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全オリジナル・アルバム From ワースト To ベスト (第12回)フリートウッド・マック その2 10〜1位 

どうも。

 

では

 

 

FromワーストToベスト、その第12回目、フリートウッド・マックの、いよいよトップ10に行きましょう。こんな感じです。

 

 

10.Say You Will(2003 US#3,UK#6)

 

10位は、現時点で彼らの最後のオリジナル・アルバムである「Say You Will」が入りました。

 

このアルバムは97年の黄金ラインナップ再結成ライブとなった「ザ・ダンス」でせっかくフリートウッド、マクヴィー、クリスティーン、リンジー、スティーヴィーの5人が揃ったかと思ったら、クリスティーンが引退状態で退いたことで4人で制作することになったアルバムですね。

 

 たしかにクリスティーンの不在は寂しいんですけど、「せっかくこうやってまた集まったんだから」という気合いは感じさせるアルバムで、ケミストリーはしっかり感じさせてくれるアルバムです。今回の場合は、もとが自身のソロ・アルバム用の曲だったリンジーより、とりわけスティーヴィーの方に気合いを感じますね。彼女って、これまでヒット曲そのものはマックでも多かったんだけど、実はアルバムで提供して自ら歌う曲ってだいたい2、3曲だったんですよね。それが今回は自己最多の7曲で貢献してます。2枚組の「タスク」のときでさえ5曲だったんですけどね。

 

 彼女って、ソロでマックに近い成功を収めているために、「別にソロがあるから生きて行けるんじゃん?」と思われがちなんですけど、実なソロで成功しててもそれを理由にしてマックをやめるような考えが一切なかった人なんですね。90年代の頭に一回抜けたのも、自分の渾身の一曲をアルバム収録の時点では外されたから、それを自分のソロのベスト盤に入れたかったのに、ミック・フリートウッドがマックのボックスセットに売り上げ欲しさのために強引に入れたのに腹を立ててやめたとかですからね。ヒットがどのアRYバムからも出ているのにも関わらず、これまで不当に低い扱いをされてきたスティーヴィーが、バンドの結束のためにここまで積極的に動いた。なんかぼくはそれがすごく嬉しかったんですよね。

 

 そして、それに伴うツアーでも全盛期に劣らぬ才人集団ぶりを改めてアピールしたことでバンドのステータスが現在に至るまで全く落ちていない。その意味でも、このアルバム、評価出来るんですよね。

 

 

閑話休題 その2 リンジーとスティーヴィー 

 

 フリートウッド・マックが現在みたいな巨大な存在になったのは、1975年に加入したリンジー・バッキンガムとスティーヴィー・ニックスの2人がやはり大きいです。この2人は元々バッキンガム&ニックスというデュオで活動していた元恋人同士なんですけど、そうしたロマティックな要素がバンドのストーリー性を生んでいたこともあるんですけど、それ以上に音楽的に大きかったですね。

 

 両方ともフォーク/カントリー系の出身だったことが、イギリスから出て来てアメリカで成功したかったマックにはまず渡りに船。リンジーはバンジョーの名人ということもあり、一弦一弦の振動からサウンドをクリエイトできる人だし、おじいちゃんがカントリー・シンガーだったスティーヴィーはカントリー特有の歌詞の物語性やハーモニーをマックに取り込んだ。ついでにゆうと、あのヒラヒラのケバ目のロングドレス、あれもカントリー流儀です(笑)。ロレッタ・リンとかドリー・パートン直系の。

 

 で、この2人はキャリアを続けて行く上でそれだけじゃないことも証明して行くからそこもまたアーティストとして面白いんです。

 

 

9.Bare Trees(1972 US#70)

 

ダニー・カーワン、ボブ・ウェルチ、クリスティーン・マクヴィーの3頭体制での2枚目にして最後のアルバムですね。

 

このアルバムですが、ダニーの曲を主体にしながらも、ボブ・ウェルチが「センチメンタル・レイディ」、クリスティーンが「Spare Me A Little Of Your Love」と代表曲を出したことで注目されます。特に前者はボブがソロになった1977年にヒットし、後者もカバー・ヒットしたりもしたので、このアルバム、70s後半のマック・ブームが到来した際に再ヒットし、100万枚のセールスでプラチナ・レコードにもなっています。

 

このアルバムでもカーワンはシンガーソンフライター的特性と、力強いブルーズ系ギタリストとしての器用な技を繰り出しているんですけど、この当時私生活なアル中でボロボロで、メンバーとのコミュニケーションは取れないわ、奇行は目立つはで、ライブはすっぽかすわで、メイン・フロントマンだったにもかかわらず、ミック・フリートウッドからクビにされてしまい、マックにまたもドラマがもたらされてしまいます。

 

 

8.Mystery To Me(1973 US#67)

 

 黄金期マック以前の、これも人気アルバムですね。1973年に発表した2つのアルバムの2枚目です。

 

これはボブ・ウェルチとクリスティーンの2頭体制での2枚目ですが、ここでボブ・ウェルチがフロントマンとして随分逞しく一本立ちしてるんですね。彼はスモーキーのささやくような声がトレードマークなんですけど、そのアンニュな感じを活かしながら、アーバンに洒落て、かつブルージーで骨太な曲も歌い、マックの音楽的方向性を黄金期の方向に限りなく近づけて行きます。この中の彼の最大の代表曲「Hypnotized」は彼の脱退後もマックのライヴで歌われ続けていた曲です。

 

 あとクリスティーンも「Why」をはじめ、後の名ソングライターとしてのポテンシャルを高めていた頃です。彼らはちょうどこの頃にアメリカの音楽番組にライブでのテレビ出演もしているため、この当時の映像がYouTube上でかなり見れます。アメリカへのプロモーションをかなりこれでかけはじめていたことがわかります。

 

 ただですね。ここでもドラマがたくさんなんですよね。この前のアルバムからギターで参加していたボブ・ウェストンがミック・フリートウッドの奥さんと不倫してバンドを追い出され、さらにジョンとクリスティーンの夫婦仲があやしくなりはじめます。さらにマネージャーがミックとクリスティーン以外をクビにして申請フリートウッド・マックを売り出そうと画策したりもして。本当に考えられないことが多いんですよね、このバンド。

 

 

7.Heroes Are Hard To Find(1974 US#33)

 

 売れる前は変なジャケ写が多いことで有名だったマックですが、これも最高に変です。上の9分割の右上のヤツです。何の意味があるんだか。

 

 これは、マックが本格的にアメリカに活動拠点も移して、本格的にブレイクを狙った作品です。そういうこともあり、クリスティーンによるアルバムのタイトル曲がニューオーリーンズ・ファンクっぽいリズムだったり、同じく彼女の「Come A Little Bit Closer」がこれまでにないゴージャスなストリングスが入るなど、作りが大きくなった作品です。ウェルチのフロントマンぶりも堂に入ったものになっていて、「もう、このまま行っても、売れるのは時間の問題」くらいな感じになっていました。

