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データで見る「平成ガラパゴス洋楽史」(9)「21世紀のインディ・ロック」もなかなか大変だった
どうも。


では、この連載「平成ガラパゴス洋楽史」も大詰めを迎えて来ましたが、今回は僕の「Hard To Explain」での活動とも一致するところの、「21世紀のインディ・ロック」について書くことにしましょう。


いわゆる、「ストロークス以降」というところからはじまるものですが、今でこそ、「ピッチフォーク」などを通して英米のインディをチェックする、という行為は、この僕の方がむしろ「過大評価なんじゃないの?」と言いたくなってしまうほどだいぶ浸透したものになってはいますが、そもそもは「あまりに誤解が多く、なんとしても擁護したいロック」であり、その気持ちがなかったらHTEも作っていません。


では、どんな風に誤解や無理解を得ていたのか。まずはそこからはじめたいと思います。


99〜2000年頃、僕は正直なところ、「オルタナティヴ・ロック」というものに失望してました。そのキッカケとなったのは、もうあれしかありません。リンプ・ビズキットのブレイクと「ウッドストック99」です。日本のリスナーの中には「リンプが流行ったあたりから洋楽聴きはじめた」という人もいるし、それがオルタナ系のメディアの中で紹介されて来たことで「なんでそこまで責められなきゃいけないの?」と思ってた人もあの当時は少なくなかったですね。でも、ですね。僕もそうだったし、英米の批評誌(NMEはこないだも皮肉った特集組んでました)でもいまだに「ニュー・メタルほどひどい流行りはなかった」みたいなことを書き続けていますが、それは無理もありません。だって、あのバンドがやったことって、カート・コベインが心底嫌ってきたことを誇張して実践してたわけだから。

(3)のとこでも「モトリー・クルーとかホワイトスネイクのミュージック・ヴィデオで見るようなDQNな成り上がり趣味」みたいなものへの反動がそもそもグランジの大元にあった、というようなことを書きましたが、リンプ・ビズキットが成功して真っ先にやったことはまさにそのグランジ勢が最も敵視していたものでした。しかも、80sのそれらのときより意図的にそれを演出してたし、しかも80sのときよりマッチョ性が強かったのでなおさら目立ったんですよね。しかも黒人をはじめとしたマイノリティの有色人種がそれをやるんだとしたら「これまで歴史の中で虐げられてきたからね」と事情を差し引いて考えることもあるんだけど、バリバリの白人で暴力的で教育受けてる感じが薄くてマッチョなわけでしょ。で、実際にフレッド・ダーストが「ウッドストック99」で客を煽ったのに歩調を合わせるように、同フェスでレイプ事件や放火騒ぎまで起こってしまった。「バンド側は被害者」かもしれないけど、そういうバカなヤツをオーディエンスとして誘発する力もあの当時の彼らには実際にあったしね。で、そういう客も含めて、人種差別とか性差別とかいかにもしそうな白人の体育会系のマッチョないじめっ子タイプが絵として想像できやすいじゃないですか。タイプとしては「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のビフとか、「ベスト・キッド」のコブラ団みたいな感じですよ(例がクラシックすぎてゴメンナサイ、笑)。カートは晩年ずっと「ハイスクールのときに自分をいじめてたようなヤツらがライブを見に来てる」と心底悩んでましたが、カートの例を差し引いたにしても、「パンクロック」という音楽が70年代からずっとやってきたリベラルなメッセージともそれって根本的に異なるわけじゃないですか。そんな自分の信じてきた信条と真反対のものを押す訳にはいかなかったのです。



しかもそれがメタルという名目でカテゴライズ(だから明確な差別化の意識を持ってアンチの人たちは”ニュー・メタル”と呼んでました)されるんならいいけど、それがグランジとかミクスチャーの要素があるというただそれだけの理由で「オルタナ」だと思って聴いてた人もいましたからね。でメディアも紹介してたしね。ビルボードのラジオ・チャートなんて2010年くらいまでそれをオルタナティヴ・フォーマットの主軸に置いてたくらいですからね。そりゃ、音楽雑誌の中にも「本来の意義」なんて考えないで形式だけで勘違いして間違うものも出てきますよね(それじゃ本来絶対いけないはずだけど)。中にはレイジとかナイン・インチ・ネールズみたいにストイックな音楽性でリンプ・ビズキットを公的に露骨に嫌う発言もしてたのに、ニュー・メタル的な立場の人に聴かれる機会が増えた人たちもいて、気の毒にも見えましたね。


