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アメリカ人だって悩んでる!? 近年の「ロックの殿堂」選出に見る、ポップ・ミュージック批評の複雑さ

どうも。

 

 

では、今日は1週間前に発表になった、2019年度の「ロックの殿堂」の殿堂入りアーティストの話をしながら、ポップ・ミュージック批評の複雑さについて話すことにしましょう。

 

 

 この「ロックの殿堂」なんですが、近年、選出が思い切り迷走しちゃってます(笑)。ちょっと、今年の殿堂入りアーティストをみてください。

 

 

 

左上から、デフ・レパード、ゾンビーズ、ロキシー・ミュージック、ジャネット・ジャクソン、スティーヴィー・ニックス、ザ・キュアー、レディオヘッドの順になっていますが

 

なんか、一貫性、なくない??

 

そういう意見があってもおかしくないと思います。

 

では、なぜ、こういうことが起こってしまったのか。そのことについて今日はお話ししましょう。

 

 

)榲は委員だって「今っぽい感覚」で選びたい

 

ロックの殿堂の基本的な基準は「デビューから25年経過」が有資格の目安となります。なので、現在は「93年にデビュー」までがアーティストの対象です。

 

この基準でずっと来てて、ここ数年はですね、いわゆるインディ/オルタナティヴ系のロックやR&B/ヒップホップのアーティストが対象になってきていました。

 

これ、例えば最近の音楽の批評基準だと、「ビヨンセだってケンドリック・ラマーだって、ロックよりいいアルバム出してるくらいじゃないか」という理屈はわかると思います。これに関しては一部の選考委員も同じような考え方です。僕もそうですね。というのは、やはり1992年くらいで、ポップ・ミュージックの批評感覚がガラッと変わってしまっっているから。その頃くらいから、インディ・ロックやエレクトロ、R&B/ヒップホップが影響力の強い音楽になっていきましたからね。R&B/ヒップボップはある時期、ちょっと商業的になりすぎて離れちゃってましたけど、2010年代以降はまた戻ってきてますからね。

 

 

で、実際。そうなった方がいいんですよ。それはやっぱり、「女性と黒人を閉めださないでよくなるから」。ロックの悪い癖としてどうしても「白人男性優位的傾向」というのがあって、長らく女性、黒人は狭義の「ロック」というものには入りにくいところがあった。でも、それがエレクトロやヒップホップであっても、黒人や女性が「音楽的に、または社会的な意義上、価値観を変えるような刺激的なことをしていれば選んでいいんじゃない?」という考え方でそれを「ロック」として捉えて選ぶような傾向が出てきたのは、当時を生きた実感としてもやっぱりありましたからね。もう、92年と言わず、その前からマイケル・ジャクソンとかマドンナの例も既にありましたからね。

 

 

 で、ここ最近の殿堂入りにも、グリーン・デイだとか、トゥパック、NWAという名前が並ぶようになりました。もう、殿堂入りの基準も93年まで来てるわけですから、これからはどんどんそういう名前ばかりが対象アーティストとして増えてきます・・・

 

 

 

が!

 

頑なに時代の変化を拒む、クラシック・ロック派の抵抗

 

これがあるんですよねえ。

 

悲しいかな、「ロックの殿堂」のコア・ファンは、「80年代までのロックのファン’が圧倒的に多く、特にベイビー・ブーマーと呼ばれる戦後生まれ、1946年以降から1960年くらいの生まれの人が多い。となると、必然的に「70〜80年代のアーティスト」をどうしても好みたくなる傾向が強いんです。

 

で、彼らに言わせると、「ギターも持たず、曲も自分で作れないようなヤツがどうしてロックの殿堂に入るんだ」となるわけです。で、しかもクレーマーとしてうるさいんです(笑)。僕、クラシック・ロック系のメディアもfacebookで情報得てますけど、コメント欄、たまにムッとしますからね。「こいつら、マジでレイシストかよ。トランプに票入れるのってこういうヤツか」って思う時さえありますからね。