 

 ところが、そんな矢先にウェルチが脱退してしまうんですね。理由はツアーでの疲弊と、奥さんとの仲が悪化したものだったようです。せっかくバンドの危機を支えた存在だったのに、その苦労が報われる前に脱退しちゃう、悲運のメンバーですけどね。ウェルチは、この後もミック・フリートウッドのマネージメントのもとでソロをやって、マックの現象的ブレイクの1977年にソロでそこそこ売れて「センチメンタル・レイディ」のセルフカバーでヒットを飛ばします。ただ、あまり恩恵を受けないまま2012年に亡くなっています。

 

 

6.Mirage(1982 US#1 UK#5)

 

 ここまで、黄金ラインナップになってからの作品5枚が出て来ていませんでしたが、やっぱ6枚中5枚がそれです(笑)。で、その中で一番下にしたのが、この「ミラージュ」ですね。僕はリアルタイムでの最初のマックがこれなので思い入れはあるんですが、客観的に判断して、これが一番印象には残らないかな。

 

 この直前のタイミングでスティーヴィーとリンジーがソロ・アルバムを発表し、スティーヴィーはアルバムが1位で「エッジ・オブ・セブンティーン」を¥はじめシングルヒットも連発と、本家マックに負けない売れっぷりで、リンジーはシングルの「トラブル」が全米トップ10のヒットになりましたね。ということもあり、華のあるフロントが忙しくなりはじめるタイミングでのこのアルバム。その中でメンバーも気を使ったのか、すごく「マックらしい」曲が用意された、ファンなら満足しそうなアルバムです。ただ、言い換えればすごく「無難」なアルバムでもあります。僕からしたら、「ちょっと曲を置きに行ったかな」という印象です。シングル・ヒットしたクリスティーンとリンジーのハーモニーによる「ホールド・ミー」とかスティーヴィーの「ジプシー」とか、良いんですけどね。

 

 

閑話休題 その3 黄金フロント3人のソロ

 

 この「ミラージュ」が出た後も、メンバーのソロ活動は活発化します。スティーヴィーは80年代までに4枚のアルバムを発表して、これがことごとくヒット。サウンドもシンセを導入してマックにはないかなり攻めたポップ・サウンドを見せます。また、リンジーの方は相変わらずソロだと売れないんですが、1984年の「ゴー・インセイン」はシングルでそこそこヒットして、同じ名前のアルバムアルバムも、前々から見せていたニュー・ウェイヴ化に成功して音楽の幅を広げます。このリンジーのこの曲とスティーヴィーの83年の大ヒットの「スタンド・バック」はその後のマックのライヴでも例外的に演奏される曲でもあります。

 

 またクリスティーンも1984年にソロ・アルバムを出し、「Got A Hold On Me」という曲がそこそこヒットしますが、評判は良くなかったですね。というか、マックと全く同じなんだもん(笑)。逆に言えば、彼女のホップするピアノと、マクヴィーのメロディックなベースラインと、すごく硬質でタイトなフリートウッドのドラムこそがマック・サウンドの揺るがないベーシックな核ということなんですけどね。

 

 

5.Then Play On(1969 UK#6 US#109)

 

 黄金期以外でのマックだと、やっぱりこのアルバムがベストですね。1969年、ビートルズが解散に向かい、レッド・ツェッペリンが快進撃を起こし、キング・クリムゾンやジェスロ・タルみたいなプログレも台頭しつつある中、マックもブルーズ・ロックを逸脱した実験的な作品を作っていました。

 

 これまですごくオーソドックスなブルーズ・ロックだったマックですが、フロントマンのピーター・グリーンと、当時まだ19歳だった新加入のダニー・カーワンが互いに新しいアイディアを出し合う形で、ブルーズ・ロックをサイケデリック、かつハードに、多用に発展させましたね。シングルとして大ヒットし、現在までマックのステージに不可欠なレパートリーとなる「Oh Well」が最大のハイライトですね。

 

 惜しむらくはインストの名曲「アルバトロス」、そして「マン・オブ・ザ・ワールド」、そして「グリーン・マナリシ」といった、イギリスのシングル・チャートで続々とヒットした曲もみんな入ってたら完璧ではあったんですけどね。でも、それを抜きにしても、この当時のイギリスのロックを代表する作品のひとつです。ただ、それを作った矢先にピーター・グリーンが脱退して、彼らの動乱のドラマもはじまりますけどね。

 

 

4.Tusk(1979 US#4 UK#1)

 

 4位は1979年作の「タスク」。邦題だと「(牙)」じゃなかったかな。

 

 このアルバムは、31週も全米1位と、マイケル・ジャクソンの「スリラー」に抜かれるまで全米1位の最長記録も作っていた前作のあとの作品だったんですけど、そこで守りに入るアルバムを作るのでなしに、2枚組の分量でケイオティックなアルバムで攻めたんですが、それが当時は「?」な反応をされ、今日に高く評価されていますね。

 

 アルバムが混沌とした理由は、そのほとんどがリンジー・バッキンガムによるものです。彼がここでかなりポリリズムを活かしたパパーカッシヴな曲や、パンクに影響を受けた吐き捨てるような曲を多く作ったので驚いた人が多かったわけです。なんか、バンジョーでハードコアやったみたいな感じのもありましたしね。その代表とも言えるのがアルバムのタイトル曲で、これをまたシングルで切るというマニアックさでした。シングルは他にスティーヴィーの「セーラ」も大ヒットしてますけどね。

 

 

3.Tango In The Night(1987 US#7 UK#1) 

 

 1987年の大ヒット・アルバムですね。これは僕もリアルタイム、高校生のときだったので非常に身近に覚えてます。

 

 このアルバムの主役はリンジーですね。彼が全体プロデュースまで監修しています。黄金ラインナップになって以降は、サウンドの基本線が基本的にガッチリ同じで、時に「タスク」みたいば冒険が入る、といった感じでしたけど、リンジーのソロ・ワークでの影響もあって、サウンドが全体的にかなりシャープさが増しています。あと、リズム面も複雑になってますね。あとファースト・シングルになった「ビッグ・ラヴ」に見られるエスノな要素も。

 

 ただ、このアルバムの完成直後にリンジーが脱退してしまいます。それは今作制作の際に感じたプレッシャーが大きかったみたいですね。特に、スティーヴィーが3作目のソロ作の後のツアーが忙しいときに制作に入って、このアルバムであまり貢献出来ていないのにリンジーが機嫌を損ねたのが大きかったようですね。とりわけ、別れて10年なのにまだ一緒にバンドをやっていな間柄でもあったので、その胸中がさらに複雑になったようです。

 

 そんな中、クリスティーンが自分のペースを崩さず、「リトル・ライズ」「エヴリウェア」の、今日まで高い人気の楽曲でヒットを飛ばし、このアルバムの重要な顔にしているのも光ります。

 

 

2.Fleetwood Mac(1975 US#1 UK#23)

 

