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クランベリーズのドロレス・オリオーダン急死

どうも。

 

 

いやあ・・。これも本当にビックリというか・・・

 

 

クランベリーズのドロレス・オリオーダンが亡くなってしまいました。まだ46歳の若さだったんですよね。彼女は僕と世代が非常に近いことから1歳下なのも20数年前から知ってました。世に出てくるときが、ちょうど僕が音楽関係の仕事を始めたばかりの時でもあっただけに、「ああ、同世代が」と思わずに入られません。グランジ 〜ブリットポップ期のスターにはそういう思いを抱かずには入られませんが、彼女もその一人です。

 

 

 ドロレスのことを知ったのは、1994年の事です。前年に出したデビュー作がアイルランドから海を渡ってアメリカに届いた頃です。あの頃のアメリカはメディアがまだ若い新世代のバンドを時代の顔にしようとする気概があったものですが、クランベリーズもその中の一つでしたね。

 

 最初に知ったのはこれです。

 

 

 

 これですね。「Linger」、この時のドロレスの髪型が、「ギルバート・グレイプ」に出てた時のジュリエット・ルイスにそっくりで、すごく時代性というか、そういうの感じてましたね。この頃ちょうど、ビヨークやらPJハーヴィーやらコートニー・ラヴみたいなタイプの新しい女性アーティストがインディっぽいイメージで出てきていた時でそれがメインストリームになりかけてた時だったんですよね。

 

 

 

そのイメージはこのフェイ・ウォンの「恋する惑星」でクランベリーズの「Dreams」が印象的に使われた時も、そうしたエッジィな感じを与えていたものです。日本だと、この「Dreams」以降なのかな。巷でドロレスの声を耳にするようになったのは。

 

 

 

このウッドストック94もよく覚えてます。イメージとしては当時まだ出てきて間もない感じだったのに、もう、アメリカではかなりの支持があってオーディエンスの盛り上がりが凄いんだな、と言うのをテレビの生中継見て実感したのを覚えています。今日的にはグリーン・デイやレッチリ、NINで語られがちなウッドストック94ですが、ドロレスの姿も確実にありました。

 

 

そして、この年の10月にはすぐにセカンド・アルバムが出たんですけど、この最大のヒット曲の「Zombie」がとにかく長く売れて、さらに世界的にヒットしましたね。この時のドロレスのイメージってすごく突っ走りすぎるキャラというか。

 

 

 

 こういう風に坊主になっちゃったりね。この頃はまだ「アイルランドのシネイド・オコーナーの後継者」的なイメージもちょっと指摘されてもいましたからね。急にスポットライト当たったことでちょっと危うい雰囲気になってる時でもありましたね。

 

 

 ちょうどこの曲がヒットしている間にオーストラリアとかフランス、ドイツでも1位になったりしてるんですよね。英米よりもウケがいいくらいで。今回の死の騒ぎは南米でもすごく大きいんですけど、この時にワールドワイドな存在になってたんですよね。

 

 

 

 

そして96年、3rdアルバムも世界的にヒットしました。ただ、このアルバムが批評的にコケて、そこから間が空いたことで、快進撃がだいぶ鈍っちゃうんですよね。

 

 

 

このくらいまでギリギリ覚えてるんですが、この次のアルバムを持って1回解散します。

 

 

 その後、ドロレスも30代になってだいぶ落ち着いて

 

 

2000年代にソロやってた時はこんな感じでしたしね。

 

 

一番驚いたのは「ザ・ヴォイス」のアイルランド版で審査員やってた時ですね。この時は随分、イメージ丸くなったなと思ったものです。

 

 彼女はクランベリーズを再結成させて、ツアーも積極的にやってましたね。

 

 

 

去年には、こういう、セカンド・アルバムのジャケ写をパロったアンプラグドのアルバムも出していましたけど、これ見てもドロレス、随分落ち着いてたように見えてたんですけどねえ。

 

 

 今回、クランベリーズはレコーディングのためにロンドンに渡ってたそうなんですが、そこでの突然の死。一体何があったのか。

 

 

 やっぱり、本来なくなるべきタイミングでない時の突然の若い死というのは悔やまれますよね。しかもそれが、僕の音楽の思い出の中でいい時代のスターの一人がなくなると、やっぱり寂しいですよね。改めてご冥福をお祈りします。RIP。

 

 

 

 

 

author:沢田太陽, category:訃報, 07:13
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