RSS | ATOM | SEARCH
全オリジナル・アルバム FromワーストToベスト(第14回)チープ・トリック その2 10ー1位

どうも。

 

では

 

 

昨日に引き続き、fromワーストtoベスト、チープ・トリック、行きましょう。今日はいよいよトップ10です。

 

 

10.Bang,Zoom,Crazy,Hello(2016 US#36)

 

10位は、前作に当たりますね。「Bang Zoom Crazy Hello」。このアルバムは、彼らがロックの殿堂に入ったタイミングで出た作品でもあるので、非常に覚えやすい、印象に残りやすいリリースでしたね。その甲斐もあって、ビルボードでの最高位もかなり高いものになってもいました。

 

 これは、その前のアルバムから7年の時間をかけた作品で、その間に残念なこともありました。それはドラムのバーニー・カルロスが脱退したことですね。タイトなリズム刻むいいドラマーで、リック・ニールセンと共に「ブザイク担当」としてジャケ写上でも楽しませてくれた彼だけにすごく残念でした。後任にはリックの息子のダックス・ニールセンが入って、現在も彼です。

 

 

9.The Latest(2009 US#78)

 

 そして9位が、その「前作」というのにあたります「The Latest」。これがバーニーも含めたオリジナルの4人による、現状での最後のアルバムです。

 

 虫が知らせたというわけじゃないのかもしれませんが、このアルバムは「ポップ職人」としてのチープ・トリックの才覚が存分に発覚されたアルバムだったと思います。彼らって「ガレージ、ミディアム、ビートルズ・フレイヴァー」のバランスでアルバムができてる感じがあるんですけど、このアルバムではその「ビ_トルズ・フレイヴァー」、とりわけ中期のカラフルなポップ・テイストを強く感じさせる作風になっていますね。こう言う感覚は60sブリティッシュ・ロック・フリークのリックだから出して欲しい味というか、こう言うのアメリカのアーティストだと、とりわけ若いとなかなか出せませんからね。だから貴重かと。

 

 そうでありながらも、この中の「Sick Man Of Europe」という、彼らの昔のバンド名つけたガレージなロックンロールがステージでの定番になったり、「When The Lights Are Out」がグラムロックの雄、スレイドのカバーだったりと、ここでも”らしい”味を存分に出してもいます。

 

 

8.All Shook Up(1980 US#24)

 

 続いては遡って、1980年の「All Shook Up」。

 

これはいわゆる、彼らが70年代に築いた人気が崩れた作品として知られていて、そのせいで一部で「悪いアルバム」として解釈もされている作品でもあるんですけど、それは僕は誤解だと思います。

 

 だって、これ、本人たち的には、ビートルズのプロデューサーであるジョージ・マーティン、同じくエンジニアのジェフ・エメリックとできた仕事だったわけですから。とりわけ「ストップ・ディス・ゲーム」のオーケストレーションなんて、絶対やってみたかったでしょうからね。あれ、ロビンのシャウトの仕方で、ウィングスになるところがザ・フーになっちゃってますけど(笑)。後、「ワールズ・グレイテスト・ラヴァー」も「アボー・ロード」の頃のポールっぽいニュアンスだったりね。

 

 ここから先、数作は、作品ごとに大物プロデューサーで、そこで彼らが本来好きだった60sのブリティッシュ・ビートに沿ったロックンロールを好きに演奏してるのが爽快でいいんです。そしたら売れなくなっちゃって、エピックに目をつけられて、その後がたいへんでもあったんですけどね。ただ、このアルバム、残念なことに、ベースのトム・ピーターソンが疲労を理由に脱退し、それも彼らの勢いを落とすことにもなりました。トムは1988年に戻ってきて、今でもすごくオシャレさんな感じでカッコいいですけどね。

 

 

7.One On One(1982 US#39)

 

 そして、それがその次に出たアルバムです。こちらでは、クイーンとカーズをプロデュースしたロイ・トーマス・ベイカーのプロデュースです。

 

 ただ、メンバー、ベイカーのプロデュースはかなりスケジュールがギチギチだったダメに、すごく嫌だったと言ってますね。あと、2作続けて結構ラウドになってるアルバムなんですけど、バーニー・カルロスが言うには「うるさすぎ」とのこと。

 

 ただ、そうとはいえ、ロイ・トーマス・ベイカーです。彼らしい、タイトで、しかもしっかりとフックのあるポップで重厚なロックにしてあるところはさすがです。実際、ここから、甘美なバラードの「If You Want My Love」、シンセのフレーズ使ったロックの中でも屈指の名曲の「She;s Tight」の2曲はライブの定番にもなっていますからね。

 

 ただ、運の悪いことに、この頃って、チープ・トリックだけじゃなく、エアロスミスも、KISSも低迷期なんですよね。いわば「受難期」で、彼ら自身の音楽が必ずしも悪いわけではなかったのに、誤解を受けやすいサイクルに入ってしまったのは気の毒でしたけどね。

 

 

6.Next Position Please(1983 US#61)

 

 6位はその次の作品ですね。こちらはトッド・ラングレンのプロデュース。

 

トッドというと、プロデューサーとしては難しい人との印象も持たれがちですが、同年代のチープ・トリックとは非常にウマがあったそうです。同じ、ブリティッシュ・ビート・マニアでもありますからね。例えばギターの音もここでは、パワー・コードじゃなくて、ちょっとアコースティックな響きもあるエフェクターを使っているんですが、ここの趣味でもトッドとリックは非常にあったみたいですよ。

 

 僕的に聴いても今でも人気のシングル曲「I Can't Take It」を始め、彼らの最もルーツへの憧憬が出たアルバムだと思うし、実際、レコーディング中にはヤードバーズ・メドレーなるものもやったらしです。でも、あまりに楽しみすぎたがためにレコード会社の目について、それが理由で2曲を削られ、トッドが関与を拒否したカバー曲をつけたされるという悲劇を味わいました。そして、この後が昨日も言った「最悪の4枚」なんですけどね。でも、このアルバムに関しては、そうした憂き目にあってもなおも良い作品です。

 

 

5.Cheap Trick(1997 US#99)

 

別名「セルフ・タイトル・アゲイン」とも言います。そして、これこそが本当の「カムバック・アルバム」です!

 

 これはチープ・トリックが、80s半ばから失われ昔からの感覚をセルフ・プロデュースを行うことでやっと取り戻した作品ですね。11位に選んだこの前作も良いんですけど、あれがやはりどこか気張った作品でちょっと必要以上に重かったとの比べると、こちらの方が本来の軽快さが戻ってるし、曲調にも緩急のバラエティがあるし、加えて、この当時の90sのオルタナ系ギター・ロックのの現在進行形にも合致してますね。正直、このアルバムの中の曲の方が、あの当時売れてたジン・ブロッサムズとかよりもむしろいいくらいです。

 

 彼らはここから現在に至るまで、音楽の方向性の基本形が変わりません。その意味で「軸がはっきり固定されたアルバム」こそここだし、その再定義ができた意味で、非常に外せないアルバムになっていると思います。

 

 

4.Dream Police(1979 US#6)

 

 アメリカでの「アット・ブドーカン」逆輸入ヒットの余波を出された、スタジオ・アルバム最大のヒットですね。

 

 キャリア的にはホクホクのはずなんですが、アーティストとして置かれた状況は必ずしも良くなかったようです。というのも、プロデュースを担当したトム・ワーマンとの仲がここで悪化してるんですね。このアルバム、それを証明するように実はかなりとっちらかっています。キーボード加えた70sのザ・フー路線のタイトル曲をはじめ、彼らのバラードの最高傑作、本当に名曲です、「ヴォイシズ」、トム・ピーターソンの歌うパンキッシュな「I Know What I Want」、そしてこのアルバムの中でしばし目立つロング・ジャムの一つの「Gonna Raise Hell」。バラバラなんですけどね。

 

 でも、今言った曲はいずれも代表曲になっているし、混乱の中でさえ良い曲が出せているのがこの当時の彼らの調子を物語っています。

 

 

3.In Color(1977 US#73)

 

俗に言う「蒼ざめたハイウェイ」というヤツですね。セカンド・アルバムです。

 

ただ、ここからの曲があの「ライブ・アット・ブドーカン」に収められているので、今となっては、あのアルバムの方がうまく代用してるかもしれません。それは当の本人たちも同じような気持ちなのか、曰く「かなりポップに録音された」というこのアルバムを長きにわたり嫌っていたことでも知られています。

 

でも、代表曲でシングル・ヒットもした「甘い罠」を始め日本でヒットした「今夜は帰さない」を始め、70s後半の洋楽ロック・クラシックがギッシリ詰まっている意味で絶対外せないんですけどね、これ。

 

 ちなみにこのアルバム、90年代末に、スティーヴ・アルビニを迎え、再録してるんですね。ただ、これがオクラになって世に出なかったんですが、ネットで出回った温源聞くに、実はあんまり変わっていなかった、というオチもあります(笑)。

 

 

2.Cheap Trick(1977)

 

 当時より、後年評価の方が高いファーストですね。

 

