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全オリジナル・アルバム+α From ワースト To ベスト (第17回)ダリル・ホール&ジョン・オーツ その2 10-1位

どうも。

 

では、昨日の続き、行きましょう。

 

 

 

ダリル・ホール&ジョン・オーツ、ホール&オーツの2回目、今回はトップ10です。どんな感じになっていますでしょうか。10位からいきます。

 

 

10.Daryl Hall&John Oates(1975 US#17 UK#56)

 

10位は1975年のセルフ・タイトル・アルバム。その上の写真の下段の真ん中のヤツですね。

 

 これは彼らにとって初のヒットとなったアルバムで、ダリルの長年のガールフレンド、サラ・アレンのことを歌った「サラ・スマイル」が全米4位まで上がるヒットとなって注目されます。

 

 このアルバムですが、RCAでの移籍第1弾で、ここで彼らは本格的に「白人ソウル・デュオ」として売り出されます。ストリングスがやたら多く入ってて、この当時のフィリー・ソウル的です。あと、全体のサウンドも、このころのフュージョンっぽい、アーバン・テイストで統一されてますね。

 

 ただ、なんかですね、「サラ・スマイル」以外の曲がスーッと入ってこないアルバムなんですよねえ、これ。統一感あるアルバムで曲の出来も悪くないんですけど、どちらかというとAORファン向けな内容なのが僕の好みじゃないのかな。キレイすぎるんですよね。もう少しひねくれないと、彼らっぽくありません(笑)。

 

 

9.Three Hearts In The Happy Ending Machine(1986 US#29 US #26)

 

 9位は1986年に出したダリルのソロですね。これが彼のソロでは商業的に最も売れました。全世界的なヒットになった「ドリームタイム」が入ってますからね。

 

 このアルバムなんですが、ホール&オーツ・ファンの人も、単にエイティーズが好きな人も、勢い「ホール&オーツ」のディスコグラフィに入れることが多いくらい、人気のあるアルバムです。実際の話、ソロとは言いつつも、これまでの80年代のホール&オーツと聴き比べて違和感ない曲調だったりもしますしね。実際、「ドリームタイム」だけでなく、「Foolih Pride」「Domeone Like You」は人気曲で、たまにライブでも披露されてますしね。

 

 このアルバムでは、あの当時、プロデューサーとしても売れっ子だったユーリズミックスのデイヴ・スチュワートがプロデュースに入っているんですが、さすがにうまいですね。彼の場合、シンセの単音の音処理もそうなんですけど、カッティング・ギターやギター・ストロークのキレも、ドラムの音の入れ方もバランスがいいんですよね。ホール&オーツはそこをセルフ・プロデュースでやっちゃうから80s後半にドラムの音が不必要にデカすぎてそれで風化しちゃってるところがあるんですけど、デイヴはさすがにそこのところはプロでバランスよく録音してるから、時間をおいて聞いても全然大丈夫ですね。

 

 あと、このころはダリルのヴォーカリストとしての脂が一番乗ってる時期ですね。70sまで高音が上ずってたところが声量が付いてきたことでブレなくなった。あと、この時期はファルセットで声枯れしなかったし(90s以降、そこは結構ツラいんです、泣)。ここでかなり気持ちよくソウルフルに歌えていることが、この次の「Ooh Yeah」にもつながってますね。

 

 

8.Along The Red Ledge(1978 US#27)

 

 続いて8位は1978年の邦題「赤い断層」というヤツですね。

 

 このアルバムではもっぱら、アイデンティティ探しをしています。何せ、その直前に白人版フィリー・ソウル路線で売れかかったのに、パンクっぽいアルバムを作ってしまってブチ壊してしまった直後でしたからね。そのお手伝いをこのアルバムでしているのが、のちにAORの帝王として知られることになるデヴィッド・フォスターです。

 

 僕はAORもデヴィッド・フォスターも恐れずに言ってしまうとかなり苦手だったりするんですが(笑)、ここでの彼は自分のカラーを押し付けず、割と彼らの作りたいようにやらせてますね。別に涙チョチョ切れ系のバラードがあるわけじゃなし。結構、ロックっぽい部分はロックっぽかったりもしますから。

 

 ただ、全体にサウンドのテーマは感じさせますね。冒頭の「It's A Laugh」に顕著なんですけど、60sのフィル・スペクターみたいなボワ〜としたエコーがかかっていて。この辺りはスペクターがプロデュースした元祖ホワイト・ソウル・デュオ、ライチャス・ブラザーズへのオマージュが感じられます。それの70s版をかなり意図的に狙ったんじゃないかな。

 

 この2つ前のアルバムのパターンだった、「A面ソウル、B面ロック」のコントラストも良いです。彼らのソウル・バラードでも屈指の出来の「Have I Been Away From You So Long」みたいな隠れ名曲もあり、さらに長年人気曲だった割に披露される機会が少なかった「It's A Laugh」も近年のライブのセットリストに戻ってきたりもしますからね。

 

 

7.X-Static(1979 US#33)

 

 その「赤い断層」に続くのがこれですね。邦題「モダン・ポップ」。これもデヴィッド・フォスターのプロデュースです。

 

 これは一部で「ディスコに走った」などとの評される作品で、それで評価を低くする人もいたりするんですが、そんなことはないですね。確かに「Portable Radio」とか「WhoSaid The World Was Fair」でディスコやってますけど、こういうアプローチをとったおかげで、彼らの曲がよりオーディエンスを掴みに行く貪欲な前向きさを保つに至ったな、と思います。

 

 あと、大人気曲、「Wait For Me」があるのもこのアルバムですね。この曲や「The Woman Comes And Goes」で使ったピアノの3連譜、これで、この手法が効果的にキャッチーなのがわかったのか、来るエイティーズでこれを武器に駆使するようにもなります。

 

 ここで、彼らはきっと何かをつかんだんでしょうね。これが本格ブレイクの「蒼写真」的な作品となります。そして、ここから、もう一つ足りなかった要素を加えてセルフ・プロデュースに移行することで、彼らは黄金期を築いていくわけです。

 

 

6.War Babies(1974 US#86)

 

 6位は「War Babies」。これはまだ売れる前の、まだアトランティック・レコーズにいた時代の最後のオリジナル・アルバムですね。

 

 実はこれの前の作品が批評的に絶賛されまして、すごく期待がかかったアルバムだったのですが、方向的に意外な方向に行ってしまったせいで肩透かしになりチャンスを逃してしまった作品です。レーベルとしては、「ホワイト・ソウル路線」を望んでいたのですが、彼らが選んだのは「パンク前夜のニューヨーク」で、その中心バンド、ニューヨーク・ドールズをプロデュースしていたトッド・ラングレンだったんですね。

 

 ここでホール&オーツはパンクロック的なエッジやシンセサイザーを使った、トッド自身もソロでやっていた「プレ・ニュー・ウェイヴ」みたいなものを求めてはいたのですが、トッドがプロデュース作で他のアーティストにも嫌われる理由となった「音源お持ち帰り」をやって、「まるでトッド本人」の音に化粧直しをしてしまったものだからダリルが怒ってしまった、というエピソードがあります。ダリルも長らく嫌いなアルバムだと言ってました。

 

 ただ、ホール&オーツとトッドは歌い方とかコードとか3連符とかで共通点があるため兼ねてからファン層が、僕のようにコアなとこでかぶってたんですが、2000年代に入ってまたかなり接近します。ダリルの番組「Daryl's House」でも僕が覚えている限りでも2回出演してセッションしてるし、一緒に全米ツアーもしてるし。そういうこともあり、「Is It A Star」が近年のライブでの定番として復活したり、番組でにプレイした「Beannie G And The Rose Tattoo」がライブの登場BGとして使われたりと、ホール&オーツ自身の中で再評価が進んだことで「カルト名盤化」してます。

 

 

5.H2O(1982 US#3 UK#24)

 

 ここからはもう、どれとっても名盤だと僕は思ってます。5位は全盛期を代表するアルバムの一つですね。「H2O」。

 

 もう、このころには飛ぶ鳥落とすデュオになっていたホール&オーツ。この前までは、「ニュー・ウェイヴ」がエッセンスとしてかなり強く入れられ、そこがイギリスでも比較的成功した一因になっていたような気もしますが、ここではむしろ、この当時にR&Bの界隈(当時はブラック・コンテンポラリーと言ってました)ではやってたエレクトロ・ファンクの要素が強まってますね。ロックっぽいホール&オーツが好きな人は、それがゆえに「嫌いだ」という人があの頃、多くもあったんですが、「でも、それ、ホール&オーツの理解を根本的に履き違えてるよ」とは僕も言いたくなります。

 

 本人たちにもその意識あったんじゃないかな。シングルになったのがモータウン・リバイバルをエイティーズふうにやった「マンイーター」と、リズムボックスを効果的に使ったソウル・バラードの「ワン・オン・ワン」でしたからね。このR&Bアプローチは僕の中でのR&Bの、ある種の栄養源にもなってますね。

 

 そうかと思ったら、ダリルが兼ねてからのプログレ好きを生かして、マイク・オールドフィールドの「ファミリーマン」を彼ら風にカバーもしたりする意外性もあったりね。で、今回はそうしたひねくれたアプローチも当たった。その意味でもクリエイティヴィティ的な勢いもありましたね。この好調さは、この次に出たベスト盤「Rockn Soul Part 1」のシングル「Say It Isnt So」まで引き継がれ、同じく収録曲だった「Adult Education」の大げさすぎるシングル・リミックスによって後退していきます(苦笑)。

 

 

4.Bigger Than Both Of Us(1976 US#13 UK#23)

 

 続いては、70sの彼らの最大のヒット・アルバム、「Bigger Than Both Of Us」。

 

 これは邦題「ロックンソウル」で、奇しくも、さっき触れた、83年に出たベスト盤の原題とも重なってしまう(それでベスト盤のタイトルが謎多き「フロム・A To ワン」)のですが、当時の日本の担当さんがそうつけたくなるのもわかるように、「A面ソウル、B面ロックンロール」なアルバムに仕上がっています。

 

 とりわけA面は最高ですね。ジョンがメインでダリルとの掛け合いが史上最高の曲の一つの「ソウル・トレイン」風

の「Back Together Again」に、初の全米1位を獲得したライトな「Rich Girl」、そしてディープでダークなダリル渾身の熱唱の大バラード「Do What You Want Be What You Are」.。この3曲は未だにライブ・フェイヴァリットとしても歌い続けられてますから、これ、一つの完成系ですね。

 

 で、ロックのサイドは、これといって飛び抜けた曲がなく、そのあたりは後年の課題にはなったんですが、A面とのコントラストを取るには良いものです。ただ、この当時、ホール&オーツが不満だったのは、これをプロデューサーがスタジオ・ミュージシャンで作ってしまったことだったんですね。自前のバックバンドで、もっとライブ感を出したかった彼らは、ここから次のアイデンティティを模索して3、4年くらい苦しむことにもなります。

 

 

3.Abandoned Lanchonette(1973 #33)

 

 3位は1970年代前半の名盤ですね。「Abandoned Lanchonette」。

 

