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マライア・キャリーのアルバム、通して聴いたの、初めてだな。

どうも。

 

2日前にある映画を見たのでそっちにしようかとも思ったのですが、「このネタ、行けるかな」と思ったので、こっちにしてみました。

 

これです!

 

 

マライア・キャリーのアルバム、「Caution」。これをですね

 

頭から最後まで聞きました!

 

「・・・だから、どうしたんだ?」と思われる人もいるかと思いますが、僕にとっては大きな出来事です。だって

 

これまで、「アルバム、聴いてみよう」と思ったことさえ、なかった人だから!

 

彼女のことを知って、28年くらいになりますが、それが僕の彼女に対する「立ち位置」だと思っています。

 

というのもですね、このマライア・キャリーなんですが、年齢の査証がなければ、彼女、僕と同い年なんですよね。1970年の早生まれ、なので「世代」としては意識するんですが、こと「音楽」となると、どうしても距離を置いてたんですよね。ご存知の方も多いと思いますが、彼女はこと、「1990年代」という時代の最大のシングルのヒットメイカーでした。

 

ただ、それにはその当時のカルチャーの事情というのがありました。というのは

 

「みんなが同じもの聴くの、カッコ悪い」という時代においての最大の人気シンガー

 

だったわけです。つまり、90sという時代は、一つにはオルタナティヴ・ロックがあって、また別のところでR&B/ヒップホップがあって、また別のところではテクノとかクラブがあって、アメリカだと大きなカントリーのカルチャーなんてのもありましたね。そういうものというのは、シングルの総合チャートで流行るものではなく、その仲間内で流行るものだったんですよね。この当時のはやりもので、今に伝わっているものというのは、ほとんどがそういう「カルチャーにとって意味を持ってきたもの」だったんですよね。だから、そういう曲は、いわゆるビルボードのシングル・チャートでは数字で結果が出ていません。だから、わかりにくくもあるんです。

 

 では、90sの一般的なシングル・ヒットって、なんだったのか。それは、そういうカルチャーに属さない、最大公約数みたいなもの。そういうものばかりがヒットしてたんですよね。あの当時って、まだ、ヒップホップとか、オルタナでもそうかな、まだFワードのラジオ対策も進んでない時期(90s半ばまでそうだった)でもあったから放送でかけられない。だから、ある時期、「無難なものしか放送でかけられない」みたいな時代があったんですね。マライアという人はそういう時期にセリーヌ・ディオンとかホイットニー・ヒューストンとかと並んで人気ありましたね。彼女らの当時の大ヒット曲に、すごくバラードが多いのも、カルチャーなんてものに属しようがなかった中高年意識してたとこが多いにしてあったからです。

 

 そういう目で見てたんで、やっぱ、マライアって受け入れるの、難しかったんですよね。もしかしたら今の比較的若いリスナーの人で彼女を「R&Bシンガー」と思っている人もいるとは思うんですけど、ホイットニーがその括りに入れられても、マライアをそこに入れるのが難しかった人、というのはあの時代、多かったですね。少なくとも、多小熱心にR&Bとかヒップホップ聞く人にとって、「マライア、聞いてる」なんて言えない雰囲気、ありましたからね、やっぱ。あの当時で「女性でR&B」って言ったら、それはメアリーJブライジだったりアリーヤだったりTLCだったりローリン・ヒルだったり。とりわけ「歌唱力」でいうならメアリーかローリンで「ソウルフルな歌い手」ってイメージでしたね。マライアで「ソウルを感じる」なんてことは、一般には言えたかもしれないけど、R&Bとかヒップホップのファンの前では、まず言えなかった。言い方悪いけど、特に日本だと、「音楽の熱心なファンだとは言い難い女子大生やOLさん」が聞いてるイメージあったかな。「好きなのはドリカムとマライア」みたいなこと、言いがちな感じのね。だから、手を出しようにも出しにくかったわけです。

 

 で、実際にマライアってR&Bとかヒップホップとかやろうとしたらカッコ悪かったんですよ。いくらトム・トム・クラブの大好きな曲をサンプリングしても、「おいおい、勘弁してくれよ!」って感じでしたから(苦笑)。「曲を噛み締めて歌う」ってことじゃなくて、スキル先行させて歌う感じだったので、なんか響かなかったんですよね。最後のサビのリフレインであの超絶ハイトーンでも出されようものなら・・・、という感じでね。

 

 

 あと、もう一つが、これは特に2000sから顕著になるんですが、マライアの「怠惰」なイメージね。これが特に主演映画「グリッター」以降に顕著になりますね。すでに90s後半くらいから「わがまま説」みたいなものが出はじめて人気が少し陰ってき始めた時に、ちょうどブリトニーとかビヨンセとか出てきたんですよ。彼女らは、「(当時の)新世代感」とか「カルチャー感」を音楽でもファッションでも掴むのうまかったんだけど、マライアって、曲は一般に人気あっても、「ジェネレーションの声」とか「ファッション。リーダー」みたいな感覚で捉えられていた人ではなかったから、古臭くなっちゃって、そこに「グリッター」の大失敗でしょ。あれで、これまで「シングル連続1位」みたいなイメージだった人が、途端にヒット出なくなっちゃった。

 

 でも、それで彼女自身が「なんとかしなきゃ」って努力する風にも感じられなかったのがねえ。2000年代の半ばに一瞬、人気戻るんですけど、それも「We Belong Together」が1曲売れて、その余波があるうちは良かったけど、そこから何もナシでしょ。なんか見ててねえ、清原とか松坂のイメージだったんですよね。「若い時の才能で頂点に立ったけど、そこからが・・・」みたいな感じのね。だから、長いこと、興味持たずに来たわけです。

 

 

が!

