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追悼・アレサ・フランクリン この12曲で振り返る

どうも。

 

 

マドンナの特集の途中ですが、これはどうしても伝えておかなくてはならないことです。

 

 

 

アレサ・フランクリンが亡くなってしまいました。数日前まで重篤状態が伝えられていたので覚悟はしていないといけないなと思っていたのですが、残念なことに帰らぬ人となってしまいました。癌での闘病もだいぶ長きにわたっていましたからね。なので、わかってはいるんですけど、やっぱり悲しいですよね・・。

 

 

 おそらく、もう日本でもかなりの話題になっているのではないかと思うのですが、アレサというのは「レディ・ソウル」「クイーン・オブ・ソウル」と呼ばれていただけあって、もう、「歌の上手い女性」の代名詞みたいなところがあります。実際、「20世紀最高のシンガー」みたいな企画が組まれると、彼女、必ず5本指には入りましたからね。1位取ることも珍しくなかったですね。

 

 

 あと、彼女の場合、その歌唱力が単に「技術的に上手い」というだけにとどまらず、「女性の声」「黒人の声」「社会の声」として、単なる「歌声」という次元を超えて機能したところもすごいことです。

 

 そんな彼女ですが、もう、とにかく歌声聴いてもらうことが最大の理解だと思うので、12曲、ここで選んで次々と紹介したいと思います。

 

 まず僕が彼女を知ったのは、この曲でしたね。

 

 

 

この2曲ですね。1985年のことです。上の「Freeway Of Love」が彼女の、この当時でおよそ10年ちょっとぶりに全米トップ10、最高位3位だったかな。上がる大ヒットになったんですね。その時に「なんか過去にすごい功績があった人」ということはわかりました。

 

 で、ちょうど同じタイミングで彼女はユーリズミックの「Be Yourself Tonight」というアルバムで、この「Sisters Are Doin It For Themselves」をアニー・レノックスとデュエットします。これは、女性たちに自分の力で立ち上がることを呼びかけた力強いフェミニズム・アンセムとして一部話題になりましたけど、この時点だと、「なぜアレサの力がこの曲で必要だったのか」までは、高校1年生にはまだ分からなかったかな。

 

 面白いことに、このタイミングでアレサが復活する予兆も、それに伴う60sのソウル・リバイバルの機運もあったんですよね。82年の終わりくらいから、フィル・コリンズとかホール&オーツがモータウン調のヒット曲を飛ばし始めて、84年にはティナ・ターナーがカムバック・ヒット。で、スティーヴィー・ワンダーも「心の愛」から「ウィ・アー・ザ・ワールド」で大活躍でしょ。85年に入っても、前年の射殺されてしまったマーヴィン・ゲイへの追悼曲が2曲も連続してヒット。で、アレサに、この後、ジェイムス・ブラウンの復活まで、連鎖反応で立て続けに起こったんですよね。あれは今から考えても不思議な現象でしたね。

 

 で、アレサはこの後、ジョージ・マイケルとのデュエット曲を全米1位、エルトン・ジョンとのデュエット曲も全米トップ10に入れ、80sいっぱいまではヒットメイカーとして活躍します。

 

 

 ただ、この時点ではまだ、「昔の彼女を聞いてみたい」とまでは思っていませんでしたね。そういう風に思うようになったのは90年代の頭ですね。やっぱりスパイク・リーの映画、とりわけ「マルコムX」を見たときに、「マルコムXとキング牧師が生きた時代のソウル・ミュージックを聞いてみたいな」と思うようになって。その頃、ヒップホップのリリックがプロテスト色濃くなっていたし、80sの頃にベスト盤で聞いたスティーヴィーの70sの曲は好きだったし、ちらっと聞いたスライ&ザ。ファミリー・ストーンのファンクはすごくカッコいいと思ったし。

 

・・と思ううちに、買ってみたのがこれでしたね。

 

 

この「30 Greatest Hits」。これは彼女が黄金期を過ごしたアトランティック・レコーズでの、1967年から74年までのヒット曲を集めたベスト盤ですが、もう悪いことは言いません。

 

アレサに初心者として入るならば、間違いなくこれがベストです!

