね!ぶっちゃけ、この子がいなかったら、コーエン兄弟の批評眼がどんなに良くてもここまで絶賛される映画にはならなかったと思います。いや〜、オスカーでノミネートされただけじゃなく、現在助演女優賞の部門で猛追してるのも納得です。


ちなみにこれは新旧のマティの対面写真。現在63歳の旧マティ、キム・ダービーと。この人はぶっちゃけ一発屋に近かったのですが、ヘイリーは間違いなくそうならずに成長して行くと思います。それぐらいすごい演技でしたよ、これは。


…と言う風に、この「トゥルー・グリット」もお見事な傑作だったわけですが


それでもまだ、あちらの方の映画が良いと言うのかい?


現在を代表する優秀な監督たちがこういう力作を出してくるたびにそう思わずにはいられません。オスカー前ギリギリに「127時間」を見る予定ですが、おそらくはそれにも同じことを思ってしまうような気が今からしています。
author:沢田太陽, category:映画, 06:45
comments(0), trackbacks(1), - -
Comment









Trackback
url: http://themainstream.jugem.jp/trackback/601
【映画】トゥルー・グリット
『トゥルー・グリット』(2010年・監督:ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン) ジョン・ウェイン主演の『勇気ある追跡』(1969)をジェフ・ブリッジス主演で、コーエン兄弟がリ
【@らんだむレビューなう!】 Multi Culture Review Blog, 2011/06/16 11:37 PM