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「これがなかったらクイーンは今ほど評価されていなかった」と信じて疑わない3枚のアルバム

どうも。

 

 

 

今日、11月24日はフレディ・マーキュリーの25回目の命日です。亡くなったのは1991年ですけど、よく覚えています。もう直前から「もうダメだ」とは言われてて覚悟はしていたんですが、その日はちょうど月曜日(正確には日本時間では25日だと思う)で、前の日まで大学の学祭で、自分のサークルの出し物の撤去をして、横浜の自宅に帰ってテレビをつけた途端、テレビ神奈川の番組で訃報を知ってボーゼンとして、その夜は泣きましたね。何せ、クイーンが僕の人生で最初にアルバム買ったバンド、かつ、ライブ見に行ったバンドでしたからね。ショックは大きかったわけです。

 

 

・・という話は、振り返るたびに必ず出てくる話で、これだけしても進歩がないので、今回は、これまで一般に語りたくてなかなかできなかったこの話をしましょう。題して「このアルバムがなかったらクイーンは今ほど評価されていなかっただろうアルバム」。

 

 

 

 今でこそ、クイーンの評価は世界的ですけど、そうなったのは、この91年のフレディのエイズによる衝撃死がその効果を上げてしまっているのは否定はできません。実際問題、日本だと、少し忘れられた過去のバンドになっていましたからね。これは認めないといけないことです。これに関しては当時、僕、結構、怒ってました(笑)。

 

 

 日本がそうなりやすかった理由というのがあります。それが「クイーンを世界で最初に評価した国」という誇りです。そういう世代の人たちがよく言う話として「クイーンIIこそが最高だ」「ハードロックじゃなくなってダメになった」みたいなヤツですね。ただ、正直、僕はこれに関しては違和感しかありません。幼少時で70年代半ばの日本でのブームに間に合っていないこともあるんですが、ただ、もし、「クイーンII」が本当にキャリアの頂点のようなバンド(そんなこと言ってる国、日本以外にあまり聞きませんが)だったとしたら、クイーンはきっとどこかの時点ですっかり過去のバンドで終わって、80年代にヒット曲なんてなかったでしょうね。そうなったら、こんな今みたいに誰でもが知ってるバンドではなかったでしょう。

 

 

 だいたい、「クイーンII」みたいな組曲形式みたいなものがウケた時代だって長さが限られているし、プラス、そんな曲の形式にとらわれていたら、彼らが持っていたシングル・ヒットを飛ばせるソングライティングのポテンシャルを潰すことにもなったと思いますからね。ごめんなさい。なので、正直、「ビッグになって自分の手から離れていくやっかみ」程度にしか僕は思っていません。

 

 

 僕の場合、もちろん、ほぼ全世界で一般的だと思う「オペラ座の夜」最高傑作説には異論は唱えません。初期のリアルタイム世代と、中期、後期のリアルタイム世代、そして間に合わなかった世代の意見を平均してもそうなるでしょう。しかし、「オペラ座の夜」だけで終わっていても、クイーンは今ほど評価されるバンドにはなっていなかった。僕はやはりそう思うのです。

 

 

では、「何がクイーンのキャリアを救ったか」。僕が「こここそがポイント」と思えるアルバムを3枚あげることにしましょう。

 

 

まずはこれ

 

 

 

「世界に捧ぐ」ですね。77年発表。「We Will Rock You」と「伝説のチャンピオン」と、一大アリーナ・アンセムが入っていることもデカイのですが、これがあったおかげで、クイーンがハードロックの呪縛から解き放たれて、自由なソングライティングができるようになったものだと信じてます。事実、これが出た時、ロンドンではパンクの嵐が吹き荒れ、ハードロックがすっかり過去のものとなっていました。その直後、それこそピストルズの「勝手にしやがれ」とリリースが近いんですが、そこでクイーンは髪を切ってカジュアルな衣装を着るようになって、パンクにこそなりませんでしたが、来るべき時代をうまいこと乗り越えたわけです。

 

 実際、こういう曲もありましたね。

 

 

 

 

これは明らかに狙って書いたパンクでしょう(笑)。

 

まあ、これに限らず「Get Down Make Love」とか「It's Late」とか、前だったら書けなかったタイプの代表曲もありますしね。ここで芽生えたソングライティングの多様化は80年の「ザ・ゲーム」での2曲の全米1位にもつながります。

 

 

次がこれですね。

 

 

 

 

84年の「ザ・ワークス」ですね。これは、この前の「ホット・スペース」ってアルバムが大コケして心配された次作だったんですけど、これはイギリスで3年くらいチャートに入り続ける大ベストセラーになったほか、世界中でヒットします。ただ、アメリカで今ひとつだったのと、日本でも、売れはしましたけど、もう当時はデュラン・デュランとかカルチャー・クラブの新世代の台頭に押されて過去のバンド扱いになって、そのまま人気落ちてしまいましたけどね(泣)。