 

これは僕はもう、何度となく、繰り返して聴きましたね。これでソウル・ミュージックの大事なレガシーの一部を学んだようなものです。

 

 

 

アレサは1967年から60sにヒットを連発し、たちまち「ソウルの女王」になるわけですけど、そこには強い社会的な意義が含まれていました。

 

最初のヒットは一番上の「Respect」なんですけど、これはパッと聴きはだらしない夫に向かっての妻の怒り爆発みたいな曲に聞こえるんですが、「私が欲しいのは敬意ってヤツよ!」との一節。これはかなりの社会的フレーズになりました。1967年と言ったら「サマー・オブ・ラブ」で、いわゆるベトナム戦争に反対したカウンター・カルチャーが開花する年なんですけど、全く同じタイミングでウーマン・リヴも、公民権施行後の黒人の「ブラック・パワー」のムーヴメントも活性化していくわけです。そこで「敬意を払ってよ!」というのは、それは「女性に対して」とも、「黒人社会に」とでも解釈できたわけです。

 

 

 「Do Right Woman」も、「愛して欲しいなら当然と思わず、あなたがそれなりの行動をとってよ」というかなりフェミニスティックな主張が込められているし、のちに映画「ブルース・ブラザーズ」の有名なシーンにも使われた「Think」は「考えてもみてよ。あなたひどいことしたでしょ。私なんかに構わないで自由になったら」っていう、だらしない男に喧嘩売った曲なんですけど、これも「女性や黒人にひどいことをした人へのリベンジ・ソング」とも取れる。この当時の彼女のヒット曲って、そういう深読みがすごくそそられるんですよね。それと全く同じことは男でオーティス・レディングに感じられるんですが、二人とも、ゴスペル通過した黒人でないとできないパワフルな歌い方でそれをやるもんだから、やはり当時、かなりのインパクトあったんじゃないかと思います。

 

 

 

 

こうして黒人や女性たちにとっての「ソウル・クイーン」となったアレサですが、彼女は同時に白人の音楽とうまく融和することもできた人でもあります。その代表が、この「I Say A Little Prayer」ですね。これはバート・バカラックが彼の曲を専門に歌っていたディオンヌ・ワーウィックに提供した曲ですが、アレサのカバーの方が、小洒落感が勢い強くなりがちだったバカラックの曲世界に、これまでになかったような熱いエモーションを注ぎ込んでいますね。

 

 

 彼女は60年代末期から70sの初頭にかけて、ビートルズ、ザ・バンド、サイモンとガーファンクルなど、白人のロック、フォーク系の曲を積極的にカバーし、ここではそれまでブラック・ミュージックに興味のなかった白人のロック・リスナーまで唸らせます。

 

 

 

そして、実はこの時期が僕がアレサで一番好きだったりするんですが、70sの前半、アレサは実はシンガーソングライターみたいな時期がありました。彼女、実はソングライターとしても優秀な人で、この「Call Me」とか「Day Dreaming」というのは、彼女が単独で書いた曲なんですよね。この当時のシンガーソングライターみたいですごくいいんですよ。あんまりその側面、語られないんですけど、今日のオーガニック系のR&Bにも通じるテイストあります。

 

 それから、そのシンガーソングライター的な部分を継承して、スティーヴィー・ワンダーやカーティス・メイフィールドといった、この時代屈指のクリエイターの曲も彼女は見事に歌いこなします。スティーヴィーのヤツは、70s最後の彼女のトップ10ヒット。下のカーティスの「Something He Can Feel」は「隠れ名曲」の位置付けだったんですけど、1992年にアン・ヴォーグがカバー・ヒットさせて有名になっています。

 

 

 

で、一時期売れない時期が続いて、冒頭で述べたように80sに復活するんですけど、本音を言ってしまうと、その時期のナラダ・マイケル・ウォルデンのプロデュースした彼女の曲、僕はあんまり好きじゃないんです。なんかちょっと毒気のないポップな感じがして。そこのところはちょっと残念だったかな。ユーリズミックスのあの曲は好きなんですけど、あとのヒットはなあ。

 

 それでいうなら、1998年にローリン・ヒルのプロデュースで出たこの曲はよかったですね。後期の彼女の曲の中ではこれがベストです。これ、もう少し売れて欲しかったんですけどね。この時点で57歳だったんですけど、素晴らしい歌声ですよね。

 

 

そして近年の伝説といえば、これですね。これは2015年、ケネディ・センターで行われたキャロル・キングのミュージカルでアレサが披露した、彼女の代表曲でもありますフェミニズム・アンセム「(You Make Me Feel Like A)Natural Woman」を披露した時ですね。この時、アレサ、もう闘病してたはずで、年齢も73になっていたんですけど、これは信じられないパワーですよね。鑑賞していた当時のオバマ大統領が思わず感涙にむせんでしまったことでも非常に有名です。こういうことを可能にしてしまう歌声の魅力というのがアレサにはあったものです。

 

 今後、彼女のように歌えるシンガーというのは長い目で見れば出てくるとは思います。ただ、それがこんな風に時とケミストリーを起こして「時代の声」としてケミストリーを起こせるような存在というのは、そんなに簡単には生まれないような気がしています。

 

 僕も残念ながら生でその歌声を聞くことはなかったので非常に惜しいのですが、楽曲や動画を通して得た感動はせめて伝えていけたらなとは思っています。RIP

 

 

 

 

 

 

 

author:沢田太陽, category:訃報, 10:39
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