 チープ・トリックって、「元祖グランジ」的な言われ方もしますけど、その理由が実はこのアルバムなんですね。ここでのギターのギシギシな音、これは同郷シカゴの後輩、スマッシング・パンプキンズの初期にも受け継がれていたりします。この感覚、プロデュースを務めたジャック・ダグラスが「ライブハウスで聴いた音」をかなり忠実に再現したらしいんですけど、こうしたアプローチはまだ早すぎたのか、この当時は売れず、ポップになったセカンド以降が、まず日本でウケて、アメリカに逆輸入されて大物になった、ということですね。

 

 でも、名曲目白押しですよ。特にA面からB面の頭にかけて。これと、1位のアルバムのA面を足せば完璧なアルバムですね。

 

 

1.Heaven Tonight(1978 US#48)

 

 俗に言う「天国の罠」。やっぱりこれが1位ですね。

 

 これは、あの「ブドーカン」の公演のタイミングで出たアルバムで、のちにロック・アンセムとして幾多のカバーが生まれた名曲「サレンダー」が新曲として紹介されています。

 

 このアルバムはファーストの勢いと、セカンドのポップさかげんで最高のブレンドを見せていて、そこに彼らが敬愛する60sのイギリスのカルトバンドでのちのELOの前身でもありますザ・ムーヴの「カリフォルニアマン」のカバーもあるというマニア性を見せている意味で、彼らがどういうバンドかを語る際に、最も説得力のあるアルバムなんですよね。それゆえに1位にせずにはいられない作品です。

 

 

裏1位 Live At Budokan(1978 US#4)

 

 

 やっぱり、オリジナル・アルバムで選んだところで、彼らの場合、これがないと始まりません。名作ライブ盤です。

 

 これはなんか、奇跡の上に成り立った名作ですね。この当時の日本の洋楽界の「世界に先駆けたスターを作ろう」という気概と、それを迎えるファンのライブでの熱気、まだライヴ盤がロックにとって、時に最高傑作にもなりうる存在だったもの、そして、のちにレジェンドにもなるチープ・トリック本人の音楽的成長期の最中。こうした要素が1点に集まった結果に生まれたものです。

 

 それにしてもすごいよなあ。今の常識だったら、2枚目の時点で、いくら日本でも人気が出かかっていた頃と言っても、78年の5月の時点で武道館なんて、まだありえないポジションだったんですよ、彼ら。かなり強引に実現したコンサートだったのに、それが伝説の一夜になったわけだからなあ。

 

author:沢田太陽, category:FromワーストTo ベスト, 12:16
comments(0), trackbacks(0), - -
全オリジナル・アルバム FromワーストToベスト(第14回)チープ・トリック その1 18ー11位

どうも。

 

 

先週に続いて、FromワーストToベスト、行きましょう。今回はこれです!

 

 

アメリカの愛すべきバンドにして、日本でも大事に愛されたバンドです。チープ・トリック、彼らで行きましょう。

 

チープ・トリックといえば最近

 

 

シンコー・ミュージックから、こういう本が出たばかりです。デビュー40周年本。実は僕も執筆に参加させていただいたりもしています。これ、今日出たんじゃなかったかな。

 

 

そんなチープ・トリックのアルバムを2回に分けて、あえていつものように順位をつけて紹介して行きましょう。まず、ワーストの18位はこちら!

 

 

18.Busted(1990 US#48)

 

チープ・トリックというバンドの場合、僕は特定期間だけがどうにも好きになれないんですが、それ以外はどれも好きです。ただ、「ワースト4」はいつも決まっているし、その中で1番嫌いなのがこのアルバムです。

 

これは、この前のアルバムがいわゆる「カムバック作」と言われているヤツなんですが、カムバックの仕方が今ひとつ悪かった上に、それよりひどいものになってしまったのがこれですね。もうね、なんか、いかにも周囲から「もう、君たちも40歳に成るんだから、音なのアルバムを作りなさい」と一方的に押し付けられた作品ですね。趣味の悪いアダルト・コンテンポラリーになっていて、「Whereever Would I Be」という、キャリア史上最悪のバラードまで歌わされています。あと、アレンジもいかにもエイティーズの悪いとこ、貼り付けたみたいで聴いてられません。これで彼らは、デビューから在籍したエピック・レコーズを去りますが、これではしょうがないですよね。よく我慢したと思います。

 

 

17.The Doctor(1986 US#115)

 

 1986年作のこれもひどいですね。デフ・レパードとの仕事で一般的に有名な、ロバート・ジョン・マット・ラング、ではなく、彼の弟子のトニー・プラットなる人がプロデュースしたアルバムですけど、「エイティーズ」という言葉で想像されうる悪趣味なズシーン、バシーン、ドラムにシンセがとにかく今聴くと違和感しかありません。曲はそんなに悪くないのですが、とにかくアレンジがひどすぎて。

 

 なお、この頃に彼らは映画「トップ・ガン」に「Mighty Wings」という曲を提供していて、これが実は今日に至るまでダウンロード人気が高かったりするんですが、せめて、あの曲だけでも入っていたらね。本人たちは「自分で作った曲でもないし」と言って、相手にしてないっぽいですけどね。

 

 

16.Standing On The Edge(1985 US#35)

 

 チープ・トリックにとって、これがよくない時代の始まりでしたね。彼らって、80年代前半は、周りの人たちがシンセとか、オーバーダブに走る中、彼らだけ昔ながらのシンプルなレコーディング・スタイルを続けていたのですが、レコード会社側からメスを入れられて、当時で言うところの「ナウでヤングな」音を押し付けられてしまいます。

 

 これは表面上は、彼らの発掘人でもあるジャック・ダグラス(エアロスミスの70sも彼です)のプロデュースなんですが、ダグラスにほとんど権限がなく、エンジニアのトニー・プラットが実権を握って、変なドラム・サウンドが始まってます。あと、ソングライティング・パートナーを外部からつけられ始めてもいます。

 

 せいぜい、「Tonight It's You」というミディアム曲がトップ40ヒット(MTVのチャートではトップ20入り)になったのだけが救いだったかな。

 

 

15.Lap Of Luxury(1988 US#16)

 

 これが世間で言うところのカムバック・アルバム。この中に入っていた「永遠の愛の炎(The Flame)」というパワー・バラードが全米1位になったので再注目されました。僕が本格的に彼らを聴き始めたのもその頃です。

 

 最初は、「いいじゃん」と思ってたんですよ。これが初めて買った彼らのアルバムだし。浪人してた時だったんですけど。だけど、大学入って、過去のカタログをCDで買うじゃないですか。そしたら、「昔の方が圧倒的にいいじゃん!」とか思うわけですよ(笑)。比較的、「The Flame」自体はそんなに嫌いじゃないんですけど、外部ソングライター主体の他の曲がイマイチで、後、エルヴィスの「Don't Be Cruel」のカバーも全米トップ10ヒットになるんですけど、このアレンジがまた大仰でひどくてね。ワースト・アルバムに選んだ「Busted」共々、リッチー・ズィトーってプロデューサーは嫌いです。

 

 ただ、それでもこの中の数少ない自作曲「Never Had A Lot To Lose」は昔ながらの彼ららしいいいロックンロールで、未だにライブの定番。これがあるから、最悪期のトップに選んだようなものです。

 

 

14.Special One(2003 US#128)

 

 以上の4枚を除くと、あとはもう嫌いなアルバムのない、僕の好きなチープ・トリックです(笑)、ここからは正直、嫌いなアルバムは1枚もありません。

 

 とりわけ、ワースト・アルバムより先は、彼らは何気に、頑固一徹の同じようなサウンドの職人ロックバンドになりますね。その不返ぶりと言ったら、実は何気にラモーンズとかAC/DCとタメ張るくらいに変わらないんじゃないかとさえ思うくらい。なので、とりわけ90年代後半以降、極めてランク付けにくいんです。

 

 その中で、あえて一番下にしたのが2003年のこのアルバム。別に悪くないんです。ただ、一連の「ガレージ、ミディアム、ビートルズ・フレイヴァー」の彼らの3拍子の中で、これが一番まったりしてるんですね。もうちょっと元気あってもいいかなと。まあ、「Busted」みたいな押し付けられた大人っぽさじゃなく、自分自身で選択した大人なロックのアルバムですけどね。

 

 

13.We're All Alright(2017 US#63)

 

 目下のところの最新作ですね。数ヶ月前に出たばかりです。

 

 この前のアルバムは7年ぶりのアルバムだったんですけど、これは僅か1年のインターバルで出されました。そういうこともあって、元気のあるところをアピールしたかったのか、過去にないくらいうるさいいロックンロール・アルバムになっています。でも、ちょっと行き過ぎ(笑)。もうちょっとバランス取っても良かったんじゃないかな、これ。ファースト・アルバムの時のような、ガレージ・ロック・アルバムですね。ロビンが高い声、出なくなってますけど、そのぶん、前からその傾向強かったんですけど、ザ・フーのロジャー・ダルトリーに歌い方、接近してきてます。

 

 あと、チープ・トリック・ファンにはおなじみの、60sのカルト・バンド、ザ・ムーヴのカバーを久しぶりにやってます。しかも最大ヒットの「Blackberry Way」。これが今回、ボーナス・トラック扱いなんですが、僕としてはメインで入れて欲しかったな。

 

 

12.Rockford(2006 US#101)

 

