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全オリジナル・アルバム+α From ワースト To ベスト (第16回)マドンナ その1 18-11位

どうも。

 

 

では、お待たせしました。今週のマドンナ・60歳記念ウィークによる、アルバムFromワーストToベスト。

 

 

 

今回も例によって、こうやって分割画面を選んでますが、うん、今回はあまり順位には関係ないかな(笑)。

 

今回はですね、マドンナですから、普通にオリジナル・アルバムだけやっても面白くないので、「オリジナル・アルバムじゃないけど、収録曲の関係ですごく大事な意味を持つアルバムになっている」ようなものも何枚か足して、その上で順位を選んでいます。なので、18枚ピックアップしてます。今回はそのうちの18位から11位を選んでいます。

 

では、行きましょう!

 

 

18.MDNA(2012 US#1,UK#1)

 

 ワーストは2012年発表のアルバム「MDNA」ですね。これは、いろんなマドンナのベスト・アルバム企画で必ずと言っていいほどワーストに選ばれている作品ですけど、僕も異議なしですね。これ、何が悪いかって、マドンナが「老い」を怖がりすぎて、必要以上に若い人たちにすり寄ったのが痛々しいアルバムだから。別に彼女がやる必要のなかったEDMに挑戦して、それまでの作品にあった「エレクトロ・ポップの女王」の品格を損なってしまった。中でも一番いただけなかったのは先行シングルになった「Give Me All Your Luvin」ですね。申し訳ないけど、あのチアリーディングは寒かったです。

 

彼女って、これまでに「目論んだことが失敗に終わった」という、いわゆる「失敗作」の類ならあったんですけど、このアルバムはその要素もある上に、収録曲そのもののクオリティが悪かった意味で、僕の中ではこれ、彼女がキャリア上、唯一出した「駄作」だと思っています。

 

 

17.Who's That Girl?(1987 US#7 UK#4)

 

 ワースト2はこれですね。80sの彼女の主演映画のサントラ。80sに彼女が発表したアルバムは関連作も含め、どれもレベル高かったんですけど、これは時間のない中、無理矢理こしらえたか、「True Blue」のセッションでの余り曲みたいな弱い曲で構成されていますね。他の参加アーティストも、歴史上に名を残していない「誰、それ?」な人が集まっているのも、このアルバムの弱さを物語ってます。

 

 で、これ、今聞くと、とてもダサいんです。なんなんだろうな。タイトル曲でも「Qien Es Esta Nina」と「あの娘は誰?」のスペイン語訳がサビで歌われるんですけど、全編がラテン・ダンス・アレンジなんですよ。その頃、そんなにラテン・ポップ流行ってたってことなのかな?マイアミ・サウンド・マシーン以外に思い出さないんですけど、あれがすごく時代を感じさせます。

 

 

16.Rebel Heart(2015 US#2 UK#2)

 

 これが目下のところの最新作ですね。これの前作「MDNA」より持ち直してはいて、これより前の2000sの彼女の雰囲気があるものだったり、ダンスホールっぽいことにもトライしてたりと、それなりの努力は感じられるアルバムではあるんですが、ダサいEDMアレンジを残してたり、「もう、いい年して、おやめなさい!」と言いたくなる「Bitch!」というフレーズを連発したり。前作で悪かったところが所々顔をのぞかせるのが残念なところです。

 

 ただ、彼女、最近のインタビューで「新作はポルトガル移住の影響が出たものになる」「最近の音楽は似たようなものばかり」などと言っているので、期待してるんですけどね。まあ、彼女自身がその「似たようなもの」にトライしようとしてたわけですが(笑)、この「ちょっと、姐さん!」とツッコミ入れやすいところもマドンナの愛らしいところでもあるわけです。

 

 

15.Erotica(1992 US#2 UK#2)

 

 これはある時期まで、一番嫌いな彼女のアルバムでしたね。92年頃というと、マドンナの音楽シーンにおける影響力、オピニオン・リーダーとしての存在感がピークに達していた頃ですが、その期待に答えようとして過激に過激に生きすぎた結果、写真集「Sex」共々、行きすぎてかえって自分を見失ってしまったアルバムでしたね。

 

 そして、このアルバムも、今聞くと、ものすごく古いんですよね。あの時期、ハウスのブームだったんですけど、これが出た1年後にはブームがすっかり去ってしまっていたし、マドンナ自身も飽きちゃったのか、さっさとやめちゃいましたけどね。このアルバムで全編に渡って起用したシェップ・ペティボーンって人のアレンジも安っぽいし、その後も名前、全く聞かないし、「なんで彼女はこの人を選んだんだろう」という人選でしたね。

 

 ただ、それでも、アルバムの冒頭の「Deeper And Deeper」は「これぞマドンナ!」とでもいうべきマドンナ・メロが炸裂した名曲だし、アルバム後半では浮いてしまっているバラードの「Rain」。この2曲に関しては、このアルバムに置くのがもったいないくらいの素晴らしい曲でしたけどね。

 

 

14.American Life(2003 US#1 UK#1)

 

 これは出た時はすごく好きだったんですよね。「おおっ、マドンナ。ブッシュ批判だ、カッコいい!」みたいな感じで。サウンドの方も、彼女と非常に相性のいいミルウェイズによる鋭角的なエレクトロ路線で。だから、リリース当初、「なんでこんなに叩かれるんだろう」と思ったものです。

 

 ただ、今回聴き直してみて、その理由も理解できましたね。一つは、彼女がこの頃、当時の夫のガイ・リッチーとイギリスに住んでいたことですね。僕自身もブラジルに住んでみてわかったことですけど、いざ、違う国に移住って形とってしまうと、以前住んでた国の悪口とかって言いにくくなるものなんですよ。僕だって「もう、住んでもいないのに、状況もしっかり把握できなくなってるのに批判ってしにくいな」という心情や配慮がどうしても生まれるものなんですね。そこのところを彼女は一線超えちゃったのかな、という感じはしました。

 

 あと、ちょっと歌の内容がダウナー過ぎるんですよね。彼女は暗いメロディの曲は似合うんですけど、それでもメッセージそのものはすごく前向きな人です。ところが、このアルバムでは、なんか「疲れた」というのが前に出過ぎて、ポジティヴなエネルギーが聞かれないんですよね。実際、あの当時、「引退か?」なんて言う人もいたくらいですからね。ちょっと、内を向く方向性で行きすぎたかな、という感じですね。

 

 

13.Bedtime Stories(1994 US#3 UK#2)

 

 当時、すごくヒットしたアルバムではあるんですけど、マドンナ・ファンの間でも評価が真っ二つに割れるアルバムです。

 

 これ、聴感上はすごくよくできたアルバムです。あの当時の、イギリスのトリップホップ系のプロデューサーに、アメリカのR&Bの精鋭たち。彼らを生かした、「トップ・モードのアーバン・アルバム」という感じでしたね。実際、ベイビーフェイスの書いたバラード「Take A Bow」はアメリカでかなり長いこと1位にもなりましたしね。

 

 ただ、マドンナにこれは求めないんですよねえ。彼女って別に「売れっ子プロデューサーを多用して、ダンス・ミュージックとしての最先端を作る」というタイプでは決してありません。マドンナというのはあくまで、他で売れていようがいまいが、彼女自身との相性がいいプロデューサーを選んで、独自の彼女らしさを出して勝負するタイプのアーティスト。それを考えると、このアルバムは、そこいらのセレブ・ディーヴァ系のアルバムみたいな作りになってて、そこのところがどうしても好きになれないんですよね。

 

 まあ、その理由には、彼女が「Erotica」と、その後のツアーの「ガーリー・ショウ」で、全霊尽くした割に結果が出なくて疲弊して、次の方向を見失っていたことが大きいんですけどね。その意味でこれは、次の方向を模索するためのリハビリ・アルバムでもあったわけです。よって方向性が定まってしまえば、必然的にこういうアルバムは作らなくもなります。ただ、現在もライブで歌われる「Human Nature」みたいな、飛び抜けて優れた曲もありますけどね。

 

 

12.Something To Remember(1995 US#6 UK#3 )

 

 これは、その「Bedtime Stories」が出た1年後に出した、バラード・ベストですが、このアルバムは案外重要です。というのは、「バラード・ベスト」というのは形式上のものであり、実際は、ここに収められた新曲群を届けるのが目的に違いなかったから。ここで彼女は、マーヴィン・ゲイの「I Want You」のカバーをビヨークのプロデュースで当時売れっ子だったトリップホップのネリー・フーパーに依頼しますが、これなんか聞いてると、「ああ、Bedtimes Storiesで模索したものの、彼女の中での答えが見つかり出してきたかな」と思えるものです。

 

 あと「You See」「One More Chance」、自身のセルフカバーの「Love Don't Live Here Anymore 」の曲調、アレンジを聞いてみても、前作よりは的が絞れた感じになっていますね。もっともこれはその当時に気がついていたことではなく、その後の彼女の展開から判断して、「ああ、あれは結局、そういう意味になっちゃったんだな」と思えたことなんですけどね。

 

 あと、マドンナというのはマイナー調のメロディの曲が本当によく似合いますね。その意味でコンピレーションとしても、結構ツボなんです。あと。コレクタ−的にもサントラ曲だった「This Used To Be My Playground」とか「I'll Remember」が入っているのでオイシイです。

 

 

11.I'm Breathless(1990 US#2 UK#2)

 

11位は映画「ディック・トレイシー」のサントラ。「ブレスレス」というのは、この映画でのマドンナの役名です。相手役はウォーレン・ベイテイでした。

 

 この映画、公開当時、酷評されたし、このサントラ自身もマドンナの正規のオリジナル・アルバムとは位置付けが違うので、それで後年あまり振り返られないアルバムなんですけど、これ、今聞くと、意外と面白いんですよ。映画の舞台が1920年代とあって、その当時を思わせるニュー・オーリンズ・ジャズとかヴォードビルとかの音楽要素をその当時のダンス・ミュージックと上手い具合に混ぜていたりね。もちろん、企画ものであるがゆえ、こういう路線は一時的なものではあったんですけど、今でもたまに「Hanki Panky」とかをライブでやっているのを聞くと、案外この遊びが大切だったような気もしています。

 