 これはホール&オーツのみならず、「70sのアメリカン・ロックの名盤」にもしばし挙げられている作品です。確かに、これ、すごく面白いんです。パッと聴きは、70s初頭のシンガーソングライター・ブームを思わせるアコースティックな感じではあるんですが、曲が進むにしたがって、ストリングスとシンセサイザーを使った、黒人のソウル・ミュージックでも当時聞かなかったような、斬新なソウル・ミュージックをやってるんですよね。で、そうかと思ったら、最後の方では、「カントリー版のプログレ?」みたいな曲もあったり、今の耳にもかなりアヴァンギャルドな作品です。そして、その中の1曲、「She"s Gone」はソウル。グループのタヴァレスにカバーされて全米R&Bチャートの1位。10CCが「アイム・ノット・イン・ラヴ」でこの曲をパクった疑惑もありつつ、1976年に「サラ・スマイル」の後に3年遅れて全米7位のヒットになっていたりします。

 

 そういうこともあり、これはよく「ホール&オーツの最高傑作」にあげる人もいます。僕も、「作品完成度としてはそうかな」と思います。では、なぜ3位なのか。一つは「結局は後で再発見されたアルバムだから」ということ。そしてもう一つは「本当に当時のホール&オーツの実力でこれが作れたのか?」ということです。僕はこれ、むしろ、プロデューサーのアリフ・マーディンの力によるものの方が大きかったんじゃないかなと思うんですよね。彼のアレンジにむしろホール&オーツが押されている感じがして。そこで、この順位が妥当なのかな、と思います。

 

 

2.Voices(1980 US#17)

 

 そして2位は「Voices」。邦題「モダン・ヴォイス」。僕が最初に聞いたホール&オーツがこれで、日本独自のシングルだった「Hard To Be In Love With You 」が記念すべき最初の出会いです。

 

 ・・という、思い出話しを長くする必要もないくらい、これ、彼らにとっては分岐点となった、非常に大事なアルバムです。ここから彼らはセルフ・プロデュースになるんですが、ここで彼らはこれまで以上にパンク/ニュー・ウェイヴ色を強めていきます。シンセの使い方よりは、ここではむしろギターですね。すごくパンキッシュというか、パワーポップ的というか。すごく削ぎ落としたシンプルでエッジィなギターなんですよね。そこがすごく、70sから移り変わりの80s黎明のニュー・ウェイヴという感じがして、今でもかなり大好きです。

 

 そして、4年ぶりに全米1位に輝いたシングル「Kiss On My List」。ここでは、とりわけ日本で非常に大きな彼らの武器になるピアノの3連符。大きな切り札もできるわけです。

 

 さらに元祖・ブルーアイド・ソウル、ライチャス・ブラザーズの「ふられた気持ち」のカバーに、ポール・ヤングがのちにカバーして全米1位になった「Everytime You Go Away」の元曲ですね。こうしたところで、しっかりソウル・アピウローチもできています。

 

 ただ、現在、アメリカのポップ・カルチャーで「ホール&オーツ・クラシック」といえば、やっぱり「You Make My Dreams」です。

 

 

 これがいちばん有名ですが、「ウェディング・シンガー」やら、いろんな映画、ドラマに使われ続けています。

 

 すいません、1位の発表なんですが、外出しなくちゃいけません。1位、もちろんアレなんですが、しばしお待ちを!

 

 

1.Private Eyes(1981  US#5 UK#8)

 

 そして1位はやっぱり、これですね。「プライベート・アイズ」。

 

 代表曲の多さとキャリアの分岐点という意味では、2位にした前作の方がもしかしたらあるかもしれないし、正直、1位は迷いました。ただ、その前作をさらに前に進めたサウンドがあったこと、彼らの名刺代わりの名曲が2曲あり、その人気が高いこと。商業的に最も成功したアルバムであること、などを鑑みて、これを1位にしました。

 

 サウンド的には、前作で見せたニュー・ウェイヴの路線を、ギター面のみならず、シンセの多様でさらに進めて、それを彼らのその後の5年の前世の礎にしましたね。これは大きかったと思います。

 

 そして必殺の代表曲。一つはやっぱりタイトル曲。彼らの3連符路線の曲の中では、とりわけ日本でもダントツの人気がありますし、もちろん全米ナンバーワン曲としても有名。そしてもう一つ、これが大事。「アイ・キャント・ゴー・フォー・ザット」!この曲が、ビルボードの総合チャートのみならず、R&Bのチャートでも白人アーティストながら1位になったこと。これは彼らの持つソウル・フィーリングが人種の垣根を超えて通用したことの何よりの証明です。今、そういう白人アーティスト、少ないですからね。それゆえにこの曲はデラ・ソウルほか、いろんなアーティストの楽曲のサンプリング・ネタにもされていますからね。

 

 そして、やっぱり国際的にヒットしたことが大きいです。アメリカでアルバムがトップ5に入ったのみならず、イギリスでも受け入られた。ニュー・ウェイヴ大全盛のご時世で、そのサウンドに対応してイギリス人の興味を引きながら、同時に内包するソウル・フィーリングをも伝える。この後、イギリスからはソウルのエッセンスを持ったニュー・ウェイヴのアーティストがかなり出てきて、僕もそういうアーティストからも影響を受けているんですが、このアルバムのチャート実績から考えても、案外彼らが一役買っていたりするかもしれません。

 

 

 

 

 

author:沢田太陽, category:FromワーストTo ベスト, 12:50
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全オリジナル・アルバム+α From ワースト To ベスト (第17回)ダリル・ホール&ジョン・オーツ その1 21-11位

どうも。

 

 

では、予告通り、FromワーストToベストで今日は行きます。一昨日、思いがけないくらいに「なぜ最近の若いロックファンはR&Bが器用に聞けるのか」の話をしましたけれど、僕が個人的にR&B聞ける体質になっている理由となったアーティストを今回はやります。

 

彼らです!

 

 

はい!ダリル・ホール&ジョン・オーツ、ホール&オーツです!

 

若い洋楽ファンの人でも、名前は聞いたことあるんじゃないかな。彼らは80年代って言ったら、そりゃ、すごい人気でしたよ。アメリカでもたくさんナンバーワン曲あったし、日本でもかなりの人気でしたよ。洋楽誌の表紙にもよくなってたし、ラジオでもすごくかかってたし、来日公演あれば10公演近くやってましたからね。

 

 以前にもここで、僕が人生のある時期までホール&オーツが一番好きなアーティストだったことは、覚えている範囲で二回は書いているんですけど、でも、未だにそうなんですが、やたら意外がられますね(笑)。知人との会話で、覚えているだけで「マジで(笑)?」といって信じられなかったこともあったし、ライブに行けば「いやあ、意外ですね〜」とかも言われたことがある。やっぱ、90s以降のオルタナとかUKロック、インディ・ロックのイメージが強いんでしょうね、僕は。

 

 ただ、ホール&オーツに関しては人生でクイーンの次に好きになった洋楽アーティストで、小6の時からです。あのダリルの歌い方と、8部の3連譜のピアノが好きでして。中学の時、2回福岡公演にも行ってます。ということもあり、すごく思い入れが深いのです。

 

 今回、なぜ彼らを思い出したかというと、いろいろです。一昨日書いたことはだいぶ前から考えていて、「自分の場合、どうだったかなあ」と考えるとR&Bの入り口は間違いなくホール&オーツやユーリズミックス、インエクセスみたいなところだったなと思い返していたのと、こないだマドンナのFromワーストtoベストをやったでしょ。さらにアレサ・フラクリンが亡くなった時にアレサを知ったタイミングを思い出したりして、ちょうど80sの中ばを思い出していた。そうしたらやっぱりホール&オーツのフレーズがどうしても頭をよぎってしまった・・ということです。

 

 ということでホール&オーツですが、マドンナ同様、通常のオリジナル・アルバムだけでは物足らないのでプラスαで、ダリル・ホールのソロの分も足して、2回でお送りします。全部で21枚です。

 

 

 ではワーストから。

 

21.Beauty On A Backstreet(1977 US#30)

 

 ワーストは1977年発表の邦題「裏通りの魔女」ですね。これはホール&オーツのこのテの企画がある際、いつもワーストに入るアルバムです。

 

 ホール&オーツというのは音楽的に気難しい人たちでして、自分たちが「白人でソウル・ミュージックをやっている」という風にだけ捉えられたくない、という気持ちが強いんですね。この前のアルバムで、「現在のブルー・アイド・ソウル・デュオ」のイメージがつけられそうになったことに、とりわけダリルが反抗しまして、どこまで意識したか定かじゃないんですが、パンクロック的なアプローチで作ってます。このころ、ダリルはキング・クリムゾンのロバート・フリップともソロを作ってますしね。

 

 ただ、なんかヤケクソすぎるんですよね(笑)。極端。アナログA面がパンクかと思ったら、B面で思い出したようにソウルをやり、突然レッド・ツェッペリンの「カシミール」みたいなオリエンタルなことまでやってみたり。かなりストレス、溜まってたんじゃないかな。彼らはこれで、せっかくブレイクしかかっていたのに人気を落としてしまいます。

 

 

20.Whole Oats(1972)

 

 これがデビュー作ですね。タイトルは彼らの名前をもじったギャグで、ジャケ写には「たっぷり詰まったオーツ麦」の写真がダジャレのように使われてもいました。

 

 これなんですが、ソウル要素はほとんど見られず、むしろフォークです。60sのR&Bっぽい要素もないわけじゃなく、彼らがのちに得意とするピアノの3連譜の曲も、おそらくキャロル・キングあたりが意識にあったのか、やっていたりもするんですけど、世のシンガーソングライター・ブームに沿ったような「フォーク・デュオ」としてのアルバムです。

 

 中には「Fall In Philadelphia」みたいないい曲もあるんですけど、実力はほとんど発揮されていません。むしろ、持っているものを引っ込めているようにさえ聞こえます。

 

 ダリルって、とりわけ、自分が「ソウルの人」とだけ解釈されるのを嫌がる人なんですけど、それはホール&オーツのデビュー前にこういうことやってたからだと今にして思います。

 

 

 はい。昔は、ソウル・ヴォーカル・グループのヴォーカリストだったのです。この時代に「お前、白人なのに何やってるんだ」とからかわれたんじゃないかな。そういうことをのちに、今も続けている彼の音楽チャンネルでの番組でもほのめかしたりしてますからね。デビューの時から、「自分たちのアイデンティティ」に関しては複雑な人でした。

 

 

19.Soul Alone/Daryl Hall(1994 US#177 UK#55)

 

 これは1994年に発表した、ダリルのソロですね。1990年にホール&オーツは活動休止を宣言したので、本格的なソロの船出になる・・・はずだったアルバムです。僕も当初、すごく期待しました。

 

 ただなあ。これが蓋を開けたら、もうガッカリでしたね。「大人になる」という意味を履き違えたような、すごくマッタリとしたアダルト・コンテンポラリーでね。「ソロで本格的にR&Bを追求」というから、もっとコンテンポラリーな90sのR&Bやるのかと思ったら。メンツ的には、あの頃のロンドンのアシッド・ジャズの人脈とか関わっていたりもしたんですけど、なんかですね、これまでホール&オーツが意図的に避けてきた「シャレオツ」な感じというのを、やってしまった感じですね。ロックっぽい芯が全然なくなっちゃった。

 

唯一マーヴィン・ゲイのカルト・アルバム「離婚伝説」(1978)に入ってる曲のカバーをやったのは「渋いとこ、ついたね」って感じでニヤリだったんですけど、それだけかなあ。

