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とりあえず小説を10冊読んでみた(その1)
どうも。


ここのところ、話したいネタがすごく多くてまだ整理がついていません。ライブ評2つにテレビ評2つ、ブラジル絡み1つ、それから飛び込みでまだいろいろ入りそうなんですよね。

でも、今日はこの話をしておきたいと思います。


この話を覚えている人がどれくらいいるかわかりませんが、今年の7/14付の当ブログで僕は「読書宣言」なるものをしました。すごく恥ずかしかったんですが(笑)、でも、あえて公言してしまったことで、「いかん、これは読まないと」という一種の焦燥感を自分に起こさせた意味では正解だったと思います。僕の場合、それくらい昔から読書は「めんどくさい」と言ってやってなかったですからね。

でも、34歳のときに一念発起して「英語勉強しよう。今しなかったら多分一生話せない!」と思って勉強始めたら、今や家庭内での公用語になってしまうくらいになってしまったので、「文学作品も今読まなかったらきっと死ぬまで読まない」という気持ちで今読んでいます。


そしたら結構頑張れまして、3ヶ月強で10冊読めました!まあ、僕の場合、基礎的な読み込みが足りないので、かなり基礎から読んでますが、最初の10冊、こんな感じになりました!


ドリアン・グレイの肖像/オスカー・ワイルド(1890年)
嵐が丘/エミリー・ブロンテ(1847年)

罪と罰/ヒョードル・ドストエフスキー(1866年)
ダロウェイ夫人/ヴァージニア・ウルフ(1925年)
100年の孤独/ガブリエル・ガルシア・マルケス(1967年)
ねじまき鳥クロニクル/村上春樹(1992〜95年)
スローターハウス・ファイヴ/カート・ヴォネガット(1969年)
ポートノイの不満/フィリップ・ロス(1969年)

ゴーン・ガール/ジリアン・フリン(2012年)
響きと怒り/ウィリアム・フォークナー(1929年)



・・と、こんな感じでした。


経過を言うと、最初はすごく「初歩的な世界の文学作品」を読もうとしてたんですね。その路線は3作目まで続いててそれはそれで楽しかったし、19世紀の時代感覚も少しついたんですが、でも、今回の読書の本来の目的が、今の文学とか、映画の原作を読みたかったから、というのを思い出して、「20世紀のものを読もう」ということになったんですね。で、ヴァージニア・ウルフからはじめたら、これがまあ、えっらく難しくて(笑)。慣れないうちから読むものではなかったですね。


で、「次に何読もうかな」と思ったときに、本当はここで以前から読みたかった、インディ関係にもすごくファンの多いヴォネガットにしようかと思ったら、本屋さんで目星をつけておいたものが何と僕が心に決めて買いに行ったその日になくて、それでしかたなく急遽買ったのがガブリエル・ガルシア・マルケスでした。この小説は何のオールタイム見てものきなみ上位に入ってるし、僕の住んでる南米の巨人だし、今の時代に比較的近い作家ということで期待して読んだら、これが大当たりでした!まるで「南米の歴史そのもの」をある家系の一族に託して、生、愛、戦争、死などの人生を描ききってる様にグイグイ惹かれました。この人のは確実に2巡目に行きますね。


で、このタイミングで、僕のこっちでの日本での友達が日本に久々に里帰りをするというので、せっかくなので、これまで読んで挫折していた村上春樹を買ってきてもらいました。彼に関しては大学1年の年に周りの人がみんな読んでた「ノルウェイの森」を読もうとするも、別に嫌だった訳でも何でもなかったんですがめんどくさくなって読むのをやめてしまってたんですね。で、その間も僕の友人で熱心なファンが何人もいたにもかかわらず読まないで来てたんですが、せっかくのチャンスなのでこの際読んでみるかと思って読んでみたら、まあ〜、24年間、すごくもったいないことをしてしまったことに気がつきました(苦笑)。音楽とかカルチャーのディテールだけでもかなり自分好みだったのにね。加えて、ガルシア・マルケス読んだときもそれを思ったんですが、「映像表現が不可能な、小説だけにしかできない芸術表現領域ってあるんだな」と思って感心しましたね。意味をすごく読む人の感性にゆだねるタイプの話だなとは思いましたが、本来結びつかせるのが難しい複合的なテーマ性をよくもまあ、ここまでひとつの話の中にまとめきったなと思い、その手腕に素直に感心しましたね。彼も2巡目以降読みたい人だと思いました。


