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ロックフェスの「無言のお約束」を壊しつつあるアメリカ

どうも。

 

 

年が明けて、アメリカでのロックフェスが立て続けて3つ、ラインナップが発表されました。

 

 

まず最初は、おなじみ、西海岸ネヴァダ州でのコーチェラ・フェスティバルですけど、こんな感じです。

 

 

 

いや〜、年々、ひどくなってますけど、今年、歴代最悪ですね!

 

別に、ヘッドライナーは誰一人として悪くないんですよ。でもね

 

ロックがヘッドライナーにないって、どういうこと???

 

仮にも、世間の認知、「ロックフェス」ですよ。それなのに、なんで???

 

 僕、ヘッドライナー以上に気に入らないのが

 

 

アメリカで全く人気のないジャミロクワイや、たかだかシングルが1曲売れただけに過ぎないポーチュガル・ザ・マンが、セイント・ヴィンセントやフリート・フォクシーズより目立つ位置にあることですね!

 

 なんかこういうのって、インディ・ロックの「シーンの現場感」を全く無視してますよね。どこの国のフェスも、そういうのに則ってラインナップ決まってるのに、そういうのを度外視して、行き当たりばったりでいきなりヘッドライナーに近いところに置いたりして。これまでフォスター・ザ・ピープルとか。ゴティエとか、ホージャーがどんなに大きなシングル・ヒットを出そうと、評判のいいアルバムがなければ、どんなに頑張っても3列目か4列目でしたよ。なのに、いきなり、「3番目にデカい位置」って、どういうこと???

 

 それに、あまりに、ポップ、ヒップホップが多すぎますね。主催者からしてみたら、「だって去年、ロック、売れなかったじゃないか」というかもしれませんが、そもそもロック・フェスというのは、そういうものではありません!

 

 

 わかりにくいことかもしれませんが、ロックフェスというのが毎年開催される文化を作ったのはイギリスです。グラストンベリーとかレディングが70年代からその代表格でやってましたけど、こういうフェスでははじめから、ポップな音楽界で売れているものではなく、あくまでもロックのバンドを出演させていました。むしろ、世間一般で受動的に売れているポップスではなく、むしろ「そういうものが聞きたくないリスナーたち」が集まって楽しむものこそロック・フェスでした。

 

 

 これが90年代にオルタナティヴやインディがロックの主流となると、旧世代の過剰にカッコつけた感じのメタルを中心としたアリーナ・ロックとの切り離しが進み、その棲み分けの中、ロック・フェス文化が大きくなっていきます。グラストンベリーが毎年テレビで中継されるようになったのも1994年頃です。フジロックがその3年後ですけど、やっぱりイメージとして、ロックフェスというのは、「ちょっとオルタナティヴなタイプのバンドが出るもの」で、「世間一般で売れてるものが出るものじゃない」というイメージは、日本でさえ、なんとなくできていたものです。「アイドルとか、ヴィジュアル系とか出たら、そりゃおかしいだろ」みたいな、暗黙の了解は、フジに行っても、サマソニに行っても初期の段階からありましたからね。

 

 

 2000年代に入ると、オルタナティヴ・ロックの中でも、ちょっとマッチョで、昔のメタル的な価値観を持ったニュー・メタルがインディ・ロックと相容れなくなってきたことから、ロックが2分する形が生まれてきました。わかりやすく言うと、スリップノットとかKORNみたいなタイプのバンドが、アイアン・メイデンみたいなオールドスクールのメタル・バンドのフェスに出るようになって、インディ・ロックが一般的なフェスの主体になったわけです。ただ、「インディ・ロックだけ」というのも、それはそれで寂しいので、「エレクトロやヒップホップでも、インディ・ロックのファンが喜ぶ範囲内なら、入れてみよう」という感じで広がっていきました。

 

 

 で、実は、この2000年代の半ばくらいに、アメリカ各地でフェスの文化がようやく広がるようになったわけです。過去にウッドストックとかモントレーとか、90年代の旧式のロラパルーザとか、フェスの伝統があるように見えるのに、各地で毎年アメリカでフェスが行われるようになったのは、ここ10年くらいのこと。日本よりも、実は5年から10年遅れてます。それくらいアメリカはフェス後進国だったんですね。

 

 

 だからなのかなあ、他の国のロックフェスが培ってきた、「ロックバンドが出るもの」「ポップものは、あくまでもメインのインディ・ロック系のオーディエンスが受け入れられるもの」というのが、「絶対的な無言のお約束」だったわけなんです。

 

 

それなのに!!