 あと、文句なしなのは主題歌の「Vogue」 ですね。これ、僕はマドンナの数少ないハウスでの成功曲(及び前述のシェップ・ペティボーンの)だと思っているんですけど、1920〜30年代のハリウッドやファッション界が後年でも語られるようなカルチャーを築いたように、今は私がそれを継承する、という、彼女の決意表明みたいなメッセージがすごくカッコいい。当時、ノリに乗っていたマドンナが頂点で放ったマニフェスト的な1曲でしたね。

 

 

では、トップ10は次の投稿で。

 

author:沢田太陽, category:FromワーストTo ベスト, 12:27
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全オリジナル・アルバム From ワースト To ベスト (第15回)ジェスロ・タル その2 10-1位

どうも。

 

 

では、昨日の続き、行きましょう。

 

 

 

全オリジナル・アルバム「FromワーストToベスト」、ジェスロ・タルの第2回。今回はいよいよトップ10の発表です。どんな感じになったでしょうか。早速10位から見ていきましょう。

 

 

10.Too Old To Rock Roll To Young To Die(1976 UK#25 US#14)

 

10位は1976年に発表した邦題「ロックンロールにゃ老だけど、死ぬにはちょいと若すぎる」。中学生の時に、「昔、こんな邦題のアルバムがあったんだ」というインパクトでまず覚えましたね。タルの場合、ルックスは昔から老けたイメージだったのでピッタリな感じではあったんですが、これ発表したの、彼らがまだ20代後半だったんですよね。それで、このタイトルのセンスというのは、この当時のロックの社会的イメージを表してて興味深いですね。今なんて20代後半なんて言ったらロックの世界だと下っ端ですからね(苦笑)。

 

 このアルバムですが、ライブの定番でもあるタイトル曲がまず強烈ですね。佗しいんだけどユーモアもある、いかにも英国人気質が現れた曲で微笑ましいんですが、この曲のフレーズがアルバムを通して繰り返されもするので、どうしてもこの曲のイメージが先行してしまう作品でもあります。ただ、全体的にフォーク色が強く、それが次のアルバムから築かれる次の黄金時代の前段階のようにも聞こえて興味深いんですよね。タルは70s後半、復活を遂げます。

 

 

9.The Broadsword And The Beast(1982 UK27 US#19)

 

 9位は1982年発表のこのアルバム。上の分割写真だと3段目の真ん中です。

 

 1982年といえば、元イエスやEL&P、キング・クリムゾンのメンバーらが集まったエイジアが大ヒットしたもののポップになって「産業ロック」などと揶揄された時代ですが、それだけプログレ・バンドが生き残りに苦労した時期です。70s後半に盛り返したタルも80sに差し掛かる頃にはまた没落していたんですが、このアルバムでまたしても持ち直します。

 

 このアルバムは、これまでのブルーズやフォーク、ジャズの傾向を弱め、前作「A」で取り入れたシンセサイザーを主体としたモダンなハードロック路線だったんですが、これがうまくいっています。80sの始め頃ってこれに限らずいいハードロック・アルバム、多いんです。確かに70sの時のように泥臭くはないんだけど、同時に80s後半ほどオーヴァー・プロデュースでゴテゴテしてもなく、ギター・サウンドもソリッドで、曲も短くなったから聞きやすいんです。そんな時代に彼らもシンセというモダン・ファクターをうまく使いながらもソリッドにロックし、仕上げにイアンのフルートを添えてくる。どんなに方法論が新しくなっても、伝家の宝刀のフルートがあるからアイデンティティは揺らぎようがありませんからね。

 

 あと、サウンドが洗練された半面、「剣」をモチーフにすることで、彼ららしい中世のファンタジー感覚を生かしたのも良かったですね。欧米の古株のクラシック・ロックファンが思い浮かべる「ヘヴィ・メタル」のイメージって、まさにこう言う感じだったりもします。

 

 

8.Benefit(1970 UK#1US#3)

 

8位は1970年発表のサード・アルバム「Benefit」。この頃のタルって、イメージ的にまだどちらかというとプログレというよりはレッド・ツェッペリンとかディープ・パープルにむしろ近いブルージーなハードロックのイメージなんですよね。まだ、長大な曲とか組曲とかやってませんからね。

 

 ただ、このアルバムから、ジャズ的なインプロヴィゼーションは少し目立つようになりますね。ドラムの手数が多くなったり、変拍子みたいなものが曲によっては目立つようになります。あと、フォークのテイストも濃くなってきますね。最初の2枚のイメージを保ちながらも、少しずつ脱皮していく感じの時期ですね。

 

 ただ、ファーストやセカンドと比べると、代表曲の印象が少し弱いかな。だから、この位置になったんですけどね。それでも「Teacher」や「With You There To Help Me」、当時のアルバム未収録でこのアルバムと並行シングルとなった「Witch's Promise」はやはり代表曲ですけどね。

 

 

7.Heavy Horses(1978 UK#20 US#19)

 

 70年代後半の傑作の2枚目ですね。この前作のアルバムで、「ブリティッシュ・トラッドフォークを主体にドラマティックな曲を展開する」というパターンになっていたんですけど、このアルバムでも基本的にそれは踏襲しています。むしろ、フォーク色は前作よりも濃くなっているくらいです。今作が面白いのは、ここではそこに、ファンクやディスコ調のリズムが加わっていることです。ストリングスの入れ方もなんとなくフィリー・ソウルっぽい感じがして。それが絶妙に、トラッド・フォークで使うフィドルの音とオーヴァー・ラップする感じなんかも面白いですね。

 

 曲の印象度合でいけば、前のアルバムの方に分がありますが、このアルバムのタイトル曲もライブでは欠かせない定番。さっきも言ったような、郷愁を誘うフォークとモダンなグルーヴとの融合と展開が面白い一曲でもあります。

 

 

6.Crest Of A Knave(1987 UK#19 US#32)

 

 1987年発表。彼らの後期の代表作ですね。

 

 これに関しては、70年代のイメ−ジとまったく違うと判断することでファンの中では忌み嫌う人もいたりする作品ですが、僕は傑作だと判断しています。確かにこのアルバム、ギタリストのマーティン・バーの、この当時のヘヴィ・メタル・シーンを意識したギター・ソロは過剰なくらいになるし、80sに入ってからのエレクトロ路線もまだ続いている。80s後半っぽい、ちょっとオーヴァー・プロデュース的な作りも否定はできません。

 

 ただ、それでも僕がこのアルバムを高く評価するのは、彼らが時代の流れに順応していく中で培った手法をこのアルバムでうまく生かしていることですね。これに関しては他のプログレのアーティストがうまくできなかったことです。さらに、そうしたモダンな試みも行いつつも、ここではしっかり、タルの固有のオリジナリティとして根付いていた「ミステリアスさ」が久しぶりに感じられる作品になっているからです。その象徴が「Budapest」という9分にも及ぶ大曲なんですが、この東欧の街で出会った言葉もうまく通じない女性との謎めいたロマンスを描いたこの曲は当時から人気で、その後のライブでも大定番の曲になっています。あと、これもそうだし、「Said She Was A Dancer」もそうですけど、「なんだかんだ言って、セクシーでエロティック」だったりするイアンのリリックが、40男として成熟した彼の色気とともにこれまで以上にリアルな説得力を持っているんですよね。こういう持ち味は、血気盛んな若い時分だったら表現できなかったと思います。

 

 そういうこともあり、このアルバム、僕も高校3年で覚えてますけど、結構チャートではロングヒットしたんですよ。それもあったから、「このバンド、どういうバンドなんだろう」と気にする僕が生まれた、というのも実際にあるんです。あと、これは知らなかったんですけど、このアルバムからのシングル曲、「Steel Monkey」あたりは当時のベテラン・バンドとしては異例のMTVのヘヴィ・オンエアにもなっています。

 

 そうした背景があったので、このアルバム、グラミー賞で初めてのヘヴィ・メタル部門でメタリカに勝って受賞したりもしています。当時もそうだし、今も「変なチョイス」と言われがちなエピソードですが、よく知ると実はそこまで意外ではないです。

 

 

5.Thick As A Brick(1972 UK#5 US#1)

 

1972年発表の4枚目で「ジェラルドの汚れなき世界」の邦題とジャケ写で有名な作品ですね。

 

 このアルバムは、昨日紹介した「A Passion Play」とともに、タルが「世に流行っているというプログレなるものをうちらもやってみるか」とばかりに作った、彼らのキャリア史上2枚だけの組曲形式のコンセプト・アルバムです。このアルバムも、LPのA面、B面、それぞれ20分近くの組曲、それぞれ一曲ずつ、という構成です。

 

 僕はこの組曲形式というのがあまり好みではなく、それがゆえに順位も初の全米ナンバーワンという記念すべき作品の割に意外と低くもつけたりもしたんですけど、ただ、この形式がこの当時のロックの一つの象徴であることは理解しているつもりだし、その方向で時代を代表する作品を作った、という意味では客観的に高く評価しているつもりです。

 

 というのも、これ、コンセプトがハッキリしてるから。ストーリーそのものも、ジェラルド・ボストック君なる8歳の架空の少年が書いた架空の詩に曲をつけたという設定になっているんですが、英国式センス・オブ・ユーモアを感じさせるウィットに富んだ優雅な気品が全体を通して存在するし、曲の主題となり何度も繰り返される牧歌的なフルートとアコースティック・ギターのリフもすごく耳に残るフレーズだし、その合間に展開される演奏も、「組曲」というクラシック的な感じよりは、彼らが本来得意としていたジャズのインプロヴィゼーションからの影響の方を強くにじませている感じといい、すごく「ジェスロ・タルらしさ」があるし、それが当時に彼らが持っていた時の勢いとともに衝動的に表現されているのがいいです。こう言うコンセプト・アルバムであるのならば、僕も歓迎しますね。

 

 

4.Songs From The Wood(1977 UK#13 US#8)

 

 4位は今日的な再評価が非常に強いアルバムですね。1977年の「Songs From The Wood」。このアルバムの人気は、去年だったかな、このアルバムのデラックス盤が発売された際、UKチャートで28位を記録したほどなんですよね。

 