 

そんな僕が、彼女のアルバムを聴いて最後まで聞けたから驚きだったのです!

 

 

それができた理由を挙げていくと

 

 

 屮汽屮好」の時代だから

 

これが一番大きいでしょうね。これ、「CDで買って聞く時代」だったら、まず、「買おう」という行為に至らなかったと思うから。そこがサブスクのいいところです。これまで「聴こう」とも思わなかったアーティストでも、金銭的なリスクを負うわけでもなく、「予想外に気に入ってしまう」可能性だってあるわけですからね。マライアじゃなくても、こういう経験をサブスクでしたことありますけど、いいものですよ。

 

 

で、二つ目が

 

▲廛蹈妊紂璽機漆悗鮓てビックリした

 

ここがやっぱデカかったですね。伝え聞いた情報でソングライターがNinety85だ、No IDだ、LIDOだ、デヴ・ハインズだ、ワンダーガールだ・・でしたからね。「ドレイクにジェイZにホールジーにブラッド・オレンジにトラップって、この人のソングライティング陣にしてはすごくアップデイトされてるじゃないか!」と思ったんですね。やっぱ、言い方悪いけど「いつになってもジャーメイン・デュプリ」ってイメージしかなかったですからね。カムバック・ヒットの時でさえそうでしたから。だから、「なんか、これまでと、情報の時点で何かが違うぞ」と思って聞いてみたんですね。すると

 

 

声が出なくなったことによって、かえって歌に説得力が増してる!

 

これが最大の驚きでしたね。

 

もう、「マライアの声が出なくなってしまった」という話は、もう4、5年前からあったことです。「何だ、ライブ、声が全然違うじゃないか」みたいなこと言われてたのがね。だから、そこも期待しないで聞いていたら、確かに声は出てないんですけど、「あれ、全然、前より聞きやすいじゃないか!」と思ったんですね。

 

歌いはじめでファルセット使うのは、自分のフォロワーであるアリアナ・グランデの逆オマージュみたいな形で面白いし、さらに、これまで聞いたことのないような、しゃがれた低い本人の地声生かした曲も今回多い。彼女って、地声って昔からこんな感じなの知ってたから、「地声と歌声の格差のある、ずいぶん無理な発声してるんだな。これ、後年、喉にくるかもね」と思ったことがあって、それが本当にそうなっちゃったのかな(実はこの危険性、ビヨンセにもあるんだけど。彼女のも地声とあまりに違うから)とは思いつつも、でも、だからこそ、逆説的に自然に聞こえてしまうというね。

 

 なんかですね、声が出なくて張り上げられなくなった分、逆に曲を丁寧に噛み締めて歌うことができてるんですよ、今作。それがあるから、曲そのものの良さがちゃんと伝わるし、彼女の声も、「昔のように出ない」とは言ってもそこはシンガーですから、それなりにはちゃんと歌えるわけで。これが昔だったら、曲がどうあろうと、彼女の歌いたいようなアドリブの方が目立っちゃって、曲の方がそっちのけになることも少なくなかったように感じるんですけど、そういうことが今回のアルバムにはないですね。

 

ということで、今回のアルバム

 

これまでマライアが好きじゃなかった人が、初めてマライアのヴォーカルが楽しめるアルバムになっていると思います。

 

 特に今時のR&B/ヒップホップが好きで、これまでのマライアをあまり知らないような若い人には、「ベテラン・シンガーによる、素敵なアルバム」と映りやすいかもしれません。その意味では、若いファンは獲得するかもしれません。実際、これ、批評的な評価はすこぶる良くて、欧米のメディアの評価だと80点超えてるところが殆どです!

 

 

これも驚きなんですけどね。「批評的にいいマライア」なんて、僕の記憶に殆どなかったから。

 

 

ただ

 

「これまでのファン」には、ひょっとしたら微妙なのかも・・。

 

とも思いましたけどね。

 

 

というのは、これ、各国のチャート結果、良くないんですよ。今のところ、アルバム・チャートのトップ10に入ってる国がなく、最高でオーストラリアの15位。イギリスなんて40位です!割と長いこと贔屓にしていた日本でさえも30位でしたからね。

 

 

 まあ、これはこれまでの彼女のツケで、コア・ファンの入れ替わりがなかったからこうなったのかな。90sからずっとついてきてるファン(つまり40、50代)で「最近のR&Bのはやり」まで抑えてる人はそう多くはないだろうし、ましてやそういう人たちにとっては「あの声が出せなくなった」ことの方がショックでしょうからね。そういう人たちは、今回のアルバムで「何かが違う・・」と思ってるかもしれないし、実際、ビルボードのサイトの書き込みでそのテのもの、結構見てます。

 

 

 ただ、この点に関しても、本人の今後の頑張り次第だと思うんですけどね。今作だけだと、悪い言い方すれば「周りにいたスタッフが良かったのでは」とか「声が出なくなった怪我の功名でたまたま吉と出た」という解釈も可能ですからね。僕自身も、そこのところ、本人の意図がどこまで介在しているのかが見えないから、正直なところ、僕の今年の年間ベストにまでは入れる予定はありません。

 

が!

 

 「ここから新しい彼女の時代」を作ることなら可能!

 

 

とは思います。

 

 次のアルバム出る頃には50代に突入だとは思いますが、そこで仮に調子が良くなったとしたら、それは「Cautionから始まった」ということになるような気がしてます。そういう意味ではこれ、彼女にとってはいいキッカケになる作品になるかもしれません。

 

 

 

author:沢田太陽, category:評論, 13:02
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