 

 

 このアルバムが大事なポイントは4つあります。ひとつは、このアルバムのツアーの成功によってクイーンが「世界一のライブバンド」のイメージを決定付けたこと。85年1月のロック・イン・リオ、同年7月のライブエイド。この2つでの圧倒的パフォーマンスでクイーンの評価が決定的になるんですね。クイーン自身、本当はこのアルバムで解散だったところが、あまりの好評ぶりに解散を撤回してますからね。そして、この次のアルバムでは東欧もツアーしてこれも大成功。リスナー層が世界規模であることを、この当時のクイーンは印象付けていました。僕自身、86年のツアーのライヴ・アルバム「ライヴ・マジック」が大好きで、一回さめかかったファン心理がグッと戻ってきたいきさつもあります。

 

 

 それから、この時期がフレディのヴォーカリストとしての絶頂期ですね。初期ってファルセットが多いんですけど、この時期になるといかに裏声にたよらないで高音域をパワーで歌いきるかのパフォーマンスが目立ってます。「Radio Ga Ga」にせよ「I Want To Break Free」にせよ、カラオケ難易度異常ですからね(笑)。歌えば歌うほど高くなって、サビで声、出なくなりますから(笑)。

 

 で、この歌唱力の絶頂期にソロをやって、あとは「バルセロナ」でクラシックに挑戦でしょう。声に関しての自負と向上心はこのころが一番だと思うんですよね。実際問題、この頃のフレディのソロって、今やクイーンのディスコグラフィとも遜色ない人気もありますしね。

 

 

 あと、このアピールも大きかったでしょう。

 

 

 

この「I Want To Break Free」のクリップですね。これ、曲の内容もそうなんですけど、LGBTのアンセムになりましたからね。こういうとこでのフレディのゲイ・アイコン化もカルチャー的に大きかったと思います。

 

 

 そして、これはおまけですけど、レディ・ガガのネーミングのヒントになったのが「レディオ・ガガ」だったことですね。これも、ある世代から下にはクイーンのアピールとしては効果はあったかなと思います。

 

 

 そして、もう1枚はこれですね。

 

 

 

 生前最後の、いや、遺作と言い切ってしまいましょう。91年の「イニュエンドウ」ですね。これも買ったときのことをよく覚えています。2月、大学2年の学期末テストのときに大学生協で予約して買いました。僕のいたサークルにクイーン・ファン、しかも80年代以降のが多くてですね、発売前から盛り上がっていたんです。

 

 

 実際、世界のリアクションも良かったですよ。イギリス、ドイツ、イタリア、オランダでは1位でしたしね。日本でも「ザ・ワークス」まではオリコンで必ず10位以内だったのに比べると弱いものの、その前2作の20位台よりちょこっと上の17位。それでも不満でしたけどね。雑誌の表紙なんてなんもなかったし。

 

 

 ただ、結果的に死の9カ月前に出たこのアルバムの印象が良かったせいで、クイーンのバンドとしての勢いが国際的に高いままの状態で亡くなったのは、死亡時の話題を高めるのに一役買ったところはあると思います。

 

 

 まあ、とはいえ、このアルバムでみんなが真っ先に思い出すの、今やこれなんですけどね。

 

 

これですね。これ、リリース当初はイギリスでの第4弾シングルだったんですけど、死の直前に、来るべき死について暗示したような内容だったのも話題だったし、加えてやはり、歌詞が人生の最後を前向きにしめくくるのにあまりにもピッタリと合いすぎていましたからね。

 

 今やこの事実が忘れられそうなんですが、このアルバムからの曲と言うのは、前作の「ミラクル」もそうでしたけど、フレディはすでに治療に専念していたので、ライブで披露されたことはないんですね。ただ、その後の、記念ライブとか、ロジャーとブライアンの活動によるライブでは定番曲になっているし、「アメリカン・アイドル」みたいなオーディション番組でもしょっちゅう歌われていたので、もはや「フレディ最後の曲」の印象で世界に浸透している感がありますね。

 

 

 ・・ということで、僕の中でのクイーンやフレディというのは、初期の華麗なハードロックからはじまって、こういう過程を経て、もろもろ精製されて出来ていったもの、という印象の方が強いし、それが実際のとこなんだと思っています。

 

 

 

author:沢田太陽, category:評論, 18:49
comments(2), trackbacks(0), - -
Comment
昨年の記事へのコメント失礼します。

私は多分貴兄より少し古い元Queenファンです。元、としたのは、今でももちろんバンドとして好きですが、初期〜中期までの作品以外は愛せない、純粋なファンを名乗れない偏ったファンだからです。