 そして2位に選んだのは「ファンタスティック・マック」。黄金期マックのはじまりですね。

 

 このアルバムも本当に素晴らしいアルバムです。アメリカン・ルーツ・ミュージックを洗練させたアプローチでアメリカ制覇を狙っていた彼らに足りなかった最後のピースを、リンジーとスティーヴィーのコンビが入る形でフォーク、カントリーのニュアンスを加える形で見事に完成させたのがこのアルバムです。

 

 そしてバンドにも圧倒的に華が出ました。リンジーの通るハイトーンは、ヴォーカル的に上手いけど地味だったグリーン、カーワン、ウェルチより圧倒的に映える上に、これまでのギタリストと違う、弦一本一本に細心の注意を払った特殊なギター・アプローチもある。そして、これまでのロックのステージになかった黒のロングドレスで鼻にかかったハスキーな歌声を聴かせるスティヴィー。彼女が、ジャケット姿でキャリア・ウーマン的な品性を見せるクリスティーンと対照的な女性像で2人でフロントを張る。この3人のフロントのバランスが絶妙です。そして、さっきもソロのコラムで書いたようなマクヴィーのメロディックなベースラインも、フリートウッドの硬質なドラム・スタイルもここでほぼ完成してますね。フリートウッドのドラムに関しては、これ、ライブ見るとハッキリわかります。音質のセンスとそれを可能にする彼の腕の力、すごいですから。

 

 曲の方はスティーヴィーの「リアノン」「ランドスライド」といった、現在に至るまでの彼女の名刺代わりの名曲に、クリスティーンが「セイ・ユー・ラヴ・ミー」「オーヴァー・マイ・ヘッド」で応えてますが、リンジーによるアルバム・オープナーの「マンディ・モーニング」、そしてシメの「アイム・アフレイド」のスケール感と、構成のバランスも最高。他のアーティストなら、もう迷わず1位なんですけどね。

 

 

1.Rumours(1977 US#1 UK#1)

 

 そりゃ、もう1位はこれしかないですね。1977年の空前の大ヒット作、「噂」。いや、実は現在もヒット中で、ビルボードでもトップ200、イギリスでもトップ100に今週のチャートでも入っています。イギリスだともうすぐチャートイン700週目前です。

 

 このアルバムですが、ロック史上希有な才能のコンビネーションを持つ5人が31週も全米1位のアルバムを作ったこと、当時としてはまだ珍しかった、アルバムから4曲ものシングル・トップ10を出したことなど、まず「記録面」でどうやっても目立つ要素があるんですけど、それもさることながら、それを生み出したのが、メンバーの仲が最悪だったときにそれが起こったことがやはり特筆すべきことですね。このときに、リンジーとスティーヴィー、クリスティーンとマクヴィーの2組の男女が別れ、さらにフリートウッドとスティーヴィーが短期間男女関係にあったという、すごいドロドロ関係。女性2人がフロントを務めるバンドなんて今もほとんどないんですけど、そういうバンドで、しかも2人してそういう恋愛関係の¥ドラマの只中にあったというね。しかも、ここからのファースト・シングルの「Go Your Own Way」って、「自分の道を行けよ」と、リンジーが別れたばかりのスティーヴィーを前に歌ってたわけですからね。

 

 そのスティーヴィーですが、「ドリームス」がマック初の全米1位になって、「ゴールド・ダスト・ウーマン」で自らの神秘的イメージを上げて、もう、この当時の女の子たちにとっての巨大なカリスマになりますね。クリスティーンも「You Make Lovin Fun」そしてリンジーとの掛け合いの「ドント・ストップ」。この「ドント・ストップ」は92年のビル・クリントンが大統領選でキャンペーン・ソングにしたことで再注目もされましたね。リンジーとクリスティーンはデュオ・パートナーになることがこの前作からはじまっていて、今年とうとうデュオ・アルバムまで作りましたね。

 

 ただ、アルバムのハイライトはやっぱり「ザ・チェイン」ですね。5人での共作となったこの曲は3人でのハモリの完璧さが美しい曲なんですけど、「何者にも壊されない、私たちを結びつける鎖」と、この時期、人間関係バラバラながらあえてこれを歌うことにすごく大きな意味があったと思います。その結果、40年も経った今日でも、このときのラインナップでのライブが実際に見れているわけでもありますからね。

 

 あっ、10位のとこで言った「スティーヴィー渾身の1曲なのに収録されなかった曲」というのは、このアルバムから漏れた「シルヴァー・スプリング」で、今やこれもライブの定番曲です。

 

 

  ・・といったところですね。

 

 

 次回は、これは結構早くから準備出来てるネタなので早くやりたいんですけど、ニュースの現状次第ですね。何もなければ来週やります。

 

 

author:沢田太陽, category:FromワーストTo ベスト, 12:30
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全オリジナル・アルバム From ワースト To ベスト (第12回)フリートウッド・マック その1 17〜11位

どうも。

 

 

今回は早く行けます。「FromワーストToベスト」。第12回目の今回のお題はこれです!

 

 

 

 現在なおも高い影響力を誇っています、フリートウッド・マック、行きましょう!

 

 

 いや〜、これはですね、この「FromワーストToベスト」をやろうと決めたときから、ぜひとも早いタイミングでやろうと考えていたアーティストです。僕は2009年にニューヨークにライブ見に行ったくらいに彼らのことが大好きだし、この企画をやるのに相応しい、バンドのキャリアの中の起伏があまりにもドラマティックだし。大体、キャリアの最初が生粋のロンドンのブルーズ・ロックバンドだったのに、今となってはもうそれは「前史」でしかなく、今となっては「女性が2人もフロントをつとめた画期的バンド」であり、「歴代に様々な才人男性フロントマンを擁し続けたバンド」であり、さらに、「ロック史上最高のリズム隊」を抱え続けたバンドであり。こんなバンド、唯一無二ですよ。

 

 

加えて、つい先日、ロサンゼルスのクラシック・ロックのフェスにイーグルスやスティーリー・ダンあたりと出ていましたけど、そういう層にもアピールしながらも、一線で活躍するインディ・ロックへのバンドもすごく大きいですからね。すごく語りがいがあります。

 

 

彼らがキャリアの中で発表したスタジオ・アルバムは全部で17枚。今日は17位から11位で行きましょう。

 

 

17.Time(1995 UK#47)

 

 もう、最下位はこのアルバムしかありません。1995年発表のアルバム、「Time」です。

 

 これはなあ〜、正直な話、「フリートウッド・マック」名義で出すべきアルバムではなかったですね。リンジー・バッキンガムもスティーヴィー・ニックスもいない状態で、いくらクリスティーン・マクヴィーが残っているからと言っても、彼女で埋めれる穴にも限界ってものがあります。

 