 なぜ、そういう評価になっているのかといえば、それはやはり、彼らがこのアルバムでの自らの立て直しの仕方にあったと思いますね。つまり「トラッド・フォークを主体として、展開力のある新たなロックを構築した」ことにあるでしょうね。タルの場合、これまでのアルバムだったら、サウンドの要になっていたのは、ブルーズ・ハードロックのヘヴィなリフだったんです。そこを彼らは、アコースティック・ギターとヴォーカル・ハーモニー、そしてバグパイプを模したエレキギターもそうですね。これらを主体とし、そこにハードロックやジャズのインストに通じる展開力にあふれたアンサンブルを表現することができた。それがここまで決まったアルバムを僕は他に知らないですね。

 

 あと収録曲のレベルもこのアルバムはすごく高いですね。タイトル曲はトラッド・フォークの名曲としても通用するし、「Cup Of Wonder」「Hunting Girl」の「ハードフォーク」と言った味わいのドラマティックな曲展開にはカタルシスを感じますし。

 

 ちょうど時代はパンクロックのでてきた時代で、ハードロック/プログレはかなりの突き上げも食らうことにもなりますが、そこにもはや「形式」として形骸化した「プログレ」ではなく、文字通り「進化」したサウンドを提示することがしっかりできた意味でもこれ、賞賛に値すると思います。

 

 

3.This Was(1968 UK#10 US#62)

 

 

 

 ここからはジャケ写月でいきましょう。3位はデビュー・アルバム「This Was」。邦題でいうと「日曜日の印象」というヤツですね。

 

 ここまでも書いてきたように、ジェスロ・タルは様々な音楽的変遷をたどっていて、いろんな音楽要素をものにしてきました。もちろん、それもかなり魅力的なことであり、それがあったからこそ、彼らは長寿バンドにもなったとは思います。でもですね、本音の本音を言ってしまうと、僕は初期のドロドロなサイケをやっていた頃のタルが一番好きです。そして、そのことはおそらく当の本人たちもわかっているんでしょうね。ライブにおいて最も演奏頻度の多いのは、僕が選んだトップ3とまったく同じです。

 

 このファースト・アルバムなんかは、もうプログレというよりは、本当は純粋に「ブルース・ロック・アルバム」というべきなんでしょうね、本当は。この年に、ピーター・グリーンのフリートウッド・マックとか、フリーとかもデビューしているわけだから当時のUKロックとして同時代的な必然性がかなりありますしね。実際、この当時はまだ、イアンが完全な実権を握る前で、バンドにはミック・エイブラムスという優れたギタリストがいまして、本来なら彼をバンドのスターにしようとまでしていたほどです。

 

 イアンはそのミックの売り出しの結果、ステージでのギターは奪われてしまったのですが、そこで「なんか楽器を弾いてステージでアピールしたい」と思って手にしたのがフルートでした。後にも先にもロックでフルートがメインのバンドなんてないし、それが結果的にタルを歴史上においてでさえも珍しいタイプのバンドにしているのですが、このフルートの不穏な響きがですね、サイケだったりヘヴィでダークなハードロックにはすごく似合うんですよ。やっぱフルートって、どこか密教的な謎めいた雰囲気、ありますしね。

 

 このアルバムは「Sunday Feeling」「Beggar's Farm」「A Song For Jeffrey」とブルーズ・ロックの名曲が多いんですけど、イアンとミックの対立が深まり、ミックはたった1作で脱退してしまいます。そのあとミックは自分のバンドも作りますが、開花できずに終わってしまいます。タルはキャリアの最初にいきなり惜しい才能を失ったわけですが、そんな”伝説のメンバー”の才気がみなぎるアルバムでもあります。

 

 

2.Stand Up(1969 UK#1 US#20)

 

 

 

 続いて2位ですが、セカンド・アルバムの「Stand Up」です。

 

 前述のイアンとミックとの対立ですが、これはミックがもっとブルーズ・ロック寄りにタルをシフトさせたいと願っていたところ、イアンがもっとジャズやフォークまで含めて包括的に大きなサウンドを表現するバンドにしたかったことで起こっていますが、このアルバムはそんなイアンの音楽的理念が早くも結実したアルバムです。

 

 実は、アルバムのハードさでいうと、ファーストよりこっちの方が断然ハードなんですよ。このアルバムはレッド・ツェッペリンのファーストとセカンドの間にリリースされているんですが、人気曲の「A New Day Yesterday」なんかはほとんどこれ、タル版の「幻惑されて」、もしくは「胸いっぱいの愛を」ですからね。かなりハードなんですよ。さらにもう一つの人気曲の「Nothing Is Easy」はピーター・グリーンのフリートウッド・マックみたいな正統派なブルーズ・ロックでもあったし。こうしたブルーズ・ハードロックのアイデンティティは、ミックの気持ちとは裏腹にさらに強化されているんですよね。

 

 そして、それでいて、確実に進化も見せています。その象徴が「Bouree」という、バッハの曲をイアンのフルートで演奏したインストがあるんですが、この時期からすでに「ハードロックにクラシックやジャズ、フォークの要素を導入」という意識はかなり明確です。それゆえ、プログレとも呼ばれるんでしょうけど、でも、それだけだったら僕はむしろレッド・ツェッペリンに近い気がするんですけどね。

 

 あと、CD時代以降だとボーナス・トラックで聴ける、この時期の彼らのシングル曲なんですが、これがまた秀逸なんですよね。「Living In The Past」はジャズ・フォークというか、全く同じ時期のヴァン・モリソンの「Moondance」に通じることをやってますし、「Sweet Dream」ではホーンを配したハードロックとここでもわかりやすく刺激的な実験をやってますね。これらの曲は彼らのアルバム未収録曲の初期ベスト「Living In The Past」に入ってますが、このベスト盤も秀逸。今回の対象に入れてたらこのアルバムと並ぶくらいの出来ですよ。

 

 

1.Aqualung(1971 UK#4 US#7 )

 

 

 

 そして1位はやっぱりこれですね。最高傑作「Aqualung」。これで彼らは初めての全米トップ10も記録し、インターナショナル・ブレイクも果たします。

 

 このアルバム、僕の位置付けだと、「裏レッド・ツェッペリンIV」なんですよね。ツェッペリンのそれが、多様な音楽性を含みながらも、結果としてすごくダイナミックなハードロック・アルバムになっているものだとしたら、タルのそれがこのアルバムです。音楽的に深みがありつつ、スケールの大きな曲展開でスカッと爽快に楽しめる。同じ1971年のリリースではありますが、こっちの方がツェッペリンのソレより半年ほどリリースが先なんですよね。ツェッペリンの方がもしかしたらこれを意識したかもしれません。

 

 僕、思うんですけど、もしイアン・アンダーソンがロバート・プラントばりに高音を張り上げて歌えるシンガーだったら、タルのこの先もハードロックのままだったんじゃないかと。あるいはイアン・ギランみたいに叫べたり、オジー・オズボーンみたいに声に猟奇性があったりしたら。そこがそうならなかったのは、イアンが低音の美声でノーマルかつ丁寧に歌う人だったからじゃないかと。声にパワーのある人ではないですからね。それがゆえに、このつぎの2作のアルバムで組曲形式という「ザ・プログレ」な方向に行ったのかなと。本当にあの2枚のアルバムがなければ、もしかしたら今頃はプログレに分類されるバンドではなかったのかもしれません。

 

 このアルバムは彼らの中では圧倒的に人気でして、今でもライブではここから最低でも4曲くらいは必ずやってますね。リフがものすごく有名なタイトル曲に、ライブでは必ず最後に演奏される「Locomotive Breath」、「My God」「Mothergoose」、そしてタルの大ファンを公言するアイアン・メイデンのカバーでも有名な「Cross Eyed Mary」。ここまで代表曲があったら、そりゃ、1位にもなりますよね。

 

 タルに偏見がある人はまずはここから聞けば良いと思います。絶対イメージ変わりますから。そこから初期に飛んだり、コンセプト期、フォーク・プログレ期、シンセ・ポップ期、アダルト・メタル期に飛んでみると、僕の言うところの「ゲーム・オブ・スローンズ感」というのが少しわかってもらえるかな(笑)とも思いますので。

 

 

author:沢田太陽, category:FromワーストTo ベスト, 10:56
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全オリジナル・アルバム From ワースト To ベスト (第15回)ジェスロ・タル その1 21-11位

どうも。

 

 

予告通り、今日は久しぶりの「FromワーストToベスト」、やります。このシリーズ、過去にプリンス、デペッシュ・モード、ドレイクはウケが良かったようで、たまにまだリツイートされたりもしてるようですが、その一方で、かなり自己満足度の高いものもあったりします(笑)。それでいうと今回は、最高に自己満足度、高いかな(笑)。これです!

 

 

 

 

はい。今回のテーマはズバリ、ジェスロ・タルです!

 

「え・・」と思われる方、いらっしゃるかもしれません。「なぜ今?」と思う人も。ただ、今、ジェスロ・タルってイギリスのクラシック・ロック系のメディアでは割とよく見るんですよ。というのも、過去の名盤の再発がイギリスのチャートでリエントリーしたり、今年は結成50周年で、それを記念して「50 For 50」 といベスト盤が出てこれがイギリス、ドイツ、イタリアでトップ100に入ったり。

 

 

あと、このシリーズでまだプログレやってないんですよね。だからやりたかった、というのもあります。僕は正直、「プログレ・ファンが好むプログレ」ってあんまり好きじゃないんですが、そこへ行くとジェスロ・タルって、そこまでプログレプログレしてないのも良かったです。なので、ちゃんと自分の言葉と素直な気持ちでレヴューできるかなと。あと、ファンタジックな風貌と音楽、これが見ていて、聞いていて、なんとなく「ゲーム・オブ・スローンズ」思い出すんですよ(笑)。だから、現代性あるかなあ、と思ってトライした次第です。

 

知らない人もいらっしゃるかと思うので、こういう人たちです。

 

 

 なんとなく言わんとしてること、わかるでしょ(笑)。この真ん中のイアン・アンダーソンという人が、ステージでフルート弾きながら踊ります。今、70超えてますが、頭ツルッぱげでニットキャップになっても同じことやってますね。

 

 

今日はトップ10圏外、彼らは全部で21枚のオリジナル・アルバムを出しているので21位から11位の僕のランキングを見てみましょう。まずワーストから。

 

 

21.Under Wraps(1984,UK#18,US#76)

 