 

 

18.Change Of Season(1990 US#60 UK#44)

 

 続いては1990年の「Change Of Season」。このアルバムでホール&オーツは長い活動休止に入ります。

 

 彼らはエイティーズの全盛の頃に、ちょっとサウンドで先を行こうとしすぎて、ある時期、ドッタンバッタンとかなりうるさいサウンドになったんですが、その反動か、90年代最初の年に出たこのアルバムではアコースティック路線にガラっと変わってます。シンセのところをハモンド・オルガン、エレキギターがアコースティックに変わっています。この路線は、ちょうど僕は大学2年だったんですけど、僕の友達の間ではすごく歓迎されましたね。ただ僕は大ファンを自認してたので非常に言いにくかったんですけど・・実は嫌いでした(笑)。

 

 というのはですね、さっきも言ったように、「大人になる」意味を履き違えてるというか、まったりしすぎなんですよ。保守的にしか聞こえない感じがして。あと、人気出すぎて疲れたのかもしれないけど、なんか隠居したみたいで、その姿勢も違和感あったんですよね。

 

 そして今回聴き直してみて、理由がもう一つあったのがわかりました。これ、レイドバックが不完全だったんです。せっかくサウンドがアコースティックになったのに、ドラムの音だけ、やたらうるさいんです(笑)。これがなあ〜、「でも、結局、エイティーズを拭い去れてないじゃん」と突っ込める感じになってしまったんですよね。そこのところが失敗でしたね。方向性は間違ってなかったのかもしれないけど、やり方を間違った感じはしますね。

 

 

17.Can't Stop Dreaming/Daryl Hall(1996 Japan Only, 2003 US)

 

 そして今度は96年のダリルのソロですね。

 

 90sに入って、とにかく調子の悪かったダリル・ホールなんですが、それをレコード会社が見かねてか、このアルバム、本国ではオクラいり扱いとなり、この当時、日本でのみのリリースでした。アメリカだと、2003年までリリースがなかったんですよね。

 

 そういうこともあり、僕も長いこと聴くのためらってたアルバムなんですが、R&B路線でも、アダルト・コンテンポラリー色はやや後退してます。さらに言うと「Cab Driver」という、のちのホール&オーツのライブでもたまに披露される曲が入っていたりもして、案外貴重な感じです。

 

 実はこの頃、ホール&オーツは実は再始動していて、全米ツアーやってました。僕もLAでライブ見てます。おそらくはダリルのソロでの行き詰まりと、ジョンが当時抱えていた借金苦の問題があったからだと思うんですけど、徐々にホール&オーツに戻る準備を整えていたのかな、とも思います。

 

 

16.Marigold Sky(1997 US#95)

 

 そして、これが97年に活動再開したホール&オーツのアルバムです。

 

 出た当初はもうすごくガッカリでしたね。あの当時、僕はオルタナとかブリットポップ、ヒップホップにビッグビートと聞いてて、そういう耳には、もう居場所がないように感じたアルバムで、すごく寂しかったことを覚えてます。

 

 ただ、今聞き返すと、彼らのキャリアの中では「復調」の始まりだった作品でもあったんだな、と思います。サウンドは、「Change Of Season」でのアKおースティック路線は引きずってはいるものの、ドラムの音はまともになったし(笑)、曲もロック的な前のめりさが戻ってきて。おそらく、この前の年にホール&オーツでツアーをやった影響があると思います。

 

 ただ、「忘れられてたアーティスト」の復帰作をメジャーで出す世知辛さみたいのも感じさせるアルバムです。なんか「頑張って全盛期っぽくやってみました」みたいな、代表曲「Say It Isnt So」を意識したような「Romeo Is Bleeding」とか、アダルト・コンテンポラリーのラジオ用にヒット狙って作らされたみたいな「A Promise Aint Enough」みたいな曲があったり。そういうとこは、今でも聞いててちょっと辛いかな。

 

 

15.Sacred Songs/Daryl Hall(1980 US#58)

 

 続いてはダリルの最初のソロ・アルバムですね。

 

 これは意外や意外、キング・クリムゾンのロバート・フリップのプロデュースで製作されたアルバムです。フリップといえば、これが作られた1977年に、デヴィッド・ボウイとの「ベルリン三部作」を作っていたんですけど、どの影響もあって、サウンドの質感が「ベルリン三部作」のソレに結構似てます。そういうこともあり、プログレ・ファン、古のブリティッシュ・ロック・ファンの間では「カルト名作」扱いされてるアルバムです。

 

 僕もそれは認めます。ただ、「ホール&オーツのディスコグラフィ」として考えた場合に、あまりに異質なんで、そこのところがなあ。フリップの作ったインストも入っているんですが、ぶっちゃけ、そういうのはいらなかったし(笑)。そうした違和感はレコード会社も感じていたのか、これ、一度はお蔵入りになって、3年後の1980年のリリースになったんですね。ただ、ホール&オーツの人気がかなり上がっていたこともあって、これ、そこそこヒットもしています。

 

 

14.Laughing Down Crying/Daryl Hall(2011 US#142)

 

 目下のところの最新音源ですね。ダリルのソロです。

 

 ここ10年くらいは、ダリルは自分の音楽番組「Live From Daryl's House」の切り盛りが中心なんですが、この番組は、若い人気のロック系のアーティストを中心に、たまに黒人アーティストや大ベテランもありの豪華メンツとの即興的なセッションを楽しむという、音楽ファン的にはすごく貴重で嬉しい番組です。僕もかなりたくさんのエピソードを見てます。

 

 このアルバムは、そのセッションを楽しむ感覚で作った、なかなか良質なアルバムです。ライブ感を活かして、音はかなり薄めにプロデュースされていまして、ダリルは基本的にアコースティック・ギターを持って軽快にロックするのがメインですが、中盤になると、より”らしい”ソウルフルな曲も増えてきて。

 

 これ、ちゃんとホール&オーツのアルバムとして作ったら、そこそこ良いものになった気がするんですけどねえ。そこのところがすごく惜しいです。

 

 すみません。ちょっと時間がなくなって外出しなくてはいけないんですが、続きもありますので後ほど。

 

 

13.Big Bam Boom(1984 US#5 UK#28)

 

 そして13位は「Big Bam Boom」。僕と世代の近い人は「ええええ」と思われるかもしれません。もっともヒットの記憶のあるアルバムの一つですからね。全盛期を象徴する一枚でもあるし。

 

 ただ、僕に言わさせてもらうと、このアルバムで彼らの快進撃が止まったと思っています。このアルバムは彼らが80sの初頭から築いてきた”ニュー・ウェイヴ・ソウル”が突き抜けて、ニューヨークのクラブ・カルチャーのノリを取り入れて作ったアルバムなんですけど、もう、テクノロジカルに先に行こう行こうとしすぎて、音が極度にオーヴァー・プロデュースになるんですよ。特にドラムのスネアの音の。「ズドーンッ」と、なんか暴力的な感じまでして。リアルタイムで中3でLPで買いましたけど、大好きだったのになんか違和感は感じて、あまり僕のターンテーブルには乗らなかったんですよね。だから当時から、LPをテープに落として、好きな曲だけ聴くようにしてました(笑)。

 

 あと、この当時、1年1作のハイペースで作ってて、なんとかペースを守ろうとしすぎたあまり、このアルバム、曲数が少ないんですよ。そこも物足りなかったなあ。実質8曲で、いい曲は全米1位の「アウト・オブ・タッチ」とか数曲でしたしね。オーヴァープロデュースのエイティーズ・サウンドは今、「バッド・エイティーズ」とも呼ばれてますけど、そこに陥った感じですね。

 

 

髪型もこうなっちゃってたしねえ〜。

 

12.Do It For Love(2002 US#77 UK#37)

 

 ホール&オーツのオリジナル作としては現状最後ですね。この後にカバー集とクリスマス・アルバムは出ていますけど。

 

 この前の年だったかな。VH1で「Behind The Music」っていうドキュメンタリーの題材に彼らがなって、それが結構ビターな内容だったんですけど、その時にダリルがこれのタイトル曲を弾き語りでやってて、その後にやった来日公演でもそれを披露して、「ああ、この曲にかけてるんだな」と思ったら、これが結構当たりましたね。アダルト・コンテンポラリーのチャートで1位になりましたからね。

 

 このアルバムですが、だいぶ曲がロックよりになって、全盛期の時みたいな軽快さが戻ってきました。路線は「Change Of Season」の時からのアコースティックと生ピアノが主体ではあるんですが、そこにゆるくエレクトロのリズム・トラックを加えることによって、いい意味での軽さも加えてコンテンポラリーになっているのも交換もてましたね。

 

 あと、最大の山場は親友トッド・ラングレンを迎えてのニュー・ラデカルズの「Someday We'll Know」のカバーですね。ニュー・ラディカルズって1999年に「You Get What You Give」の大ヒット出した時から「ホール&オーツじゃないか!」と僕は飛びついたものでしたが、本人たちもそれに気づいてトッドに「ちょうど俺らとキミの間みたいなことやってる若いのがいるからデュエットでカバーしない?」といって企画が実現しています。トッドとダリルの声が似てて区別が難しくはあるんですが(笑)、両者の古くからのファンとしては嬉しい瞬間でした。

 

 

11.Ooh Yeah(1988 US#24 UK#52)

 

 そしてトップ10にあともう一歩の11位は「Ooh Yeah」でした。

 

 このアルバムがこれまでほど売れなかったことで、ホール&オーツは落ち目の印象を持たれてしまいます。これがレーベル移籍の第1弾だったんですけど、先行シングルの「Everything Your Heart Desires」を全米3位のヒットになったんですけど、あとが続きませんでしたね。

 

 ただ、このアルバム、内容的にはいいんですよね。この前のアルバムまでみたいに、”ニュー・ウェイヴやはやりのクラブ・サウンド”を意識した作りではないんですけど、その分、80年代に入ってからだと一番ソウルフルに作ったアルバムです。本人たちもリリース前に「バック・トゥ・ルーツ」と言ってましたしね。

 

 これも「Big Bam Boom」以降にちょっと困ったことになっていた「ドラム問題」は解消されてなくて、スネアが「パシャーン」って言ってちょっとうるさいんですが、16ビート多めで曲がややゆったりしてるせいなのか、今聴いても安定して聞ける感じはありますね。歴代でも、ここまでソウルに徹した作品もそうはないです。

 

 

では、この後はトップ10を次の投稿でいきます。

 

 

author:沢田太陽, category:FromワーストTo ベスト, 11:16
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沢田太陽による、マドンナのシングルTop10

どうも。

 

では、今週のマドンナ・スペシャル・ウィーク、締めくくりは

 

 

僕が選んだ、マドンナのシングルTop10、これを行きたいと思います。もう、なんか、ジャケ写を見てるだけで懐かしさがこみ上げてきますけどね。

 

 

 これ、選ぶの結構大変でしたよ。10曲に絞るなんて酷な話で。なので先に20位から11位を発表しちゃいますね。

 

20.Justify My Love(Immaculate Collection)

19.Rain(Erotica)

18.Oh Father(Like A Prayer)

17.Music(Music)

16.Love Don't Live Here Anymore(Like A Virgin, Something To Remember)

15.Live To Tell(True Blue)

