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とりあえず小説をもう10册読んでみた
どうも。


以前、こういうポストをあげたことがあります。

とりあえず小説を10册読んでみた


これが去年の10月24日付のポストだったわけですが、それから約3ヶ月、ようやくその第2弾ができました。10册読むのに4ヶ月近くかかってしまいました。

今回読んだリストはこんな感じです。


心は孤独な狩人/カーソン・マッカラーズ(1940)
個人的な体験/大江健三郎(1963)
万延元年のフットボール/大江健三郎(1967)
ビラヴド/トニ・モリソン(1987)
コレクションズ/ジョナサン・フランゼン(2002)
山に登りて告げよ/ジェイムス・ボールドウィン(1953)
カヴァリエ&クレイの驚くべき冒険/マイケル・シェイボン(2000)
オスカー・ワオの短く凄まじい人生/ジュノ・ディアズ(2007)
ハーツォグ/ソール・ベロー(1963)
キャッチ22/ジョセフ・ヘラー(1961)



今回のリストは「前から読んでみたかった」というものが目立ってますね。その意味であまり「お勉強のため」に読んだものがありません。今の段階なら、僕にはまだ「知らない物を知る」過程が必要だと思うんですけど、そのあたりの課題は次の10册で補おうかなと思っています。

順を追って感想を話そうかと思います。


「心は孤独な〜」は、僕が持ってるアメリカン・ニュー・シネマの本に載ってた作品です。映画はまだ見たことないんですけど「Heart Is A Lonely Hunter」というタイトルの響きがカッコいいなあと以前から思っていました。しかもカーソン・マッカラーズが「精神的に闇があり若くして夭逝した天才肌の女流作家」というのも好奇心を上げる要素になっていたと思います。

1940年代当時の南部の姿を現在進行形で現した、様々な登場人物から泣けるような空虚感が伝わる一作です。文体も随分読みやすい感じ(今回もまた英語原文で読んでいます)。ただ、期待があまりにもデカすぎたためか、そこまで後にグッと来るとこまでは行かなかったかもしれません。


続いて、これも以前からすごく読みたかった大江ですが、これはサンパウロ在住の日本人の友人が里帰りをした際に買って来てもらったものです。「個人的な体験」は去年エンターテイメント・ウィークリーが選ぶ「小説100册選」にも入ってた作品だったのですごく興味がわいたんですが、今の僕的にものすごく共感できる一作でした!生まれてきた自分の子供が障害児だったことで、独身時代の自由を奪い今後の苦しい自分の生活を嘆くあまり、息子の死を願い享楽にふける男を描いた作品なんですけど、これは現在まで強い普遍性がありますね。現在はこれが描かれた時代より50年も経っていますが、自分の若い時代をフルに活用したいあまり晩婚で子供の養育期を遅らせるのが当たり前になってるし、加えて、中絶に関する倫理的な問題も、どこの要素をどう取るかで解釈の全く違うものになり、いまだに何が人間的意見て本当に正しい判断なのかがわからない。そんな次元のことを50年も前に予見したかのように描いていることにはビックリしました。そして、改めて息子を持った自分の人生に感謝しなければと思うようにもなりました。

この「個人的な〜」があまりに気に入ったので、本当はもう少し間をあけてから読もうと思っていた「万延元年〜」も間髪入れずに次の作品として読みました。結果は「良かったんだけど、間はもう少しあけても良かったかな(苦笑)」という感じですね。話自体は、世の価値観が変わりつつある時の「革命」についての群集心理みたいな話で「よく”日本のアイデンティティが”といわれる人だけど、日本に限らずこの心理状態は他の国でもあてはまるぞ」とか「このときとは違うベクトルで今の日本にもあてはまることかも」とかとも思ったんですけど、とにかく読んでてしんどかったです(笑)。


つづいて、トニ・モリソンの「ビラヴド」を読んだのは、公民権運動に興味を持って以来、「1度は黒人文学を読んでおきたい」という願望の実現を果たしたい気持ちが強かったからです。もちろん、この話もそうした黒人差別にあてはまるものではあったんですけど、読んでて、このトニ・モリソンという人、話の展開が突然行ったり来たりになって、前回のときに読んだ「ヴァージニア・ウルフとかウィリアム・フォークナーみたいなところがあるな」と思って後で調べたら、この人、大学の卒論のテーマがウルフとフォークナーだったんですね。こういうところも、いろいろ読んで行くうちにつながるから面白いです。


そして、ここから最近のアメリカの作家率が高まるんですが、やはり、自分が今生きてる時代の生の作家の視点と言うのは面白い物です。それは特に、「現在最高のアメリカの小説家」とも呼ばれるジョナサン・フランゼンのこの小説を読んだことが大きかったかもしれません。老夫婦に、男2人、女1人の子供全員が全員問題を抱えてて連帯どころじゃないのに、クリスマスにたった1度ファミリー・リユニオンをしようとしてドタバタする喜劇なんですけど、現代の社会の縮図を皮肉とともに描きながら同時にそんな姿に愛情も込めてあるところがすごく心に染みました。加えてこのフランゼンって人、描写にロックを応用した場面が多い。この作品でも「REMのTシャツを着た学生にバイトを頼んだ」という表現があるんですけど、最新の長編「Freedom」ではデス・キャブとかジャック・ホワイトとかブライト・アイズとか出て来るらしいのですごく読みたい気分になっています。