 

 

なんだ、ポスト・マローンって!!

 

 ポスト・マローンなんて、インディのメディアで褒めたとこなんて、どこもありませんよ。ただ、ヒットしたってだけで、なんでロックフェスにのこのこ出てくるんですかね??

 

 

 まあね。コーチェラをはじめとしたロック・フェスが年々メディアで注目されるようになると、ヒップホップ業界とか芸能界が、「なんで自分らは出れないの?」と思うのも無理はないかもしれません。おそらく、ここ数年で、猛烈にプロモーションもかけてたんでしょうね。コーチェラ側がそのプレッシャーに屈しきれなくなった、というのが本当のとこじゃないかな。でも、それじゃダメなんですけどね。

 

 

 まあ、コーチェラの場合、オーナーが、共和党の反LGBTの保守派議員に毎年巨額権金してるようなヤツなんで、そういう風な方向転換もどうってことないのかもしれませんけどね。ただ、この方向転換って、MTVが「音楽だけじゃなく、若者のライフスタイルを」とか言って、ミュージック・ヴィデオ一切かけなくなって、リアリティ・ショーばっかり作るようになった時の、あの堕落の感じに似てますけどね。

 

すみません。コーチェラがあまりに頭きて長くなっちゃいましたけど(笑)、他の2つも。

 

ニューヨークのガヴァナーズ・ボールはこんな感じ。

 

 

 

 こっちも、R&Bやヒップホップは多いけど、メインでジャック・ホワイトやヤーヤーヤーズ、渋いとこでガスライト・アンセムなんて名前もあるので、なんとか体裁は保てた感じですね。

 

 

そしてボストン・コーリングなんですが

 

 

 

ここはもうむしろ、中心がロックです。コーチェラ、今年、僕じゃなくても苦情すごかったんですけど、ここはそういう問題は一切なさそうですね。

 

 

 僕も別に、ヒップホップとか、ポップとか、エレクトロとか、排除したいわけじゃ全くないんです。ただ、ロック・フェスの前提破って、今年のコーチェラみたいに、勝手に「これが旬なんだよ」とばかりに変に弄ると、ロックが聴きたい人の気持ちを逆なでして、却って彼らの他ジャンルへの興味関心を閉じさせるキッカケにもなりかねませんからね。なし崩し的にコーチェラ方式が全米各地に広がっちゃったら、この国のフェス文化、終わっちゃうんじゃないかな。

 

 

 

author:沢田太陽, category:フェス, 13:05
comments(9), trackbacks(0), - -
Comment
以前から気になっていたのですが、沢田さんはなぜそれほどロックにこだわるのですか?

私はフェス文化の良し悪しは分からないので見当違いの意見かもしれませんが、ロックバンドがメインを張らなくても別に構わないのではないか?と思ったりします…。

日本でもアイドルがフェスに出演して物議を醸したりもしましたが、見たくなければアイドルの出演時間を避ければいいのでは?と思いましたし、それにロックというだけでなぜそこまで優位?に扱われるのかが分からないです。
tt, 2018/01/05 4:32 PM
答えは単純。「ロック・フェス」だからです。
あと、ロックが好きだから。
「優位」とかの問題ではないですね。
名前が銘打たれた、あるいは銘打たれたものでないにせよ、それを見に行くという行為をする人の中で、「これはロック・フェスだ」という認知が10年以上もあるものなら、それは「主役」をちゃんと立てないとお客さんそのものに対して失礼じゃないですか。


これが最初からただのミュージック・フェスティバルなりポップ・フェスティバルなのなら、文句も何も言いませんよ。







太陽, 2018/01/05 9:52 PM
そうでしたか。
失礼しました。私の解釈違いでしたね。
近年、世間ではアイドルを見下す(?)風潮を感じたりしたので、その問題とごっちゃになっていました。
tt, 2018/01/06 12:47 PM
今じゃ日本のフジロックやサマソニでもアイドルが普通に出られるようになってしまいましたからね。しかもサマソニはヘッドライナーがDJだったりするし。
で、今ややこしいのがアイドルの中にもロック性を持っているというのを売りにしているのが日本で増えてきていて(べ〇メタとか)、それを日本だと本格的だと評価する風潮になっているのか分かりませんがロックフェスに出まくってるんですよ。そういうのって海外ではどうなんでしょうね?
吉田つばめ, 2018/01/06 5:34 PM
これも「オルタナティヴ・ファクトの世界的流行」の一端だと思っています。