 2006年のアルバムですね。この頃、彼らは自主レーベルになって長くなってはいましたけど、このアルバム・タイトルは、彼らの地元、イリノイ州の中での拠点を指しています。

 

 これは終始一貫、彼らが良く呼ばれるところの「パワー・ポップ」を実践したアルバムで、そのジャンルにすごく思い入れのある人なら、もっと上位に入れたんじゃないかな。実際、ファン人気は高いですからね。もちろん僕も嫌いじゃないですが、もっと他に好きなアルバムがあるんでね。

 

 僕は中でも、先行シングルになったリンダ・ペリーとの共作曲の「Perfect Stranger」は好きですけどね。かつて4ノン・ブロンズ、そのあとは売れっ子ソングライターになった彼女との相性は良いと僕は思ったんですけど、特に進展はなかったですね。¥¥

 

 

 ただ、ここでロビンの変声期が本格的に始まっていて、声の調子が聴いてて辛くなるアルバムでもあります。

 

 

11.Woke Up With A Monster(1994 US#123)

 

 そして11位は、94年作の「Woke Up With A Monster」。

 

 このアルバムは、ワーナーに移籍しての第1弾で、メジャーでの最後のアルバムです。だからといってチャート順位がその後に悪くなったという話がないのは、アルバム名の横の最高位を見たらわかることなんですけどね。

 

 これはもう、エピック後期の「最悪の4枚」のフラストレ−ションを爆発させたというか、この当時のグランジ・ブームでの再評価も相まって、あの当時「グランジになった」とも紹介された、非常にアグレッシブでハードなアルバムでしたね。僕もあの当時、その気持ちが痛いほどよくわかって、すごく同情したものです。

 

 ただ、今聴くと、ちょっと過剰だったり、かったるかったりするんですけどね。あと、プロデューサーはベテランのテッド・テンプルマンじゃなくて、あの当時のオルタナな人脈でやったほうが良かったと思うんですけどね。でも、いいんです。内容以上に、あの当時の本人たちのスーッと晴れた気分は今でもストレートに伝わるアルバムなのでね。

 

 

 

 

 

 

author:沢田太陽, category:FromワーストTo ベスト, 11:41
comments(0), trackbacks(0), - -
全オリジナル・アルバム From ワースト To ベスト (第13回)アリス・クーパー 何でもやった約50年 その2 10−1位 

どうも。

 

では、昨日の続きで

 

 

FromワーストToベスト、アリス・クーパーの第2回、いきましょう。いよいよトップ10です。

 

 

10.Trash(1989US#20UK#2)

 

From10位は1989年作の「Trash」。一般にアリスのカムバック作と見られている作品ですね。ボン・ジョヴィの制作チームがポップなメタルで復活させた作品です。今の30、40代にとってはこのアルバムからすごくヒットした「ポイズン」って曲のイメージが強いものです。

 

 あの当時、正直言って嫌いだったんですよ。なんで、あんなポップ・メタルに、こんなダミ声の男が熱唱しなきゃならないんだ、と過去を知らない僕は思ったものでした。ただ、今回聴き直してですね、実は曲もプロデュースもかなりしっかり作ってあったことに気がついて、それで順位を予定よりだいぶあげたんですよね。やっぱり、楽曲とプロデュースのクオリティでこれは評価されるだけのものはあったなと。昨日、最下位に選んだ、最悪のメタルの例を知っただけになおさらでした。

 

でも、やっぱりこれが彼の本筋ではないですよ。

 

9.From The Inside(1978 US#68 UK#60)

 

でも、70年代後半の、AOR期のアリスならこれが最高です。上の9分割の左下です。プロデュースになんと、デヴィッド・フォスターですよ!あのアリス・クーパーが、フォスターの奏でるメジャー・セヴンスのキーボードのコードに乗って歌うなんて想像出来ますか(笑)?でも、これはそれを実際にやりきった作品で、ものすごく違和感あるんですけど、それがなんか心地よく聞こえるすごく良い意味で変なアルバムです。

 

ここからは「How You Gonna See Me Now」という、これまたバラードがヒットしまして、アルバム4枚連続でバラードがヒットするという、珍しい記録を彼は作りました。

 

 

8.Flush The Fashion(1980 US#44UK#56)

 

 そのAOR期最高のアルバムの直後は、ニュー・ウェイヴ期最高のアルバムです。本当に振れ幅すごいよなあ。まあ、それが1980年代直前という時代でもありますけどね。

 

 このアルバムは、シンセを大胆に使った、エレ・ポップといえばそうなんですけど、まだハードロックのギターは効果的に生かした折衷作だったんですけど、このくらいの軽いエレクトロの使用くらいの方が彼には合います。この中での出色の出来は、アタックのシンセ大活躍の「(We Are All Cones)」。これ、プロデュースがロイ・トーマス・ベイカーなんですよね。一般にクイーンで有名な人ではありますが、カーズでも当てた人です。ここでのプロデュースも、もう思いっきりカーズです。

 

 これは今でもステージでやってほしいな。

 

 

7.Eyes Of Alice Cooper(2003 IS#184UK#112)

 

アリス・クーパーの復活撃は世にも知られたことですが、こと音楽に関して言うと、やっぱり僕としてはメタルブームに便乗しての復活よりも、70年代の黄金期のようなサウンドでこそ復活して欲しかったです。

 

 で、それが実現したのが2003年のこのアルバムですね。もう、この頃のアリスはインディだし、注目は同時代でほとんどされていなかったのですが、どうやらその間に、70s的なソリッドな音作りのギターにいつの間にか回帰してたんですね!そしたら、これが良くて、彼がどんどん復活しはじめるんです!

 

 昨日も言ったように、ミレニアムにさしかかった頃のアリスはちょっと借り物っぽい感じがして不自然だったんですけど、ここでの余計な贅沢を落とした小気味よいロックンロールこそ、本来彼が必要としていたものなんじゃないかとおもいます。これ、音を聴いた感じ、この当時すごく流行ってたポップ・パンクと、ストロークス世代のガレージ・ロック・リバイバル。この2つの両方に影響を受けてたのではないか。そう思える作品です。

 

 

6.Dirty Diamonds(2005 US#169 UK#89)

 

 2000年代以降の作品で最高傑作はこれですね。というか、1976年以降でもこれが最高だと思います。サウンドは完全に70sの全盛期のガレージ〜ハードロック・スタイルで、ほとんどリフという構成もいいですね。その意味では7位の作品の延長線上にはあるんですけど、ここで光るのはアリスがジョニー・キャッシュみたいな、ダークで枯れたカントリー・テイストの曲をやってるんですね。これはさすがに、50代以降になったからこそ出来る曲です。これ以降にこういう曲がないんですけど、もっと生かせば良いのにね。

 

 最高位こそ高くないアルバムですが、これ以降にチャート実績がグンと上がっていることを考えると、ここがやはり起爆にはなっていると思いますね。このアルバムは、上の写真の右下です。

 

 

5.School's Out(1972 US#2 UK#5)

 

 いろんなことを長きに渡ってやってきたアリスですが、上位5枚はやっぱり70s前半の全盛期からですね。

 

 まず5位は、タイトル曲の知名度ならナンバーワンのアルバムですね。上のジャケ写真で1段目の中央です。でも、なんで5位なのかというと、実はタイトル曲以外が強くないアルバムだからです(笑)。いろいろバラエティに富んで作ってはあるんですが、多様性に頭が行き過ぎちゃったか、曲そのものの力が強くないんですよね。

 

 でも、それでもタイトル曲の力強さとオーラはやっぱりキャリア史上屈指ですけどね。キッズたちの心の暗部にあるものを呼び起こす感じとかね。これは永遠のロックンロールのキッズ・アンセムになり続けています。

 

 

4.Love It To Death(1971 US#35)

 

 3枚目のアルバムにして、記念すべき初ブレイク作ですね。2段めの左。

 

最初の2枚がアヴァンギャルドなサイケ・アルバムで商業的にさっぱりだったところを、このアルバムではストレートなリフ主体のロックンロールになっていて、それが功を奏しました。そして、「ティーンのアンセムを書く」という、全盛期の時代のコンセプトが芽生えはじめた頃で「I'm Eighteen」といった名曲も生まれます。

 

 ただ、思うにこの頃のアリス、まだ脳裏にはグラムだの、ハードロックだのの意識、なかったんじゃないかとも思うんですよね。彼は出身はミシガン州デトロイトですが、そこで彼が駆け出しの頃に話題と言えばMC5にストゥージズですよ。ちょっと遅れてそうした地元のガレージ・ロックに続いたかな。あと、まだこの頃はブラック・サバスはもう世に出て来てますけど、1年遅れで悪魔はやったんですけど、これはどっちかというとストーンズのスタイルだったから、ハードロックでが分類できない難しさはありますね。グラミの方でイギリスのファンが共鳴したのはわかる気がします。

 

 

3.Welcome To My Nightmare(1975)US#27 UK#23)

 

 これもまぎれもなく代表作ですね。写真の2段めの右です。

 