僕はそれが本当にいやだったので、「代わりになるもの」を求めてました。その当時、「聴くものを急に失った 」難民みたいなリスナーは多かったものでした。USのオルタナもブリットポップも両方同時期に終わりましたからね。なので、「次に盛り上がりそうなもの」として、USのインディの一部で話題になっていたエモやポストロックに賭ける人も多かったですね。レディオヘッドの「Kid A」にその雰囲気がありましたからね。日本では、バンド界隈の人たちやそのファンの人たちの間で盛り上がってましたね。僕もそれに乗りかけたことがあります。だけど、エモは聴いてるうちに「スクリーモ」「エモ・メタル」みたいな「これも新しいニュー・メタルの一種になりそうだな」と思えるものが出てきたり、ポストロックでいうと、トータスとかモグワイとかあったんですけど、こういうものに「ロックシーンを牽引する」ことまでを期待するのは「楽曲フォーマット的に無理があるだろう」と思いました。当時、僕の知人が「ポストロックのバンド組んだんだ」とか言うんでライブを見てみたら、延々とテロテロとフュージョンの出来損ないみたいな自己満足的で退屈なものをかなり聴かされたりもしたので、それに対してウンザリした感情もなかったと言えば嘘になります。


で、僕は(8)で書いたような「雑多な洋楽全般」というものに興味を持ったことで、このブログの前身のメルマガを2001年にはじめてみたわけですけど、その当時はインディにはあまり大きな期待をしていなかったのも事実です。「そのうち共感できるロックが出てくればいいな」とは思っていたんですけど、その瞬間は意外と早くやってきたこととなりました。


ただ、それがザ・ストロークスになるとは、僕でさえ最初は思わなかったものです。団体名を彼らの曲名にちなんでつけておいてナンですが(笑)、これに関しては既に何度も公言してることでもあります。最初は「なんかヴェルヴェット・アンダーグラウンドみたいなバンドだけど、これ、そんなに新しいの?」などと思っていました。それと同時に出てきたザ・ホワイト・ストライプスに関して言えば、「とてもいいガレージ・バンドだな」と好感は持ちましたが、まだライブを見た訳ではなかったので、本当の意義までは当時わかりませんでした。


ただ2002年、その2つにザ・ハイヴスやザ・ヴァインズが加わった際に、その意味がハッキリわかってきました。この当時、もう既に「汚い」はずだったグランジ風のギターもニュー・メタルではすっかり制御された厚い音圧に変わっていました。カジュアル志向のファッションもすごくマッチョでスポーティなものに変わったり。そこに比べると、ストロークス以降のバンドは音はスカスカしてエッジが効いてるし、ファッションには文科系のオシャレな佇まいがあるし。それは60年代の昔からある本来、ロックってこういうアート志向な人がやるもんだったよな、ということをもう一度教えさせてくれるものでした。僕はやっと、「自分のいるべき場所」を見つけた気分になりました。


そしてメディアもそれを後押ししました。上記したバンドたちはNMEが押したように言われているしそれは事実なんですが、アメリカでもTIMEみたいな社会誌が「ニュー・ガレージの時代がやってきた!」と言って特集を組んだり、「THE(ザ)が着くバンドによる原点回帰が新しい」みたいな特集が組まれ、同年中にはそうしたバンドたち(Theがついた人たち多かったんだ、ホントに)が大挙して出て来るようになりました。そして、いろんなバンドにインタビューしても「ストロークスが出てきたおかげで、ロックが本来あるべきものに戻ってきた」と若手もベテランも概ね絶賛して迎えていたものです。


にもかかわらず!


当時の日本の音楽メディアの、この音楽に対する扱いというものには本当にひどいものがありました。「こんなもののどこが新しいんだ」という論調は珍しくなかったし
「NMEがまた変なもの流行らせようとしやがって。ブリット・ポップ以降、もうだまされないぞ」みたいな、考えられない反動がありました。全く信じられなかったです。パンク以降の文脈で言って、本来認められるべきではないリンプ・ビズキットみたいなニュー・メタルを咎めず、かわりに「ロックを再生させた」と評判のものを叩いてたんですから。「なんで、そんな論評が可能なの?本当にパンクとか、グランジ/オルタナの意味をこの人たちは理解してたのか?」と思って僕は悲しくなりましたね。なんで、この期に及んでグランジのときと同じ失敗を繰り返そうとするのか。ただでさえあの頃は、9/11の余波で「暴力的メッセージが強い」ということでアメリカでラップ・メタルが総じて閉め出しを受けていて、すごく攻撃しやすいタイミングでもあったのに。


