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映画「BlacKKKlansman」感想 これぞ、スパイク・リー・ジョイント!黒人問題に再び鋭いメス

どうも。

 

 

オスカー前哨戦、もう二つ大きなものが出ています。もう一つ足して、明日、最初のまとめをやりますが、今日は、そのオスカーにも絡んできそうなこの映画のレヴューをやります。

 

 

スパイク・リーの「BlacKKKlansman」。このレヴュー、行きましょう。僕は大学生の頃、スパイク・リーの映画に大ハマリしていて、彼の映画から黒人の人種差別の問題をかなり学んでいます。90sの前半はそうした映画の秀作をかなり作っていました。それから、ややその主題から離れていた観もあったのですが、また、この主題に戻ってきました。そして、この映画でカンヌ映画祭の第2位にあたるグランプリも受賞していますが、果たしてどんな映画なのでしょうか。

 

まずはあらすじから見てみましょう。

 

 

話は1970年台前半。ロン・ストールワース(ジョン・デヴィッド・ワシントン)はコロラド州コロラド・スプリングの警察官に採用されます。この当時、まだ黒人警官は珍しく、署内でネチネチした差別を受ける時もありました。

 

 

 しばらくは記録整理でしたが、張り込みの任務を与えられます。それは60sに恐れられたブラック・パンサー党のストークリー・カーマイケルが演説を行うので、危ない企てでもないか潜入してこいというものでした。

 

 

 ロンはそこで、主催の学生団体を仕切るアフロヘアの女の子、パトリス(ローラ・ハリエル)と出会います。パトリスはかなり激しい黒人運動の闘士でしたがお互いに意気投合。関係もロマンティックなものになります。

 

 

 数日後、ロンは新聞広告に出ていたKKKの構成員募集の広告を目にし、白人人種差別者のふりをして電話をかけて面接に行きます。

 

 

 ただし、面接に行ったのは同僚のフリップ・ジンマーマン(アダム・ドライヴァー)でした。ロンを名乗るフリップはその絶妙な演技でKKKの構成員を見事に騙します。そしてロンが背後からその様子を盗聴します。

 

 

 ロンはさらに、若手の有力政治家デヴィッド・デューク(トファー・グレイス)がその裏でKKKの幹部であることを知ります。そして、その彼が中心となって、黒人の過激派舞台への襲撃が行われる計画も知ってしまいますが・・。

 

・・と、ここまでにしておきましょう。

 

いや〜。

 

 

こういうスパイク・リーの映画こそ見たかった!

 

 

やっぱりスパイク・リーって言ったら、黒人の人種問題に深くメスを入れて切り込んでいく、社会告発した映画が一番いいんですよね。「ドゥ・ザ・ライト・シング」「ジャングル・フィーヴァー」そして「マルコムX」。僕はこういった映画を通して、それぞれのシーンの中で描かれることの背景なんかを詳しい人から教えてもらったりすることで、アメリカにおける黒人の人種差別問題の根深さを知ったものです。それは例えば、90s前半くらいまで続いた、アジア人居住区の拡大が黒人居住者を追いやっていた話とか、ブラック・ムスリムがいかにして拡大していったかの話とか、そうしたことですね。ある種、僕にとっての社会の教科書だったし、こういうことがわかったことで、この当時、黄金期でもあったヒップホップの理解も促進されたものでした。

 

 そのあと、ビル・クリントンの時代になり、ヒップホップも一番人気の音楽になり、黒人がハリウッドで一気に台頭し始めると、スパイク・リーの作品からはこうした主題が見えなくなり、むしろ、白人を主役にした映画なども作るようになりました。言われなきゃ気がつかなかったものも結構ありましたからね。この時代は、まあ、彼も監督の表現として成長したかったというのもあるでしょうし、「25時」みたいな傑作もあるにはあるんですけど、なんか見たいものではなかったんですよね。まあ、彼が人種問題に立ち向かわなくなるというのは、それだけ黒人社会がよくなったという意味でもあるのかな、とも思いはしたんですけどね。そして時代は、ついには黒人大統領のオバマが誕生するところまで行きました。

 

 ただ、まだオバマ政権の頃に、例えば黒人青年トレイヴォン・マーティンの射殺事件で、間違った事実認識で撃った警察が無実になり大暴動が起こるという、まさにリーが人種問題の映画を作っていた最盛期の1992年に起こったロス暴動を思わせるようなことが起こったのを皮切りに、黒人が警察による不当な差別を受けるような事態が再び浮上した。そして2017年のトランプ政権誕生で、極右の人種差別者が声をあげられるような状況も生まれてきた。そんな矢先に、リーは再び時代に立ち向かい、人種問題に斬り始めるに至ったわけです。

 

 

 そんな中で、舞台背景が70sのブラックパワーの時代だったことがまずうれしかったですね。やっぱ、このアフロですよ。この時代は、「黒人の誇り」が最も叫ばれていた時代であり、ブラック・ミュージックも社会問題に触れたシリアスなものが最も多かった時代。サウンドもこの時代に急速に進化しますが、それは今日でもヒップホップのサンプリング・ソースとして愛されています。映画も「ブラックスプロイテーション」といって、主にB級のアクション映画ではあったんですけど、黒人映画の最初の全盛期を迎えます。そのあたりの話はこの映画でも出てきて、そのテのマニアなら思わずニヤリ。リーも、このあたりは大好きで、彼の映画のモチーフにも使われてもいましたね。

 

それから

 

 

基本がコメディだったのも良かったですね。演技や会話が当意即妙でかなり気が利いています。かなり笑えます。このあたりのセンスもリーらしいんですよ。もともと彼、初期はコメディ色が強く、そのあたりは「She's Gotta Have It」「School Daze」といったデビューのことの映画や、「ドゥ・ザ・ライト・シング」でも生かされていたし、90sの「Girl 6」みたいなライトな映画でも生かされていましたけど、この要素がちゃんと出ていたのも良かったです。

 

でも、そんな中でも一番良かったのは

 

 

やはり、社会風刺能力、これに尽きます。「なぜKKKを今描くのか」。それがハッキリわかるのがいいです。今のこの時代、極右が台頭して、どこの世界でも、人種に関わらずヘイト・スピーチが行われたり、そういう団体の行進が行われるような時代。その精神構造はやはり、昔からアメリカに存在するKKKのそれと基本的に変わるものではない。そのことがこの映画ではしっかり描かれてい

ます。KKKは本当に古い団体で、20世紀の初頭からかなり知られたものでもあるのですが、そのあたりのこともこの映画ではしっかり描かれ、これもすごく勉強になります。

 

 

 まだ続きます。

 

author:沢田太陽, category:映画レビュー, 18:37
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