で、「ここまでなぜかアメリカ小説を読んでない」と思ったので、ここから先は米文学にしたんですが、やっぱり話の舞台に関しては、僕の生きてる時代に比較的近く、もっと庶民的で土の香りがするような感じのものの方が僕の場合はやっぱりイギリスの19世紀の文学よりは肌があうなと思いましたね。やっぱ、そこはロックと映画の育ちなんでね。


で、春樹のあとにヴォネガットというのは、やっぱこれはルーツつながりでもあったのですごく読みやすかったですね。「スローターハウス・ファイヴ」はアメリカの70sのニューシネマの関係でも語られる映画ですが、今まで僕、これは見てなかったんですね。で、今回、これを読み終わってネットで映画版を見てみたんですが、これは・・ガッカリしました。主人公の意識のタイムワープみたいなものはかつかつ描けてはいるんですけど、それが「頭の中で起こってる」感じが映像表現として描けているとは言いがたかったし、加えて、この映画に出てる人で後世に残った役者さんが全然いないのもなんかなあ。やっぱ、ジョージ・ロイ・ヒルって僕は相性の合わない監督なのかな、と思ってしまいました。


で、ヴォネガットと同じ世代くらいの、こないだ引退宣言したフィリップ・ロスを読んで。僕の読んだヤツは、ウディ・アレンの世界感を濃くしたような感じでしたね。すごくユダヤ教色の強い自虐的で強迫観念の強いコメディで。ただ、フィリップ・ロスは長い時代にわたって非常に多作なので、次にはちょっと行きづらいかもしれません。


そして、今度は思いっきり最近の作品で「ゴーン・ガール」。これはデヴィッド・フィンチャーの次の映画の原作として読みました。スリラーとしては非常に面白かったです!話の時代設定も思いっきり2008年の経済危機以降の話で入りやすい上に、主人公2人の人物設定や過去の経歴なんかもすごくユニークだし、近年のマス・メディアの動向とそれに踊らされる人たちの儚さも描けているし。ここまで今の時代をうまくつかめた作品もそうはないんじゃないかな。


で、続いては「ローリング20sから1人」ということで、ヘミングウェイでもフィッツジェラルドじゃなく、あえてウィリアム・フォークナーを読みました、それは彼の後世の評価が一番高かったのと、彼の代表作の何作かが現在映画化の話があることで興味を持ったんですが、まあ〜、これが激烈に難しかった!「意識の流れ」という、語り手の記憶の中で動いている、過去の記憶も非現実的な想像も今の現実も全てがごちゃまぜになって時間軸も消えてしまうような手法があって、それはさっき言ったヴァージニア・ウルフの小説でも使われている手法なんですけど、これが本当に難しかった。特に今回の読書は、春樹を除いて全て英語の原書で読んでいるので、なおさらキツかったですね。

仕方がないので、僕はネットで「解読法」をチェックし、話の大まかな設定をネタバレするのを覚悟で色々つかんで、それで読んでみたら、「話の筋や、伝えたいこと自体や、描かれている時代はすごく魅力的だな」と思いこれも強い興味を抱きました。この人も2巡目以降、読むでしょうね。


・・と、ここまでが最初の10册です。すごく話がわかりにくくてスミマセン。すごく独り言になってますよね(苦笑)。でも、これが3ヶ月強、それも仕事場への電車での行き帰りだけで原書で読めた、というのは自分としてはすごくためになったかな、と思います。「なんとなく自分の読んでみたい文学観」みたいなものが垣間見えたのも良かったような気がしてます。


ただ、もう今早速11冊目を読んでいるんですが、次の10冊は今回の10冊とまた違う感じになりそうな気がしています。また来年の1月頃くらいに、この話の続きが出来れば良いなと思います。
author:沢田太陽, category:文学, 10:50
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