14.Don't Tell Me(Music)

13.Deeper And Deeper(Erotica)

12.Express Yourself(Like A Prayer)

11.Ray Of Light(Ray Of Light)

 

このあたりですね。自分で選んでみて、「だいたい、いつも、こんな感じだよね。かわんないなあ」と自分でも驚いてしまいました(笑)。11,12は気分によってはトップ10、入れる時もありますけどね。自分的にもちょっと惜しい気がしてます。

 

 

では、10位に行きましょう。

 

10.Give It To Me(2008 Hard Candy)

 

 

10位は「Give It To Me」。これはアルバムの「Hard Candy」のとこでも述べました。マドンナとの仕事をすることによって、ファレル・ウイリアムスが生き返った曲です。

 

 これ、すごくマドンナっぽいんですよね。ファレルにしてはエレクトロ要素多めで、かつ、70s後半のディスコ意識してるでしょ?これって明らかに「マドンナがどんな人か」を念頭に置いて作ったはずなんですよ。例えばこの感じが、アリアナ・グランデに提供する曲だったら出なかったでしょうからね。この辺のちょっとした発想から、売れっ子になりすぎてるうちに同じような曲ばっかり書くようになっていた彼に、新しい方向性を開くキッカケになったような気がしてます。

 

 また、2000's以降でトップ10に入れたのはこの曲だけですね。2000s以降のマドンナって、曲の粒は揃っててアルバムもいいんですけど、飛び抜けた曲がちょっと減ってる印象もありますからね。

 

9.Human Nature(1994 Bedtime Stories)

 

 

9位は「Human Nature」。アルバムのところでも書いたように、あまり好きな時期の曲ではないんですが、ただ、これはすごく試みとしてうまくいった曲だと思います。曲を書いたのは、この当時にTLCとかで当てていたダラス・オースティンなんですけど、彼のメロディは生かしつつも、アレンジの雰囲気がR&B調じゃなくて、この当時彼女がもう一つ凝っていたトリップホップっぽくなってる。こういう曲、この当時他にないし、いかにもこの当時のマドンナが歌って説得力のある感じになっています。

 

 これ、ライブでも今でもやる頻度の高い曲ですね。

 

 

8.Angel(1985 Like A Virgin)

 

 

8位は「Angel」。

 

この曲は4曲あった「Like A Virgin」からのシングルの中で最も地味な曲で、それはこの動画が、これまでの彼女のMVを単に再編集したものということでもわかる通り、特に強くプロモーションもされなかった(その割に全米トップ10は入ったけど)曲なんですけど、しかし、これが唯一の彼女のソングライティング名義による、このアルバムからのシングルなんですよね。

 

 でも、僕からしたら、この曲から、その後のマドンナの曲の奥底に流れる、マイナー調のクセ・メロが生まれたのでは、と踏んでいます。いわゆる、これ、典型的な「マドンナ節」なんですよね。この曲以前にこういうメロディの彼女の曲はないし、その後のアルバムから顕著に目立っていくので、やっぱり、彼女の中でなんとなくクセになってる節回しがこれなんだと思います。

 

 さらにこれ、アウトロのナイル・ロジャーズのカッティング・ギターも何気にカッコいいんですよ!この曲を知っていて、そうしたディテールを忘れれている人は是非聴き直して欲しいです。

 

7.Vogue(1990 I'm Breatheless)

 

 

7位は「Vogue」ですね。

 

この曲と、「Justify My Love」の頃のマドンナが、右肩上がりのカリスマ・オーラとしては一番すごかったんじゃないかな。無敵な感じがありましたね。特に、この曲かなあ、やっぱり。アルバムのとこでも言いましたけど、1930年代のカルチャーのレジェンドの名前を次々あげるところがやっぱシビれますね。そういう「良き伝統継承宣言」ってやっぱ知的レベル高い人じゃないと言えないしね。そういうことができる資質がやっぱ彼女にはあるんですよね。

 

 そして、このヴィデオ・クリップの監督がデヴィッド・フィンチャーですよ!まだ映画監督デビュー前の。そういう意味でもこれ、やっぱ、かなり貴重です。

 

 

6.Frozen(1998 Ray Of Light)

 

 

6位は「Frozen」。これも、本当にカッコいい一曲。

 

これは、当時もハッキリ覚えてますけど、「マドンナの新時代」を告げた一曲ですね。マドンナってビヨークに対してコンプレックス抱いてた人なんですけど、もう、そういうのを機にする必要もないくらいに、彼女なりのアーティスティックな路線をここから築き始めますね。ウィリアム・オービットによる緊迫感溢れるストリングスに、サビ前で壮大なスケールで入るバカデカいパーカッション。こと「貫禄」という意味では、これ、マドンナ史上屈指の一曲だと思います。

 

 

5.Lucky Star(1983 Madonna)

 

 

 

 

5位は「Lucky Star」。僕がマドンナを「アーティスト」として意識し始めた曲ですね。

 

彼女はこの前までに「Holiday」と「Boderline」というヒットがあったんですけど、この時点ではまだ彼女の将来までは確信できていませんでしたね。まだシンディ・ローパーの方が84年夏までの時点では圧倒的に「新世代の女性アーティスト」としての注目度で勝ってましたからね。それが、「あっ、もしかして、マドンナってすごいかも」と思ったのが、こないだ言った「Like A Virgin」の初公開と、その直後、その曲の前にデビュー作から追い打ちでシングル・カットをかけたこの曲ですね。この当時、「なんだ、こんないい曲、まだ残ってたんじゃん!」と思いましたもん。しかもこれ、曲書いたの彼女の単独名義なんですよね。その話も小耳に挟んだものだから、さらに「へえ〜」で。で、しかも、この映像センスとダンスのキレでしょ。「うわっ、これはカッコいいな」と思って、当時いっぱいあった洋楽のヴィデオ・クリップ流す番組で、これかかるとすごく嬉しかったものでしたね。

 

 そういうことがあったものだから、この曲の次に売れた「Like A Virgin」より圧倒的に思い入れがあったし、「Like〜」で多くの人が騒いだ時に、中3なりの意気がりで、「こっちはもっと前から知ってたんだぜ!」と無駄な優越感にも浸っていたものでした(笑)。

 

 

4.「Like A Prayer」(1989 Like A Prayer)

 

 

4位は「Like A Prayer」。これも、やっぱり、相当重要な曲ですよね。

 

この曲に関しては、出た当初よりも、時間を何年もかけて好きになった曲です。重要な局面でよくパフォーマンスで披露してたこともあったし、メッセージの強さと、ゴスペル・コーラスの力強さ、さらにこの人の曲で珍しく、短いながらもギター・ソロもあったりしてね。曲の持つエモーションの強さでは、これが一番なんじゃないかな。

 

 今回、アルバムをデビューから最新作までフルで聞き返しましたけど、「ああ、やっぱり、いい曲だなあ」と最も再認識したのが、「Frozen」とこれでしたね。

 

 

3.Beautiful Stranger(1999 Austin Powers The Spy Who Shagged Me)

 

 

ここから3曲ですが、自分でも驚きましたが、全てアルバム未収録の、映画の曲です。

 

まず3位は「Beautiful Stranger」。もう、この曲はですね、出た当時、何度もリピートしてハマりましたね。ちょうど「Ray Of Light」で「マドンナ、やっぱカッコいい!」ってなってた直後にこれがガツンときましたからね。

 

 この曲は、「オースティン・パワーズ」が60sのキャラクターだということで、もともとロックに強いウィリアム・オービットが60sのサイケ調にこれを作ったんですけど、これはケミカル・ブラザーズのノエル・ギャラガーとの一連の共演作に匹敵する、「エレクトロと60sサイケの融合の最高傑作」ですね。しかも、ケミカルの場合が、なんだかんだでビートルズの「リボルバー」という大ネタだったりするところが、こっちで思い出されたのは、トラフィックの「Paper Sun」という、マニアックなとこ、ついてきた点でも大好きです。

 

 だから、ウィリアム・オービットともう一作、作って欲しかったんだよなあ。

 

 

2.Into The Groove(1985 Desperately Seeking Suzan)

 

 

そして2位は「Into The Groove」。これも映画「スーザンを探して」の挿入曲です。

 

1985年というのは、前にも行ったように、マドンナにとって最大のヒット年で、7曲くらいヒットがあるんですけど、音楽的に重要なのは、やっぱりこの曲ですね。「Like A Virgin」に入ってる曲よりよりダンス・ミュージックに特化した一曲だし、子供心に「マドンナが本当にアピールしたい曲って、こういうのだよね、きっと」と思ってました。実際、この曲、人気あったしね。ラジオでも本当によく流れてました。やっぱり今聞いても、「Like A Virgin」とか「Material Girl」よりも曲の普遍性が強いんだよなあ。

 

 で、実際、この曲をフィーチャーする形で、87年には「You Can Dance」というリミックス集が出て、これもヒットしてますからね。さらに言えば、この曲のほぼ作り変えみたいな「Causing A Commotion」という曲もヒットしています。これも、典型的な「マドンナ・メロ」のパターンの一つです。

 

1.Crazy For You(1985 Vision Quest)

 

 

そして1位はこれです。「Crazy For You」!

 

これに関してはですね、なんで好きかというと、「マドンナ」の次元を超えて、大きな一曲になってるからですね。

 

 他の曲だと、「マドンナらしさ」を意識したものが入るんですけど、これは「マドンナ」本人を超えて、「エイティーズの」、並びに「この当時をリアルタイムで生きた人にとっての忘れられないラヴ・ソング」として君臨している側面があるからすごい曲だなと思うんですよね。

 

 僕自身の思い出とも密接に繋がってもいます。お恥ずかしい話、恋愛経験は決して豊富とは言えないんですけど、過去に「友人」の関係を超えた方々は全員この曲の大ファンでしたし(笑)、僕がたまに友人の結婚式の選曲を頼まれたりするときも、この曲はほとんど毎回選んでるはずです。だって、毎回、最初に頭に思い浮かぶの、これなんだもん(笑)。

 

 特に2分すぎの、2回目のBメロの転調のとこからがいいですね。そして2分40秒以降の「You feel it in my kiss, you feel it in my kiss because I'm crazy for you」ときて「Touch me once and you'll know it's true」のとこの「know!」のシャウトのところなんて今聞いてもゾクゾクしますもん(笑)!