 ワーストは1984年に発表した「Under Wraps」というアルバム。この頃のジェスロ・タルは、シンセサイザーを多用したエレ・ポップ仕様になっていたりするんですが、もう、音色のセンスがひどいんですよ、このアルバム。シンセを使うのはこのアルバムで初めての訳でもなかったし、その前はうまくいったりもしてたんですけど、このアルバム、何が悪いかって、シンセ・ドラムを使ってしまったこと。「パシャッ」っていうスネアの音がどうにもツラい。さらに言えば、ホーンをシンセで代用した安っぽい音。これもカッコ悪い。同様の企画でワーストに選ばれることもしばしばです。

 

でも、これ、この時期の流行りの弊害なんですよね。まったく同じ頃にデヴィッド・ボウイも「トゥナイト」ってアルバム出して、まったく同じ失敗してるので。時代は時として罪なことをするものです。

 

 

20.Rock Island(1989,UK#18, US#56)

 

 続いては、これも80sのアルバムですね。実は、これと、ワーストに選んだ「Under Wraps」の間のアルバムが傑作だったりするんですが、その前後が良くなかった。こっちは、ちょっとこの当時のメタル・ブームを意識してて、特にギター・ソロがそういう感じで、曲全体もあの当時のハートとかアリス・クーパーが復活したときみたいな感じで、なんかダサいんですよね。前作もそれに近いと言えば近いんですけど、前作に感じられた大人の色気が消えてるし、そのアルバムにあったタル本来のエキゾチックな感じも消えてる。その前のアルバムはいったい何だったんだ、と言った感じの安っぽい作品です。

 

 

19.A Passion Play(1973,UK#16, US#1)

 

 これは全米1位にも輝いたタルの全米最大のヒット作の一つでもあるんですけど、大嫌いですね、このアルバム。彼らの場合、いわゆる「テクニック志向の長い組曲形式」の、いわゆる「ザ・プログレ」なアルバムは実はキャリア上、2枚しか出していないんですけど、これはそのネガティヴな面が噴き出したアルバムですね。さして表現したい主題があるわけじゃないのに、曲が無駄に長く、これ見よがしに変拍子みたいなテクニカルなプレイをチラつかせてね。しかも曲に入るまでが長くて退屈なんですよ。彼らの場合、基本にフォークがあり、歌心が非常にあるバンドなんで、歌に入るまでがこんなに長いんじゃダメなんですよ。もう、聞いててとにかく「早く終わらないかな、これ」と思いますもんね。

 

 実際これ、アメリカじゃ、「これまでのヒットからの期待値」ということで最高位1位ですけど、レヴューはこの当時、コテンパンに叩かれましてチャートからはすぐ落ちました。実際、イギリスはこれでキャリア史上、最高位が初めてトップ10から落ちましたしね。

 

 彼らはこの失敗以降、こういう組曲みたいな作品は2度と作らなかったのですが、早いうちに失敗して方向転換しておいて良かったと思います。彼らがやったこの失敗の3、4年後、パンクが出てきてプログレのまさにこのアルバムの欠点みたいなことを否定したわけですから。それで軌道修正できなくて終わったバンドが一体いくつあったことか。その意味では、「やるべき失敗」だったのかもしれません。

 

 

18.Stormwatch(1979, UK#27,US#22)

 

 タルの場合、先ほどの「A Passion Play」以来、時として、フッと気の抜けるアルバムを作る時が時としてあるんですよね。先述の「Rock Island」が割とそんなアルバムだし、これもそうですね。これなんかも、その前2つのアルバムがせっかくうまい具合に内容もよく成功していたのに、同じような作品を作ろうとして、なんか曲を置きに行って結局何もしなかったみたいなアルバムですね。まったく曲の印象が残らないんです。それで「北海油田の謎」というテーマだけがむなしく残ってしまいました。

 

 このアルバムが失敗したことで、タルはこの後、大きな転換にも出ることになります。

 

 

17.A Christmas Album(2003)

 

 目下のところの最新作ですね。タイトルの通り、クリスマス・アルバムです。

 

 順位は高くないですが、それは企画アルバムだからであって、内容はこれ、割といいんですよ。半分近くはセルフカバーでもあるんですが、新曲もテーマ縛りはあるとはいえいい曲書けてるし、クリスマスらしいトラッド・フォークの渋みは、彼らのキャリアの年季も相まってすごく味があるんですよ。彼らには一度、ストレートなブリティッシュ・トラッドなフォーク・アルバムを作って欲しかっただけに、「なぜこのタイミングでそれを作らなかったのかなあ」と非常に惜しまれる作品です。

 

 これ以後はツアーはやるものの作品はイアンのソロしか出さず。今日はイアン名義でタルのツアー、やってますしね。

 

 

16.A(1980, UK#27,US#22)

 

 これは異色作品扱いされてるアルバムですね。

 

 これはタイトルが示す通り、イアン・アンダーソンのソロ・アルバム(Aは彼の名前の頭文字)として作られるはずがタルのアルバムに発展したものです。ここで彼は大胆にシンセサイザーを導入して、ソロ作で作るはずだったが故に、プログレバンド、UKのエレクトリック・ヴァイオリニスト、エディ・ジョブソンを多くの曲で参加もさせたりして、通常のタルのアルバムとは作り方も随分違います。

 

 ただ、今の耳で聞くと、そういう作り方云々以前に、イアンの方が新しい方向性にシフトするのに、まだ準備ができてなかったのかな、という感じがします。なんか、そこまで言うほどエレポップな作品ではないし、振り切れてない。イアンのソロの名義のままで良かったかもしれません。でも、これがなかったら80s以降のタルも存在しなかったわけで、痛し痒しです。

 

 

15.War Child(1974 UK#14,US#2)

 

 先ほどの「A  Passion Play」の次のアルバムです。このアルバムは通常の曲作りに戻ったためにそこまで批判を受けることはなかったのですが、ただ、どの方向性に軌道修正していいのかわからないような迷いがこのアルバムからは感じられますね。どういうアルバムにしたかったのかが今ひとつ伝わりにくいです。

 

 ただ、シングル・ヒットもした「Bungle In The Jungle」(US#12)みたいなわかり易いヒット曲はあるのでそこが救いではありますね。

 

 

14.Catfish Rising(1991,UK#27,US#88)

 

 91年9月発表のアルバムですね。パール・ジャムの「Ten」とかニルヴァーナの「Nevermind」と同じような時期に出たんですね。

 

 そんなグランジの波など知ることもなく、前2作と同様に世のメタル・ブームを横目でチェックしながら作った感じのするアルバムで、とりわけ先行シングルになった「This Is Not Love」なんかはその香りが濃厚だったりするのですが、全編聞いてみると、彼ら本来のブルーズ・フィーリングが久々にじっくり出た、いい大人のロック・アルバムですよ。これはこれで悪くないし、この感じがこのあと3枚続くアルバムに共通していたりもするから、「90sタルの基礎」となったアルバムと言えるかもしれません。だいたい、70sのかつてのプログレ・バンドと思われていた彼らが、この時期でも全英トップ30のヒットが出せていたわけですからね。立派です。

 

 

13.J Tull.Dot.Com(1999,UK#44,US#161)

 

 これも90sの「大人のコンテンポラリー・ブルース・ロック」路線ですね。その3作目です。この当時、ちょうどメジャーの契約切れて、自主レーベルからのリリースですが、その割にチャート・アクションが悪くないのは、それだけコア・ファンがいたということでしょう。このタイトルが時代を感じさせますが、この時のイアンたちの気持ちとしては、「これからは自分たちのサイトが発信地だ」くらいの気持ちがあったんでしょう。実際に「Dot Com」という曲まで作って、このアルバムでの代表曲にもしてますしね。

 

 このアルバムですが、ここ3作と同じ流れではあるものの、初期の感じが少し戻ってきてますね。初期ほどドロ臭くも、タメが聞いてるわけでもないんですけど、クリーンに音を録っていたのが少しいい意味で緩くなったというか。この路線で何枚か作っても良かったんですけどね。

 

 

12.Roots To Branches(1995 UK#20, US#114)

 

  90年代の、結果的に3分作になったものの真ん中のアルバムですけど、これが一番いいと思います。これがこの3枚の中で一番ハードだし、小細工なしで一貫したカッコ良さがあります。

 

 あと、80年代の時には、70sの頃が嘘のようにクリーンなメタル・ギターをやたら弾きたがったマーティン・バーが、コードで重低音を響かせるブルージーな奏法に戻ってきましたね。時代的にも、その方向性で良かったと思います。

 

 

11.Minstrel In The Gallery(1975, UK#20, US#7)

 

 これは過渡期の、なかなかいいアルバムですね。

 

 「A Passion Play」の失敗で我を忘れたタルが徐々に次のやりたい方向性を見つける過程で出来たアルバムで、ここでは、70s初頭に確立した、「ブルーズ・ハードロックの動」と「トラッド・フォークの静」のコントラストに戻りつつもあり、さらに新しい方向性に行くべく、答えがない中、探してる感じですね。

 

 ただ、このアルバム、光るものはかなりあります。とりわけ冒頭のタイトル・トラックのダイナミックな展開。これは鳥肌が立ちまますね。「ザ・プログレ」に挑戦した際に完全に自分のものにした手数の多いドラムに誘導されるトリッキーなプレイが、このアルバムのドラマ性を高めるのに役に立っていますね。

 

 

 

 

author:沢田太陽, category:FromワーストTo ベスト, 11:48
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再掲載:祝ザ・キンクス 活動再開記念 全オリジナル・アルバム From ワースト To ベスト (第7回)ザ・キンクス その2 10-1位(2017.5.12掲載)

どうも。

 

 

では、昨日の続き、行きましょう。

 

 

 

From ワーストTo ベスト、第7回のザ・キンクスです。今日はいよいよトップ10の発表です。

 

 

早速、10位から行きましょう。

 

 

10.Lola Vs Powerman Moneygoround Part One(1970 US#35)

 

 10位は、キンクスのパイ・レコード時代の後期の代表作ですね。「ローラ対パワーマン マネーゴーラウンド第1回戦」。どうしても、この邦題で覚えてしまっています。

 