 1975年というと、グラム・ロックはもう終わっていますが、もともとそうしたシーンとは関係ないとかから出て来たアリスは、「悪夢」をテーマとしたコンセプト・アルバムを作ることによって、世界観をよりトータルに広げ、音楽的にも多様な実りを見せます。これがむしろ、「アメリカン・ハードロック/ヘヴィ・メタルの初期のパイオニア」になったのも非常によくわかります。ちょうどこの頃はもう、キッスやエアロスミスがアメリカの次の有望なハードロック・バンドとして出て来ている頃ですが、このグレードのものはまだ当時の彼らには作れていなかった。そうしたことで先輩としての意地は見せた作品にもなってると思います。

 

 あと、ここから「パワー・バラードのアリス」というか、今後、必ず1曲入るようになるスローな楽曲がここから生まれてますね。「Only Women Bleed」。ここからしばらく、彼はバラード・キングにもなります。

 

 

2.Killer(1971 US#21)

 

 これも傑作ですね。1段目の右上の蛇のジャケ写。このコブラが彼のトレードマークにもなっていきます。

 

 これは、こと、ロックンロール的な観点でいくと抜群に一番ですね。ここからボブ・エズリンの単独プロデュースになるわけですけど、彼自身がここで培った能力がこのあとキッスにも生かされていくことにもなります。

 

 ここはとにかく代表曲が多い。「Be My Lover」「Under The Wheel」「Desperado」。いずれもこの当時のアメリカン・ロックンロール・アンセムです。このあたりの曲だと、ハードロックだけじゃなく、パンクの人でもルーツにしうる明快なストレートさがあります。

 

 

1.Billion Dollar Babies(1973 US#1UK#4)

 

 

1位はやっぱり、これでしょう!アリス自身の最盛と、時代のニーズが合致した最高傑作ですね。

 

 このアルバムは前作「スクールズ・アウト」が1曲に集中して表現していたものをアルバム全体にちゃんと拡大することが出来たことで非常に完成度の高いものになっていますね。ロックンロールとして最高級のものを作りつつ、サウンドにも多様性と奥行きがあり、歌詞も「Elected」「No More Mr Nice Guy」に見られるような諧謔精神とアイロニーが見えるものになっているし。これが、ロンドンからボウイの「ジギー・スターダスト」が鳴ってる中、アメリカから出て来たというのは非常に興味深いです。ボウイみたいな神秘性やアート性には及ばないものの、その分、こちらにはアメリカンらしいエンタメ性と、ウイットにとんだひらめきがあるというかね。

 

 あと、アメリカの事情で見ても、イギリスものじゃない国産のハードロックがしっかりと根を下ろすようになったのも、やっぱりこのアルバムぐらいからじゃないのかな、とは思いますね。 

 

 

 ・・といった感じでしょうか。

 

 次回は、来週、早速やります。ちょっと、ロックっぽいヤツが続きますけどね。既にオクラにしたヤツが昨日も言ったサバスも含め、実は3つあるんですけどね。

 

 

author:沢田太陽, category:FromワーストTo ベスト, 08:07
comments(0), trackbacks(0), - -
全オリジナル・アルバム From ワースト To ベスト (第13回)アリス・クーパー 何でもやった約50年 その1 27−11位 

どうも。

 

あいだがかなり空いてしまいましたが、今日はこれ行きましょう。

 

今回が一番マニアックです。これです!

 

 

元祖ショック・ロッカーこと、アリス・クーパーで行きます。

 

実は一昨日のポストが伏線だったんですね(笑)。7月以降、僕は世界でヒットした主要なアルバムの順位をエクセルに記録して補完する妙な習慣をはじめたんですけど(笑)、そこでですね、アリス・クーパーの新作がですね、イギリス、オーストラリア、ドイツ、スウェーデンでトップ10入りした姿を見て、驚いたんですね。で、その新作そのものも僕は、特に新しさがあったわけではなかったものの、「こういう素朴なハードロックいいなあ」と素直に感動したんですね。

 

 

 で、13回目でしょ?本当は予定、ブラック・サバスだったんです。やっぱ悪魔の数字なんで(笑)。ただ、とはいえ、今、サバスであんまり話題性がないし、僕がこれまでやってきたこの企画の中では群抜いてメタルでしょ?僕自身はサバス大好きなので問題はなかったんですけど、でも、やったところでオジー礼賛だけにしかならないしなあ・・とおもって、二の足踏んでたら、出来なくなっていたんです(苦笑)。

 

 で、勢いでアリス・クーパーのファーストから最新作までを全部聴いてみたところ

 

なんか、いろいろやり過ぎで、面白いなこのオッサン!

 

 とおもって、「紹介するの、今回アリだな」とおもってやることにしました。

 

 

 とはいえ、27枚もあって大変なんですが、なるべく奇蹟をわかりやすく紹介したいかなとおもいます。

 

 

ではワーストから。

 

 

26.Constrictor(1986US#59UK#41)&Raise Your Fist &Yell(1987 US#72UK#48)

 

ワーストは2枚あります。1986年の「Constrictor」と翌年の「Raise Your Fist&Yell」です。

 

これは70年代のアメリカでのグラムロックスターだったアリスが80年代の空前のメタル・ブームに乗って復活しようとしたアルバムですけど、いかんせん、これがひどいのなんの!音が今聴いても、いや、当時の耳でもすっごく安っぽくてですね。さらにひどいのはギタリストね。アリスが歌ってる最中から、これ見よがしの「ピュー!」「グォオオン」みたいなオカズをやたら入れたがって、曲を聴かせるのを邪魔するんですよね。これ、ホント無惨です。このあとアリスはメタル復活第2弾を別のプロダクション・チームと行ないますが、そうなっても仕方がない内容です。

 

 

24Lace&Whisky(1977 US#42UK#33)

 

 続いては77年作の「lace&Whisky」。ここでは、70年代前半までのグラム〜ハードロックのブームが世代交代になり、キッスとかエアロスミスが出て来るのを横目に、アイディアの尽きた観もあったアリスが、アダルト・コンテンポラリーに走った一作です。ハードロックだとダミ声で歌う彼が、ここでは朗々とした美声でバラードを歌い上げています。この中の「YOU&ME」という曲は全米チャートでトップ10に入るヒットになっているんですが、実はこの時点で、アルバム3枚連続で続いたバラード・ヒットでもありました。

 

 

23.Zipper Catches Skin(1982)

 

 80年代前半はニュー・ウェイヴ期のアリスでした。その路線で彼、4枚アルバムを作っているんですが、その中の3枚目。前作まではいい感じだったんですけど、ここで疲れちゃったか、かなりテキトーな方向性の見えない作品を作ってしまいました。この頃、アリスのドラッグの状態がかなりピークに近いくらい悪かったのも事実ですけど。チャート実績を書いていないのは、ホントにヒットしなかったからです。

 

 

23.Brutal Planet(2000 US#193 UK#38 )

 

この当時で6年ぶりとなった2000年のアルバムです。この当時、彼が影響を与えたマリリン・マンソンがインダストリアル・ロックで売れていたので、それに便乗してます。この当時、インダストリアルも含めたニュー・メタルの全盛だったので、その選択は一見正しいようにも見えました。ただ、当のアリス先生がどうも楽しそうじゃないんですね、このアルバム。たしかに、アレンジから何から完全に外部の人が持ち込んだものでしたからね。その「借り物感」が本人的にもイヤだったんじゃないかな。

 

 

22.Hey Stupid(1991 US#47 UK#4)

 

1991年、前作のメタル復活計画第2弾が大成功した後に出されたアルバムですね。その前のアルバムでは、ボン・ジョヴィの制作チームとの共作でしたけど、今回は組むプロデューサーを超えて臨んだものです。重低音の安定感、曲を聴かせる力のあるソングライターもついて。そう考えると成功しているかのようにも見えるんですがかねてから「ボンジョヴィは甘口すぎる」との批判もあがっていたんですけど、昨今、この当時の流行りのメタルの音を聞き返してもはずかしいですか。

 

 

21.The Last Temptation(1994 US#68 UK#6)

 

その次のアルバムですね。もう、メタル・ブームも去り、次の波をどう生き残るかがカギだったんですけどね。

 

 このアルバムではサウンドガーデンのクリス・コーネルがバックシンガーをつとめるなど、グランジに対応したアルバムだったんですけど、同時にエアロスミスの「ゲット・ア・グリップ」を手がけたソングライティング・チームなどが参加しているために、なんか全体がすごくエアロスミス的というか、その2番煎じな感じが否めないんですよね。

 

 

20.Dragontown(2001 US#197 UK#87)

 

 23 位のアルバムの続編です。ただ、前作でのインダストリアル路線のウケが良くなかったこともあり、チャートはもうランクインするのでやっと、という、ちょっとその後の活動に暗雲が高まる感じですね。

 

 アリス本人、やっぱり借り物のインダストリアル(といっても、そこまでバルバリなインダストリアルでもない)にどうしても慣れないのか、みずから70年代時の黄金期にタッグを組んでプロデュースをつとめたボブ・エズリンと久々の共演がついています。やっぱり、「自分が慣れた表現のものじゃないと気持ち悪い」と言う感覚はやっぱり生きてたんですかね。

 

 

19.Pretties For You(1969 US#193)

 

 続いて紹介するのが、なんとデビュー作です!アリスは1969年にデビューしてて、その頃はしばらくは「アリスの名前を生かした5人組バンド」だったんですけどね。

 