 リンジーの後任は前作からビリー・バーネットと言う人がやってましたが、彼がどうにも弱いの加え、このときに新加入した、当時まだ20代の女性シンガー、ベッカ・ブラムレットがねえ、これがどうにも力不足のゼロ・カリスマだったんですよね。彼女があの、「妖精」「魔女」とも讃えられたスティーヴィーの穴など埋めようがありません。それに加えて今作は、元トラフィックのデイヴ・メイソンが正式メンバーとして加入しているんですが、良いアーティストなのは認めますが、別に彼にマックを名乗ってほしいとは思わないですね。

 

 このあと、彼らはミック、ジョン、そしてクリスティーン、リンジー、スティーヴィーの黄金期マックで再結成しますが、そりゃそうですよね。

 

 

16.Behind The Mask(1990 UK#1, US#18)

 

 ワースト2は、これもホントに出すべきじゃなかった。1990年発表の「Behind The Mask」。このアルバムにはリンジーが参加しておらず、その穴をビリー・バーネットとギタリストのリック・ヴィトが2人掛かりで埋めてます。このアルバムではクリスティーンとスティーヴィが2人がかりで、新加入の2人に負担をかけないように自作曲を多めにしてます。それはアルバムの前半部ではうまく隠れているように見えるんですが、もう途中から、「ああ、もうリンジーはいないんだ」と思ってしまうあたりからがもうボロボロですね。

 

 クリスティーン的には、オリジナル再編前の最後の名曲「Save Me」なんてのもあって、全く意味がないとも言い切れない作品ではあるんですけど、いかんせん、リンジーがヴォーカルとギターとプロデュース・ワークでいかに代え難い貢献をしていたかが露呈された作品ゆえに、これ、やっぱツライです。

 

 

15.Kiln House(1970 UK#39, US#69)

 

 これは最初のフロントマンでリード・ギタリストだったピーター・グリーンに代わって、ダニー・カーワンが2代目(というかバンドを引っ張る人、と言う意味で)フロントマンをつとめた最初のアルバムですね。ここでダニーは初期のもうひとりのシンガーでスライド・ギターの名手、ジェレミー・スペンサーとのコンビでアルバムを作ってます。

 

 この一つ前のアルバムが、ブルーズ・ロックの枠を超えた見事なハードロックであり、サイケデリック・アルバムだったことを考えると、ピーター・グリーンが抜けたために仕方なくはあるんですけど、やっぱり、ここでのレイドバック路線はちょっと寂しいものが残ると言えば残るんですよね。ただ、それでも「Station Man」という曲がそこそこ当たったこともあって、彼らはこのアルバムではじめて全米トップ100入り。ここから本国イギリスではなく、アメリカ市場を意識した活動をはじめたりもします。これが本来、解散を意識したアルバムであったことを考えたら、内容がそこまで(後のバンドのキャリアから見て)良くなくても、収穫はあったのかな。あと、「Station Man」にはベースのジョン・マクヴィーの当時の若奥さん、クリスティーン・マクヴィーがバック・ヴォーカルで参加。彼女はこの次のアルバムからキーボードとヴォーカルで正式加入します。

 

 ただですね。このアルバムのツアーの際に、ジェレミー・スペンサーがですね、よりによってカルト教団に入ったことで脱退と、バンドにとって2度目の大きなドラマを体験してしまいます。

 

 

14.Penguin(1973 US#49)

 

 1973年に2枚出たアルバムのひとつです。この一つ前のアルバムが注目を浴びたことで「ブレイクか?」となった矢先に、前作までのメイン・フロントマンだったダニー・カーワンが脱退。バンドはボブ・ウェルチが3代目メイン・フロントマンとなり、クリスティーンが2番手、そして新加入のデヴィッド・ウォーカーに3番目のヴォーカルとして期待、というとこだったんですが、ウォーカーが全くの期待はずれでこれのみで解雇。ウェルチ、クリスティーンともに大きな代表曲できずで、伸びかけた矢先にちょっと足踏みです。ただ、その分、慣れてきた次作以降で一気に飛躍して行きもしますが。

 

 

13.Mr.Wonderful(1968 UK#10)

 

 これはフリートウッド・マックにとってのセカンド・アルバムですね。半年前に出たデビュー作ほど売れませんでしたが、それでも全英トップ10に入ってますね。

 

 このアルバム、決して悪くはないんです。この前のものがブルースのルーツに忠実過ぎて、「でも、実際の話、今の黒人、そんな音楽やってねえよ」ってツッコまれそうなところをホーンを入れてフォローして、この当時のちょっとソウル色の濃いブルーズに対応したりもしてるし。あと、後にエアロスミスのジョー・ペリーがカバーする「ストップ・メッシング・アラウンド」もこのアルバムの曲です。

 

 ただ、惜しいのは、このアルバムの直後にシングル楽曲で見せた、「通常のブルーズ・フォーマットからの脱却」をこのアルバムの時点で表現出来てないんですよねえ。それ考えたら、ちょっと残念なんですよね。この直後に発表した幻想的なインスト曲「アルバトロス」で彼らは初の全英1位楽曲を獲得するし、その後のブルーズ・ハードロックの「マン・オブ・ザ・ワールド」もヒットさせて、69年に発表する、ピーター・グリーン期の最高傑作に近づいて行きます。せめて、この時期のシングル曲まで入れられていたら、もう少し順位あげたかったかも。

 

 

12.Future Games(1971 US#91)

 

 もうひとりのオリジナル・メンバーのジェレミー・スペンサーが抜け、その穴埋めに元ライバルのブルース・バンド、チキン・シャックにいたクリスティーン・パーフェクト改めクリスティーン・マクヴィー、そしてバンド初のアメリカ人、ボブ・ウェルチを加えた体制での最初のアルバムですね。

 

 ここでのメインは前作同様、ダニー・カーワンなんですが、どっちかというとカーワン自身の曲もソンガーソングライターっぽい感じで、クリスティーンもチキン・シャック時代のブルーズから、よりキャロル・キングに寄った感じのヒップするピアノを主体にした洗練されたソウルフルなポップスに移行しますね。でも、中でも一番バンドを変えたのはウェルチですね。彼のコード進行はジャズやソウルに影響を受けたもので、よりアーバンな色合いが強くなります。中でも、このアルバムのタイトル曲の「フューチャー・ゲーム」は、そんな新しいマックの姿を印象づけていますね。

 

 よく、マックが70年代半ば以降に世界的なメガヒット・バンドになった際、その昔のブルーズ・ロックを懐かしむファンがあたかも彼らはセルアウトしたかのような言い分で、一番嫌なのはすごく性差別的な感じでそれを主張する感じのことを言う人をたまに見かけたことありますが、それは彼女たちのせいでそうなったのではありません。責めるべきものが仮にあるとしたら、それがこのアルバムからなんだと思いますね。

 

 

11.Peter Green's Fleetwood Mac(1968 UK#4, US#196)

 

 これがフリートウッド・マックの最初のアルバムですね。

 