このロックは、ニュー・メタルやポップ・パンク側の人たちの注目は受けなかった(ファッション違い過ぎたしね)という予想通りなことが起こったどころか、
ポストロックやエモにハマってた人たちには無視され、UKロックファンには「国籍がイギリスじゃないから」と些細なことにこだわられ。そういうとこもグランジの扱われ方によく似てました。


でも、「レトロだ」なんて言う人が多かったものですが、たとえばストロークスのサウンドにはクラブっぽいダンス・グルーヴがあり、それは同じニューヨークから台頭してきたジェイムス・マーフィー以降の「ポスト・パンクで踊る」感覚に先駆けたものでもあったし、ホワイト・ストライプスには「機材は古いままで、人間の創意工夫だけでロックを進化させる」という、「制限された中での創造性」という挑戦があったし、ジャック・ホワイトの超絶的な表現力でステージで何万人の人たちを驚かせていた。意味はしっかりあったんです。それだからこそ、この後にヤーヤーヤーズやらインターポールやらキングス・オブ・レオンがキラーズが続き、イギリスからリバティーンズやフランツ・フェルディナンドが・・と出てきたわけでもあったのです。2002〜04年は新しいバンドが出てきては、それらが新しい時代の担い手になりそうな勢いで台頭してきてたから本当に楽しかったものです。


にもかかわらず!


当時の日本の洋楽雑誌の表紙は「レディオヘッド、オアシス、レッチリ、グリーン・デイ」の表紙のローテーションを延々繰り返すだけ!完全に(7)で書いたような、日本でようやくオルタナやブリットポップに追いついたときの良い思い出にしがみつこうとするばかりでした。英米のロックシーンは、90年代前半並みに新しいシーンの主役が出て来ようとしてたのに。2004年5月、僕がHard To Explainをはじめたのは、こういう状況にあまりに我慢がいなかくなっていたからでした。


HTEをはじめた当初は、ストロークスがようやくウケはじめて、フランツが期待を持たれてデビューし、ピート・ドハーティのお騒がせネタがタブロイドを賑わせる状況があったり、まだ「耳の早い人」だけの盛り上がりではありましたがラプチャーとかLCDサウンドシステムがクラブ界隈でそれなりに盛り上がってはくれました。

ただ、
頭の痛い事態は続きましたね。まだ当時の洋楽業界は、このブームをなんとか「イギリス」となんとか結びつけようと、かなり無理のあった努力をしてましたからね。その結果、カサビアンやザ・ミュージックが「プライマル・スクリームやストーン・ローゼズに似てるから」という理由で、日本でのこの辺りのバンドでトップクラスの人気だったのは正直嫌でしたね。別に両バンドに恨みはなかったんですけど、あまりにも「比較対象への愛」を露骨に前面に出して聴かせようとする人たちには正直うんざりしてましたね。


僕のこうしたイライラが解消されたのは、おそらくアークティック・モンキーズのブームがあって、アメリカでピッチフォークが注目されはじめた2006〜07年くらいからだったような気がします。その頃になると「誰がアルバムを3枚以上出しても淘汰されなかった」の結果が出て、日本でのセールスは海外のソレとは比較にならないもののそれなりの支持を受けるようになったバンドも少なくなかったし、他のものには反応しなかったのにアークティックだけには反応できる、という人が多かった。後発組ゆえに、先人たちのエッセンスをうまく統合出来てたところは、彼らにはあったと思います。そしてピッチフォークが出てきたことによって、これまでのイギリス一辺倒のインディへの接し方がアメリカにまで広がって行った。そこは大きかったと思います。そして、知らない間に気がついたら、あれだけ猛威を振るったニュー・メタルの連中もいなくなってましたしね。


そして2008年にMGMTやヴァンパイア・ウィークエンドが台頭したあたりから、「それがアメリカのバンドだからどうのこうの」みたいな、以前に聞かれたような屁理屈めいたことも聞かれなくなりました。もしかしたら、海外のインディを聴いてる人の総数自体は減っていたりするのかもしれないけど、ネットを通じて「新しい音楽を探そう」とする人たちの熱意を、僕がHTEをはじめたときよりも強く感じることが多いのも事実です。情報の使いこなしも上手になってきてるし、その意味では、だいぶマシにはなったのかな、とは思います。