 

ちょうどこの映画

 

 

 

これですね。これ、2004年のジェニファー・ガーナーとマーク・ラファロのロマンティック・コメディ「13 Going on 30」なんですけど、このカット割りがですね、まさに僕の言った、この曲の一番いいとこをわかった作りになってたんですよね。それがゆえに、すごく好きな映画になっていたりもします。

 

 

・・と、こんな感じですね。

 

今後のマドンナから、こういうトップ10企画に入る曲をまだ期待したいところです。

 

 

 

 

author:沢田太陽, category:FromワーストTo ベスト, 13:07
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全オリジナル・アルバム+α From ワースト To ベスト (第16回)マドンナ その2 10-1位

どうも。

 

 

では、この続き

 

 

 

マドンナ・スペシャル・ウィークのアルバムfromワーストtoベスト、今回はいよいよトップ10です。どう言う作品が並んでいるのでしょうか。10位から見てみましょう。

 

 

 

10.Hard Candy(2008 US#1  UK#1)

 

 10位は2008年作の「Hard Candy」です。これ、出た当時は好きじゃなかったんですよ。それまでミルウェイズと組んで、「マドンナ・エレクトロ3分作」を高い水準で作り上げてきたのに、「何で今更、あの当時、もう誰でも起用してたティンバランドとファレル・ウィリアムズなの?そこいらのセレブとそれじゃ変わらないじゃん?」と思いましてね。で、今も先行シングルになった「4 Minutes」とか、日本でラジオ・オンエアされてた「Miles Away」とかは今もあまり好きじゃないです。

 

 ただ、このアルバム、ファレルがことのほか冴えてたんですよね。中でも「Give It To Me」は出色の出来でしたね。マーヴィン・ゲイの「Got To Give It Up」をサンプリング(本人否定してるけど、誰の耳にも明らか、笑)した、その当時の彼の新しい展開でしたね。彼、この直前までスランプで、ソロの第1弾なんて大失敗作だったんですけど、ここから持ち直して、この数年後には「Give It To Me」を流用したロビン・シックの「Blurred Lines」を大ヒットさせ、その後に「Happy」でしょ。マドンナが彼をスランプから立ち直らせた、と後から振り返って言えるんじゃないかな。

 

 あと、それだけじゃなく「Heartbeat」もすごくいい曲。ファレルはマドンナとの相性、すごく良かったんだと思います。あまり既存の有名プロデューサーと相性うまくいかない時が多いマドンナですが、彼とならむしろこの先もやっていいと思いましたね。

 

 

9.Evita(1996 US#2  UK#1)

 

 9位は「エヴィータ」のサウンドトラックです。

 

 マドンナは音楽界のスーパースターであると同時に、稀代の大根女優としても有名でして(笑)、過去にラジー賞のワースト・アクトレスに9回ノミネートされていたりもするんですが、そんな彼女がほぼ唯一と言っていい、映画での成功作がこの「エヴィータ」です。彼女の場合、イタロ・アメリカンの誇りを口にし、それを自分の楽曲のアイデンティティの一部にもしてきたわけですけど、同じイタリア系移民のアルゼンチンの偉人、エヴァ・ペロンは最も深い思い入れを持って演じることができたんでしょうね。

 

 そして同時に、演じるよりも歌がメインだからこそ、彼女の資質が生きたんでしょう。これはどうやらマドンナにとっても大きな挑戦だったようで、歌い方、明らかにいつもと違います。この映画のために、ミュージカル的な歌唱法を身につけています。それゆえに、「なんかいつもと違う」と違和感持って聞かなかった人もいたものです。楽曲そのものも、思い切り正統派ミュージカルでしたからね。

 

 でも、ここで改めて「歌い方」に向かい合った結果、この後のアルバムでのポップ・ソングの歌い方も彼女、変わってくるんですよね。このアルバムの前まで、キーがだんだん下がってきてたのに、この次のアルバムからまた上がりましたからね。今持って、彼女特有の高い鼻にかかった歌い方が保たれているのは、ここでの成果が大きいのだと僕は思ってます。

 

 

8.True Blue(1986 US#1  UK#1)

 

 8位は1986年作のサード・アルバムですね。

 

 このアルバムは、前年の世界的成功を受けて作られたアルバムですけど、すごく絶賛を持って迎えられましたね。これまでの彼女って、やっぱりイメージとして「エレクトロ・ポップ」「ダンス・ポップ」のイメージが強かったんですけど、そこから脱皮してよりジェネラルなポップ・サウンドに移行したのが良かったんでしょうね。楽曲の幅は確かに広がっています。「Live To Tell」みたいなバラードから、「Papa Don't Preach」みたいなパッショネイトでちょっとロックっぽくもある曲もあるし、さらには「La Isla Bonita」というラテン調の楽曲まである。さらに「Papa」では「10代の妊娠」という社会問題まで扱ってね。

 

 さらに、この当時の「若奥様風」なファッションも評判良かったんですよね。ちょうど、ショーン・ペンと結婚した後で。前作のときまでが露出の多い、十字架ぶら下げたようないかにも当時のやんちゃな女の子風な感じから、髪をショートにして「できるオンナ」風に見せ方を変えることで、「あっ、この人は一筋縄ではいかない人なんだな」と評価を変えた人もあの当時、実際多かったからですね。

 

 こうした成長にヒット曲も満載でいうことは本来ない・・のですが、僕の順位がそこまで高くないのは、これ、今聞くとちょっとダサいんです(笑)。なんか全編に施されているラテン・アレンジ。あれは一体、なんなんでしょうね。「La Isla」というのではなく、例えば「Open Your Heart」のサビの後ろで流れるホーンを模したシンセのフレーズとか。ああいう感じ、彼女だけじゃなく、他のポップソングでも1990年くらいまではオッケー(「プリティ・ウーマン」のゴー・ウェストの曲とか、そんな感じだし)だったんですよね。あれが今聞くとちょっと恥ずかしいんですけど、なんで流行ってたんだろうな。

 

 

7.You Can Dance(1987  US#14  UK#5 )

 

 7位は、コンピレーション・アルバムの「You Can Dance」。

 

 これも時代といえば時代なんですけど、彼女は「12インチ・シングルの女王」でもありました。この当時、リミックスが流行り始めた頃で、売れてるアーティストが、ロック系まで含んで、「おなじみのヒット曲をミックスしなおしてダンス仕様にしたらどうなるか」とみんなやってましたけど、元がニューヨークのそうしたダンス・カルチャー出身のマドンナがそれをやらないわけがありません。むしろ、それこそが彼女の真骨頂で、12インチも人気があったものです。

 

 これは、そんなリミックス楽曲を集めた、彼女の最初のコンピレーション・アルバムであり、彼女だからこそ出す意義があったアルバムです。これじゃないと、彼女のこの当時を象徴する大事な楽曲でもある「Into The Groove」とかは語れないし、本来の彼女の音楽的な”らしさ”がある意味、もっとも出たアルバムでしたからね。さらに言ってしまえば、これはアナログ時代の最後の時代の産物でもあり、12インチの文化自体、CDの時代とともに消えてしまいましたからね。その意味でも貴重な瞬間であったと思います。

 

 

6.Music(2000 US#1 UK#1 )

 

6位は2000年のアルバム「Music」。

 

 この一つ前のアルバムが大成功に終わったマドンナだったんですが、そこで成功したプロデューサーでなく、早速新しいプロデューサー使って製作すると聞いた時に、「うわっ、なんてもったいないことをするんだ」と思ったものでしたが、ここで起用したのがフランス人プロデューサーのミルウェイズ。時代はちょうどダフト・パンクとかエールのフレンチ・エレクトロが出てくる時代でもありました。

 

 で、聞いてみたら、すごくカッコよかった。これは、マドンナが、他人のヒット事情など関係なしに、自分の感性で人選を行った末に、結果的に時代の先端を行くサウンドを編み出すという、極めて「いいとき」の彼女らしい展開になりましたね。マドンナのファンとしては、彼女のこういう「勘」こそを期待したいものです。さらに、このタイトル曲のビデオでは「アリG」こと、サッシャ・バロン・コーエンも、これもいち早く起用したりもして。この時の彼女、冴えてたなと改めて思います。

 

 あと、このアルバム以降に顕著になる、収録曲の途中で唐突に出てくるフォーク路線、これもここから本格的に始まります。「Don't Tell Me」なんてフォークトロニカの曲としても非常によくできてますしね。

 

 

5.Confessions On A Dancefloor(2005 US#1  UK#1 )

 

 5位は2005年のアルバム「Confessions On A Dancefloor」。

 

 これは、そのミルウェイズとの3作連続共作になった3分作の最後のアルバムですね。このアルバムでは、前作の「アメリカン・ライフ」が「暗すぎる」と叩かれた反動でしょうかね、内省的になるのではなく、今一度、彼女の原点である「ダンスフロア」に戻って、もう一回ダンスするところから始まったアルバムでしたね。彼女のキャリア史上、もっともアッパーなダンス・アルバムになってますね。

 

 ちょうど時代も良かったんですよね。この当時、イギリスのインディ・ロックのクラブなんかでも、ニュー・レイヴのムーヴメントが起こっていたり、フランスからジャスティスみたいな、結果的にのちのEDMブームの先導役になってしまう人たちも出てきたりして、エレクトロがすごくクールに映った絶妙のタイミングでしたからね。あの頃、このアルバムからの「Hung Up」なんかもよくフロアで流れていたものです。

 

 このアルバムのツアーもすごく大規模で日本でも成功しました。おそらく今の比較的若い世代のひとにとっては、このアルバムのマドンナの印象が強いんじゃないかな。これ以降、ヒットチャート上でこそ1位をとってますけど、彼女から大きなシングル・ヒットが生まれなくなっても来ていますからね。

 

 

4.Like A Virgin(1985 US#1  UK#1 )

 

 そして4位に「Like A Virgin」です!

 

 もう、「社会現象」としてのマドンナでこれを上回る作品はありません。これが出たことによって、全世界が彼女一色になりましたからね。この当時の彼女はヒット曲が年に5曲から7曲ありました。このアルバムからの4曲にプラスして、映画のサントラでもう2、3曲ヒットしてましたからね。さらに先ほどもいったように12インチも出していたから、放送曲としても「人気がある上にかける曲も豊富」で非常にオンエアしやすかったと思います。

 

 あの当時はファッション誌もゴシップ誌もこぞって狂ったようにプッシュしてたから、このアルバムは、人気をやっかむタイプの人たちからは怪訝そうに見られてはいましたね。その意味では一部に過小評価はあったかと思いますが、アルバムとしては気合が入ったアルバムです。プロデュースはナイル・ロジャーズ。あのダフト・パンクの「Get Lucky」でギター弾いてる黒人のオジサンという印象がある人もいるかとも思いますが、当時はデヴィッド・ボウイの「レッツ・ダンス」を皮切りとした超売れっ子のプロデューサー。彼は切れ味鋭いシャープな音を作る人でしたけど、ここでもシンセの単音のキレ、そして彼自身によるカッティング・ギターがすごくいい味出してます。また、マドンナの楽曲的にも、のちのトレードマークとなるマイナー調のメロディがここで生まれ来て、アイデンティティを築き始めます。

 

 これ、もう少し上にしようかとも思ったのですが、一つだけ問題があります。それはシングル・ヒットをした3曲のうち、「Like A Virgin」「Material Girl」「Dress You Up」の3曲で彼女自身がソングライティングに関与してないことです。これ、当時レーベルとしては、万全を期すために外部ライターを雇ったと思うし成功したとは思うんですけど、この時期の彼女自身の曲をもう少し聞きたかったかなあと今にしてみれば思います。

 

3.Ray Of Light(1998 US#2  UK#1)

 

そして3位が「Ray Of Light」です。

 

 これは「新生マドンナ」の始まりを告げるアルバムで、この後、現在まで20年続いている、「今日のみんなが知ってるマドンナ」の原点とも言えるアルバムです。

 