 ただ、この当時、彼、ハードロックでもなんでもなかったんですよね。ギターのかき鳴らしは激しいんですけど、すごくアヴァンギャルドなタイプのサイケデリック・アルバムで、ハッキリ言って曲がメチャクチャ覚えにくいです。それもそのはず、これ、もともと、フランク・ザッパのレーベルからデビューしたわけですからね。その時点で、まともなことはかなり控えるはずです。

 

 60年代のサイケ盤なので、根本的に曲が一筋縄ではいかない感じなのがねえ。

 

 

18.Easy Action(1970)

 

 デビュー作よりはだいぶ聴きやすくはなったものの、まだサイケ路線ですね。ときおり、後のアリスらしいロックンロールも顔を除かせはするんですけどね。あと、このアルバムはジャケのセンスの悪さもなかなかのものがあります。

 

 このセカンドはチャート実績も全然あげられなかったことで次作に勝負がかかることになったんですけど、これの次から才能を開花させて行きます。

 

 

17.Along Came A Spider(2008 US#53UK#31)

 

 この前2作で感覚的に復活して、70sの黄金期に近い音を鳴らすようになって自信を持ったんでしょう。これは70sの頃のような、シリアル・キラーを題材にしたコンセプト・アルバム。ただ、シアトリカルに戻ったせいだったのか、前2作で鳴らしてなかったギター・ソロを戻してしまい、ソリッドな感じが後退したのはちょっと残念だったかな。ただ、前2作の評判と、彼らしいコンセプト・アルバムの制作と言う話題性で、チャート的には後押しにはなったようですね。

 

 

16.Welcome 2 My Nightmare(2011 US#22)

 

 これが前作ですね。これは70sのときのプロデューサー、ボブ・エズリンが本格的にアルバム1枚プロデュースするにあたって、1975年のアリスの代表作「ウェルカム・トゥ・マイ・ナイトメア」の続編を作ろうと言うことになって出来たアルバムです。その話題性が効いたかアメリカでは22位まで上がる久々のヒットとなりました。

 

 これ、意気込みはすごくわかるし、それゆえのディスコ・チューンやらバラード、そして驚きのケシャとのデュエット(意外といいんだ、これ)にまでつながったと思うんですが、「過去最大のバラエティ作」にいつの間にかテーマがすり替わっていて、「前作を上回る悪夢」がどこかに消えてしまったのが問題です(笑)。まあ、前向きにサービス精神見せただけ評価しますけどね。

 

 

15.Dada(1983 UK#93)

 

 ニュー・ウェイヴ期最後のアルバムはコンセプト・アルバムですね。このアルバムはですね、1990年だったかな。ワーナーが彼の過去作をCD化した際、「日本初音源化」という名のもとに売って、子供心に「おお、レアだ!」と興奮したのを覚えてます。

 

 これ、たしかにしっかりと作られてはいて、ファンのあいだでは「幻の名作」として語られ、こういうチャートでも上位に入ることが少なくないんですが、いかんせん、当時のアリスが完全にドラッグにハマってて、作ったこと覚えてない作品なんですね、これ(苦笑)。ライブでも1曲も披露されたことがありません。僕、ライブでやる頻度は重視するので、そこがマイナス点になってこの順位です。

 

 

14.Special Forces(1981 US#125UK#96)

 

 同じニュー・ウェイヴ・アルバムなら、その路線の2枚目のこっちの方が好きですね。その路線で、もっとも本格的にニュー・ウェイヴになってて、イギー・ポップの「イディオット」みたいな感じもあってカッコいいです。ただ、若干、他の彼のアルバムの中では浮いてて、そのせいで人気はないですね。もうちょっとギター・ロックがあるくらいが一番バランスは良いんでしょうね、彼の場合。

 

 

13.Paranormal(2017 US#32UK#6)

 

 目下のところの最新作。16位の前作から6年ぶりのアルバムです。基本、2003年のアルバム以降は全盛期の頃の70sスタイルの音作りなので、これも外してません。僕が「昔ながらのシンプルなハードロックでかっこいいじゃないか」と思ってはみたものの、その路線で既に5枚目だったことを考えると、マメなチェックって必要だな、過去に実績のあるアーティストの現在の作品を「余生」的な扱いには決して出来なくなったんだな、と改めて思いました。これが10年ひと昔前だったら、「今の旬なアーティスト王だけで手一杯だよ」となってたんですけど、ストリーミング・カルチャーの利点のひとつですね。そういうのがあるから、このチャート実績なんだとも思うし。

 

 トップ10に入れるまではしなかったものの、敬意を評して彼らしい”13”の順位にしておきましょう。

 

 

12.Muscle Of Love(1974 US#10UK#36)

 

これはまだアリスが、グラム〜ハードロックの頂点にいた頃の作品ですね。通常、その勢いで上位につける作品です。ただ、これ、その前2つのキャリア史上の最大ヒット作がコンセプトを持ったバラエティに富んだ作品だったのでシンプルに作ろうとしたのはわかるんですけど、シンプルすぎて味がプレインになってしまったアルバムですね(笑)。この人、振れ幅が極端な人なのが、キャリアを全編追うとわかって結構楽しいですよ。

 

 

11.Alice Cooper Goes To Hell(1976 US#27UK#23)

 

 これは先ほどの触れた代表作「Welcome To My Nightmare」の次に、同じようなコンセプトで作ったアルバムですね。通常、そうした、「前作の延長線上」というアルバムは得てして評判良くないのですが、これの場合は、彼がこの当時、ディスコ、ファンクものにも少し乗ろうとした好奇心を買って、この順位にしました。

 

 あと、ここからこの前のアルバムに続いてバラード「I Never Cry(邦題「俺は泣かない」)」が全米チャートの12位まであがるヒットになり、この頃の彼のAOR路線を築くことにもなります。

 

 

author:沢田太陽, category:FromワーストTo ベスト, 12:12
comments(0), trackbacks(0), - -
全オリジナル・アルバム From ワースト To ベスト (第12回)フリートウッド・マック その2 10〜1位 

どうも。

 

では

 

 

FromワーストToベスト、その第12回目、フリートウッド・マックの、いよいよトップ10に行きましょう。こんな感じです。

 

 

10.Say You Will(2003 US#3,UK#6)

 

10位は、現時点で彼らの最後のオリジナル・アルバムである「Say You Will」が入りました。

 

このアルバムは97年の黄金ラインナップ再結成ライブとなった「ザ・ダンス」でせっかくフリートウッド、マクヴィー、クリスティーン、リンジー、スティーヴィーの5人が揃ったかと思ったら、クリスティーンが引退状態で退いたことで4人で制作することになったアルバムですね。

 

 たしかにクリスティーンの不在は寂しいんですけど、「せっかくこうやってまた集まったんだから」という気合いは感じさせるアルバムで、ケミストリーはしっかり感じさせてくれるアルバムです。今回の場合は、もとが自身のソロ・アルバム用の曲だったリンジーより、とりわけスティーヴィーの方に気合いを感じますね。彼女って、これまでヒット曲そのものはマックでも多かったんだけど、実はアルバムで提供して自ら歌う曲ってだいたい2、3曲だったんですよね。それが今回は自己最多の7曲で貢献してます。2枚組の「タスク」のときでさえ5曲だったんですけどね。

 

 彼女って、ソロでマックに近い成功を収めているために、「別にソロがあるから生きて行けるんじゃん?」と思われがちなんですけど、実なソロで成功しててもそれを理由にしてマックをやめるような考えが一切なかった人なんですね。90年代の頭に一回抜けたのも、自分の渾身の一曲をアルバム収録の時点では外されたから、それを自分のソロのベスト盤に入れたかったのに、ミック・フリートウッドがマックのボックスセットに売り上げ欲しさのために強引に入れたのに腹を立ててやめたとかですからね。ヒットがどのアRYバムからも出ているのにも関わらず、これまで不当に低い扱いをされてきたスティーヴィーが、バンドの結束のためにここまで積極的に動いた。なんかぼくはそれがすごく嬉しかったんですよね。

 

 そして、それに伴うツアーでも全盛期に劣らぬ才人集団ぶりを改めてアピールしたことでバンドのステータスが現在に至るまで全く落ちていない。その意味でも、このアルバム、評価出来るんですよね。

 

 

閑話休題 その2 リンジーとスティーヴィー 

 

 フリートウッド・マックが現在みたいな巨大な存在になったのは、1975年に加入したリンジー・バッキンガムとスティーヴィー・ニックスの2人がやはり大きいです。この2人は元々バッキンガム&ニックスというデュオで活動していた元恋人同士なんですけど、そうしたロマティックな要素がバンドのストーリー性を生んでいたこともあるんですけど、それ以上に音楽的に大きかったですね。

 

 両方ともフォーク/カントリー系の出身だったことが、イギリスから出て来てアメリカで成功したかったマックにはまず渡りに船。リンジーはバンジョーの名人ということもあり、一弦一弦の振動からサウンドをクリエイトできる人だし、おじいちゃんがカントリー・シンガーだったスティーヴィーはカントリー特有の歌詞の物語性やハーモニーをマックに取り込んだ。ついでにゆうと、あのヒラヒラのケバ目のロングドレス、あれもカントリー流儀です(笑)。ロレッタ・リンとかドリー・パートン直系の。

 