 それまで「低級」「古い考え」とみなされていたことを、逆に論破することで力を勢力を上げていく感じですね。ハッキリ言って嫌いですね。しかもそれって、そもそもはコンサバな価値観の物が、「進歩的な考えから、”社会的常識”の座を奪い返したい」みたいなものが根底的に見え隠れするから、タチが悪い。それに対しての言い返しも活発に行われないから、ますます状況が悪くなる。


 僕に関して言えば、日本のアイドルに関しては情報が入らないし、そもそも興味がないので語ることはできないのですが、洋楽のポップなものなら、10年くらい前、日本でまだインディのクラブやってた頃に「ガガとかリアーナとかジャスティン・ティンバーレイクとかかけようよ」と率先してかけてたクチです。それは、そういうものの中でもカッKおいいのは少なくないし、混ぜていかないと価値観が硬直すると思ったから。その頃、中心でインディで定番でかかるものがしっかりあったから、それでバランスが取れると思ったし、本来の路線に影響がないと踏んでいたからです。

 ただ、今の流れって、その「本来の路線」をも無視してなし崩しにしようとするでしょ?あれがいけないと思うんです。「グラミー賞のパフォーマンスとか、目立つとこ十分享受してるし、パパラッチに追われまくってて十分注目度高いくせに、フェスにまでやってくることないんじゃね?」と思うから反論するわけです。要は「欲張りすぎ」なんですよ。


 あと、「アイドルがロックとかより価値が低いのは偏見」とかいうじゃないですか。全否定はしないけど、でも、覆るべき定説ではこれもありません。「悔しかったら自分で曲書いて、自分自身で演奏してみろ」。こう言って返せばいいことなんですよ。










太陽, 2018/01/06 10:02 PM
沢田さん、はじめまして。
「アイドルがロックとかより価値が低いのは偏見」とおっしゃる方とやり取りしたことがありまして、その方に言わせると「自作自演が良いという価値観こそ幻想」なのだそうです。
つまり作曲なら作曲のプロに任せて、パフォーマーはプロフェッショナルなパフォーマンスを見せることに専念すればよく、その方がクオリティが高いものになるということらしいです。
僕としては、出来上がったエンターテイメントとしてだけ考えればそうかもしれないけれども、「自分でやれる、自分でやってみたい」というところを起点とするからカルチャー足り得るジャンルというのも沢山あると思うので、なにもかも一緒くたにしてしまうのは違うと思うのですが(参入障壁もバカみたいに上がりかねないし)、沢田さんはどうお考えになりますか。
顎鬚, 2018/01/08 12:37 PM
ああ、それこそが典型的なオルタナティヴ・ファクト追求者の意見ですね。一人でなんでもできた方が超人に決まってるし、「本物のスーパースター」の出現を求めるなら、自作自演の方からが出やすいに決まってます。だいたい、その人たちが支持するアイドルというものがシンガーとしてそこまで優秀なのかも疑問なわけじゃないですか。
太陽, 2018/01/08 12:57 PM
コーチェラについて、「世間の認知、「ロックフェス」ですよ」と書かれていますが、ここ近年は流行の先端に乗っている人がその象徴として行く「セレブのためのフェス」だという認識があります。日本国内のライターでもそういう意見はありますし、国内外の芸能人などがコーチェラの会場内でフェスティバル・ファッションに身を包み写真をSNSに投稿するシーンを見ても、それが正しいと思います。
そういう意味でも、チャートの上位に(たとえ1曲だけでも)入っているアーティストをヘッド付近に並べたコーチェラは何も不自然ではないですし、逆に時代の流れに乗るコーチェラのようなフェスがあるからこそ旧来のようなラインナップにしたボストン・コーリングのようなフェスも、これまでのフェスを求めている層にとって光るのだと思います。結局のところ「怒るようなことは何も無い」ということです。

ちなみに、私はコーチェラのような「今」を感じられるフェスも好きですし、徹底的にオルタナを突き詰めるフェスも好きです。
晴彦, 2018/01/08 6:04 PM
コーチェラが、おっしゃるようなフェスになったのは比較的最近のことです。以前は。かなり徹底的にオルタナを突き詰めたフェスだったし、コーチェラのラインナップのイメージがフェスを全米に広めたものです。ロラパルーザが復活できたのも、コーチェラの成功があったが故です。

イギリスにVフェスティバルという、今ではエイベックスのイベントみたいになっちゃったフェスがあるんですが、そこが90年代のブリットポップのブームの時にロックなカッKおいいイメージで出てきたんですが、今やロックの方が出ないイベントになったりもして。最近のコーチェラはそれも思い出させます。
太陽, 2018/01/08 7:54 PM









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