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「非英語圏の101枚の重要なロック・アルバム」の選び方

どうも。

 

 

一昨日に発表した「非英語圏の101枚の重要なロック・アルバム」、twitterでもfacebookでも上々の反響をいただきました。ありがとうございます。

 

 

僕としてもこれは、かなり力が入っている企画なので、プロモしたいのです。これからしばらく、これに関しての言及は関係ない記事でも出てくるとは思いますが(笑)、気にしないでやってください。

 

 

 で、余韻もあるので、今回は、僕がどうやってあれを決めたかのプロセスを語ろうかと思います。

 

 

 アイデアを思いついたのは2月の初旬ですね。ワールドカップ用の企画を考えていて、最初は「非英米の」で考えていて、オーストラリアも考えていたんですよ。だけど、パッと頭に思い浮かんだだけで、オーストラリアとニュージーランドあわせても25枚は必要なことがわかって、それは挫折しました。ただ、いつか、このオセアニアとか、ナイジェリア、南アフリカ共和国など、アフリカの英語圏も足したロック・アルバムものは、そのうち形にできたらな、とは思ってます。

 

 

 で、思い直して、「非英語圏の」で行こうと思ったんですね。ただ、その際に、「英語で歌ったものはダメ」なんてことにしてしまうと、本当に極端というか、変に意固地なマイナー趣味に固執してるみたいに捉えられかねないし、それは僕の当初のコンセプトとは異なるものになりかねなかったので、「英語で歌うことに関してはアリ」ということにしました。

 

 

 で、どうやって決めるか、ですが、まず思いついたのは「シード制」でした。

 

 こんな感じでした。

 

<Aシード>(最大10枚まで)
日本
ドイツ
フランス
イタリア
スウェーデン
ブラジル

 

<Bシード>(最大5枚まで)
スペイン
アルゼンチン
デンマーク
メキシコ
ロシア
ポーランド
アイスランド
インドネシア

 

こんな具合ですね。

 

このシードは、Aに関しては、「国際的な進出が比較的多い」「国内の音楽マーケットが大きい」ということで考えました。Bが、「国内のロック市場が少なからず大きい」ということですね。

 

 ただ、それでマックスまでは選ばないで、極力枠が余るように作っていきました。そうすることで、他の少数の国がなるべく多く入るように配慮をしたわけです。特にインドネシアなんかは、ロックの歴史が50年代からあって、現地のローリング・ストーンで国内アーティストのオールタイム・ベストがあるくらいだったのですが、60年代に光るものはあるものの最近のものがもう一つだったので、実質は「韓国と合同」という形になりましたね。

 

 

 で、それぞれの選び方ですが、世界各国のローリング・ストーン誌が2010年前後にやった、「自国のオールタイム・ベスト・アルバム」、そしてRYM(Rate Your Music)というサイトに、そうした各国ベストが個人制作も含めてかなり存在するのですが、そうしたものですね。実は僕はこうしたリストを見て3〜5年くらいは楽しんでいたりしたのですが、そこによく入っているもので僕自身も良いと同意できるものを優先的に入れています。

 

 

 で、枠も決めておいたから、決めるの割と早かったんですよ。直感的にポンポンと選びましたね。

 

 意図してなかったのですが、フランスは結局いっぱいいっぱい10枚になりました。まだ選び足りなかったくらい。やっぱ自力高いんだな、あの国は、と思いましたね。ドイツ、スウェーデン(ともに8枚)に関しても同様です。ブラジルは住んでるので客観的に見たつもりですけど、あそこもやはり60、70年代にレジェンド多かったし、その後も10年に一人はすごいの出てますから9枚に

なりました。

 

 で、日本ですけど、「ロカビリーの時からロックの文化がある国って本当に珍しいし、世界的に見れば海外進出組も実は多い」ということで9枚にしました。でも、これも直感的にすぐ選べましたね。「坂本九、スパイダーズ、はっぴいえんど、キャロル、YMO、BOOWY、X JAPAN、フリッパーズ」というこの8つに関しては最初から直感でした。「いや、もうこれしかないだろう」ってくらい迷わなかったですね。「歴史の転換点」ということと、「フォロワーを多く生んだ」「シーン作った」ということでいうと、必然的にこうなっちゃうのかなと思ってですね。

 

 最後の一枠を巡ってだけ、「ミッシェル、ゆらゆら、林檎、くるり、ナンバーガール」から若干迷って、「でもミッシェルかなあ」と6割がた腹決めながら知人に一人尋ねたところ、期待通りの答えが返ってきたので彼らにしました。これで日本は決まりました。

 

 ただ、後で、「今、流行りのシティ・ポップって他の国にない概念だからあってもよかったかなあ」とは思いましたけどね。なのでシュガーベイブやら山下達郎、ユーミンも考えないではなかったのですが、「でも、キャロルで語ることあるし、こっちの方の独自性の方がデカいしなあ」と思って結局選ばなかったです。せめて、Spotifyに彼らの名盤があったら、キャロルの代理で選んだんですけどねえ。あまりに替えが効かないので、Spotifyだと枠、ブラジルに一つあげちゃいました。

 

 

ちなみにSpotifyでの代理、日本が一番多発したんですけど、はっぴいえんどの代理がフラワー・トラヴェリング・バンドという、わかる人にはわかるシャレを使いまして(笑)、BOOWYがブルーハーツ、ミッシェルがくるりで代用されました。

 

 

 他の国に関しては、「英米のロック史」と対照させる感じで進めてみました。エルヴィス・フォロワーがいたら極力選んだし、ブリティッシュ・ビートに相当するシーンがあったらそれも選んだ。この辺りに関しては

 

 

この、ライノ・レーベルのガレージ・ロック・コンピ、「ナゲッツ」のVol.2のボックスで20年くらい前からだいたいどこの国で60sからバンド文化があったのか、あらかじめ知ってました。それでかなり選びやすかったのは確かです。

 

面白いことに、実はその頃から、共産圏のはずの東ヨーロッパにロックの文化があったりするんですよね。このことも僕は、「ポランスキーとかミロシュ・フォアマンみたいな監督を60年代くらいに出した地域でロックの文化がないわけない」と思って、時間かけてネットで調べて色々見つけましたね。

 

あと、70sはまだ国際的に独裁政権なんかもあって、ポップ・ミュージックが圧政に屈した、なんて話もよく聞いたので、その辺りも反映させてます。

 

で、80sは子供の時にMTVでいろんな国からのヒットが今よりも入ってきたので、それも入れてある(a-haとかハノイ・ロックスとかがそう)し、南米とか東欧でロックがメインストリームになったのもその頃です。南米で右翼軍事政権が終わったのも、東欧で共産圏が終わったこともそれと密接に関係してます。

 

 それからエイティーズからナインティーズの最初のワールド・ミュージックのブームですね。これに関しては、あくまでもアレンジ面においてロックに近いものに限りました。そうしないと、ちょっととっちらかりそうになるし、「ロックとの接点」が見えなくなるので。

 

 そして90sあたりになると、各国かなりシーンもあって、ネットでの検索もしやすくなりますね。特に最近の物は、母国語のままでもヒットするようになっているので、「時代も本当に変わったなあ」と痛感してるとこです。

 

 で、前も言いましたが、100枚選んだところで31国になったので、「何ならワールドカップ参加国数と同じにしてしまえ」と思って、101枚32国となったわけです。

 

 

 具体的な盤は10枚ずつ、全10回でやります。始まりはワールドカップの開催と合わせます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author:沢田太陽, category:非英語圏のロック・アルバム, 21:40
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