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デヴィッド・ボウイと僕〜後追い篇
どうも。





 では、今度は、後追いで旧譜で聴いたボウイについて語りましょう。


 一応、子供時分でも、「ミュージック・ライフ」で読んで、ジギー時代のボウイのことは写真で知ってたし、ビルボードのチャート・マニアでもあったから「フェイム」が全米1位になったことは知ってはいました。ただ、80sに青春期すごしてきた少年少女の一般的な悪い癖として、あの時代にしか通用しないアレンジが、それ以前の音楽になかなか馴染ませないとこがあったんですよね。今でも思うけど、あれ、80sって時代の弊害だと思いますね。楽しい時代ではあったんですけど。


 そういうこともあり、ボウイの旧譜の後追い、僕はちょっと遅れます。90年代、しかも社会人になってからというですね(苦笑)。大学時代にも、「ボウイ封印宣言」した頃に総括ベストが出てたし、それも買ってたんですけど、聴きこまなかったんですよね。


 で、記憶を正していくと、たしかハマった順番で言うと、ボウイよりストゥージズの方が先でしたね。これも、NHKの音楽資料室にあったものを借りて聴いたんですけど、これがすごく好きになってですね。ちょうど僕がグランジ小僧だった頃に、「これはグランジっぽい」と言われて気になってストゥージズ聴いたら、「おおっ、本当だ!」ということになって。そこで僕のガレージロック熱が芽生えるわけですが、そのときにストゥージズの3枚目「Raw Power」のプロデューサーがボウイだったというのを知ったんですね。


 その一方で、この前の記事で書いたように、スエードとか、日本からもイエロー・モンキーとかではじめて「ジギー期のボウイ」の再評価の動きが出て来て、それで「グラムも聴いてみよう」ということになってですね。グラムに関しては、大学生のときにTレックスのベスト盤は買ってて、それは好きで結構聴いてたのと、クイーンが好きだった影響もあって、スウィートとかスレイドはすぐに入れたんですけど、なんかボウイのいうとこのグラムって、そのギター・サウンドから微妙に違うところあるなあ、と思って、最初はちょっと時間かかったんですね、実は。「ジギー・スターダスト」そのものはわかりすいアルバムだと思ったんですけど、そのあとの「アラジン・セイン」「ダイアモンドの犬」あたりの方が、今聴くとロックンロールに感じるんですけど、当時は他のグラムの方が音圧あっていいなあ、などと思っていたのでした。


 しかし!


 先の回でも書いた、ニルヴァーナがカバーした「世界を売った男」のアルバムを借りたときに、これ聴いてガツンと来たのでした。





 この、アルバムの1曲目の「円軌道の幅」でのミック・ロンソンのギターの表現力に驚いて、これで一発で持って行かれました。ディストーションでグガーッと押し切るとこと、華麗でたおやかなフレーズが両面で表現できているというか。しかも、全体のダイナミクスも豪快で起伏に富んでて。「リフものは大好きだけど、こういう表現力はほかのグラムにはちょっとないな」と思って、逆に次第にこっちの方が好きになって行きましたね。いまだに「ボウイのロックンロール・アルバム」としては「世界に〜」はトップクラスに好きですね。後のものより、ズッシリ重い感じがあるとこも好きです。


 そして順番的に、「世界に〜」の次の「ハンキー・ドリー」を聴くわけですが、これが運命決めました(笑)。







「Life On Mars」「Changes」「Oh You Prettey Things」。このあたりに持っていかれましたね。このアルバムは「世界を」ほどのロックンロール・アルバムではないんですけど、ボウイの素のソングライティングが生きた作品だとすぐに感じられましたね。ストリングスやフォークなアレンジで、曲そのものの起承転結と言うかドラマ性というか、楽曲として恐ろしい完成度だなと思いましたね。

 加えて、歌詞にしても、よく指摘されるように「チェンジズ」では今後の彼のトレードマークとなる「変貌」が予告されてるし、「アンディ・ウォホール」や「ソングス・フォー・ディラン」では、自身のルーツについて語られるし。「これは、ここで築いた下地があって、それがわかりやすくコンセプトという形を借りてジギーのアルバムに発展したんだな」ということが理解できましたね。いわば、ビートルズでいうところの「リボルバー」と「サージェント・ペパーズ」の関係に近いというか。そういうことが見えてくるようになったことで、ボウイ聴くのが楽しくなったんですよね。


 で、この時期を経ると





ボウイのフォークロック期が聴けるようになって来て。まあ、「Space Oddity」は、そう言う次元は超越した名曲ではあるんですけど、ティラノザウルス・レックスだったり初期モット・ザ・フープルだったりの「なんで昔、グラムの人はフォークやってたんだ?」という、その昔。フォークが得意でなかった(でも、ディランだけは昔から大丈夫だったんだけど)僕は思ったりもしたものだったんですが、克服できましたね。67年のちょっと照れくさい、サイケ・ポップ調の「前史」も抵抗なくなりましたからね。


 ただ、「グラム以前」の、「ハンキー・ドリー」までに至るこのソングライティングの妙味がわかってきたからこそ、グラム期の、他とちょっと違うリフ一辺倒だけじゃないロックンロールの良さもわかったし、その感覚がわかったからこそ、21世紀以降のボウイの円熟路線の際のソングライティングも理解できたと僕は思ってますけどね。






あと、ルー・リードだったりイギー・ポップだったり、プロデュースを手がけるときのボウイにある、ちょっと変なフリーキーな感覚。これは、いわゆる「ロウ」から「スケアリー・モンスターズ」に生きる感覚ですね。いわゆる70s後半の「ロウ」以降の路線って、僕が知りはじめた頃のボウイのイメージに近いし、ポストパンクもニュー・ウェイヴで間に合ってる僕にしてみれば「それのルーツだろう」と結びつけるのも決して難しいことではないですからね。そういうのが結果的に



こういう感じにもつながるんでしょうからね。


 ただ強いていうなら、「ソウル・ディスコ期」のボウイはそこまで、他の時期との比較では好きじゃないかもしれません。もちろん良い曲もその時期たくさんあるから嫌いとかでは全くないし、根底にブラック・ミュージックあるから後年のいびつなファンク感覚も生きてるとは思うんですけどね。そこは60s、70sの実際のソウル・ミュージックを結構聞き込んでる僕自身の自負もあるからかもしれません。


 どっちかっていうとボウイって、歌い手的には





 こういうクルーナーのタイプだと思いますからね。低いキーをうまく生かして響かせるタイプの。いわゆる彼もスコット・ウォーカー・フォロワーという言われ方しますけど、この路線の後継者、いま、シーンでなかなかいなくなってるから寂しいとこではありますね。


・・などと、いろいろ90年代の中頃に、ボウイを探って行って分析して行ったりするうちにかなり好きになってですね、98年にはうtれしいことに





この映画「ヴェルヴェット・ゴールドマイン」のパンフ原稿を書かせてもらう仕事もしましたね。まだギリギリNHKいた頃でしたけどね。これ、監督がトッド・ヘインズだったりするんですが、これが縁で、彼の映画が気になるようになって、今年のオスカー・レースでも彼の「キャロル」をすごく気にして動向を追ったりするようにもなっています。


 ただ、この後追いの時期の、一定の路線にとどまらず変容し続けたこと、プロデュースで才能を別に発揮したこと、そうでありながらソングライターとシンガーの基本がものすごくしっかりしているところは、アーティストの姿勢として鏡だよなと思ってましたね。

 
author:沢田太陽, category:ロック, 12:16
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