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NMEの雑誌メディア撤退に寄せて

どうも。

 

今週はこれも書かなくてはですね。

 

 

 

かのイギリスのNMEが、金曜日に出た号を持って、65年にも及んだ、雑誌メディアから撤退することが発表されました。もう、数年前からフリーペーパーにはなっていてすでに求心力は落ちていたんですが、さらに追い討ちがかけられたことになりましたね。

 

 

 まあ、これに関してはねえ、「残念だ」、「時の流れ上、仕方がない」という、その二言しか出てこないかな。

 

 僕の場合、NMEを知ったのは、歴史そのものはかなり古いですね。1982年。中楽1年の頃には知ってましたね。日本の音楽雑誌読んでると、自然とその単語が出てくるので、「ああ、イギリスのロックにとっては重要な本なんだな」という認識くらいはさすがに持っていましたね。イメージでいうと、「ザ・ジャム」って感じだったかな。

 

 

 で、実物を見たのが大学に入ってですね。その頃はマッドチェスターとか流行ってましたけど、僕自身はそんなに興味はなくて、むしろブリットポップの時代から気にして読み始めるようになって、実際にたまにタワーレコードの洋書屋でたまに買うようにもなりましたね。1998年に初めてロンドンに行ってから、そこからしばらく、よく足を運ぶようにもなったわけですが、その頃が一番買ってたかな。

 

 

 

 

特に個人的には、この「ニュー・ロック・レヴォルーション」と言って、ストロークスとホワイト・ストライプス筆頭に新しいバンドを次々と押し始めていた2002-03年くらいが一番印象深いですね。イギリスって、ブリットポップが98年に完全に収束して以降、数年はキツかったんですが、NMEはその時期をこらえてMUSEとコールドプレイを押して、そして2001年にストロークスを皮切りにロックンロール・リヴァイヴァルを推進し始めます。この時の煽り、よくからかわれもしたけど、でも、そこから2005年末のアークティック・モンキーズのデビューまで。あそこまでに出てきたバンドたちが結果、今現在にまで至るフェスのヘッドライナーの中核を占めるようにもなったわけだしね。それ考えと、あの時期のNMEのあの鼻息の荒さ。もし、あれがなかったら、ロックも今頃、かなり違うものになっていたような気が僕にはしてますね。

 

 

 NMEは終わったわけではなく、今後はウェブ・メディアとして継続はしていくようですが、正直、あまり期待してません。

 

 なぜなら

 

 

 ここ最近のNMEに覇気とパワーを感じていなかったから。

 

 

 実際の話、僕がここ最近参照するメディアの中で、NMEは決して上位の存在ではありませんでしたから。それを説明していきますね。

 

 

 まず、僕が最近、海外メディアで真っ先に一番チェックするのは、「新作音源の解禁ニュース」。まずはこれなんですね。やっぱストリーミングの時代なんで。その観点でいくと、一番役に立つのって、アメリカのコンシークエンス・オブ・サウンドとかピッチフォーク、この点で言えばスピンもまだ良いですね。情報多すぎですけど、ステレオガムも見ます。あと、全世界プレミアが行われる可能性が非常に高いBBCの、特にBBC1のアニー・マックの番組ですね。こういうところになるんですが、今のNMEは、こうしたストリーミング解禁情報までちゃんと追えてません。追ってても、かなり事前知名度のあるアーティストのみですね。

 

 

 次に、新作が出た直後のレヴューですね。その昔、NMEのそれは僕が真っ先に読むものでしたけど、ここ最近のNMEのレヴューの内容が悪すぎる!!昔のNMEだったら、「誰もがそのリリースを期待している、最も話題の新作」みたいなものにも平気で辛口の点数と批評を行い、それで後続の空気をガラッと変える力さえ持ってました。それが、自分のとこが猛烈に応援していrアーティストであってさえも同様でした。そういうとこ、好きでした。

 

 

 でも、今のNMEのレヴューって、話題のリリースはもうほとんど4つ星ばかりで、5点満点も頻発する状態、超甘々状態なんですよね。そんな緩いの、逆にもう他のメディアで見られなくなってますよ。その証拠が去年の、どこのメディアも酷評したアーケイド・ファイアのアルバムに5つ星出したことですね。僕もあれでNMEのレヴュー、読むのやめようと思ったほどでしたからね。

 

 

 あと、昔のNMEみたいに、「このアーティストを兎にも角にも猛プッシュしたい!!」という激しい意気込み、これを感じなくなったんですよねえ・・。それこそがNMEの最大のアイデンティティだったのに・・。

 

 

 今のNMEも、最近のイギリスのバンド・シーンも、それが失われたから盛り上がりを欠くきていたようなものです。もう、ここ最近だと、BBCとか、ガーディアンの方が、「NMEの代わりやってるんじゃないか」と思えるくらい、むしろ熱心に新人バンドをサポートしたりしてますからね。

 

 

 NMEの最後から2番目の号の表紙がシェイムだったりしたんですけど、これだって、本来なら去年のデビュー前から表紙にして、1月の大絶賛されたアルバム・タイミングで大特集くらいのことは、昔のNMEだったら間違い無くやってた。「やっと、こういうこと、やったか」と思って喜んでたら、その矢先に「雑誌、終了」のニュースだったんですけどね・・。

 

 

 なので、今回のNMEの件、ただ単に「ネットの時代に、紙が負けた」だけの話ではなかったんじゃないか、と思ってます。内部スタッフのパワーと実力があったらもう少し寿命が伸びたかも。いや、それか、さっさとネットに事業を転換して、そこでリーディング・メディアになっていたかもしれないですね。

 

 

 まあ、でも、こういう、「人材の動き」というのも運命ですからね。こればっかりはどうしようもないことかもしれません。ネット運営になった時に、果たしてゲーム・チェンジャーになれるような人が内部に現れるか。気にして見ていこうかと思いますけどね。

 

 

author:沢田太陽, category:評論, 15:21
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