形式にこだわる訳ではありませんが、Queenがシンセサイザーを頑なに拒んでいた「JAZZ」までが私の興味範囲です。「THE GAME」にも佳曲はいくつもあり好きではありますが、シンセを解禁した途端に、ギュイーン!グウォーン!と、まるでオモチャのような使い方をしていて唖然とした記憶があります。

かといって、Queenについてよく言われる「華麗な様式美」が最高、と思っている訳でもありません。実際、最も好きなのは「NEWS OF THE WORLD」です。
そして貴兄と同じく「HOT〜」で愕然とし、貴兄と違い器の小さい私は受け入れ切れず、その後Queen熱が冷めていきました。以降、新譜が出れば購入はしましたが、それまでのように熱心に聴く、といった事はなくなりました。

もうひとつ、熱を冷ました原因は、ライブにありました。当時は中学生であり、Queenのライブに行けるような財力も当然無く、いつかは行きたいと思っていました。そこへ「LIVE KILLERS」の登場です。2枚組は財布に痛かったですが奮発して即購入。ネットなどの情報もちろん無い時代、それまでライブ音源など耳にした事はありませんでした。

ワクワクしながらカラフルなレコードに針を落としました。そして絶句…
「フレディがちゃんと歌ってない!手を抜いてる!なんだこのいい加減さは!」としばらく思考停止。
もちろんぴったりレコード通りに歌って欲しい、などとは思っていません。しかし、あの気持ちいいいメロディーラインを上り詰めてハイトーンへ!というところでオクターブ下げ??別のところでは楽な音程へアレンジ?長いライブ中に数か所ならいいのですが、聴かせどころ!という箇所がほぼ例外無く改変(改悪?)されています。

ライブでは、メロディーやリズムを崩したりする事はよくある事で、それが味になったりもするのですが、フレディのそれは、あからさまに「喉に負担をかけたくないから、楽な音域で歌うよ」というスタンスでした。フレディが、ライブ先のホテルのエアコンで喉を傷め、それ以来高音域が出しづらくなっている、という話も聞いた事がありますが、プロなんだから喉の管理はちゃんとしてくれよ!と厳しいながらも当時は思いました。
現に、大好きなアルバムの大好きな曲「ITS LATE」を筆頭に、逝去直前までの数々の曲で神がかったハイトーンを聴かせてくれるので、実際にはかなりの高音まで出せたはずです。(編集でごまかせる時代ではないので)
私はこの事だけでも彼の事を「天才ヴォーカリスト」と信じて疑わないので、なおさら「ライブでの体たらく(と私は思っていました)」が許せず、ライブへの興味は失われていきました。というよりも「嫌い」になりました。
「ハイトーンが出ないなら、今後はハイトーンを使った曲を出すなよ!そうすれば期待しないから。」とも思いました。その後は案の定、どこのライブを聴いてもそのスタイル(レコードやCDではキラキラハイトーン。ライブでは楽々アレンジ)で通していたようです。積極的に聴かなかったので知りませんが、高い音域をしっかり歌ったところは一度たりとも聴いた事はありません。
(もしそんなライブ音源があったら、是非聴きたいので教えてください。)

後年Queenは何度も来日し、私も経済的に余裕ができましたが、結局ライブへは一度も行きませんでした。
演奏も、ウェンブリーはいいらしいですが、南米で大人気だったころのものは聴く気にもなれません。
余談ですが、ヴォーカル以外のパフォーマンスが評価されているのも納得できませんでした。名物の「コール&レスポンス」も嫌いです。そんなのいいからちゃんと歌え!と内心思っていました。

長くなりましたが、これが「偏ったファン」の理由です。今の若いファンは、私とは正反対に「Queenはライブでのフレディが最高!」とか「後期のアルバムがいいよね!」という意見が圧倒的に多いようで、私には理解不能です。私の感性が古いのかも知れませんね。

長々と「オールドファンの愚痴」のような事を書いてしまい申し訳ありませんが、読んでいただけたら有難いです。

では、機会がありましたらまた寄らせていただきます。失礼致しました。








Buzz, 2017/07/25 2:49 AM
>BUZZ様

はじめまして。投稿ありがとうございます。

ご意見は素直に尊重します。こうしたことに正解はなく、いろんな見解があってごもっともなので。

ただ一つあえて言わさせていただくとするならば、ポップ・ミュージックの良いところは、「エモーション・レベルでいかに訴えるか」であり、テクニカルなポイントをかせぐものではないということです。技術的にすごいことができたところで、聴き手の心に響かなければそれは効果的なものではありません。少なくとも僕は、身体の動きを伴い、客の心を一体にしてからのフレディの方が、そういうことをせずにやり高い高音域を出していた頃より好みです。そういう人が80年代以降に世界的に多い、ということなのだと思います。



太陽, 2017/07/25 11:10 AM









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