 彼らはいわゆるロンドンのブルーズ学校とも言われるジョン・メイオールズ・ブルースブレイカーズ(クラプトンもここ在籍の経験あり)のメンバーだったドラマーのミック・フリートウッドと”マック”にあたるベースのジョン・マクヴィー、そして初代フロントマン&リード・ギタリストのピーター・グリーンの3人にスライド・ギタリストのジェレミー・スペンサーの4人でキャリアをはじめています。

 

 フリートウッドもマックもかなりうまいんですけど、彼らのうまさはどっちかというと後になればなるほど発揮されて行ったのに対して、もう、この頃は圧倒的にピーター・グリーンですね。あのピーンと張ったブルーズ・ギターに、ソウルフルで説得力ある歌声。ロンドンのブルーズ・ロック・シーンでひときわ注目された理由もわかります。あと、アルバム未収録ですけど、後にサンタナがカバーしてビッグになった「ブラック・マジック・ウーマン」のオリジナルもピーター・グリーンですからね。この当時は、ストーンズにせよ、クラプトンのクリームにせよ、このロンドンのブルーズ・シーンから出て来たにもかかわらず、ロックで成功していたことで、「より本格的なブルーズでの成功を」と期待していた人も多かったのかな。このアルバムは、その当時のロンドンのブルーズ・ブームを象徴する作品としてロック史に残っているのもわかります。

 

 ただなあ、そうとはわかってはいるんだけど、僕自身としては若干疑問というか、違和感もある作品ではあるんですよね。それはこの作品というより、この当時のロンドンでのブルーズ・ブームに関してですけどね。先にも書いたけど、これ、当時の黒人にとってみれば、「自分たちの社会で10数年前に流行った音楽を、何で今、白人が血眼になってやってるんだ」という疑問も後追いでよく聞いた話だし、僕自身も1968年くらいといったらJBとかスライ&ザ・ファミリー・ストーンとかモータウンの当時のリアルタイムのものを好きで聞いていたりもするので、やっぱ、僕も違和感あるんですよね。「それで黒人文化をリスペクトしてると言われても」みたいなとこは正直あります。それがクリームとかジミヘンみたいに、その基本マナーを逸脱して行けばカッコいいんですけどね。ただ、実際にこの時期のマック、そういうアルバムも作っていて、それを僕はトップ10に入れたんですけどね。

 

 

閑話休題1 ベスト盤やライブ盤もチェックする必要のあるマック

 

 今回はスタジオ・オリジナル・アルバムに限ってやっていますが、マックの場合、ベスト盤、ライブ盤もマメにおさえておく必要のあるバンドです。

 

 それは「ライブに定評がある」というのももちろんそうなんですが、彼らの場合、ライヴ盤、ベスト盤に遠慮なく新曲入れてくるんですよ!

 

 それは1980年の「Live」で3曲、1988年の「Greatest Hits」で2曲、1997年の再結成ライブ盤「The Dance」でも4曲の新曲が収められていました。あと1992年に出たバンド結成25周年ボックス・セット「ザ・チェイン」にも2曲新曲が入っていましたね。

 

 

 今言ったのは、いわゆる黄金時代ラインナップの頃ですが、ピーター・グリーン時代にも「The Pious Bird Of Good Omen」という、初期シングルの編集盤もあるし、「Vaudeville Years」といったグリーン期のベスト盤も出ています。

 

 

 ただ、惜しむらくはダニー・カーワン、ボブ・ウェルチの時期のベスト盤が上手い具合に存在しないんですよね。ボックスセットがそのあたり上手く汲み取っていたんですけど、あのボックスも今のストリーミング・サーヴィスで紹介しているところもないですしね。

 

 

author:沢田太陽, category:FromワーストTo ベスト, 09:56
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全オリジナル・アルバム From ワースト To ベスト (第11回)ザ・クラッシュ 

どうも。

 

 

ちょっと間があいてしまいましたが、ようやっと、これ行きましょう。「From ワーストToベスト」。なんで間隔空いちゃったかというと、やるはずだったものを無期限延期したからなんですね。その飛ばしたネタもいつかはやりたいんですけどね。

 

 

 ということで、今回はこれです!

 

 

 今年でデビュー作発表から40周年のパンクの雄ですね。ザ・クラッシュをやりたいと思います。

 

 なんとなくわかっていただけるのではないかと思うのですが、今回からルール変更です。これまでは、9分割の写真を見せて、「これだけの枚数に足りるアーティストを対象にする」というやり方だったんですけど、僕が、もっと器用にジャケ写並べをデザインできる携帯アプリを見つけたので、それを活かすべく(笑)、「9枚に達しないでもやっちゃおう!」ということにしました。やっぱ、9枚って、かなりのキャリア積まないとできないしね。そう考えると、ちょっと足かせでもあったんですよね。ただ、やっぱり、この企画やって面白いのは、最低限5枚は必要ですね。4枚くらいだと、やっぱりまだキャリアの起伏が出ないタイプのアーティストもいますからね。なので、今後は「5枚以上アルバムを出したアーティスト」ということにさせていただきます。

 

 

 では今回は6枚のアルバムが対象となりますが、早速6位から。

 

 

6.Cut The Crap(1985  UK#16 US#88)

 

やっぱ、どうやっても、このラスト・アルバムにしかならないですよね。これ、クラッシュ側も作品として認めたがらないところがあって、ここからの曲はベスト盤にはほとんどのケースで入れられないし、ストリーミング・サービスでも、これだけは聴けません。なので今回もyoutubeで聴いています。

 

 これ、後にはじまったことじゃなくて、当時からそういう扱いだったんですよね。僕が高校1年のころ、日本でも大した宣伝もないままポロッと世に出されて、雑誌で広告見て「エッ、出てたの?チャートにもなんにも入ってないじゃん!」と驚いたことを覚えてます。それまで、それなりに好きで期待してましたからね。

 

 ただなあ〜。このアルバム、そうなっても仕方がありません(泣)。これ、本当に、あの栄光の奇蹟を築き上げて来たあのザ・クラッシュの作品なのか、今でも疑いたくなります。とにかく、あの当時のエイティーズ・アレンジが耳を覆いたくなる位にひどい!あんな、今聴いてもショボショボのテクノロジーに頼って一体何をしようとしていたのか。音楽的にも新しいアイディアも何にもないし。ミック・ジョーンズが抜けて、実質、最後まで残ったポール・シムノンと、その後のキャリアも全然わかんないような後任メンバーとのあいだに何のケミストリーも持てないままジョー・ストラマーがひとりで自滅したアルバムだったんだな、と思いますね。

 

 

閑話休題1 80年代後半に再結成してたらなあ・・

 

 こと、再結成に関しては「もう一度見れてうれしい」と言う声と「黄金期に泥を塗る気か」の両論がいつもつきがちですが、クラッシュに関して言えば、僕は「やって欲しかった」派ですね。やっぱり、この上に書いたこの最後のアルバムの印象があまりに悪いんだもん。これを帳消しにするようなアルバムを作って終わり・・でも良かったんじゃないかな。

 