 このアルバムは、タイトルにもあるように「ローラ」の、初期ブリティッシュ・ビート期以来となる久々の世界的ヒット(全英2位、全米9位)に押される形でアルバムも注目されたんですけど、アルバムを通して言えることは、70年代にさしかかるとレイ・デイヴィスのアメリカ本格進出の野望が強くなっていて、ここで聴かれるのも南部を意識したアーシーなサウンドが目立って来ています。そういうサウンドでありながら、イギリスの音楽業界を皮肉ったコンセプト・アルバムというのも面白いし、「ローラ」はおそらくロック史上最初のトランスヴェスタイトについての歌ったヒット曲(ヒットはしてないけどヴェルヴェット・アンダーグラウンドにもあったかな?ゲイ・テーマはあるけど)とも言われていて、そこも注目すべき点ですね。

 

 

9.Low Budget(1979 US#11) 

 

 パンク・ムーヴメントやヴァン・ヘイレンのカバーによる「再発見」の効果を活かして作った、アリスタ・レコード期では最大となるロックンロール・アルバムですね。徹頭徹尾、ほとんどがアップテンポのロックンロールで、「パンクのゴッドファーザーらしいこと、やってくれよ」と願うファンの期待にようやく応えたアルバムとなりましたね。

 

 実際、このときの全米ツアーはかなりウケていて、その模様は「ワン・フォー・ザ・ロード」という、キンクスを代表するライブ・アルバムにもなって、これも全米で12位まで上がる大ヒットになりました。これゆえに、この時期を「アリーナ・ロック・キンクス」と呼ぶ人も少なくないほどです。

 

 全編、パンキッシュでスピーディなロックンロールが目立つアルバムではありますが、タイトル曲にも見られるように、アメリカン・ロック期を通過していないと表現出来ないブルージーなロックンロールが目立っているところがやはり老獪なベテランゆえのことになっていて、その意味でも興味深い1作です。

 

 

8.Something Else By The Kinks(1967 UK#35,US#153)

 

 1967年、世がサイケ期の頃に発表したアルバムで、人気の高い作品ですね。

 

 たしかに名曲多いんです。エンドを飾る、イギリス観光にもピッタリな名バラード「ウォータールー・サンセット」をはじめ、冒頭はザ・ジャムもカバーした「デヴィッド・ワッツ」、そして、このアルバムで頭角を現したレイ・デイヴィスの弟デイヴによる「デス・オブ・ア・クラウン」。デイヴはこのアルバムで3曲で貢献していますが、このときがやっぱ一番冴えてたかな。

 

 これ、キンクスにとっての、ビートルズで言うとことの「ラバー・ソウル」みたいなアルバムですね。いわゆる、得意の3コードのロックンロールというフォーマットから脱皮して、より凝ったアレンジで曲調の幅を広げる時期と言うか。キンクスの場合、スタジオ機材を駆使したエフェクトはこの当時の他のアーティストほどには使ってはいないんですけど、そのかわり、ハープシコードをはじめとした楽器類の使い方でそれを表現してますね。クレジット見ると、ハープシコードを弾いてるのはレイ本人で、彼が他にハープやマラカス、チューバまでを担当していますね。

 

 

7.Give The People What They Want(1981 US#15)

 

 アリスタ期の“復活キンクス”の中のアルバムの中では、これが一番ですね。前作「Low Budget」でのパンク路線を基本的に継承している上に、ここではときおりソフトめな曲で変化をつけ、単調に陥っていないところが良いです。初期のキンクスのアルバムにあった良い部分を、80年代初頭の空気に合わせて蘇らせたような良さがあります。

 

 中でも、自身の代表曲「オール・デイ・アンド・オール・オブ・ザ・ナイト」を、今で言うセルフ・サンプリングして新たに作ったロックンロール・ナンバーの「デストロイヤー」と、軽快さは残しながらもさわやかな「ベター・デイズ」の2曲がひときわ光りますね。

 

 ちなみに、僕がキンクスの存在を知ったのもこのアルバムでした。音は聴いてなかったんですけど、ちょうどこのアルバムの日本でのリリースの際にツアーで来日したんですけど、このときにレイがつきあって、このアルバムにも参加しているクリッシー・ハインドのプリテンダーズも一緒に来日してるんですよね。まさにこのアルバムが、プリテンダーズの持つストレートな軽快さと、胸キュンなメロウさを表現したアルバムでもあるので、相乗効果になったのかな。そして、来日公演後に2人は結婚もしますが、すぐに離婚もしてしまったところが、またレイのトホホたるゆえんでもあります。

 

 

6.Maswell Hillbillies(1971 US#100)

 

 これもいろんなところで名盤とされている作品ですね。キンクスが拠点をアメリカに移しRCAに移籍しての第1弾です。

 

 このアルバムでキンクスは本格的にアメリカの南部サウンドに接近しています。ただ、レイドバックした雰囲気も感じさせつつも、肉感的な力強さも同時にあるんですよね。このあたりの感覚は、ザ・バンドの良さをしっかりわかってる感じがするなと思って、聴いてて感心しましたね。この当時、ほかにもイギリスから南部サウンドに接近したものが少なくなかったんですけど、僕の中ではこれとストーンズの「メインストリートのならずもの」が双璧ですね。レイ・デイヴィスって、「きわめてイギリスの庶民っぽい」という言われ方をされる人ですけど、もともとはアメリカの音楽やカルチャーにすごく造詣の深い人で、その良さが出ていると思います。

 

 60年代のキンキー・ビートとはまた違う、ロックンロールの別の側面でのカッコ良さを聴かせている作品なので、実はもう少し上位も考えていたんですけど、ちょうどいい手の打ち方があったのでそれに準じました。

 

 

5.Arthur(Or The Decline Or Fall Of The British Empire)(1969 US#105)

 

 これもキンクスを語る際に外せない作品ですね。「アーサー、もしくは大英帝国の衰退並びに滅亡」。これも、ややこしい邦題ゆえに覚えたタイトルでもあります。

 

 これはキンクスの数あるコンセプト・アルバムのうち、筆頭クラスに大切なものですよね。やっぱ、「イギリス人らしさ」をテーマに据えさせるとレイは強いと言うか。いざ、話を組み立てさせたら、安っぽく終わることも少なくない彼なんですが(笑)、これに関しては、大英帝国黄金期から世界大戦、そして現在と、歴史軸もすっかりしてますしね。第2次大戦後に多く、現地で多くのアーティストも生んでいる英国人のオーストラリア移住の話なんかも「ああ、こういう感じで起こってたのね」と思えたりもして。

 

 もちろんシアトリカルではあるのだけれど、そこで彼ら持ち前のロックンロールが崩れることなく「ヴィクトリア」や「シャングリラ」といった見事なロックンロール・チューンがあるのも良いです。

 

 

4.Everybody's In Show-Biz(1972 US#70)

 

 これも「この世はすべてショー・ビジネス」のタイトルの方がしっくり来ますね。RCA移籍の第2弾で、彼らにとって初の2枚組です。

 

 これが僕、というか多くのキンクス・ファンに必要な理由。その1は「セルロイドの英雄」の存在ですね。レイが子供の頃から描いている、ショウビジネスやアメリカへの憧憬を、この時点でも既に十分美しきノスタルジアに包まれていたグレタ・ガルボなどの1920〜30年代のハリウッド・スターの話を物語ることで語るこの曲はレイのリリックの中でも最高傑作のうちのひとつですね。ライブでも欠かせない定番になっています。

 

 そしてふたつめは、やっぱりディスク2のライヴ盤ですね。すっごく骨太でシャープなライブでの彼らの真骨頂が出たものなんですけど、その中核をなしてる楽曲こそ「Maswell Hillbilies」からの曲なんですよね。こっちでのアレンジの方が良いんです。だから、こっちの方をあえて上位に選んだんですよね。

 

 

3.Face To Face(1966 UK#12 US#135) 

 

 

 ここからはジャケ写つきで行きましょう。僕はシングル・ヒットをイギリス国内で連発させていた60年代半ばのキンクスに目がないのですが、これはその後半の時期に出された重要なアルバムです。

 

 シングルとしては、ちょうど直情的なキンキー・ビートから一歩踏み出して、「A Well Respected Man」とか「Dedicated Follower Of Fashion」とか、ディランに代表されるフォークロックからの影響が感じられる曲が出はじめて、それによってレイのアイロニーたっぷりの詩人ぶりが開花しはじめた時期です。

 

 そんなときに出されたこのアルバムは、「ロック史上最初のコンセプト。アルバム」とも言われている作品ですね。まあ、コンセプトといっても大掛かりな物では決してないんですが、それでも、「ロックスターとしての喧噪」が最初で描かれ、「田舎でのスロー・ライフに憧れる」というくだりは、後のキンクスのキャリアで何度もくり返し出てくるものであり、ここにひとつの大きなアイデンティティの形成が見て取れます。そして、その話のオチが、シングルで全英1位にもなった超名曲「サニー・アフタヌーン」で、「日光浴の日差しまで税金で持って行かれる」と、優雅な暮らしだって世知辛い、というとこまで含めて完璧です。

 

 ここからがキンクスらしくなってくるのに、ここから人気が落ちてしまうのも、またキンクスらしいとこです(笑)。

 

 

2.The Kink Kontoroversy(1965 UK#9 US#95)

 

 

 2位に選んだのは1965年発表のこのサード・アルバムです。

 

 よくこういう企画だと、いわゆる1967年以前の作品って、「いわゆるアルバムの時代の前で、シングルの寄せ集め的な時期だった」として上位に選ばれない傾向があるんですけど、僕はそれに真っ向から反対です。たとえ、アルバムが優先されていなかった時期でも、収録曲が普遍的に物語る力もちゃんとあるわけで、僕はそういうのを無視したくはありません。このことは今後、60年代から活躍するアーティストを語る際にもしっかり適用していくつもりです。

 

 このアルバムは、「ユー・リアリー・ガット・ミー」からのキンキー・ビートがひとつのピークを迎えたときの作品ですね。「Everybody's Gonna Be Happy」「Set Me Free」「See My Friend」と、このアルバムには入らなかったけれど傑作シングルが連発されていた時期のレコーディング作だし、加えて本作にも入っている「Till The End Of The Day」こそ、キンキー・ビートの最高傑作だと僕は思ってます。

 