 前回で、「 エロティカの後に方向性に迷いがあった」ことを書きましたが、その彼女の答えこそ、このアルバムです。彼女はここでイギリス人プロデューサー、ウィリアム・オービットを迎え、彼女自身のダンス・ミュージックのサウンドを再定義するところから始めましたが、これが功を奏しました。このころはビッグビートもアンビエントもドラムン・ベースもあって、イギリスのクラブ・シーン、歴代でも屈指によかった時代でしたけど、それをポップ・ソングのフォーマットに注入できた意味では、これ、かなりの完成度だと思います。今聞いても時代による磨耗、かなり少ないですしね。タイトル曲とか「Frozen」とか、今聞いてもかなりカッコいいし。

 

 さらに、これは人によっては賛否分かれるとも思いますが、彼女自身が「カバラ」にハマることによって、個人的な心境の悟りが開けたことも大きかったかと思います。これで自分に踏ん切りがついたというか、迷いがなくなった感じもしますからね。

 

 彼女はこのアルバムで、これまで縁がなかったグラミー賞の最優秀アルバムにもノミネート。文字取り「後期の代表作」にも相成りました。

 

 

2.Madonna(1983 US#8  UK#6)

 

 そして2位はファースト・アルバムです。

 

 もしかしたら、このアルバムをここまで上にしてるのは僕だけかもしれません。ものによっては、かなり高くつけてる同じような企画もあるにはあるんですが、とりわけエイティーズのエレ・ポップを「チープだ」などと偏見があるタイプの人ほど低く評価する傾向があるような気がします。確かにリアルタイムだと、「初期はあんなだったけど」みたいな言い方をするような人も実際いましたしね。

 

 ただ、僕はそれには大いに反論しますね。その理由は3つほどあります。一つは、「このアルバムがロングヒットしたからこそ、マドンナの次の世界的ブレイクにつながった」こと。前も言いましたけど「Holiday」がヒットしたのは、このアルバムが出て半年してからです。そこからさらに「Boderline」「Lucky Star」とヒットが続いて、チャートインは2年にも及ぶ大ヒット作になったんですよ。そうやって長く時間かけて売れたものが悪い作品であるわけがないと思います。

 

 そして二つ目は、マドンナ自身が書いた曲が非常に多いアルバムであること。この曲のうち5曲は彼女の曲ですからね。その中には「Lucky Star」「Burning Up」「Everybody」も含まれます。「Like A Virgin」は勝負かけたアルバムだったわけですけど、僕的にはやっぱり中心のヒット曲に彼女が絡んでいないのはやはり気になります。本来ソングライティングの力がある人なら、なおさらです。

 

 あとは、「エレクトロ・クイーンの元祖」こそ、このアルバムにあると僕は思うんですよね。「音がショボい」とか言ってた人いましたけど、じゃあ、2010年代のエレクトロはどうです?むしろ、このエイティーズの前半みたいなものにむしろ近くなってますよ。Robynとか、CHVERCHES、ファントグラム、グライムスみたいなものの源泉って、やっぱ僕はこのころのマドンナにあると思うんですよね。そういう意味でも普遍性は、間違いなくあると思っています。

 

 

1.Like A Prayer(1989 US#1  UK#1)

 

 そして1位は1989年発表の4枚目のアルバム「Like A Prayer」ですね。もう、これに関しては、ぶっちゃけ、「これしかない!」という感じですね。もう、いろんな意味でこれが頂点です。

 

 まず、一つはリリック面ですね。ある種、センセーショナリズムに訴えている観もあったマドンナではあったんですが、このアルバムは、うるさ型の社会派の人たちでさえ思わず唸るような硬派な作風を築き上げました。タイトル曲では、カトリックの教義の欺瞞性にメスを打つという、これまで彼女の扱ったソーシャル・イシューで最大のものに取り組み、さらに「Express Yourself」は女性の社会進出を讃える一大フェミニズム・アンセムになった。そうした社会性に訴える内容が目立つ一方で、「Oh Father」では、自身の生い立ちを生々しく告白する内面吐露も行ってもいて。外側に、内側に、これが彼女がリリックで表現できた最大限のことだったんじゃないかな。

 

 そして音楽面もですね。曲に関しては、彼女のキャリアで最も相性の良かったソングライター、パトリック・レナードとのケミストリーが最高潮に達してます。それからアレンジね。冒頭から「Like A Prayer」でゴスペル、「Express Yourself」で60sソウル、そして「Love Song」で世紀のプリンスとのコラボレーションと、あとにも先にも、ここまでブラック・ミュージックに彼女が接近したことってないんですよ。そのせいもあってか、この3曲のみならず、アルバム全編にわたって、彼女のキャリア史上、グルーヴが最も肉感的なんですよね。どの曲もバンド・アレンジで再現が可能な範囲の楽曲になってますね。そんな風に、楽曲の骨格自体がしっかりしてるから、時がどんなにたってもアレンジに左右されずに普遍的に聞こえるんですよね。

 

 正直なところ、僕はマドンナに今こそこのアルバムを思い出して欲しいんですよね。エレクトロの流行りに便乗するとかでなしに、もっと生々しい肉感性で勝負するような感じで。そうした表現は、年を重ねて熟成したからこそ説得力もあるものだと思うんですけどねえ。1枚でも構わないからトライして欲しいなあ。

 

 

・・という感じですね。

 

 これが僕のマドンナのアルバムの評価なんですが、でも、これだけだとまだ物足りない。やっぱ、マドンナって、シングルで語ってナンボのちおこもあるし。というわけで、次の投稿は、僕自身のマドンナのシングル・トップ10を紹介します。

 

 

 

 

 

author:沢田太陽, category:FromワーストTo ベスト, 12:26
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全オリジナル・アルバム+α From ワースト To ベスト (第16回)マドンナ その1 18-11位

どうも。

 

 

では、お待たせしました。今週のマドンナ・60歳記念ウィークによる、アルバムFromワーストToベスト。

 

 

 

今回も例によって、こうやって分割画面を選んでますが、うん、今回はあまり順位には関係ないかな(笑)。

 

今回はですね、マドンナですから、普通にオリジナル・アルバムだけやっても面白くないので、「オリジナル・アルバムじゃないけど、収録曲の関係ですごく大事な意味を持つアルバムになっている」ようなものも何枚か足して、その上で順位を選んでいます。なので、18枚ピックアップしてます。今回はそのうちの18位から11位を選んでいます。

 

では、行きましょう!

 

 

18.MDNA(2012 US#1,UK#1)

 

 ワーストは2012年発表のアルバム「MDNA」ですね。これは、いろんなマドンナのベスト・アルバム企画で必ずと言っていいほどワーストに選ばれている作品ですけど、僕も異議なしですね。これ、何が悪いかって、マドンナが「老い」を怖がりすぎて、必要以上に若い人たちにすり寄ったのが痛々しいアルバムだから。別に彼女がやる必要のなかったEDMに挑戦して、それまでの作品にあった「エレクトロ・ポップの女王」の品格を損なってしまった。中でも一番いただけなかったのは先行シングルになった「Give Me All Your Luvin」ですね。申し訳ないけど、あのチアリーディングは寒かったです。

 

彼女って、これまでに「目論んだことが失敗に終わった」という、いわゆる「失敗作」の類ならあったんですけど、このアルバムはその要素もある上に、収録曲そのもののクオリティが悪かった意味で、僕の中ではこれ、彼女がキャリア上、唯一出した「駄作」だと思っています。

 

 

17.Who's That Girl?(1987 US#7 UK#4)

 

 ワースト2はこれですね。80sの彼女の主演映画のサントラ。80sに彼女が発表したアルバムは関連作も含め、どれもレベル高かったんですけど、これは時間のない中、無理矢理こしらえたか、「True Blue」のセッションでの余り曲みたいな弱い曲で構成されていますね。他の参加アーティストも、歴史上に名を残していない「誰、それ?」な人が集まっているのも、このアルバムの弱さを物語ってます。

 

 で、これ、今聞くと、とてもダサいんです。なんなんだろうな。タイトル曲でも「Qien Es Esta Nina」と「あの娘は誰?」のスペイン語訳がサビで歌われるんですけど、全編がラテン・ダンス・アレンジなんですよ。その頃、そんなにラテン・ポップ流行ってたってことなのかな?マイアミ・サウンド・マシーン以外に思い出さないんですけど、あれがすごく時代を感じさせます。

 

 

16.Rebel Heart(2015 US#2 UK#2)

 

 これが目下のところの最新作ですね。これの前作「MDNA」より持ち直してはいて、これより前の2000sの彼女の雰囲気があるものだったり、ダンスホールっぽいことにもトライしてたりと、それなりの努力は感じられるアルバムではあるんですが、ダサいEDMアレンジを残してたり、「もう、いい年して、おやめなさい!」と言いたくなる「Bitch!」というフレーズを連発したり。前作で悪かったところが所々顔をのぞかせるのが残念なところです。

 

 ただ、彼女、最近のインタビューで「新作はポルトガル移住の影響が出たものになる」「最近の音楽は似たようなものばかり」などと言っているので、期待してるんですけどね。まあ、彼女自身がその「似たようなもの」にトライしようとしてたわけですが(笑)、この「ちょっと、姐さん!」とツッコミ入れやすいところもマドンナの愛らしいところでもあるわけです。

 

 

15.Erotica(1992 US#2 UK#2)

 

 これはある時期まで、一番嫌いな彼女のアルバムでしたね。92年頃というと、マドンナの音楽シーンにおける影響力、オピニオン・リーダーとしての存在感がピークに達していた頃ですが、その期待に答えようとして過激に過激に生きすぎた結果、写真集「Sex」共々、行きすぎてかえって自分を見失ってしまったアルバムでしたね。

 

 そして、このアルバムも、今聞くと、ものすごく古いんですよね。あの時期、ハウスのブームだったんですけど、これが出た1年後にはブームがすっかり去ってしまっていたし、マドンナ自身も飽きちゃったのか、さっさとやめちゃいましたけどね。このアルバムで全編に渡って起用したシェップ・ペティボーンって人のアレンジも安っぽいし、その後も名前、全く聞かないし、「なんで彼女はこの人を選んだんだろう」という人選でしたね。

 

 ただ、それでも、アルバムの冒頭の「Deeper And Deeper」は「これぞマドンナ!」とでもいうべきマドンナ・メロが炸裂した名曲だし、アルバム後半では浮いてしまっているバラードの「Rain」。この2曲に関しては、このアルバムに置くのがもったいないくらいの素晴らしい曲でしたけどね。

 

 

14.American Life(2003 US#1 UK#1)

 

 これは出た時はすごく好きだったんですよね。「おおっ、マドンナ。ブッシュ批判だ、カッコいい!」みたいな感じで。サウンドの方も、彼女と非常に相性のいいミルウェイズによる鋭角的なエレクトロ路線で。だから、リリース当初、「なんでこんなに叩かれるんだろう」と思ったものです。

 

 ただ、今回聴き直してみて、その理由も理解できましたね。一つは、彼女がこの頃、当時の夫のガイ・リッチーとイギリスに住んでいたことですね。僕自身もブラジルに住んでみてわかったことですけど、いざ、違う国に移住って形とってしまうと、以前住んでた国の悪口とかって言いにくくなるものなんですよ。僕だって「もう、住んでもいないのに、状況もしっかり把握できなくなってるのに批判ってしにくいな」という心情や配慮がどうしても生まれるものなんですね。そこのところを彼女は一線超えちゃったのかな、という感じはしました。

 

