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映画「her/世界でひとつの彼女」感想〜これぞ映画の進化系!22世紀にまで伝えたいポエティックな未来派ロマンス
どうも。

今回もオスカー作品賞候補の紹介です。これで6本目かな。これです。



スパイク・ジョンズ最新作、ホアキン・フェニックス主演の「her」。こちらで行きましょう。

この映画はナショナル・ボード・オブ・レヴューやLA映画批評家協会賞などを取った、非常に評判の高い一作でもあります。

そして今作は僕も熱烈に見たい作品のうちのひとつでした。スパイク・ジョンズが監督でホアキン・フェニックスがナードの役で、なおかつコンピューターに恋する話ですからね。「なんだ、そりゃ(笑)?」って感じじゃないですか(笑)、それだけで。これは「絶対に何かがある作品だろう」と思って大きな期待をしていました。

それではあらすじに行きましょう。

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セオドア(ホアキン・フェニックス)はLA在住のラヴレターを書く代行業務のビジネスをしています。彼は繊細で内気なロマンチストですが

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私生活では別居して1年になるキャサリン(ルーニー・マーラ)の存在がありました。彼女との素敵な思い出が忘れられずに、離婚届にもなかなか判が押せません。

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そんなセオドアは、そんな孤独な自分のハートをデスクトップや携帯電話とのコミュニートで満たします。それまでは、誰かからのメールやエロ・サイトなどで満たしたりしていましたが、ある日、セオドアは女性の心と声を持ったコンピューターのOSを使いはじめます。

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そのOSは自分のことをサマンサと名乗り、セオドアとのコミュニケーションに入って行きます。声はスカーレット・ヨハンソンにソックリです(笑)。そんなサマンサは、コンピューターの記録されているセオドアの情報は全て知っています。

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サマンサはセオドアに出会い系サイトで見つけた美女(オリヴィア・ワイルド)を紹介します。サマンサはセオドアにとって良き恋のアドバイス役になり、この美女ともうまく行きそうになりますが、セオドアは土壇場で腰が引けてしまいました。

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セオドアは、自分のことを何でもわかってくれるサマンサのことを深く愛するようになっていたのでした。サマンサはデスクトップやケータイの形を借りて、こんな風にセオドアとコミュニケートをはかります。

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セオドアは実態のないコンピューターであるサマンサへの恋心を自分でも妙だと思いますが、その気持ちを抑えることは出来ず、顔にはこのように心からの笑顔が戻ってきます。

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そんなセオドアの変化に、仲の良い同僚のエイミー(エイミー・アダムス)は気がつきます。


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そして、携帯電話を肌身離さず持つセオドアは、常にサマンサと心を通じ合わせるラヴラヴな関係を続けて行きます。しかし、溢れる思いを抑えきれないのは、コンピューターのはずのサマンサも同様で・・。

・・と、ここまでにしておきましょう。

これですね、当初、「これはクールそうな映画だな」と思って飛びついたんですけど

純粋な感動作です!

そして

映画の可能性を先に進める、映画史に残るクラスの大傑作だと思います!

いやあ、嬉しい映画ですね、これは。よく映画の脚本に対し、「これまでの歴史でストーリーが出尽くした」みたいなことを言ったりする人がいたりしますけど、いやいや、どうして!時代の流れと共に世の中だって変わる訳で、そこに着目すればストーリーなんていくらでもできる。この映画はそれを見事に証明しています。

たとえば「ロボットに恋する映画」みたいなものだったら、これまでにもあったように思います。しかし、今までのそれって、多分に「発想の突飛さ」に頼ったものがほとんどで、「ロボットなのに人間の心をいきなり持ってて、それ、唐突じゃん?」って言われればそれでおしまいだったものです。これが仮に20世紀までだったら、この「her」の脚本は書けていなかったと思います。

それが21世紀になって可能になったのは、コンピューターの進化の実態が、80年代までに顕著に考えられていたようにはメカニカルなものではなく、より人間っぽい感覚を表出させることにシフトしてきてること。そして、コンピューターそのものの性質が、利用者のプライバシーをほぼ100%受け持つものになってきているから。

そりゃ、そうですよね。他人には決して言えないような、たとえば見ててはずかしいようなサイトとか、そういう細かい利用者の履歴情報までコンピューターというものは把握しているわけですからね。個人の持っている秘密を、家族や恋人以上に知っているのがコンピューターになっている。人々にとってパソコンというものが不可欠になった頃から、この映画で描かれるような恋愛が決して不可能でないような前段階は既に用意されている、と言っても決して過言ではないと思います。その意味で、この「声だけでなく、心を持ったコンピューターのOS」という設定は、絶妙な着眼点だったと思います。


「でも、恋愛の身体性の部分はどうなるの?」と思われる方も少なくないと思います。後の楽しみのためにそこはあえて語っていませんが、その疑問にもこの映画はしっかり答えてくれているので安心してみてください。