 それ以外にも、キンクスのアイロニーがキンキー・ビートと一体となった「Where Have All The Good Times Gone」や、スリーピー・ジョン・エステスのブルース・カバーながらも、そのパンキッシュなアレンジで、後にエアロスミスが子のヴァージョンを元にしてカバーした「ミルク・カウ・ブルース」など聴き所満載です。パンクやガレージを愛する人たちにこそ、50年経っても色褪せないプリミティヴなロックンロールを聴いて欲しいものです。

 

 

1.The Kinks Are Village Green Preservation Society(1968)

 

 

 そして1位に選んだのはこれです。「ヴィレッジ・グリーン・プリザヴェーション・ソサイエティ」。

 

 これを1位にしたのは、これほどキンクスらしさが1枚に凝縮された作品はないから。サイケデリック大全盛の時期に「田舎が最高だ!」と叫び、結局,その後、ヒッピー的な多くのアーティストが結果的に追随するというひねくれぶりと先進ぶり。また、そうであれいながらも、ややレイドバックした感じも垣間見せつつも、キンクスらしい豪快なロックンロールは失われていないところといい、コンセプト・メイカーとしてのレイの手腕といい。ここにはみんなひとつになって入っています。

 

 特にミック・エイヴォリーのふりかぶりと手数の多くなったドラムと、シャープなアコギのギター・リフがカッコいいんですよね。「Do You Remember Walter」や「Picture Book」「Johnny Thunder」といった前半部はソレで持って行くし、後半になれば「Starstruck」「Village Green」みたいなメロで聴かせる曲が光ってくる。惜しむらくは、この時期にシングルでリリースされた名バラード「デイズ」を入れてくれれば言うことなかったんですけど、仮にそれがなかったにしても本作はアルバムとして完璧です。

 

 ただ、そんな、キャリア史上最高のアルバム(僕がそういってるだけじゃなく、多くの人がそう指摘している)にもかかわらず、これがチャートインさえされていなかったところがキンクスらしいし、その作品をベースにして壮大な続編的ロックオペラ作ったら、ファンにさえ不評の大失敗作になってしまった、というとこのオチまでキンクスらしいです(笑)。僕が「プリザヴェーション」をワーストに選んだのも、ベストのこの作品との対をなしたいと思ったからでした。

 

 

 ・・といった感じですね。

author:沢田太陽, category:FromワーストTo ベスト, 13:24
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再掲載:祝ザ・キンクス 活動再開記念 全オリジナル・アルバム From ワースト To ベスト (第7回)ザ・キンクス その1 24-11位(2017.5.11掲載)

どうも。

 

 

いや〜、信じられない!

 

 

ザ・キンクス、約25年ぶりに活動再開ですよ!信じられません。

 

キンクスに関しては、ブリティッシュ・ビートの先駆のバンドとして心から尊敬しているし、活動休止直前の渋谷公会堂でのライブも見ていたりするので思い入れがあります。

 

たんに活動w再開するだけでなく、ニュー・アルバムも作っているとのことで、本当に楽しみです。

 

そこで今回は、昨年の5月11日、12日に掲載した、ザ・キンクスの全オリジナル・アルバムのFrom ベストToワースト、これを再掲載したいと思います。僕の場合、キンクスという存在は、「全アルバム・レヴューできるぐらいでないと音楽ジャーナリストは務まらない」くらいに本当に思っていた時期があるので、ひときわ思い入れがあるんですよね。

 

では、その時の掲載を再びあげて改めてキンクスの偉大さを感じていただこうと思います。

 

 

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どうも。

 

 

今日はFrom ワースト To ベスト、行きましょう。なんか、早いペースでいろいろ聴けて自分でも驚いているんですが、早くも7回目。今日のお題はこれです!

 

 

 

 

この企画、初の60年代からのアーティストですね。その記念すべき最初のアーティストはザ・キンクスです。キンクスといえば、つい先日、リーダーのレイ・デイヴィスがサーの称号を得たり、彼の久々の最新ソロ・アルバムがイギリスで15位という、一体何10年ぶりなんだろうという成功を70代にして記録している最中です。そんな再評価モードにある中、「最も過小評価されたロックバンド」と言われ続けて来た彼らの計24枚のアルバムに順位をつけてみました。

 

 

 いや〜、これは長いことやってみたかった企画ですね。僕みたいな職の人間にとって、ビートルズ、ストーンズ、ディラン、ツェッペリンあたりは「全部聴いてて当たり前」みたいなところがあったりするし、日常でもよく耳にするし、名盤選でも若いうちから聴き続けてきたものであるんですけど、キンクスとなると、かなり意識的に注意して聴かないと覚えない物ですからね。僕もフリーのジャーナリストになりたてくらいのときに「キンクスのディスコグラフィを全作レヴューできるくらいが理想」みたいなこと考えたことあったくらいですからね。なので思い入れはあります。

 

では、今回は24位から11位まで。まずは24位から。

 

 

24.Preservation Act 2(1974 US#114)

 

 最下位は、キンクスのロック・オペラ路線の混迷期として語られがちな「プリザベーション」の第2幕です。ただ、これ、一方で「駄盤」、一方で「カルト名作」と言われてもいますが、「名作」という評価はあまりに盲目的なので信用しなくていいです(笑)。僕は愛情を込めて「大いなる大失敗作」として「名誉の最下位」にしましたね。

 

 

 作品の善し悪しで言えば・・良くないですよ(笑)!だって、コンセプトがあんまりにも漫画ちっくで、70年代に入ってレイが入れ込んでいたアメリカ南部接近路線も明らかにレイの飽きが感じられる曲調(大編成が似合わないくらいハードなんだもん)が感じ取れるし。女性コーラスの声のセンスなんてかなり悪趣味です。そしてこれが一番タチ悪いんですけど、2枚組で曲多過ぎだし。さすがにどんな好きなアーティストでも、自己満足の、しかも、曲の印象そのものが強く残らない作品を、2枚組で聴かされたらさすがにツラいですよね。「いや、そこを受け入れてこそのファンだ」という意見はあるのかもしれませんが、僕はそこまで着いて行こうとは思いません(笑)。

 

 でもね、これを全作と2部作、計3枚組のヴォリュームにまでして作り上げようとした、その心意気はいとおしいです。なので、これ、僕は「最低1回は聴くべき作品」だと思っています。これ、ロック好きな人ならやってみてほしいです。2回目以上は一切保証しませんが(笑)。

 

 

23.Think Visual(1986)

 

 「プリザヴェーション」は最下位にしたけど愛着はあるアルバムなんですが、「個人的に本当に嫌い」という意味で実はワーストはこのアルバムです。

 

 これは1986年、キンクスが遅ればせながらもアメリカ再進出に成功していた、アリスタ・レコードとの契約が終わったあと、MCAに移籍して発表した最初のアルバムなんですけど、ここからはチャートにかすらないバンドになったんですよね。ただ、このアルバム、キンクスらしからぬ「ザ・エイティーズ」な大仰なプロデュースが目立つ、すごくガッカリな作品です。加えて、ジャケ写のセンスがひどいんだ、このアルバム!「え〜、なんでこんなの作っちゃったの??」って感じのアルバムです。これと、この次のアルバムだけ、ストリーミング・サービスに入ってないんですけど、オススメはあまりしません。

 

22.Preservation Act 1(US#177)

 

 その「プリザベーション」の第1幕にあたるのがこれです。こっちは1枚組なので、疲れないので順位が上です(笑)。なんでも、この第1幕を作っている最中に、没入し過ぎて他のことが目に入らなくなったレイに愛想を尽かした奥さんが小さな娘を抱えて出て行ったという、なんかいかにもレイらしいトホホな話も裏エピソードにある作品です。人生で賭けたものは大きかったんですが、結果が良かったとは正直思えないですね。

 

 

21.Soap Opera(US#51)

 

 「プリザベーション」のあとに発表した、これもロックオペラ路線。ただ、これは、「架空の村の戦争物語」という、なんだかなあなストーリーから一転、今度は、妻もいるサラリーマンの男が、自分がロックスターだという妄想に陥る、という現実的な現代劇。これは1974年にイギリスの第2の局、ITVで放送された「スターメイカー」というミニ・ドラマが元になってて、レイ自身が主演もつとめていました。ただ、このドラマっていうのが、観覧が可能なテレビ局のスタジオでこじんまりとしたセットを組んで演じているもので、超格安でスケール小さいんですよね。まあ、その安っぽさがキンクスっぽさではあるんですけどね。サウンド的には「プリザベーション」の延長ですけど、「もう、ホーンも女性ヴォーカルもいらなくなるね」という曲調にさらに傾いて行きます。

 

 

20.Percy(1971)

 

 これは1971年、キンクスが60年代の黄金期を過ごした、イギリスのパイ・レコードの最後のアルバムなんですが、「パーシー」というイギリスのコメディ映画のサントラです。インストが多めでヴォーカル曲もすごく尺が短いんですけど、ただ、「ローラVSパワーマン」の直後の雰囲気はあるし、やっぱ古き良きパイを惜しみたい意味もあって、そこまで順位を下げたくもない作品ではあります。

 

 

19.Phobia(1993)

 

 現時点でキンクスとしてのラスト・アルバムです。キンクスは最後の2枚はかなりギターはハードなサウンドになっていたりするのですが、このアルバムに関しては時期がちょうどグランジの時期でしたね。どこまで意識してるかは知りませんが。キンクスの場合、元が「ユー・リアリー・ガット・ミー」のバンドだったりするから、そういう路線はすごく歓迎なんですけど、ただ、このアルバム、1曲あたりの尺が長過ぎです。5、6分の曲がザラで、それが17曲もあるという。ある意味でCD時代の悪いとこが出た作品かな。ただ、レイとしては表現したいことが多かったのかな。アルバムのテーマが、「嫌悪感(フォビア)が社会を悪くしているのではないか」という重いテーマでもありましたしね。

 

 そして、このアルバムを伴ってのツアーの際、僕は彼らのライブを渋谷公会堂で体験しています。このときのライブがすごくエネルギッシュで爽快だったから、まさか、このあとに彼らのライブが見れなくなるとは夢にも思ってなかったんですけどね。

 

 

18.Sleepwalker(1977 US#21)

 

 アメリカ再進出をかけた、アリスタ・レコードへの移籍第1弾ですね。このアルバムから、直前までいたRCAでのロックオペラ路線はやめて、コンセプトなしのロックンロール路線になっていて、アリスタの後押しもあって、在籍期間中はアメリカでかなりの成功も実際に収めていますね。このアルバムも、第1弾にして最高位21位という、かなりのヒットになっていますからね。