 実際に、再結成するのに良いタイミング、ないことはなかったんですよ。ひとつは80年代後半。それはミックがやってたビッグ・オーディオ・ダイナマイトのセカンド・アルバム「No.10 Uprising St」にジョーが共同プロデューサーと5曲のソングライティングで参加したときですね。このときの感じが良かったんで、このままなだれ込んでクラッシュやっちゃうのも手だったと思うんですけど、この当時なまじBAD売れてましたからね。イギリスだとアルバム11位まで上がってましたからね。このとき、ミックが勢いあるように見えてましたからね。

 

 ただ、ジョーがこのあと、89年に「Earthquake Weather」っていうソロ出したり、ポーグスにプロデューサーや、場合に寄ってはヴォーカルで入ったりして復調しつつあったときに、ミックの方がBADやってはいるけど、ちょっと倦怠期みたいになってたから、そこのタイミング逃さなかったら、いい補完関係も出来ていい感じでまとまっていたんじゃないかなあ・・とは思うんですけどね。ジョーは、それまでのパンクとレゲエにフォークの要素を混ぜた、ある意味わかりやすい感じがまとまって来出した頃で、ミックの方が器用な多様性が逆にネタ切れになりつつもあった頃だし。まあ、「たら・れば」が禁句なのはわかるんですけどね。

 

 

5.Sandinista(1980 UK#19 US#24)

 

 続いては1980年発表の問題作3枚組ですね。これ、順位こそ高くしなかったんですが、僕個人的には思い入れがあります。というのも、これが最初にクラッシュを知った作品なんで。アルバム未収録の先行シングルの「バンクラバー」、そしてシングル・カットされた「ザ・コールアップ」が僕のその当時好きで聴いてた福岡のAM局でよくかかってたんですよね。

 

 ということもあり、最初、「パンク」がなんだか、意味をわからなくした作品でもあります。だって、曲調、思いっきり、レゲエとスカですからね。その理屈をわかれといっても、小学校5年生ではあまりに無理でした(笑)。だから、最初にクラッシュのルックスをミュージック・ライフで見た時、「こんなリーゼントの人たちなんだ!」とビックリしたことも覚えてます。

 

 そんなこんなで、これは3枚組の大作で、言って来たように、レゲエ、とりわけダブ色の濃い、実験的な作品でもあります。もちろんそれだけじゃなく、その前のアルバム同様、ファンクやジャズ、ロカビリーの路線も受け継がれてますけどね。この頃はどっちかと言うと、ジョーの気合いがサウンドの拡張に走らせて、リズミックな曲で不器用な熱いヴォーカルを聴かせて、ミックの曲がちょっと肩の力の抜けたギター・ロックでいい息抜きになる印象が強かったですけどね。

 

 そういう要素に加え、ポール・シムノンやトッパー・ヒードンもヴォーカルとってるので、なんかいうなれば「パンク版ホワイト・アルバム」の趣きもあります。歌詞的にも、より世界規模で独裁体制に立ち向かったりもして視野も広がってます。そう考えればいいんですけど、ただなあ〜。これ、最後の方に行けば行くほど聴くのちょっとかったるくなるんですよね。とりわけ3枚目になると、メンバー以外の人たちがヴォーカル取ったりするのは、やっぱ、なんか抵抗があるんだよなあ〜。すごく「みんな仲間だ」というリベラルな発想の産物だとも思うんですけど、やっぱ、「バンド」という小単位のもとでそれをやっちゃうと締まりがなくなっちゃうんですよね。そこらで腑に落ちなさはどうしても残る作品になってしまいます。

 

 

4.GiveÉm Enough Rope(1978 UK#2  US#128) 

 

 セカンド・アルバムですね。「動乱(獣を野に放て)」と言う邦題でも有名な作品です。

 

 これはですね。ぶっちゃけ、3位と入れ替えるか迷ったというか、本当は最初はこっちを3位にしてたんです。というのも、僕はこのアルバムでプロデューサーのサンディ・パールマンがやった音作りにすごく意味があったと思ってるから。パールマンはアメリカのハードロック・バンドのブルー・オイスター・カルトのプロデューサーで、「なんでそんな人がパンクバンドを手がけるんだ」といぶかしがった人は当時多かったと伝聞で聴いています。

 

 

 ただ、僕にとっては、このアルバムでサウンドに重厚感が出たことによって,彼らがロックンロールの部分でより骨太になり、そこに成長も感じていました。それからパールマンに加えて、ドラムがトッパー・ヒードンになったでしょ。彼の手数と、アタックの強さもクラッシュの根底部分をより強固な物にしていると思います。

 

 

 ただなあ〜。このアルバム、表向きに目立つ曲が少ないんだよなあ。たしかに「」トミー・ガン」イントロの畳み掛けはパンクロック史上に残せるくらいに本当に大好きなんですけど、もしこれに「I Fought The Law」「White Man In Hammersmith」とか、この前後のシングルの代表曲がみんな入っちゃうようだったら、こっちに軍配あげてましたね。

 

 

3.The Clash(1977  UK#12  IS#126)

 

 と言うわけで、デビュー作の方が3位です。

 

 いわゆる、「ロンドン・パンク勃興」を記録する記念碑的な作品ではあるし、その瞬間のドキュメント的な要素でほぼ永遠に評価される作品でもあります。

 

 個人的に言うと、音そのもののインパクトでは、先ほどもいったようにセカンドの方が安定はしているし、クラッシュというバンドの場合は、「ファーストのときからその後にいかにサウンドを積み上げていくか」ということに魅力があったバンドだし、そう考えると、このアルバム、むしろ下位に入るべきだとさえ思います。

 

 

 ただ、そうではありながらも、このアルバムにある歌詞で歌われていること。それが当時のイギリスでパンクの登場と共に自分たちの姿を見つけていった若者たちの心情と社会背景を克明に描き出している点ではこのアルバム以上のものはないんですよねえ。犯罪が多発している時期ではあったんだけど、それを背後から呼び込んだ経済や階級の格差や人種問題(アメリカでなく、イギリスにもれっきと)、権力者や警察の横暴さ、そして、社会全体から漂う「とにかく退屈で仕方ない!」という気持ち。これがいつわりなく込められている点で本作はやはり大きいですね。セックス・ピストルズの「勝手にしやがれ」も、その当時のロンドンの若者たちの欲求不満やシニシズムは伝わる重要作ではあるんですけど、こと、社会描写まで含めた場合は、こっちの方に分があるかな。

 

 あと、「レゲエとこそ泥」に代表されるように、この当時からパンクとレゲエのレベル・ミュージックとしての共通性を見出してカバーするような洞察の深さと音楽的先進性に関しては、この初期の段階から既にあったんだなとも感心させられますね。

 

 

2. Combat Rock(1982 UK#2  US#7)

 

 これはクラッシュ史上、最も商業的に成功したアルバムです。これは僕もリアルタイムでしたね。特に「ロック・ザ・カスバ」が全米トップ10入りしたときは、その当時もパンクの意味なんてわかってなかった中1でしたけど嬉しかったものです。