 で、この2人はキャリアを続けて行く上でそれだけじゃないことも証明して行くからそこもまたアーティストとして面白いんです。

 

 

9.Bare Trees(1972 US#70)

 

ダニー・カーワン、ボブ・ウェルチ、クリスティーン・マクヴィーの3頭体制での2枚目にして最後のアルバムですね。

 

このアルバムですが、ダニーの曲を主体にしながらも、ボブ・ウェルチが「センチメンタル・レイディ」、クリスティーンが「Spare Me A Little Of Your Love」と代表曲を出したことで注目されます。特に前者はボブがソロになった1977年にヒットし、後者もカバー・ヒットしたりもしたので、このアルバム、70s後半のマック・ブームが到来した際に再ヒットし、100万枚のセールスでプラチナ・レコードにもなっています。

 

このアルバムでもカーワンはシンガーソンフライター的特性と、力強いブルーズ系ギタリストとしての器用な技を繰り出しているんですけど、この当時私生活なアル中でボロボロで、メンバーとのコミュニケーションは取れないわ、奇行は目立つはで、ライブはすっぽかすわで、メイン・フロントマンだったにもかかわらず、ミック・フリートウッドからクビにされてしまい、マックにまたもドラマがもたらされてしまいます。

 

 

8.Mystery To Me(1973 US#67)

 

 黄金期マック以前の、これも人気アルバムですね。1973年に発表した2つのアルバムの2枚目です。

 

これはボブ・ウェルチとクリスティーンの2頭体制での2枚目ですが、ここでボブ・ウェルチがフロントマンとして随分逞しく一本立ちしてるんですね。彼はスモーキーのささやくような声がトレードマークなんですけど、そのアンニュな感じを活かしながら、アーバンに洒落て、かつブルージーで骨太な曲も歌い、マックの音楽的方向性を黄金期の方向に限りなく近づけて行きます。この中の彼の最大の代表曲「Hypnotized」は彼の脱退後もマックのライヴで歌われ続けていた曲です。

 

 あとクリスティーンも「Why」をはじめ、後の名ソングライターとしてのポテンシャルを高めていた頃です。彼らはちょうどこの頃にアメリカの音楽番組にライブでのテレビ出演もしているため、この当時の映像がYouTube上でかなり見れます。アメリカへのプロモーションをかなりこれでかけはじめていたことがわかります。

 

 ただですね。ここでもドラマがたくさんなんですよね。この前のアルバムからギターで参加していたボブ・ウェストンがミック・フリートウッドの奥さんと不倫してバンドを追い出され、さらにジョンとクリスティーンの夫婦仲があやしくなりはじめます。さらにマネージャーがミックとクリスティーン以外をクビにして申請フリートウッド・マックを売り出そうと画策したりもして。本当に考えられないことが多いんですよね、このバンド。

 

 

7.Heroes Are Hard To Find(1974 US#33)

 

 売れる前は変なジャケ写が多いことで有名だったマックですが、これも最高に変です。上の9分割の右上のヤツです。何の意味があるんだか。

 

 これは、マックが本格的にアメリカに活動拠点も移して、本格的にブレイクを狙った作品です。そういうこともあり、クリスティーンによるアルバムのタイトル曲がニューオーリーンズ・ファンクっぽいリズムだったり、同じく彼女の「Come A Little Bit Closer」がこれまでにないゴージャスなストリングスが入るなど、作りが大きくなった作品です。ウェルチのフロントマンぶりも堂に入ったものになっていて、「もう、このまま行っても、売れるのは時間の問題」くらいな感じになっていました。

 

 ところが、そんな矢先にウェルチが脱退してしまうんですね。理由はツアーでの疲弊と、奥さんとの仲が悪化したものだったようです。せっかくバンドの危機を支えた存在だったのに、その苦労が報われる前に脱退しちゃう、悲運のメンバーですけどね。ウェルチは、この後もミック・フリートウッドのマネージメントのもとでソロをやって、マックの現象的ブレイクの1977年にソロでそこそこ売れて「センチメンタル・レイディ」のセルフカバーでヒットを飛ばします。ただ、あまり恩恵を受けないまま2012年に亡くなっています。

 

 

6.Mirage(1982 US#1 UK#5)

 

 ここまで、黄金ラインナップになってからの作品5枚が出て来ていませんでしたが、やっぱ6枚中5枚がそれです(笑)。で、その中で一番下にしたのが、この「ミラージュ」ですね。僕はリアルタイムでの最初のマックがこれなので思い入れはあるんですが、客観的に判断して、これが一番印象には残らないかな。

 

 この直前のタイミングでスティーヴィーとリンジーがソロ・アルバムを発表し、スティーヴィーはアルバムが1位で「エッジ・オブ・セブンティーン」を¥はじめシングルヒットも連発と、本家マックに負けない売れっぷりで、リンジーはシングルの「トラブル」が全米トップ10のヒットになりましたね。ということもあり、華のあるフロントが忙しくなりはじめるタイミングでのこのアルバム。その中でメンバーも気を使ったのか、すごく「マックらしい」曲が用意された、ファンなら満足しそうなアルバムです。ただ、言い換えればすごく「無難」なアルバムでもあります。僕からしたら、「ちょっと曲を置きに行ったかな」という印象です。シングル・ヒットしたクリスティーンとリンジーのハーモニーによる「ホールド・ミー」とかスティーヴィーの「ジプシー」とか、良いんですけどね。

 

 

閑話休題 その3 黄金フロント3人のソロ

 

 この「ミラージュ」が出た後も、メンバーのソロ活動は活発化します。スティーヴィーは80年代までに4枚のアルバムを発表して、これがことごとくヒット。サウンドもシンセを導入してマックにはないかなり攻めたポップ・サウンドを見せます。また、リンジーの方は相変わらずソロだと売れないんですが、1984年の「ゴー・インセイン」はシングルでそこそこヒットして、同じ名前のアルバムアルバムも、前々から見せていたニュー・ウェイヴ化に成功して音楽の幅を広げます。このリンジーのこの曲とスティーヴィーの83年の大ヒットの「スタンド・バック」はその後のマックのライヴでも例外的に演奏される曲でもあります。

 

 またクリスティーンも1984年にソロ・アルバムを出し、「Got A Hold On Me」という曲がそこそこヒットしますが、評判は良くなかったですね。というか、マックと全く同じなんだもん(笑)。逆に言えば、彼女のホップするピアノと、マクヴィーのメロディックなベースラインと、すごく硬質でタイトなフリートウッドのドラムこそがマック・サウンドの揺るがないベーシックな核ということなんですけどね。

 

 

5.Then Play On(1969 UK#6 US#109)

 

 黄金期以外でのマックだと、やっぱりこのアルバムがベストですね。1969年、ビートルズが解散に向かい、レッド・ツェッペリンが快進撃を起こし、キング・クリムゾンやジェスロ・タルみたいなプログレも台頭しつつある中、マックもブルーズ・ロックを逸脱した実験的な作品を作っていました。

 

 これまですごくオーソドックスなブルーズ・ロックだったマックですが、フロントマンのピーター・グリーンと、当時まだ19歳だった新加入のダニー・カーワンが互いに新しいアイディアを出し合う形で、ブルーズ・ロックをサイケデリック、かつハードに、多用に発展させましたね。シングルとして大ヒットし、現在までマックのステージに不可欠なレパートリーとなる「Oh Well」が最大のハイライトですね。

 

 惜しむらくはインストの名曲「アルバトロス」、そして「マン・オブ・ザ・ワールド」、そして「グリーン・マナリシ」といった、イギリスのシングル・チャートで続々とヒットした曲もみんな入ってたら完璧ではあったんですけどね。でも、それを抜きにしても、この当時のイギリスのロックを代表する作品のひとつです。ただ、それを作った矢先にピーター・グリーンが脱退して、彼らの動乱のドラマもはじまりますけどね。

 

 

4.Tusk(1979 US#4 UK#1)

 

 4位は1979年作の「タスク」。邦題だと「(牙)」じゃなかったかな。

 

 このアルバムは、31週も全米1位と、マイケル・ジャクソンの「スリラー」に抜かれるまで全米1位の最長記録も作っていた前作のあとの作品だったんですけど、そこで守りに入るアルバムを作るのでなしに、2枚組の分量でケイオティックなアルバムで攻めたんですが、それが当時は「?」な反応をされ、今日に高く評価されていますね。

 

 アルバムが混沌とした理由は、そのほとんどがリンジー・バッキンガムによるものです。彼がここでかなりポリリズムを活かしたパパーカッシヴな曲や、パンクに影響を受けた吐き捨てるような曲を多く作ったので驚いた人が多かったわけです。なんか、バンジョーでハードコアやったみたいな感じのもありましたしね。その代表とも言えるのがアルバムのタイトル曲で、これをまたシングルで切るというマニアックさでした。シングルは他にスティーヴィーの「セーラ」も大ヒットしてますけどね。

 

 

3.Tango In The Night(1987 US#7 UK#1) 

 

 1987年の大ヒット・アルバムですね。これは僕もリアルタイム、高校生のときだったので非常に身近に覚えてます。

 