 

 ただ、「キンクスで1977年」というから、ややもすると「”パンクの元祖”がパンク・ムーヴメントを利用した」かのように思われがちでもあるんですが、このアルバムの発表は1977年の初頭。この時期だと、まだパンクでアルバムが出てるアーティストっていないんですよね。クラッシュやジャムでさえ数ヶ月後ですから。

 

 そういうこともあって、このアルバム、「ロック」には原則的に戻ってはいるんですけど、「どういうロックをやっていきたいのか」が曖昧模糊として見えにくいアルバムなんですよね。なんか、ブルース・スプリングスティーンみたいな曲調の方がむしろ目立つし。キンクスがパンクや、ヴァン・ヘイレンによる「ユー・リアリー・ガット・ミー」のハードロックのカヴァー・ヴァージョンをもって「パンクやメタルの元祖」として自身を売り込みに走るのはもう少し後になります。

 

 

17.UK Jive(1989)

 

 キンクスの最後から2番目のアルバムですね。「シンク・ヴィジュアル」とこのアルバムがストリーミングで聴けません。

 

 このアルバムですが、前作でのオーヴァー・プロデュースが是正された、ソリッドなロックンロール・アルバムになっていますね。この当時だと、イギリスだとマッドチェスターとかシューゲイザーみたいな、サイケデリックなモードが大流行りな時期で、こういうソリッドでストレートなロックンロールをやっている人があまりいなかったものですが、不思議なことに、この4年くらい後から、UKロックバンドのトラディショナルなロック回帰路線がはじまりブリットポップにつながって行ったりするから不思議です。そういう意味で、やっぱ無意識のうちのカンの良さはあるんですよね、キンクスって。このアルバムは、ブリットポップにはやや重くはあるんですけどね。

 

 

16.Misfits(1978 US#40)

 

 アリスタ移籍後の2枚目のアルバムですね。このくらいから、パンク・ムーヴメントに気がつきはじめたか、シングルのB面でも「プリンス・オブ・ザ・パンクス」という曲を作ったのもこの時期ですけど、よりストレートな3コード・ロックンロールの方に足が向きはじめた、といった感じのアルバムですね。そこまでロックンロールロックンロールはしてないアルバムですけどね。

 

 ただ、そうでありながら、このアルバムの最大の聴かせどころは全米シングル・チャートで30位まであがったバラード「ロックンロール・ファンタジー」の存在ですね。これはこのアルバムのレコーディング中に脱退した2人のメンバーにあてたものであり、レイとデイヴのデイヴィス兄弟の分裂の危機にも触れた曲でもあるんですが、「ロックの幻想の中に生きないで、真人間に戻りたい」という、ちょっとその後のレイの人生を考えるに「こんなことを思っていた時期もあったんだな」と思える曲です。ただ、それだけこの人というのは、すごく庶民的な感情を常に持ち合わせていた人でもあるのかな、と思わされますけどね。

 

 

15.Kinda Kinks(1965 UK#3,US#60 )

 

 1965年の初頭に出た、キンクスのセカンド・アルバムです。これは、「ユー・リアリー・ガット・ミー」「オール・デイ・アンド・オール・オブ・ザ・ナイト」のビッグヒットの次を受けたシングル  「タイアード・オブ・ウェイティング・フォー・ユー」とほぼ同時にリリースされたアルバムですね。この3曲が立て続けてヒットしていたときの彼らはブリティッシュ・インヴェージョンの中でも、ストーンズやアニマルズと並んで、「ビートルズにつぐヒットメイカー」の評価を受けてたときで、遅れてデビューし後に比較の対象となるザ・フーよりも全然勢いがあった頃です。

 

 僕はキンクスのパイ時代の60年代のシングルは無類に好きなんですけど、ただ、いい時期に発売されたわりには、このアルバム、ちょっとメロウな曲が多いですよね。やっぱり欲を言えば、「ユー・リアリー〜」みたいな曲をファンとしてはたくさん聴きたいじゃないですか。なのでちょっと順位が抑えめです。

 

 

14.State Of Confusion(1983 US#12)

 

 これは僕に近い世代が思い入れのあるキンクスのアルバムです。というのは、ここからの「カム・ダンシング」という、ちょっとスカというかカリプソというか、ちょっとカリブのビートを入れた陽気な曲が、アリスタ時代のキンクスでの最大のシングル・ヒットになって全米6位まで上がるヒットになりましたから。僕と同世代の人の中には「キンクスといえばカム・ダンシング」という人も少なくありません。その効果もあり、次のバラード「Don't Forget To Dance」も全米29位のヒットになっています。

 

 ただ、これ、アルバム全体として見た場合、この前後の時期のキンクスではちょっと落ちるんだよな、というのが僕の率直な感情です。このアルバムは、パンキッシュなロックンロールと、シングル曲に象徴されるソフトなポップナンバーとの幅で聴かせるタイプのアルバムなんですが、ポップな曲がちょっとオーヴァー・プロデュースなんですよね。シングルになった曲はまだいいんだけど、それ以外の曲でエイティーズの悪いとこが感じられるというか。この直前までの上昇気流がシングル・ヒットとして結実したのはめでたいことなんですけど、それがここで止まってしまうことにもなります。

 

 

13.Schoolboys In Disgrace(1975 US#45)

 

 これがそのRCAの最後のアルバム、ロックオペラ路線の最後のアルバムです。ただ、コンセプトはあるとは言え、もうホーンや女性ヴォーカルはほとんど用がなくなり、アリスタ期につながるロックンロール・アルバムにもうこの時点でなってますね。まだパンクが起こっていた時期ではないんですけど、レイの中でなんとなく虫が知らせたということなのかな。中でも「The Hard Way」はライブの定番にもなる、パンクを先駆けた傑作チューンですね。

 

 ただ、これ、悲しいことジャケ写のセンスが悪いんですよね(苦笑)。AC/DCのアンガスみたいなカッコした少年が叩かれた尻を出してる漫画なんですけど。これ、書いたの、Tレックスのミッキー・フィンだったりするんですけど、しばしば、「ワースト・ジャケ写」の常連作になってますね。

 

 

12.Word Of Mouth(1984 US#57)

 

 アリスタ時代のキンクスの最後のアルバムですね。前作が「カム・ダンシング」の大ヒットが出た作品だったのに、それを受けてのこのアルバムはランクが下がってしまいました。

 

 ただ、「内容が悪かったから」ではなく、単にレーベルからプッシュされなかっただけだったような気がします。実際、このアルバムを聴いてみると、前作でややポップかつオーヴァー・プロデュースになりつつあった部分を修正して、その数作前までにあったような豪快なロックンロール路線に転じています。特に「Do It Again」は、これ以降のキンクスのライブの定番曲にもなります。

 

 あと、しばらく歌ってなかったレイの犬猿の中の弟デイヴが、80年代はじめに出したソロ作の成功の影響もあってか、このアルバムから、ストーンズにおけるキース・リチャーズ枠みたいな感じで、常時歌いはじめるようにもなります。それから、悲しい話題としては、デイヴィス兄弟以外のオリジナル・メンバーだったドラムのミック・エイヴォリーがこのアルバムを最後に脱退してしまいます。

 

 

11.The Kinks(1964 UK#3,UK#29)

 

 記念すべきデビュー作で、全てのロックンロールの原点とでもいうべき「ユー・リアリー・ガット・ミー」が入っていることで価値が永遠に高いアルバムです。

 

 気持ちとしてはトップ10に入れたかったんですけど、ただ、このアルバム、オリジナル曲が少なく、カバー中心なのが残念なんですよねえ。「ユー・リアリー〜」の元ネタになったロックンロールの起源の代表曲、キングスメンの「ルイ・ルイ」のカバーがあったりするんですけど、キンクスの考案したキンキー・ビートの方が勝っているので、そこもあんまり魅力的に響かないと言うか。せめて「オール・デイ・アンド・オール・オブ・ザ・ナイト」が収録されていたらもう少し違った気がする(後にCDのボーナス・トラックで収録)んですけどね。60年代という時代は、特にイギリスでですけど、シングル曲をアルバムに入れない習慣があって、それゆえに損してるアルバムが多いんですよね。

 

 

番外編;レイ・デイヴィス・ソロ

 

 90年代半ばからソロになったレイは、それ以降、セルフ・カバーの3枚も含め、6枚(キンクス時代にも1枚)ソロを出しています。デイヴとの確執でキンクスとして活動出来なくなったオリジナル曲の3枚もランクの対象にしようかなとも思いましたが、デイヴを尊重して今回はやめておきました。ただ、その3枚のソロ、「Other People's Lives」(2006)、「Working Man's Cafe」(2007)、そして「Americana」(2017)はいずれも力作で、仮にランクをつけたらトップ10には入らなかったものの、12位くらいの位置にはつけれたような気がしてます。

 

 

author:沢田太陽, category:FromワーストTo ベスト, 13:21
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全オリジナル・アルバム FromワーストToベスト(第14回)チープ・トリック その2 10ー1位

どうも。

 

では

 

 

昨日に引き続き、fromワーストtoベスト、チープ・トリック、行きましょう。今日はいよいよトップ10です。

 

 

10.Bang,Zoom,Crazy,Hello(2016 US#36)

 

10位は、前作に当たりますね。「Bang Zoom Crazy Hello」。このアルバムは、彼らがロックの殿堂に入ったタイミングで出た作品でもあるので、非常に覚えやすい、印象に残りやすいリリースでしたね。その甲斐もあって、ビルボードでの最高位もかなり高いものになってもいました。

 

 これは、その前のアルバムから7年の時間をかけた作品で、その間に残念なこともありました。それはドラムのバーニー・カルロスが脱退したことですね。タイトなリズム刻むいいドラマーで、リック・ニールセンと共に「ブザイク担当」としてジャケ写上でも楽しませてくれた彼だけにすごく残念でした。後任にはリックの息子のダックス・ニールセンが入って、現在も彼です。

 

 

9.The Latest(2009 US#78)

 

 そして9位が、その「前作」というのにあたります「The Latest」。これがバーニーも含めたオリジナルの4人による、現状での最後のアルバムです。

 