 

 このアルバムに関しては、残念なことに、いまだに悪く言う人が存在します。それは「元が2枚組なのに1枚にしたから」とか「セルアウトした」みたいなことを言う人ね。それに関しては、1982年当時の、そうですね、その当時の大学生くらいの人の考えとしてはわからないではありません。

 

 だけど、「サンディニスタ」であまりにもとっ散らかり過ぎた方向性を収束させる必要って絶対あったと思うし、その結果がシングルとしてクラッシュのみならず、その後、何世代にわたりアンセムになり続けている「ロック・ザ・カスバ」「シュド・アイ・ステイ・オア・シュド・アイ・ゴー」「ノウ・ユア・ライツ」「ストレート・トゥ・ヘル」なら却って良くないですか、それ?今もときたまいますけど、実験性とか難解さを「良し」とする基準の人って、「普遍性」の基準を見落として独りよがりになりがちです。後に何年も聞き継がれることの方が遥かに大事ですよ。

 

 それに、ロンドン・パンクが1977年の瞬間的な欲求不磨の爆発に終わらずに世界的な音楽ムーヴメントになり、それが保守的なアメリカの音楽市場で5年かけて伝わり、「もうひとつの音楽文化」の頂点的な存在にまで上り詰めたことってすごく意味があると思うんですよね。1983年に彼ら、このアルバムの成功をひっさげて、US フェスティバルっていう、その当時すごく話題になったフェスのヘッドライナーをつとめてるんですけど、やっぱ.僕はその印象が強く残ってますね。このフェス、4日やって、ほかの日のヘッドライナーがヴァン・ヘイレンとボウイとウィリー・ネルソンだったんですけど、その中で「パンク/ニュー・ウェイヴの日」のトリとして、こういうビッグ・ネームと肩並べたわけですからね。これはすごく意味があったと思うんですよね。

 

 仮にクラッシュにこうした姿勢と業績がなかったら、U2は社会的、政治的なスタンスを保ったままでのアメリカでの記録的な成功もなかったでしょうし、ニルヴァーナとかパール・ジャムを筆頭としたグランジ/オルタナティヴによる「インディとメインストリームの逆転現象」も起こらなかったかもしれない。そう考えたら、「コンバット・ロック」がもたらしたものって、やっぱりかなり大きいんですよね。

 

 作品的には、アナリグでいうA面にそうした名曲が固まり、B面が「サンディニスタ」と同様の混沌だったりはするんですけど(笑)、そんなとっちらかった状態は残しつつも、でも同時にポップな普遍性を持つことにも成功した希有なアルバムとしても語り継ぐ価値が十分あると思います。

 

 

閑話休題 その2  ジョーが生きた状態で、21世紀の彼らを見てみたかった・・

 

 2002年のクリスマス頃にジョー・ストラマーは犬の散歩の後にひっそりと世を去ってしまいましたが、これは本当に返す返すも惜しかったことです。

 

 1999年からメスカレロスを率いてソロ活動を本格化させ、アルバムも2枚出していた矢先でしたからね。99年にはフジロックにも来て話題になっていました。このあと遺作で「Streetcore」という作品も出たんですけど、この遺作が内容的に一番良かっただけに、それもなおさら残念でしたね。しばしのブランクの後、ようやく油が乗りはじめてたのかなと思えただけにね。

 

 ジョーの場合、ソロ転身後は良くも悪くも「音楽のパターンが非常に見えやすい人」で、「パンク、レゲエ、フォーク、ワールド・ミュージック」のパターンが事前にわかってしまうので意外性には正直欠けました。なんだけど、遺作の頃になると、そうした音楽形式を度外視した次元で、曲そのものの説得力に力が戻って来てたのが非常に惹かれます。これが続いていたらな・・と思いますね。

 

 あと、クラッシュのあとにポーグスに合流したのもそうなんですけど、ジョーはどんなに頭が良くても決してエスタブリッシュとかスノッブに走ることなく、貧しく、知識もそんなに持ち得ないような層の見逃せない本音とか事実とかを拾い上げるのがすごく上手いですよね。こういうところも、現代社会における、トランプ支持者みたいな人たちを、どうしてもエスタブリッシュされた知的な方向性でしか叩けないから埒があかないもどかしい状況なんかを見てると、ジョーみたいなスタンスって非常に大事だなと思うんですけどね。あれ、真似しようと思っても出来ないからすごいと思います。

 

 それから、同じ頃にミックがリバティーンズのプロデューサーとして当てたり、ポール・シムノンがデーモン・アルバーンのグッド・バッド&クイーンズのメンバーとして活躍する姿を見ると、そこにクラッシュのエッセンスが継承されたようで嬉しかったですね。リバティーンズの庶民の本音の中に潜むとんでもない知的な文学性とか、デーモン・アルバーンの音楽の方向性のジョーに近い資質なんかを見るとなおさらね。

 

 

1.London Calling(1979  UK#9 US#27)

 

 まあ、1位はこれ以外ないですよね。「ロンドン・コーリング」です。

 

「サンディニスタ」のとこで話したように、福岡のAM局でこのアルバムのタイトル曲もよくかかったので、これも小学生時分から馴染みのある曲ですが、アルバムがすごいと言う話しを知ったのが、僕が大学1年のときにこのアルバムがローリング・ストーンの「80年代のベスト・アルバム」に選ばれたときですね。その頃にたしかCD買ってますね。ただ、「サンディニスタ」とか「コンバット・ロック」から先に知っていたこともあって、サウンド的に拡大した彼らから先に知ってしまい、初期を後で知ったので初期に違和感あったんですよね(笑)。あの当時、日本のバンドブームでのパンクバンドがすっごい苦手だったもので、ロンドン・パンクに23〜24歳まで偏見があったことをここで告白しておきます(笑)。

 

 ただ、今も昔も、いつ聴いてもこのアルバムの多様性には脱帽しますけどね。パンクにはじまり、レゲエというのはこれまでもありましたが、ロカビリー、ソウル・ミュージック,ジャズ,ゴスペルに到るまで、ロックの先祖めぐりや、この当時の現在進行形での多様化したリズムに対応することでロックを重層的に先に進めようとするような高い志が感じられますね。それを、プログレがやったのではない、ロックンロールの基本に忠実な方法論でやろうとしているのが感じられます。

 

 あと、このアルバム、引用のセンスがすごいですね。「ブランニュー・キャディラック」のネタ元の50年代のロカビリー・シンガーのヴィンス・テイラーなんて今でさえも「誰だよ?」と思うし、歌詞にしても、スペイン内乱や、俳優のモンゴメリー・クリフトにまつわる私生活に到るまで、単なるレベル・ミュージックを越えてストーリーテラーとしての引き出しがすごいんですよね。モンゴメリー・クリフトは映画史の方で後追いでいろいろ見ましたけど、クラッシュ経由ではなかっただけに、後になって「The Right Profileって彼の曲だったんだ!」と驚いたものです。