 このアルバムの主役はリンジーですね。彼が全体プロデュースまで監修しています。黄金ラインナップになって以降は、サウンドの基本線が基本的にガッチリ同じで、時に「タスク」みたいば冒険が入る、といった感じでしたけど、リンジーのソロ・ワークでの影響もあって、サウンドが全体的にかなりシャープさが増しています。あと、リズム面も複雑になってますね。あとファースト・シングルになった「ビッグ・ラヴ」に見られるエスノな要素も。

 

 ただ、このアルバムの完成直後にリンジーが脱退してしまいます。それは今作制作の際に感じたプレッシャーが大きかったみたいですね。特に、スティーヴィーが3作目のソロ作の後のツアーが忙しいときに制作に入って、このアルバムであまり貢献出来ていないのにリンジーが機嫌を損ねたのが大きかったようですね。とりわけ、別れて10年なのにまだ一緒にバンドをやっていな間柄でもあったので、その胸中がさらに複雑になったようです。

 

 そんな中、クリスティーンが自分のペースを崩さず、「リトル・ライズ」「エヴリウェア」の、今日まで高い人気の楽曲でヒットを飛ばし、このアルバムの重要な顔にしているのも光ります。

 

 

2.Fleetwood Mac(1975 US#1 UK#23)

 

 そして2位に選んだのは「ファンタスティック・マック」。黄金期マックのはじまりですね。

 

 このアルバムも本当に素晴らしいアルバムです。アメリカン・ルーツ・ミュージックを洗練させたアプローチでアメリカ制覇を狙っていた彼らに足りなかった最後のピースを、リンジーとスティーヴィーのコンビが入る形でフォーク、カントリーのニュアンスを加える形で見事に完成させたのがこのアルバムです。

 

 そしてバンドにも圧倒的に華が出ました。リンジーの通るハイトーンは、ヴォーカル的に上手いけど地味だったグリーン、カーワン、ウェルチより圧倒的に映える上に、これまでのギタリストと違う、弦一本一本に細心の注意を払った特殊なギター・アプローチもある。そして、これまでのロックのステージになかった黒のロングドレスで鼻にかかったハスキーな歌声を聴かせるスティヴィー。彼女が、ジャケット姿でキャリア・ウーマン的な品性を見せるクリスティーンと対照的な女性像で2人でフロントを張る。この3人のフロントのバランスが絶妙です。そして、さっきもソロのコラムで書いたようなマクヴィーのメロディックなベースラインも、フリートウッドの硬質なドラム・スタイルもここでほぼ完成してますね。フリートウッドのドラムに関しては、これ、ライブ見るとハッキリわかります。音質のセンスとそれを可能にする彼の腕の力、すごいですから。

 

 曲の方はスティーヴィーの「リアノン」「ランドスライド」といった、現在に至るまでの彼女の名刺代わりの名曲に、クリスティーンが「セイ・ユー・ラヴ・ミー」「オーヴァー・マイ・ヘッド」で応えてますが、リンジーによるアルバム・オープナーの「マンディ・モーニング」、そしてシメの「アイム・アフレイド」のスケール感と、構成のバランスも最高。他のアーティストなら、もう迷わず1位なんですけどね。

 

 

1.Rumours(1977 US#1 UK#1)

 

 そりゃ、もう1位はこれしかないですね。1977年の空前の大ヒット作、「噂」。いや、実は現在もヒット中で、ビルボードでもトップ200、イギリスでもトップ100に今週のチャートでも入っています。イギリスだともうすぐチャートイン700週目前です。

 

 このアルバムですが、ロック史上希有な才能のコンビネーションを持つ5人が31週も全米1位のアルバムを作ったこと、当時としてはまだ珍しかった、アルバムから4曲ものシングル・トップ10を出したことなど、まず「記録面」でどうやっても目立つ要素があるんですけど、それもさることながら、それを生み出したのが、メンバーの仲が最悪だったときにそれが起こったことがやはり特筆すべきことですね。このときに、リンジーとスティーヴィー、クリスティーンとマクヴィーの2組の男女が別れ、さらにフリートウッドとスティーヴィーが短期間男女関係にあったという、すごいドロドロ関係。女性2人がフロントを務めるバンドなんて今もほとんどないんですけど、そういうバンドで、しかも2人してそういう恋愛関係の¥ドラマの只中にあったというね。しかも、ここからのファースト・シングルの「Go Your Own Way」って、「自分の道を行けよ」と、リンジーが別れたばかりのスティーヴィーを前に歌ってたわけですからね。

 

 そのスティーヴィーですが、「ドリームス」がマック初の全米1位になって、「ゴールド・ダスト・ウーマン」で自らの神秘的イメージを上げて、もう、この当時の女の子たちにとっての巨大なカリスマになりますね。クリスティーンも「You Make Lovin Fun」そしてリンジーとの掛け合いの「ドント・ストップ」。この「ドント・ストップ」は92年のビル・クリントンが大統領選でキャンペーン・ソングにしたことで再注目もされましたね。リンジーとクリスティーンはデュオ・パートナーになることがこの前作からはじまっていて、今年とうとうデュオ・アルバムまで作りましたね。

 

 ただ、アルバムのハイライトはやっぱり「ザ・チェイン」ですね。5人での共作となったこの曲は3人でのハモリの完璧さが美しい曲なんですけど、「何者にも壊されない、私たちを結びつける鎖」と、この時期、人間関係バラバラながらあえてこれを歌うことにすごく大きな意味があったと思います。その結果、40年も経った今日でも、このときのラインナップでのライブが実際に見れているわけでもありますからね。

 

 あっ、10位のとこで言った「スティーヴィー渾身の1曲なのに収録されなかった曲」というのは、このアルバムから漏れた「シルヴァー・スプリング」で、今やこれもライブの定番曲です。

 

 

  ・・といったところですね。

 

 

 次回は、これは結構早くから準備出来てるネタなので早くやりたいんですけど、ニュースの現状次第ですね。何もなければ来週やります。

 

 

author:沢田太陽, category:FromワーストTo ベスト, 12:30
comments(0), trackbacks(0), - -
全オリジナル・アルバム From ワースト To ベスト (第12回)フリートウッド・マック その1 17〜11位

どうも。

 

 

今回は早く行けます。「FromワーストToベスト」。第12回目の今回のお題はこれです!

 

 

 

 現在なおも高い影響力を誇っています、フリートウッド・マック、行きましょう!

 

 

 いや〜、これはですね、この「FromワーストToベスト」をやろうと決めたときから、ぜひとも早いタイミングでやろうと考えていたアーティストです。僕は2009年にニューヨークにライブ見に行ったくらいに彼らのことが大好きだし、この企画をやるのに相応しい、バンドのキャリアの中の起伏があまりにもドラマティックだし。大体、キャリアの最初が生粋のロンドンのブルーズ・ロックバンドだったのに、今となってはもうそれは「前史」でしかなく、今となっては「女性が2人もフロントをつとめた画期的バンド」であり、「歴代に様々な才人男性フロントマンを擁し続けたバンド」であり、さらに、「ロック史上最高のリズム隊」を抱え続けたバンドであり。こんなバンド、唯一無二ですよ。

 

 

加えて、つい先日、ロサンゼルスのクラシック・ロックのフェスにイーグルスやスティーリー・ダンあたりと出ていましたけど、そういう層にもアピールしながらも、一線で活躍するインディ・ロックへのバンドもすごく大きいですからね。すごく語りがいがあります。

 

 

彼らがキャリアの中で発表したスタジオ・アルバムは全部で17枚。今日は17位から11位で行きましょう。

 

 

17.Time(1995 UK#47)

 

 もう、最下位はこのアルバムしかありません。1995年発表のアルバム、「Time」です。

 

 これはなあ〜、正直な話、「フリートウッド・マック」名義で出すべきアルバムではなかったですね。リンジー・バッキンガムもスティーヴィー・ニックスもいない状態で、いくらクリスティーン・マクヴィーが残っているからと言っても、彼女で埋めれる穴にも限界ってものがあります。

 

 リンジーの後任は前作からビリー・バーネットと言う人がやってましたが、彼がどうにも弱いの加え、このときに新加入した、当時まだ20代の女性シンガー、ベッカ・ブラムレットがねえ、これがどうにも力不足のゼロ・カリスマだったんですよね。彼女があの、「妖精」「魔女」とも讃えられたスティーヴィーの穴など埋めようがありません。それに加えて今作は、元トラフィックのデイヴ・メイソンが正式メンバーとして加入しているんですが、良いアーティストなのは認めますが、別に彼にマックを名乗ってほしいとは思わないですね。

 

 このあと、彼らはミック、ジョン、そしてクリスティーン、リンジー、スティーヴィーの黄金期マックで再結成しますが、そりゃそうですよね。

 

 

16.Behind The Mask(1990 UK#1, US#18)

 

 ワースト2は、これもホントに出すべきじゃなかった。1990年発表の「Behind The Mask」。このアルバムにはリンジーが参加しておらず、その穴をビリー・バーネットとギタリストのリック・ヴィトが2人掛かりで埋めてます。このアルバムではクリスティーンとスティーヴィが2人がかりで、新加入の2人に負担をかけないように自作曲を多めにしてます。それはアルバムの前半部ではうまく隠れているように見えるんですが、もう途中から、「ああ、もうリンジーはいないんだ」と思ってしまうあたりからがもうボロボロですね。

 