ただ。


そんな、「状況がよくなったかな」と思える今の日本のインディ・ファンですが、「ここの点はまだ弱いかな」と思えることがひとつあります。それは「インディ・ロックの、全エンタメ界での位置」が自覚できていないこと。


(8)でも書きましたが、日本の場合、映画や海外テレビの情報伝達がよその国に比べて信じられないくらい遅いので、それらに目もくれず、インディ・ロックの情報だけに集中する、ということが可能です。ぶっちゃけ、ピッチフォークとNMEや、それに類するメディアの情報だけ集めていれば、それは決して不可能じゃないし、そういう生活になれていれば、さもそれらが「権威」のように映ることもあるでしょう。

しかし!


今の世の中、それがピッチフォークであれなんであれ、欧米圏では権威でもなんでもありません。そこは忘れてはいけません。


インディのシーンが何かのムーヴメントに注目して騒いでいたとしても、それは決して大きなものではありません。今、どんなにインディで騒いだところで、マイリー・サイラスのお騒がせ報道や「Breaking Bad」の最終回ほどの話題をさらえるトピックなんてロックにはないのが現状なんだから。


これ、たとえば、「Entertainment Weekly」とか「Metacritic」とか「Gold Derby」みたいなエンタメ総合メディアとか批評アグリゲイター(いろんなメディアのレビューを合計したもの)などの情報を見てたりすると特にハッキリとわかるのですが、海外エンタメで一番強い影響力を持ってるのは映画で、そこにここ最近有料局の台頭で力をつけつつあるテレビが迫っている感じです。音楽は、セレブ・ポップスターこそ、その2つにやっと肩を並べられるくらいの力はありますが、それ以外は正直弱いと言わざるを得ません。総合エンタメ・サイトで音楽が占める位置なんて昔に比べ本当に小さくなってるんだから。


日本の熱心なファンの方の場合、「専門メディアで騒いでるもの」というのをヒップだと思って夢中になる習性が昔からあります。その「現場」で盛り上がってるものこそが本当にカッコいいものだ、と。それを僕は「間違っている」とまではいいません。


しかし、そうやってしまうから、どうしても克服できないものがどうしても1つ出てしまいます。それが「総合チャートを読めないこと。」すごく、「一点集中型」の音楽の摂取の仕方をしてしまうあまり、全体像が見えないから、たとえばビルボードみたいなヒットチャートを見る習慣がない。そういうことをしてしまうがあまり、「インディで今、本当に一般的にも一番流行っているものをゴッソリ見落としてしまうことも少なくなくなってます。」その結果、欧米のフェスで限りなくヘッドライナーに近い存在になってるようなものが欠落してるようなことも珍しくありません。「チル・ウェイヴ」や「ビーチ系インディもの」とか、欧米の音楽界全体でも一般知名度を得たブームになったかどうか微妙なシーンに対応し、ジェイムス・ブレイクみたいな決して易しくないタイプの音楽にオリコン最高位12位でこたえる音楽理解度を示す力があるのに、逆に英米だったら結構一般層まで知っていて評判だってそこまで悪い訳ではないブラック・キーズとかフローレンス&ザ・マシーンみたいなアーティストが完全に見落とされている、みたいなことが平気である。ちょっとどこかで見方変えないと、落とし穴にはまりかねない情報摂取のウィークポイントが今の日本のインディ・ロック・ファンにはあります。


でも、まあ、それでも「見当違いの屁理屈」で時代を変えつつある音楽が不当に責められたりするようなことに比べれば、それでも全然マシなったんですけどね。
 
author:沢田太陽, category:ガラパゴス, 13:21
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Comment
ピストルズが敵対視していたものと、ニルヴァーナが敵対視していたもの。それらと比較すると、ストロークスが敵対視していたものって小さい。何と戦ってるのか伝わりにくいから曖昧で弱い。
また2000年以降の若手ロックバンドの音楽は、コールドプレイであろうがアークティックであろうが、僕には全てポストロックに聴こえる。ジャンルの名前ではなく、本来の言葉の意味で。
long3, 2013/10/26 11:12 AM
当時「これからはUKロックでもUSロックでもなく、NYロックなんだよ!!」みたいな事を誰かが言ってくれれば良かったと思います。
『リバイバル』という言葉のお陰で、ストロークスやフランツを理解するのに10年かかりました。
long3, 2014/03/29 1:59 PM









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