さらに



このホアキンの設定がロジックとして完璧なんですよね。「コンピューターに恋をする」なんてことはもちろんナードだから実現することではあるんですけど、その背景に「愛してた人を失った孤独」というメタファーをしっかりと裏付けさせ、さらに職業を「ラヴレター代行業」というロマンティックなものにしてある。愛に関してのロマンティックな熱情と、それを言葉で巧みに表現出来る類い稀な能力。それがあったからこそ、コンピューターでさえ恋に落とすこともできた。機械と人間の恋ではあるけれど、その両者の心の通わせ方に人間らしいハートが籠っている。だからこそ恋愛も可能となったし、見ている人の共感も誘うことができる。ここも非常によく考えられていると思います。



監督のスパイク・ジョンズは、映画監督になる以前から、MTVのミュージック・ヴィデオの監督をやっていた時代から、クールで知的な感じの作風で知られていたし、映画デビュー後の「マルコビッチの穴」や「アダプテーション」も奇想天外なアイディアで知られていましたが、そのカッコよさはこういうところがしっかりしてこそのものだったんだな、ということがあらためてわかりました。

そして、そんな進歩的で、理論的にもしっかりと整合性のある脚本にしっかりとした説得力を加えていたのが



スカーレット・ヨハンソンの抜群の演技力です!

いやあ〜、これ、見事ですよ!スカージョー本人はこの作品で一切姿を現さないんですが、あの特徴的なかすれ声だけで、コンピューターの心情をすごくセクシーなまでに表現しきってますからね。セオドアに対する優しさから、ジェラシー、肉体を持たないことへのコンプレックスまで。この映画は、この部分が機能しなかったら全てダメと言い切ってしまって良い映画だったと思うのですが、それをアイディア以上の素晴らしい作品に出来たのは彼女の最高の仕事があったからだと思います。今回のオスカー、彼女がノミネートされたわけではないのですが、僕だったら文句なしに彼女に主演女優賞あげてましたね。


あと、もちろんホアキン・フェニックスの今回の繊細な演技はもちろん素晴らしかったし、それぞれちょっとしか出なかったけど、エイミー・アダムスも、エイミーの元夫役の人気上昇中のクリス・プラットも、ルーニー・マーラもオリヴィア・ワイルドも、それぞれ役をしっかり演じられていたと思います。


このアイディアと、それに説得力を与える演技とをもって、この映画、「21世紀なりのロマンス映画」のあり方をしっかり証明してくれたと思います。ここまで「時代の進化」が伴ったこのテの映画って、「エターナル・サンシャイン」以来じゃないかな。この2作は、「21世紀にだからこそ作られた意義のあった映画」として後世までしっかりと語られていくんじゃないかな。


だから仮に今回「her」がオスカーの本命じゃなくても、僕は構わないと思っています。たしかに、一部の鑑賞者にとっては、ちょっと出るタイミングが早かったような気はしないでもありません。でも、この映画の場合は、後年から見た場合、もっと普遍性を増して来るはずで、今よりアワードで評価されてる映画よりも映画寿命の点で上だと思います。


あとですね、インディ・ロックのファン的な目線で言うと、音楽がこれ、本当にカッコいいんです!スコア部分を担当したのはこの人です。



オーウェン・パレットですよ。アーケイド・ファイアのストリングス・パートのアレンジャーとしておなじみの人です。彼がドビュッシーとかサティみたいな幻想的なピアノ曲を作っているのですが、これが、「現代にはかなり近いんだけど、いつか来る近未来」の都市風景にすごくあってるんですね。また、その都市風景のイメージを、LAの街に北京の今の風景をあわせて作った空間作り(これは一緒に見ていたワイフがクレジットでチェックしました)もすごく功を奏していたと思います。


このオーウェンのスコアにアーケイド・ファイア、そしてスパイクの元恋人でもあります、ヤーヤーヤーズのカレンOの楽曲が華を添えているのも、昨今のインディ・カルチャー好きなら見逃せない要素でもあります。


・・と、そんなこんなで本当に多くの人に見ていただきたい素晴らしい映画なんですが、1個だけ不満があります。それは

日本公開、6月って、遅すぎないか!??

これ、今年の日本でのオスカー絡みの映画の公開が、これまでが信じられないように、ほとんどが3月以内の公開に踏み切れていることを考えると非常に残念ですね。

さらに

その「世界にひとつの」って使い回し邦題はねえ・・・。


せっかく映画自体が画期的な、映画の未来をも作っているほどの意欲作になっているというのに、その「愛と哀しみの」だったり「しあわせの」みたいな、決まり定型パターンにはめこむのはねえ。これが最初のパターンになるならともかく、フォロワーじゃなあ。そういうとこで映画の価値が微妙に安っぽくなるのはなあ・・。
 
author:沢田太陽, category:映画レビュー, 11:55
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