 クリスティーン的には、オリジナル再編前の最後の名曲「Save Me」なんてのもあって、全く意味がないとも言い切れない作品ではあるんですけど、いかんせん、リンジーがヴォーカルとギターとプロデュース・ワークでいかに代え難い貢献をしていたかが露呈された作品ゆえに、これ、やっぱツライです。

 

 

15.Kiln House(1970 UK#39, US#69)

 

 これは最初のフロントマンでリード・ギタリストだったピーター・グリーンに代わって、ダニー・カーワンが2代目(というかバンドを引っ張る人、と言う意味で)フロントマンをつとめた最初のアルバムですね。ここでダニーは初期のもうひとりのシンガーでスライド・ギターの名手、ジェレミー・スペンサーとのコンビでアルバムを作ってます。

 

 この一つ前のアルバムが、ブルーズ・ロックの枠を超えた見事なハードロックであり、サイケデリック・アルバムだったことを考えると、ピーター・グリーンが抜けたために仕方なくはあるんですけど、やっぱり、ここでのレイドバック路線はちょっと寂しいものが残ると言えば残るんですよね。ただ、それでも「Station Man」という曲がそこそこ当たったこともあって、彼らはこのアルバムではじめて全米トップ100入り。ここから本国イギリスではなく、アメリカ市場を意識した活動をはじめたりもします。これが本来、解散を意識したアルバムであったことを考えたら、内容がそこまで(後のバンドのキャリアから見て)良くなくても、収穫はあったのかな。あと、「Station Man」にはベースのジョン・マクヴィーの当時の若奥さん、クリスティーン・マクヴィーがバック・ヴォーカルで参加。彼女はこの次のアルバムからキーボードとヴォーカルで正式加入します。

 

 ただですね。このアルバムのツアーの際に、ジェレミー・スペンサーがですね、よりによってカルト教団に入ったことで脱退と、バンドにとって2度目の大きなドラマを体験してしまいます。

 

 

14.Penguin(1973 US#49)

 

 1973年に2枚出たアルバムのひとつです。この一つ前のアルバムが注目を浴びたことで「ブレイクか?」となった矢先に、前作までのメイン・フロントマンだったダニー・カーワンが脱退。バンドはボブ・ウェルチが3代目メイン・フロントマンとなり、クリスティーンが2番手、そして新加入のデヴィッド・ウォーカーに3番目のヴォーカルとして期待、というとこだったんですが、ウォーカーが全くの期待はずれでこれのみで解雇。ウェルチ、クリスティーンともに大きな代表曲できずで、伸びかけた矢先にちょっと足踏みです。ただ、その分、慣れてきた次作以降で一気に飛躍して行きもしますが。

 

 

13.Mr.Wonderful(1968 UK#10)

 

 これはフリートウッド・マックにとってのセカンド・アルバムですね。半年前に出たデビュー作ほど売れませんでしたが、それでも全英トップ10に入ってますね。

 

 このアルバム、決して悪くはないんです。この前のものがブルースのルーツに忠実過ぎて、「でも、実際の話、今の黒人、そんな音楽やってねえよ」ってツッコまれそうなところをホーンを入れてフォローして、この当時のちょっとソウル色の濃いブルーズに対応したりもしてるし。あと、後にエアロスミスのジョー・ペリーがカバーする「ストップ・メッシング・アラウンド」もこのアルバムの曲です。

 

 ただ、惜しいのは、このアルバムの直後にシングル楽曲で見せた、「通常のブルーズ・フォーマットからの脱却」をこのアルバムの時点で表現出来てないんですよねえ。それ考えたら、ちょっと残念なんですよね。この直後に発表した幻想的なインスト曲「アルバトロス」で彼らは初の全英1位楽曲を獲得するし、その後のブルーズ・ハードロックの「マン・オブ・ザ・ワールド」もヒットさせて、69年に発表する、ピーター・グリーン期の最高傑作に近づいて行きます。せめて、この時期のシングル曲まで入れられていたら、もう少し順位あげたかったかも。

 

 

12.Future Games(1971 US#91)

 

 もうひとりのオリジナル・メンバーのジェレミー・スペンサーが抜け、その穴埋めに元ライバルのブルース・バンド、チキン・シャックにいたクリスティーン・パーフェクト改めクリスティーン・マクヴィー、そしてバンド初のアメリカ人、ボブ・ウェルチを加えた体制での最初のアルバムですね。

 

 ここでのメインは前作同様、ダニー・カーワンなんですが、どっちかというとカーワン自身の曲もソンガーソングライターっぽい感じで、クリスティーンもチキン・シャック時代のブルーズから、よりキャロル・キングに寄った感じのヒップするピアノを主体にした洗練されたソウルフルなポップスに移行しますね。でも、中でも一番バンドを変えたのはウェルチですね。彼のコード進行はジャズやソウルに影響を受けたもので、よりアーバンな色合いが強くなります。中でも、このアルバムのタイトル曲の「フューチャー・ゲーム」は、そんな新しいマックの姿を印象づけていますね。

 

 よく、マックが70年代半ば以降に世界的なメガヒット・バンドになった際、その昔のブルーズ・ロックを懐かしむファンがあたかも彼らはセルアウトしたかのような言い分で、一番嫌なのはすごく性差別的な感じでそれを主張する感じのことを言う人をたまに見かけたことありますが、それは彼女たちのせいでそうなったのではありません。責めるべきものが仮にあるとしたら、それがこのアルバムからなんだと思いますね。

 

 

11.Peter Green's Fleetwood Mac(1968 UK#4, US#196)

 

 これがフリートウッド・マックの最初のアルバムですね。

 

 彼らはいわゆるロンドンのブルーズ学校とも言われるジョン・メイオールズ・ブルースブレイカーズ(クラプトンもここ在籍の経験あり)のメンバーだったドラマーのミック・フリートウッドと”マック”にあたるベースのジョン・マクヴィー、そして初代フロントマン&リード・ギタリストのピーター・グリーンの3人にスライド・ギタリストのジェレミー・スペンサーの4人でキャリアをはじめています。

 

 フリートウッドもマックもかなりうまいんですけど、彼らのうまさはどっちかというと後になればなるほど発揮されて行ったのに対して、もう、この頃は圧倒的にピーター・グリーンですね。あのピーンと張ったブルーズ・ギターに、ソウルフルで説得力ある歌声。ロンドンのブルーズ・ロック・シーンでひときわ注目された理由もわかります。あと、アルバム未収録ですけど、後にサンタナがカバーしてビッグになった「ブラック・マジック・ウーマン」のオリジナルもピーター・グリーンですからね。この当時は、ストーンズにせよ、クラプトンのクリームにせよ、このロンドンのブルーズ・シーンから出て来たにもかかわらず、ロックで成功していたことで、「より本格的なブルーズでの成功を」と期待していた人も多かったのかな。このアルバムは、その当時のロンドンのブルーズ・ブームを象徴する作品としてロック史に残っているのもわかります。

 

 ただなあ、そうとはわかってはいるんだけど、僕自身としては若干疑問というか、違和感もある作品ではあるんですよね。それはこの作品というより、この当時のロンドンでのブルーズ・ブームに関してですけどね。先にも書いたけど、これ、当時の黒人にとってみれば、「自分たちの社会で10数年前に流行った音楽を、何で今、白人が血眼になってやってるんだ」という疑問も後追いでよく聞いた話だし、僕自身も1968年くらいといったらJBとかスライ&ザ・ファミリー・ストーンとかモータウンの当時のリアルタイムのものを好きで聞いていたりもするので、やっぱ、僕も違和感あるんですよね。「それで黒人文化をリスペクトしてると言われても」みたいなとこは正直あります。それがクリームとかジミヘンみたいに、その基本マナーを逸脱して行けばカッコいいんですけどね。ただ、実際にこの時期のマック、そういうアルバムも作っていて、それを僕はトップ10に入れたんですけどね。

 

 

閑話休題1 ベスト盤やライブ盤もチェックする必要のあるマック

 

 今回はスタジオ・オリジナル・アルバムに限ってやっていますが、マックの場合、ベスト盤、ライブ盤もマメにおさえておく必要のあるバンドです。

 

 それは「ライブに定評がある」というのももちろんそうなんですが、彼らの場合、ライヴ盤、ベスト盤に遠慮なく新曲入れてくるんですよ!

 

 それは1980年の「Live」で3曲、1988年の「Greatest Hits」で2曲、1997年の再結成ライブ盤「The Dance」でも4曲の新曲が収められていました。あと1992年に出たバンド結成25周年ボックス・セット「ザ・チェイン」にも2曲新曲が入っていましたね。

 

 

 今言ったのは、いわゆる黄金時代ラインナップの頃ですが、ピーター・グリーン時代にも「The Pious Bird Of Good Omen」という、初期シングルの編集盤もあるし、「Vaudeville Years」といったグリーン期のベスト盤も出ています。

 

 

 ただ、惜しむらくはダニー・カーワン、ボブ・ウェルチの時期のベスト盤が上手い具合に存在しないんですよね。ボックスセットがそのあたり上手く汲み取っていたんですけど、あのボックスも今のストリーミング・サーヴィスで紹介しているところもないですしね。

 

 

author:沢田太陽, category:FromワーストTo ベスト, 09:56
comments(0), trackbacks(0), - -