 虫が知らせたというわけじゃないのかもしれませんが、このアルバムは「ポップ職人」としてのチープ・トリックの才覚が存分に発覚されたアルバムだったと思います。彼らって「ガレージ、ミディアム、ビートルズ・フレイヴァー」のバランスでアルバムができてる感じがあるんですけど、このアルバムではその「ビ_トルズ・フレイヴァー」、とりわけ中期のカラフルなポップ・テイストを強く感じさせる作風になっていますね。こう言う感覚は60sブリティッシュ・ロック・フリークのリックだから出して欲しい味というか、こう言うのアメリカのアーティストだと、とりわけ若いとなかなか出せませんからね。だから貴重かと。

 

 そうでありながらも、この中の「Sick Man Of Europe」という、彼らの昔のバンド名つけたガレージなロックンロールがステージでの定番になったり、「When The Lights Are Out」がグラムロックの雄、スレイドのカバーだったりと、ここでも”らしい”味を存分に出してもいます。

 

 

8.All Shook Up(1980 US#24)

 

 続いては遡って、1980年の「All Shook Up」。

 

これはいわゆる、彼らが70年代に築いた人気が崩れた作品として知られていて、そのせいで一部で「悪いアルバム」として解釈もされている作品でもあるんですけど、それは僕は誤解だと思います。

 

 だって、これ、本人たち的には、ビートルズのプロデューサーであるジョージ・マーティン、同じくエンジニアのジェフ・エメリックとできた仕事だったわけですから。とりわけ「ストップ・ディス・ゲーム」のオーケストレーションなんて、絶対やってみたかったでしょうからね。あれ、ロビンのシャウトの仕方で、ウィングスになるところがザ・フーになっちゃってますけど(笑)。後、「ワールズ・グレイテスト・ラヴァー」も「アボー・ロード」の頃のポールっぽいニュアンスだったりね。

 

 ここから先、数作は、作品ごとに大物プロデューサーで、そこで彼らが本来好きだった60sのブリティッシュ・ビートに沿ったロックンロールを好きに演奏してるのが爽快でいいんです。そしたら売れなくなっちゃって、エピックに目をつけられて、その後がたいへんでもあったんですけどね。ただ、このアルバム、残念なことに、ベースのトム・ピーターソンが疲労を理由に脱退し、それも彼らの勢いを落とすことにもなりました。トムは1988年に戻ってきて、今でもすごくオシャレさんな感じでカッコいいですけどね。

 

 

7.One On One(1982 US#39)

 

 そして、それがその次に出たアルバムです。こちらでは、クイーンとカーズをプロデュースしたロイ・トーマス・ベイカーのプロデュースです。

 

 ただ、メンバー、ベイカーのプロデュースはかなりスケジュールがギチギチだったダメに、すごく嫌だったと言ってますね。あと、2作続けて結構ラウドになってるアルバムなんですけど、バーニー・カルロスが言うには「うるさすぎ」とのこと。

 

 ただ、そうとはいえ、ロイ・トーマス・ベイカーです。彼らしい、タイトで、しかもしっかりとフックのあるポップで重厚なロックにしてあるところはさすがです。実際、ここから、甘美なバラードの「If You Want My Love」、シンセのフレーズ使ったロックの中でも屈指の名曲の「She;s Tight」の2曲はライブの定番にもなっていますからね。

 

 ただ、運の悪いことに、この頃って、チープ・トリックだけじゃなく、エアロスミスも、KISSも低迷期なんですよね。いわば「受難期」で、彼ら自身の音楽が必ずしも悪いわけではなかったのに、誤解を受けやすいサイクルに入ってしまったのは気の毒でしたけどね。

 

 

6.Next Position Please(1983 US#61)

 

 6位はその次の作品ですね。こちらはトッド・ラングレンのプロデュース。

 

トッドというと、プロデューサーとしては難しい人との印象も持たれがちですが、同年代のチープ・トリックとは非常にウマがあったそうです。同じ、ブリティッシュ・ビート・マニアでもありますからね。例えばギターの音もここでは、パワー・コードじゃなくて、ちょっとアコースティックな響きもあるエフェクターを使っているんですが、ここの趣味でもトッドとリックは非常にあったみたいですよ。

 

 僕的に聴いても今でも人気のシングル曲「I Can't Take It」を始め、彼らの最もルーツへの憧憬が出たアルバムだと思うし、実際、レコーディング中にはヤードバーズ・メドレーなるものもやったらしです。でも、あまりに楽しみすぎたがためにレコード会社の目について、それが理由で2曲を削られ、トッドが関与を拒否したカバー曲をつけたされるという悲劇を味わいました。そして、この後が昨日も言った「最悪の4枚」なんですけどね。でも、このアルバムに関しては、そうした憂き目にあってもなおも良い作品です。

 

 

5.Cheap Trick(1997 US#99)

 

別名「セルフ・タイトル・アゲイン」とも言います。そして、これこそが本当の「カムバック・アルバム」です!

 

 これはチープ・トリックが、80s半ばから失われ昔からの感覚をセルフ・プロデュースを行うことでやっと取り戻した作品ですね。11位に選んだこの前作も良いんですけど、あれがやはりどこか気張った作品でちょっと必要以上に重かったとの比べると、こちらの方が本来の軽快さが戻ってるし、曲調にも緩急のバラエティがあるし、加えて、この当時の90sのオルタナ系ギター・ロックのの現在進行形にも合致してますね。正直、このアルバムの中の曲の方が、あの当時売れてたジン・ブロッサムズとかよりもむしろいいくらいです。

 

 彼らはここから現在に至るまで、音楽の方向性の基本形が変わりません。その意味で「軸がはっきり固定されたアルバム」こそここだし、その再定義ができた意味で、非常に外せないアルバムになっていると思います。

 

 

4.Dream Police(1979 US#6)

 

 アメリカでの「アット・ブドーカン」逆輸入ヒットの余波を出された、スタジオ・アルバム最大のヒットですね。

 

 キャリア的にはホクホクのはずなんですが、アーティストとして置かれた状況は必ずしも良くなかったようです。というのも、プロデュースを担当したトム・ワーマンとの仲がここで悪化してるんですね。このアルバム、それを証明するように実はかなりとっちらかっています。キーボード加えた70sのザ・フー路線のタイトル曲をはじめ、彼らのバラードの最高傑作、本当に名曲です、「ヴォイシズ」、トム・ピーターソンの歌うパンキッシュな「I Know What I Want」、そしてこのアルバムの中でしばし目立つロング・ジャムの一つの「Gonna Raise Hell」。バラバラなんですけどね。

 

 でも、今言った曲はいずれも代表曲になっているし、混乱の中でさえ良い曲が出せているのがこの当時の彼らの調子を物語っています。

 

 

3.In Color(1977 US#73)

 

俗に言う「蒼ざめたハイウェイ」というヤツですね。セカンド・アルバムです。

 

ただ、ここからの曲があの「ライブ・アット・ブドーカン」に収められているので、今となっては、あのアルバムの方がうまく代用してるかもしれません。それは当の本人たちも同じような気持ちなのか、曰く「かなりポップに録音された」というこのアルバムを長きにわたり嫌っていたことでも知られています。

 

でも、代表曲でシングル・ヒットもした「甘い罠」を始め日本でヒットした「今夜は帰さない」を始め、70s後半の洋楽ロック・クラシックがギッシリ詰まっている意味で絶対外せないんですけどね、これ。

 

 ちなみにこのアルバム、90年代末に、スティーヴ・アルビニを迎え、再録してるんですね。ただ、これがオクラになって世に出なかったんですが、ネットで出回った温源聞くに、実はあんまり変わっていなかった、というオチもあります(笑)。

 

 

2.Cheap Trick(1977)

 

 当時より、後年評価の方が高いファーストですね。

 

 チープ・トリックって、「元祖グランジ」的な言われ方もしますけど、その理由が実はこのアルバムなんですね。ここでのギターのギシギシな音、これは同郷シカゴの後輩、スマッシング・パンプキンズの初期にも受け継がれていたりします。この感覚、プロデュースを務めたジャック・ダグラスが「ライブハウスで聴いた音」をかなり忠実に再現したらしいんですけど、こうしたアプローチはまだ早すぎたのか、この当時は売れず、ポップになったセカンド以降が、まず日本でウケて、アメリカに逆輸入されて大物になった、ということですね。

 

 でも、名曲目白押しですよ。特にA面からB面の頭にかけて。これと、1位のアルバムのA面を足せば完璧なアルバムですね。

 

 

1.Heaven Tonight(1978 US#48)

 

 俗に言う「天国の罠」。やっぱりこれが1位ですね。

 

 これは、あの「ブドーカン」の公演のタイミングで出たアルバムで、のちにロック・アンセムとして幾多のカバーが生まれた名曲「サレンダー」が新曲として紹介されています。

 

 このアルバムはファーストの勢いと、セカンドのポップさかげんで最高のブレンドを見せていて、そこに彼らが敬愛する60sのイギリスのカルトバンドでのちのELOの前身でもありますザ・ムーヴの「カリフォルニアマン」のカバーもあるというマニア性を見せている意味で、彼らがどういうバンドかを語る際に、最も説得力のあるアルバムなんですよね。それゆえに1位にせずにはいられない作品です。

 

 

裏1位 Live At Budokan(1978 US#4)

 

 

 やっぱり、オリジナル・アルバムで選んだところで、彼らの場合、これがないと始まりません。名作ライブ盤です。

 

 これはなんか、奇跡の上に成り立った名作ですね。この当時の日本の洋楽界の「世界に先駆けたスターを作ろう」という気概と、それを迎えるファンのライブでの熱気、まだライヴ盤がロックにとって、時に最高傑作にもなりうる存在だったもの、そして、のちにレジェンドにもなるチープ・トリック本人の音楽的成長期の最中。こうした要素が1点に集まった結果に生まれたものです。

 

 それにしてもすごいよなあ。今の常識だったら、2枚目の時点で、いくら日本でも人気が出かかっていた頃と言っても、78年の5月の時点で武道館なんて、まだありえないポジションだったんですよ、彼ら。かなり強引に実現したコンサートだったのに、それが伝説の一夜になったわけだからなあ。

 

author:沢田太陽, category:FromワーストTo ベスト, 12:16
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