続いては、モリソンと同じ時期に買った黒人作家のジェイムス・ボールドウィンなんですが、これはビックリしました。これ、黒人文学というだけでなくゲイ文学でもあったから!主人公の少年が死んだふりをして倒れているときに、何歳か年上の聖職者の青年に「彼が僕に触ってくれるのを望んだ」という描写があって「えええっ!」と思って調べたら、やはり作者自身がゲイで、その後そういう作風のものを書いて行ってたんですね。これまで僕が知ってたアメリカの黒人文学のイメージとは違う角度のものですごく参考になりました。


そして、また現代に戻ってマイケル・シェイボンを。彼も、「現在読むべき10人の作家」みたいな特集が組まれると必ず入るし、この「カヴァリエル&クレイ」もオールタイム常連の小説です。これは1930年代に、当時隆盛をきわめたスーパーヒーロー・コミックの作者だったカヴァリエルとクレイの2人の物語なのですが、当時のヒーロー・コミックが世に果たしたポジティヴな役割が当時の実情と共に正確にかつ詳細に描かれています。また、多分に当時のナチス・ドイツを批判する内容であるにもかかわらず、家族をナチに占領されたチェコのプラハに置き去りにされた状態のカヴァリエルが「復讐」を誓い入隊するも、戦争中に人を誤って1人殺しただけで萎縮して終わってしまう話の流れも、単調な図式かをあえて避けていて好感が持てました。


そしてそして、続いてはジュノ・ディアズの「オスカー・ワオ」なんですが、これ、メチャクチャ最高です!!



これなんですけどね。僕はこれはデヴィッド・ボウイが最近あげた「人生の100册」という企画で知ったものです。そのリスト中で一番新しかったものがこれです。これは2008年のピューリッツァー賞を取ったこともあって僕も聞いたことの会った作品でした。

この作品ですが、ドミニカの80〜90年代を舞台に、この国に生きるデブでもてないアニメとファンタジーのナード少年の話です。頭もよく、自分が「ドミニカのトールキン」にさえなれると思えるくらいに文才もあるのに、ついてない人生で20代半ばになっていまだに童貞。・・・というと、ギャグっぽい話のようにも思えるのですが、「この一家がツイていないのは、ドミニカに古くからまつわる怨霊のせいだ」として先祖の話まで遡り(このあたりは前回で触れたガブリエル・ガルシア・マルケスの「百年の孤独」にも似ています)、そこにドミニカで実際にあった軍事政権による圧政を描き、オスカーがその怨霊を断ち切るために自ら立ち上がるタイミングが、ドミニカで左翼の民主政権がはじまるタイミングと物語上同じにしてある(民主制のはじまり自体は描かれていませんが、だからなおさら良い)のが実にうまいんです、これ!しかも、オスカーが「AKIRA」や「ロード・オブ・ザ・リング」に夢中になっているとか、オスカーの姉さんがある時期ゴス系のパンクスだったとか、ポップ・カルチャーの描き方もすごく今日的で入りやすいしね。フランゼン同様、欧米のポップ・カルチャー好きならジュノ・ディアズの小説はオススメです!


こうやってフランゼンとディアズが気に入ってしまったことによって、「今に近い、第2次大戦後派のアメリカ文学を読んでみよう」という気分になり、誕生日プレゼントで買ってもらったのが最後の2作でした。この2作はいろんなオールタイムにエントリーしてましたが、これも「ボウイの100册」に入っていたのが決め手でした。


ソール・ベローは、アメリカの戦後派の代表格みたいな人ですね。全編に漂うユーモア溢れる描写にそれを感じました。この「ヘルツォグ」は、奥さん(しかも不倫して手に入れた)に逃げられた男がその原因をさぐりにとにかくいろんな人に手紙を出しまくり、話を聞きに行くという、それだけの話なんですが、そのいろんな人に当時のアメリカの断面が垣間見えて興味深かったです。


「Catch 22」の方は、ニュー・シネマの時代に「卒業」でおなじみのマイク・ニコルズの監督で映画化もされているんですが、「軍隊ってこんなにしょうもないことが行われているんだ」というていたらくなマッドネスから死者が相次ぐ混沌とした後半〜終盤まで、軍隊や戦争を冷笑でもしながら痛烈に批判する手法に、後のリベラルなロックや映画との接点を感じましたね。ただ、同じ戦争批判の映画でも、前回に読んだカート・ヴォネガットが「スローターハウス5」で見せた「宇宙との交信」という手法の方が、今日の読者的には入りやすいかな、という印象は持ちました。


・・と言ったところが今回の10册でした。


次回は多分5月頃かな。今度は伝統的な古典にちょっと戻るかな。あと、女流作家が多めになる気がしています。

 
author:沢田太陽, category:文学, 11:56
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