 あと、ちょっと歌の内容がダウナー過ぎるんですよね。彼女は暗いメロディの曲は似合うんですけど、それでもメッセージそのものはすごく前向きな人です。ところが、このアルバムでは、なんか「疲れた」というのが前に出過ぎて、ポジティヴなエネルギーが聞かれないんですよね。実際、あの当時、「引退か?」なんて言う人もいたくらいですからね。ちょっと、内を向く方向性で行きすぎたかな、という感じですね。

 

 

13.Bedtime Stories(1994 US#3 UK#2)

 

 当時、すごくヒットしたアルバムではあるんですけど、マドンナ・ファンの間でも評価が真っ二つに割れるアルバムです。

 

 これ、聴感上はすごくよくできたアルバムです。あの当時の、イギリスのトリップホップ系のプロデューサーに、アメリカのR&Bの精鋭たち。彼らを生かした、「トップ・モードのアーバン・アルバム」という感じでしたね。実際、ベイビーフェイスの書いたバラード「Take A Bow」はアメリカでかなり長いこと1位にもなりましたしね。

 

 ただ、マドンナにこれは求めないんですよねえ。彼女って別に「売れっ子プロデューサーを多用して、ダンス・ミュージックとしての最先端を作る」というタイプでは決してありません。マドンナというのはあくまで、他で売れていようがいまいが、彼女自身との相性がいいプロデューサーを選んで、独自の彼女らしさを出して勝負するタイプのアーティスト。それを考えると、このアルバムは、そこいらのセレブ・ディーヴァ系のアルバムみたいな作りになってて、そこのところがどうしても好きになれないんですよね。

 

 まあ、その理由には、彼女が「Erotica」と、その後のツアーの「ガーリー・ショウ」で、全霊尽くした割に結果が出なくて疲弊して、次の方向を見失っていたことが大きいんですけどね。その意味でこれは、次の方向を模索するためのリハビリ・アルバムでもあったわけです。よって方向性が定まってしまえば、必然的にこういうアルバムは作らなくもなります。ただ、現在もライブで歌われる「Human Nature」みたいな、飛び抜けて優れた曲もありますけどね。

 

 

12.Something To Remember(1995 US#6 UK#3 )

 

 これは、その「Bedtime Stories」が出た1年後に出した、バラード・ベストですが、このアルバムは案外重要です。というのは、「バラード・ベスト」というのは形式上のものであり、実際は、ここに収められた新曲群を届けるのが目的に違いなかったから。ここで彼女は、マーヴィン・ゲイの「I Want You」のカバーをビヨークのプロデュースで当時売れっ子だったトリップホップのネリー・フーパーに依頼しますが、これなんか聞いてると、「ああ、Bedtimes Storiesで模索したものの、彼女の中での答えが見つかり出してきたかな」と思えるものです。

 

 あと「You See」「One More Chance」、自身のセルフカバーの「Love Don't Live Here Anymore 」の曲調、アレンジを聞いてみても、前作よりは的が絞れた感じになっていますね。もっともこれはその当時に気がついていたことではなく、その後の彼女の展開から判断して、「ああ、あれは結局、そういう意味になっちゃったんだな」と思えたことなんですけどね。

 

 あと、マドンナというのはマイナー調のメロディの曲が本当によく似合いますね。その意味でコンピレーションとしても、結構ツボなんです。あと。コレクタ−的にもサントラ曲だった「This Used To Be My Playground」とか「I'll Remember」が入っているのでオイシイです。

 

 

11.I'm Breathless(1990 US#2 UK#2)

 

11位は映画「ディック・トレイシー」のサントラ。「ブレスレス」というのは、この映画でのマドンナの役名です。相手役はウォーレン・ベイテイでした。

 

 この映画、公開当時、酷評されたし、このサントラ自身もマドンナの正規のオリジナル・アルバムとは位置付けが違うので、それで後年あまり振り返られないアルバムなんですけど、これ、今聞くと、意外と面白いんですよ。映画の舞台が1920年代とあって、その当時を思わせるニュー・オーリンズ・ジャズとかヴォードビルとかの音楽要素をその当時のダンス・ミュージックと上手い具合に混ぜていたりね。もちろん、企画ものであるがゆえ、こういう路線は一時的なものではあったんですけど、今でもたまに「Hanki Panky」とかをライブでやっているのを聞くと、案外この遊びが大切だったような気もしています。

 

 あと、文句なしなのは主題歌の「Vogue」 ですね。これ、僕はマドンナの数少ないハウスでの成功曲(及び前述のシェップ・ペティボーンの)だと思っているんですけど、1920〜30年代のハリウッドやファッション界が後年でも語られるようなカルチャーを築いたように、今は私がそれを継承する、という、彼女の決意表明みたいなメッセージがすごくカッコいい。当時、ノリに乗っていたマドンナが頂点で放ったマニフェスト的な1曲でしたね。

 

 

では、トップ10は次の投稿で。

 

author:沢田太陽, category:FromワーストTo ベスト, 12:27
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全オリジナル・アルバム From ワースト To ベスト (第15回)ジェスロ・タル その2 10-1位

どうも。

 

 

では、昨日の続き、行きましょう。

 

 

 

全オリジナル・アルバム「FromワーストToベスト」、ジェスロ・タルの第2回。今回はいよいよトップ10の発表です。どんな感じになったでしょうか。早速10位から見ていきましょう。

 

 

10.Too Old To Rock Roll To Young To Die(1976 UK#25 US#14)

 

10位は1976年に発表した邦題「ロックンロールにゃ老だけど、死ぬにはちょいと若すぎる」。中学生の時に、「昔、こんな邦題のアルバムがあったんだ」というインパクトでまず覚えましたね。タルの場合、ルックスは昔から老けたイメージだったのでピッタリな感じではあったんですが、これ発表したの、彼らがまだ20代後半だったんですよね。それで、このタイトルのセンスというのは、この当時のロックの社会的イメージを表してて興味深いですね。今なんて20代後半なんて言ったらロックの世界だと下っ端ですからね(苦笑)。

 

 このアルバムですが、ライブの定番でもあるタイトル曲がまず強烈ですね。佗しいんだけどユーモアもある、いかにも英国人気質が現れた曲で微笑ましいんですが、この曲のフレーズがアルバムを通して繰り返されもするので、どうしてもこの曲のイメージが先行してしまう作品でもあります。ただ、全体的にフォーク色が強く、それが次のアルバムから築かれる次の黄金時代の前段階のようにも聞こえて興味深いんですよね。タルは70s後半、復活を遂げます。

 

 

9.The Broadsword And The Beast(1982 UK27 US#19)

 

 9位は1982年発表のこのアルバム。上の分割写真だと3段目の真ん中です。

 

 1982年といえば、元イエスやEL&P、キング・クリムゾンのメンバーらが集まったエイジアが大ヒットしたもののポップになって「産業ロック」などと揶揄された時代ですが、それだけプログレ・バンドが生き残りに苦労した時期です。70s後半に盛り返したタルも80sに差し掛かる頃にはまた没落していたんですが、このアルバムでまたしても持ち直します。

 

 このアルバムは、これまでのブルーズやフォーク、ジャズの傾向を弱め、前作「A」で取り入れたシンセサイザーを主体としたモダンなハードロック路線だったんですが、これがうまくいっています。80sの始め頃ってこれに限らずいいハードロック・アルバム、多いんです。確かに70sの時のように泥臭くはないんだけど、同時に80s後半ほどオーヴァー・プロデュースでゴテゴテしてもなく、ギター・サウンドもソリッドで、曲も短くなったから聞きやすいんです。そんな時代に彼らもシンセというモダン・ファクターをうまく使いながらもソリッドにロックし、仕上げにイアンのフルートを添えてくる。どんなに方法論が新しくなっても、伝家の宝刀のフルートがあるからアイデンティティは揺らぎようがありませんからね。

 

 あと、サウンドが洗練された半面、「剣」をモチーフにすることで、彼ららしい中世のファンタジー感覚を生かしたのも良かったですね。欧米の古株のクラシック・ロックファンが思い浮かべる「ヘヴィ・メタル」のイメージって、まさにこう言う感じだったりもします。

 

 

8.Benefit(1970 UK#1US#3)

 

8位は1970年発表のサード・アルバム「Benefit」。この頃のタルって、イメージ的にまだどちらかというとプログレというよりはレッド・ツェッペリンとかディープ・パープルにむしろ近いブルージーなハードロックのイメージなんですよね。まだ、長大な曲とか組曲とかやってませんからね。

 

 ただ、このアルバムから、ジャズ的なインプロヴィゼーションは少し目立つようになりますね。ドラムの手数が多くなったり、変拍子みたいなものが曲によっては目立つようになります。あと、フォークのテイストも濃くなってきますね。最初の2枚のイメージを保ちながらも、少しずつ脱皮していく感じの時期ですね。

 

 ただ、ファーストやセカンドと比べると、代表曲の印象が少し弱いかな。だから、この位置になったんですけどね。それでも「Teacher」や「With You There To Help Me」、当時のアルバム未収録でこのアルバムと並行シングルとなった「Witch's Promise」はやはり代表曲ですけどね。

 

 

7.Heavy Horses(1978 UK#20 US#19)

 

 70年代後半の傑作の2枚目ですね。この前作のアルバムで、「ブリティッシュ・トラッドフォークを主体にドラマティックな曲を展開する」というパターンになっていたんですけど、このアルバムでも基本的にそれは踏襲しています。むしろ、フォーク色は前作よりも濃くなっているくらいです。今作が面白いのは、ここではそこに、ファンクやディスコ調のリズムが加わっていることです。ストリングスの入れ方もなんとなくフィリー・ソウルっぽい感じがして。それが絶妙に、トラッド・フォークで使うフィドルの音とオーヴァー・ラップする感じなんかも面白いですね。

 

 曲の印象度合でいけば、前のアルバムの方に分がありますが、このアルバムのタイトル曲もライブでは欠かせない定番。さっきも言ったような、郷愁を誘うフォークとモダンなグルーヴとの融合と展開が面白い一曲でもあります。

 

 

6.Crest Of A Knave(1987 UK#19 US#32)

 

 1987年発表。彼らの後期の代表作ですね。

 

 これに関しては、70年代のイメ−ジとまったく違うと判断することでファンの中では忌み嫌う人もいたりする作品ですが、僕は傑作だと判断しています。確かにこのアルバム、ギタリストのマーティン・バーの、この当時のヘヴィ・メタル・シーンを意識したギター・ソロは過剰なくらいになるし、80sに入ってからのエレクトロ路線もまだ続いている。80s後半っぽい、ちょっとオーヴァー・プロデュース的な作りも否定はできません。

 

 ただ、それでも僕がこのアルバムを高く評価するのは、彼らが時代の流れに順応していく中で培った手法をこのアルバムでうまく生かしていることですね。これに関しては他のプログレのアーティストがうまくできなかったことです。さらに、そうしたモダンな試みも行いつつも、ここではしっかり、タルの固有のオリジナリティとして根付いていた「ミステリアスさ」が久しぶりに感じられる作品になっているからです。その象徴が「Budapest」という9分にも及ぶ大曲なんですが、この東欧の街で出会った言葉もうまく通じない女性との謎めいたロマンスを描いたこの曲は当時から人気で、その後のライブでも大定番の曲になっています。あと、これもそうだし、「Said She Was A Dancer」もそうですけど、「なんだかんだ言って、セクシーでエロティック」だったりするイアンのリリックが、40男として成熟した彼の色気とともにこれまで以上にリアルな説得力を持っているんですよね。こういう持ち味は、血気盛んな若い時分だったら表現できなかったと思います。