 

まあ、政治的なことはさておき、彼らが特に2010年代に入って、特定アーティストの殿堂入りのファン嘆願運動というのを始めます。それが例えばKISSとかラッシュとかの範囲だったらまだよかったんですよ。確かに、後年まで影響力は確実にあるバンドだったんで。ただ、それがだんだんエスカレートしてきて、「あいつが入るなら、こっちだっていいだろ」みたいな意見が批評性無視してデカくなりすぎたんですね。

 

 

そこでロックの殿堂は一昨年から、「選考委員ではないけれど、ロックの殿堂のサイト主催の一般ファンの人気投票で4位までに入ったら殿堂に入れよう」というお約束を作ったんですね。それで17年のときの投票が「ジャーニー、ELO、イエス、パール・ジャム」で、この時は「イエスって若い人に曲知られてないけど、まあいいか」だったんですけど、その翌年になると「ボン・ジョヴィ、ダイア・ストレイツ、ムーディ・ブルース、カーズ」になって、僕でさえ、「おいおい、勘弁してくれよ!」となりましたからね。

 

 

ボン・ジョヴィってファンは世界中に多いけど「ボン・ジョヴィでバンドを始めたって人は多いのか?」の疑問と、昔からずっとある批評性の低さはどうしても引っかかるし、ダイア・ストレイツ、ムーディ・ブルースに関しては、それこそ「1992年以降に新規のファン、ついたバンドなの?」というのがどうしてもある。僕から見たらオーケーなのはカーズだけですよ。ニュー・ウェイヴ経由で曲が後年まで知られてますからね。

 

 で、選考委員もそう思ったんでしょうね。だから

 

 

 

だから、このあたりがゴリ押されたんでしょうねえ。

 

「おいおい、なんだ、そんな年寄りくさいのばっかり入るのって、勘弁してくれよ!」。一部の若めの選考委員が反旗を翻したのは想像に難くありません。

 

 

だからなんでしょうね。今年はその「ファン投票」の結果で選ばれたのは

 

 

 

この2組だけでしたからね。

 

で、これも賛否両論なんですよ。「スティーヴィー・ニックスはすでにフリートウッド・マックで殿堂入りしているのに2度入る必要があるのか」。僕は彼女の大ファンだし、コートニー・ラヴやラナ・デル・レイなどからのリスペクトがあることも評価できるんですけど、2回入る必要はない。

 

 

で、やっぱり、ごめんなさい、デフ・レパードというのは、僕からしたらありえない。僕、中高の時、リアルタイムですごく好きだったんですけど、やっぱり全盛期が短かったのと、「オルタナティヴ時代以降」になった際の時代への対応の悪さ。ここはすごいマイナス・ポイントなんですよねえ。

 

 

それにプラスしてですね、ぶっちゃけ

 

 

デフ・レパードとアイアン・メイデンやスレイヤーだったら、現状、どっちが新作のセールスも、ワールド・ツアーの規模も、影響力も、後続のファンの数も多いと思います?そういうところの視点が足りなすぎるんですね。今のクラシック・ロックのファンって「僕らが若い時に活躍したスター」なら誰でも入っていいと思っているところがある。だけど、それって、自分の世代より若い人の視点からすれば寒いだけ、ということに気がついてない人がアメリカ人でも多すぎますね。だいたい、ディランだとかボウイとかみたいに、80、90年代のうちに一発で殿堂に入っていないから遅れて殿堂入りするくらい、もう「Aリスト」ではないアーティストが遅れて殿堂入りしてる時期なのにね。「評価しそこなって遅れて殿堂入り」させるなら、現状のことをもっと知らベて本当にその価値があるのか確かめてからやるべきだと思います。正直、ウェブ上の「フォリナーとかバッド・カンパニー、パット・ベネターを殿堂いりさせるべき」みたいな意見にはちょっと辟易してます(笑)。