 

 そういうこともあり、このアルバム、僕も高校3年で覚えてますけど、結構チャートではロングヒットしたんですよ。それもあったから、「このバンド、どういうバンドなんだろう」と気にする僕が生まれた、というのも実際にあるんです。あと、これは知らなかったんですけど、このアルバムからのシングル曲、「Steel Monkey」あたりは当時のベテラン・バンドとしては異例のMTVのヘヴィ・オンエアにもなっています。

 

 そうした背景があったので、このアルバム、グラミー賞で初めてのヘヴィ・メタル部門でメタリカに勝って受賞したりもしています。当時もそうだし、今も「変なチョイス」と言われがちなエピソードですが、よく知ると実はそこまで意外ではないです。

 

 

5.Thick As A Brick(1972 UK#5 US#1)

 

1972年発表の4枚目で「ジェラルドの汚れなき世界」の邦題とジャケ写で有名な作品ですね。

 

 このアルバムは、昨日紹介した「A Passion Play」とともに、タルが「世に流行っているというプログレなるものをうちらもやってみるか」とばかりに作った、彼らのキャリア史上2枚だけの組曲形式のコンセプト・アルバムです。このアルバムも、LPのA面、B面、それぞれ20分近くの組曲、それぞれ一曲ずつ、という構成です。

 

 僕はこの組曲形式というのがあまり好みではなく、それがゆえに順位も初の全米ナンバーワンという記念すべき作品の割に意外と低くもつけたりもしたんですけど、ただ、この形式がこの当時のロックの一つの象徴であることは理解しているつもりだし、その方向で時代を代表する作品を作った、という意味では客観的に高く評価しているつもりです。

 

 というのも、これ、コンセプトがハッキリしてるから。ストーリーそのものも、ジェラルド・ボストック君なる8歳の架空の少年が書いた架空の詩に曲をつけたという設定になっているんですが、英国式センス・オブ・ユーモアを感じさせるウィットに富んだ優雅な気品が全体を通して存在するし、曲の主題となり何度も繰り返される牧歌的なフルートとアコースティック・ギターのリフもすごく耳に残るフレーズだし、その合間に展開される演奏も、「組曲」というクラシック的な感じよりは、彼らが本来得意としていたジャズのインプロヴィゼーションからの影響の方を強くにじませている感じといい、すごく「ジェスロ・タルらしさ」があるし、それが当時に彼らが持っていた時の勢いとともに衝動的に表現されているのがいいです。こう言うコンセプト・アルバムであるのならば、僕も歓迎しますね。

 

 

4.Songs From The Wood(1977 UK#13 US#8)

 

 4位は今日的な再評価が非常に強いアルバムですね。1977年の「Songs From The Wood」。このアルバムの人気は、去年だったかな、このアルバムのデラックス盤が発売された際、UKチャートで28位を記録したほどなんですよね。

 

 なぜ、そういう評価になっているのかといえば、それはやはり、彼らがこのアルバムでの自らの立て直しの仕方にあったと思いますね。つまり「トラッド・フォークを主体として、展開力のある新たなロックを構築した」ことにあるでしょうね。タルの場合、これまでのアルバムだったら、サウンドの要になっていたのは、ブルーズ・ハードロックのヘヴィなリフだったんです。そこを彼らは、アコースティック・ギターとヴォーカル・ハーモニー、そしてバグパイプを模したエレキギターもそうですね。これらを主体とし、そこにハードロックやジャズのインストに通じる展開力にあふれたアンサンブルを表現することができた。それがここまで決まったアルバムを僕は他に知らないですね。

 

 あと収録曲のレベルもこのアルバムはすごく高いですね。タイトル曲はトラッド・フォークの名曲としても通用するし、「Cup Of Wonder」「Hunting Girl」の「ハードフォーク」と言った味わいのドラマティックな曲展開にはカタルシスを感じますし。

 

 ちょうど時代はパンクロックのでてきた時代で、ハードロック/プログレはかなりの突き上げも食らうことにもなりますが、そこにもはや「形式」として形骸化した「プログレ」ではなく、文字通り「進化」したサウンドを提示することがしっかりできた意味でもこれ、賞賛に値すると思います。

 

 

3.This Was(1968 UK#10 US#62)

 

 

 

 ここからはジャケ写月でいきましょう。3位はデビュー・アルバム「This Was」。邦題でいうと「日曜日の印象」というヤツですね。

 

 ここまでも書いてきたように、ジェスロ・タルは様々な音楽的変遷をたどっていて、いろんな音楽要素をものにしてきました。もちろん、それもかなり魅力的なことであり、それがあったからこそ、彼らは長寿バンドにもなったとは思います。でもですね、本音の本音を言ってしまうと、僕は初期のドロドロなサイケをやっていた頃のタルが一番好きです。そして、そのことはおそらく当の本人たちもわかっているんでしょうね。ライブにおいて最も演奏頻度の多いのは、僕が選んだトップ3とまったく同じです。

 

 このファースト・アルバムなんかは、もうプログレというよりは、本当は純粋に「ブルース・ロック・アルバム」というべきなんでしょうね、本当は。この年に、ピーター・グリーンのフリートウッド・マックとか、フリーとかもデビューしているわけだから当時のUKロックとして同時代的な必然性がかなりありますしね。実際、この当時はまだ、イアンが完全な実権を握る前で、バンドにはミック・エイブラムスという優れたギタリストがいまして、本来なら彼をバンドのスターにしようとまでしていたほどです。

 

 イアンはそのミックの売り出しの結果、ステージでのギターは奪われてしまったのですが、そこで「なんか楽器を弾いてステージでアピールしたい」と思って手にしたのがフルートでした。後にも先にもロックでフルートがメインのバンドなんてないし、それが結果的にタルを歴史上においてでさえも珍しいタイプのバンドにしているのですが、このフルートの不穏な響きがですね、サイケだったりヘヴィでダークなハードロックにはすごく似合うんですよ。やっぱフルートって、どこか密教的な謎めいた雰囲気、ありますしね。

 

 このアルバムは「Sunday Feeling」「Beggar's Farm」「A Song For Jeffrey」とブルーズ・ロックの名曲が多いんですけど、イアンとミックの対立が深まり、ミックはたった1作で脱退してしまいます。そのあとミックは自分のバンドも作りますが、開花できずに終わってしまいます。タルはキャリアの最初にいきなり惜しい才能を失ったわけですが、そんな”伝説のメンバー”の才気がみなぎるアルバムでもあります。

 

 

2.Stand Up(1969 UK#1 US#20)

 

 

 

 続いて2位ですが、セカンド・アルバムの「Stand Up」です。

 

 前述のイアンとミックとの対立ですが、これはミックがもっとブルーズ・ロック寄りにタルをシフトさせたいと願っていたところ、イアンがもっとジャズやフォークまで含めて包括的に大きなサウンドを表現するバンドにしたかったことで起こっていますが、このアルバムはそんなイアンの音楽的理念が早くも結実したアルバムです。

 

 実は、アルバムのハードさでいうと、ファーストよりこっちの方が断然ハードなんですよ。このアルバムはレッド・ツェッペリンのファーストとセカンドの間にリリースされているんですが、人気曲の「A New Day Yesterday」なんかはほとんどこれ、タル版の「幻惑されて」、もしくは「胸いっぱいの愛を」ですからね。かなりハードなんですよ。さらにもう一つの人気曲の「Nothing Is Easy」はピーター・グリーンのフリートウッド・マックみたいな正統派なブルーズ・ロックでもあったし。こうしたブルーズ・ハードロックのアイデンティティは、ミックの気持ちとは裏腹にさらに強化されているんですよね。

 

 そして、それでいて、確実に進化も見せています。その象徴が「Bouree」という、バッハの曲をイアンのフルートで演奏したインストがあるんですが、この時期からすでに「ハードロックにクラシックやジャズ、フォークの要素を導入」という意識はかなり明確です。それゆえ、プログレとも呼ばれるんでしょうけど、でも、それだけだったら僕はむしろレッド・ツェッペリンに近い気がするんですけどね。

 

 あと、CD時代以降だとボーナス・トラックで聴ける、この時期の彼らのシングル曲なんですが、これがまた秀逸なんですよね。「Living In The Past」はジャズ・フォークというか、全く同じ時期のヴァン・モリソンの「Moondance」に通じることをやってますし、「Sweet Dream」ではホーンを配したハードロックとここでもわかりやすく刺激的な実験をやってますね。これらの曲は彼らのアルバム未収録曲の初期ベスト「Living In The Past」に入ってますが、このベスト盤も秀逸。今回の対象に入れてたらこのアルバムと並ぶくらいの出来ですよ。

 

 

1.Aqualung(1971 UK#4 US#7 )

 

 

 

 そして1位はやっぱりこれですね。最高傑作「Aqualung」。これで彼らは初めての全米トップ10も記録し、インターナショナル・ブレイクも果たします。

 

 このアルバム、僕の位置付けだと、「裏レッド・ツェッペリンIV」なんですよね。ツェッペリンのそれが、多様な音楽性を含みながらも、結果としてすごくダイナミックなハードロック・アルバムになっているものだとしたら、タルのそれがこのアルバムです。音楽的に深みがありつつ、スケールの大きな曲展開でスカッと爽快に楽しめる。同じ1971年のリリースではありますが、こっちの方がツェッペリンのソレより半年ほどリリースが先なんですよね。ツェッペリンの方がもしかしたらこれを意識したかもしれません。

 

 僕、思うんですけど、もしイアン・アンダーソンがロバート・プラントばりに高音を張り上げて歌えるシンガーだったら、タルのこの先もハードロックのままだったんじゃないかと。あるいはイアン・ギランみたいに叫べたり、オジー・オズボーンみたいに声に猟奇性があったりしたら。そこがそうならなかったのは、イアンが低音の美声でノーマルかつ丁寧に歌う人だったからじゃないかと。声にパワーのある人ではないですからね。それがゆえに、このつぎの2作のアルバムで組曲形式という「ザ・プログレ」な方向に行ったのかなと。本当にあの2枚のアルバムがなければ、もしかしたら今頃はプログレに分類されるバンドではなかったのかもしれません。

 

 このアルバムは彼らの中では圧倒的に人気でして、今でもライブではここから最低でも4曲くらいは必ずやってますね。リフがものすごく有名なタイトル曲に、ライブでは必ず最後に演奏される「Locomotive Breath」、「My God」「Mothergoose」、そしてタルの大ファンを公言するアイアン・メイデンのカバーでも有名な「Cross Eyed Mary」。ここまで代表曲があったら、そりゃ、1位にもなりますよね。

 

 タルに偏見がある人はまずはここから聞けば良いと思います。絶対イメージ変わりますから。そこから初期に飛んだり、コンセプト期、フォーク・プログレ期、シンセ・ポップ期、アダルト・メタル期に飛んでみると、僕の言うところの「ゲーム・オブ・スローンズ感」というのが少しわかってもらえるかな(笑)とも思いますので。

 

 

author:沢田太陽, category:FromワーストTo ベスト, 10:56
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