 

 

改めて今回の殿堂ですが、興味深かったことが幾つかありますね。キュアーが入ったのは、この殿堂が基本的に弱点だったUKニュー・ウェイヴを強化する意味で重要だし、レディオヘッドはもう批評家好みのバンドの典型ですからね。本当は去年入ってもよかったのに、あのひどいファン投票に妨害されて1年遅れましたからね。ただ、今年もレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンが犠牲になって殿堂入り遅れましたけど(苦笑)。あと、ロキシー・ミュージック、ゾンビーズあたりが入ったのも「ヒットの数よりも、もっとカルトファンが後年までいるアーティストを入れよう」という姿勢の表れですね。すごく評価できます。

 

で、今回最も面白いと思ったのが

 

 

ジャネットの選出です。

 

これはなかなか綱渡りな選択だし、この先の「ありか、なしか」を考える意味ですごく興味深いんです。

 

 

R&B/ヒップホップ、エレクトロ、アイドル、カントリーをどう批評するか

 

今後の「ロックの殿堂」というのは、クラシック・ロックのファンがどう抵抗しようが、92年以降の基準、ヒップホップやエレクトロ、アイドル、アメリカの場合だとポップ・カントリーも入ると思いますが、このあたりをどう扱っていくか、にかかっていると思います。

 

今回ジャネットが、ホイットニー・ヒューストンやマライア・キャリーよりも先に殿堂入りしたことはすごく実は意味を感じることです。「なんでだ。この2人の方がジャネットより歌がうまいじゃないか」と思われる方もいるかと思われますが、ジャネットの場合

 

・プロデューサーと組んでの1枚のトータル・アルバム

 

・プリンスの影響を受けた80s後半の先進的なファンク路線

 

・実はその後のメロウ系R&Bの雛形を作っている

 

 

この3点においての意味があると思うんですね。

 

「ロックの殿堂」に入るためには、いくら他ジャンルとはいえ、アップテンポの曲に弱いと致命的にダメです。その点、バラッディアーのホイットニーとか、マライアには圧倒的に不利です。あとジャネットの場合は、プロデューサー取っ替え引っ替えしないで、ジャム&ルイスという彼女にとって絶対的なプロデューサー使ってアルバムをトータルで作るから「アルバムの意義性」がすごく重視される。これはアルバム重視のロックには好まれることだし、昨今のプロデューサー取っ替え引っ替えが当たり前のR&B/ヒップホップにとっても良い教訓になりうる。

 

 あと、ジャネット、歌は上手い人ではないですが、その分、丁寧に歌うんで、そのせいかどうかはわからないんですが、彼女の曲って、そのあとのR&Bのメロウな曲の雛形になりやすいんですね。アリアナ・グランデの「Thank You Next」聞いた時にそれをすごく感じたし、僕が年間ベストで入れたナタリー・プラスのアルバムあたりにもその影響感じましたけど、そういうとこでの影響力も考慮できるかなと。これもマライアとか、ホイットニーからは感じられないものなので。

 

 

 こういう、「ジャネットならアリでも、ホイットニーやマライアならダメ」みたいな線引きは、これから大切になってくるかと思います。「ジャンル全対応で誰でもいい」だったら、クラシック・ロックのファンじゃなく、普通のロックファンでも「それはロックじゃないだろう」と反論されることは必至になりますからね。「アリアナはアリだけど、デミとセレーナはまだまだでしょ」とか「ポスティも現状じゃまだありえないでしょ」みたいな感覚は必要になるかと思いますね。そうじゃないと、ただでさえ「曲、自分で作ってない」時点で弱いんだから、何かで挽回しないとダメに決まってます。そうしないと、MTVの音楽アワードとかと変わらなくなるわけでもあるしね

 

 

author:沢田太陽, category:評論, 19:16
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