 

 あと、理屈超えてクラシックになったアンセムも満載ですね。「ロンドン・コーリング」「トレイン・イン・ヴェイン」「ブランニュー・キャディラック」「スパニッシュ・ボム」「ガンズ・オブ・ブリクストン」「ロスト・イン・スーパーマーケット」「ルディ・キャント・フェイル」「クランプダウン」・・。これだけ単体で十分行ける曲がベスト盤のように詰まっている時点でも既に名盤だと思いますけどね。

 

 

・・と言った感じでしょうか。

 

 

 次回ですが、予定としては,早ければ来週の半ばくらいにやります。僕的にかなり思い入れの強いもの(毎回強くはあるんですが、その中でも)をやります。お楽しみに。

 

 

 

 

author:沢田太陽, category:FromワーストTo ベスト, 08:49
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全オフィシャル・アルバム From ワースト To ベスト (第10回)グレイトフル・デッド その2 10−1位

どうも。

 

 

 

では、From ワースト To ベスト、グレイトフル・デッドのその2、トップ10行きましょう。10位はこれです。

 

 

10.Anthem Of The Sun(1968 US#87)

 

 10位は1968年発表のセカンド・アルバムですね。これは、なんとなく世間が持ってるデッドのイメージをある程度体現したアルバムなんじゃないかと思います。思いっきり60sのサイケでジャズっぽくって、長尺の演奏がある感じで・・。と、ある意味そうだと僕も思います。

 

 ただ、僕が今の耳で聴いて思うに、この当時の彼らのライブを現すのに、このスタジオ盤でもまだ足りてないんじゃないかな、と思いましたね。意欲はあるけど、追いつききっていないようなもどかしさがあるというか。曲は「The Other One」や「Born Cross Eyed」とか、良いのあるんですけど、せめてこのアルバムにシングルで出た「Dark Star」の長いヴァージョンが入っていたらなあ。この当時の技術の制約が悔やまれるとこです。その分、ライブで表現しようの気持ちが強くなったところもあると思います。

 

 

9.Wake Of The Flood(1973 US#18)

 

 これが初代キーボードのピッグペンが亡くなって、レーベルをワーナーを離れて自主レーベルで出した最初のアルバムですね。ここからしばらくキーボードがキース・ゴッドショーと言う人になって、彼の奥さんのドナがバック・ヴォーカルとして参加するんですけど、この加入でいきなり違うバンドみたいになるんですよ。この当時のカーティス・メイフィールドみたいなソウルとか、レゲエとかにトライしてね。これまでのヒッピーでサイケだったりレイドバックしたイメージから、ガラッと洗練されます。中でも「Eyes Of The World」って曲に至っては、なんか渋谷系みたいです(笑)。これ、この当時のファン、戸惑ったんじゃないかなと思うんですけど、僕はすごく歓迎な変化ですね。

 

あと、こういう路線になると、名手ジェリー・ガルシアのギター・テクニックが冴えますね。彼の中のジャズの素養も引き出されるというか。

 

 

8.Terrapin Station(1977 US#28)

 

 自主レーベルでのリリースをやめて、アリスタに移籍した第1弾ですね。このとき、アリスタってCBSの総裁だったクライヴ・デイヴィスが作ってたんですけど、デッドの他にもキンクスやルー・リードもこの頃に移籍してるんですよね。そう考えると、アーティストの狙いはすごくカッコいいんですけどね。このアルバムですが、「洗練されたデッド」というキース・ゴッドショー加入以後の路線は継ぎつつも、すごく骨太でファンキーになってて、この感じだと、ちょっと離れていたデッドヘッズも戻るんじゃないかなと思えるほど、ソフィスティケイトされつつも硬派な感じがあります。

 

 このアルバム、ヴォーカル面でいうとボブ・ウィアーが全部やってて、1曲はドナ・ゴッドショーが全部ヴォーカルという点でもすごく異色です。B面の組曲はジェリーですけどね。このあたりの手腕は、当時売れっ子プロデューサーだったキース・オルセンの手腕かな。

 

 

7.Working Man's Dead(1970 US#28)

 

 デッドのレイドバック路線の最初のアルバムでもあり、いわゆる「歌もの」のデッドのアルバムの中でも人気の作品ですね。

 

 デッドって、元々がグリーングラス(カントリーのルーツみたいなもの)のバンドだったので、このとき流行りはじめたカントリー・ロックの対応は難しいことではなく、その奥深さを見せてますね。あと、クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングばりのヴォーカル・ハーモニーも全然負けてません。「Uncle John's Band」をはじめ、名人級のフォーク、カントリーが聴けますが、よく聴くとリズムが案外骨太でR&Bっぽかったりするのもミソです。

 

 

6.Europe 72(1972 US#24)

 

 これはロック史にも残る名作ライヴ盤です。なので、本当はもっと高くしようかとも思いましたが、あえてこの順位で。

 

 なぜかというと、この1972年のヨーロッパ・ツアー、実は全音源録音されてて、それが全部配信で聴けるんですよね。なので、そっちを聴いた方が、72年にリリースされたこれよりも圧倒的に良いんですよねえ。というのも、このときに出たヴァージョン、ハイライトの抜粋で、曲間が全部フェイドアウトしてるんですよ。なので、ライヴ会場にいるみたいな臨場感が今ひとつ伝わらないというか。

 

 それよりは、ネットで評判調べて、このヨーロッパ・ツアーのベストのものを聴いた方が良いと思います。よく評判を聴くのは、ツアー最終日のロンドン公演の人気が高くて、あとはフランクフルト、パリあたりも人気が高いですね。

 

 

5.The Grateful Dead(1967 US#73)

 

 今から50年前の1967年3月にリリースされたデビュー作です。いわゆる名盤選にそこまでの頻度で載る作品ではないんですが、僕はこれ、ものすごく良いアルバムだと思いますよ。バンドのポテンシャルの高さをこの時点ですごく感じます。おそらく、人によって評価がさほど高くないのは、彼らがこの時点でガレージ・ロックのバンドみたいに聞こえるからじゃないかと思うんですが、大のガレージ・ロック好きの僕にはそれだからこそ好きだし(笑)、そこに先ほども言ったようにブルーグラスからの影響も感じさせるし、ソウル・ミュージックの雰囲気もあるし、さらにはこの当時の他のガレージのバンドにはなかったフリー・フォームのジャズっぽさを早くも垣間見せるときもあって。特にオルガンがこのアルバム、大活躍するんですけど、これを弾いてるのがピッグペンですね。この当時はジェリーのギターよりもむしろ良いくらいです。これはもっと評価されていいんじゃないかな。

 

 

4.Grateful Dead(Skull&Roses)(1971 US#25)

 

 これも定番のライヴ盤です。世間一般の評価ではこの次の「Europe 72」の方が高い気もするんですけど、僕が15年ほど前にデッドにハマった際は、こっちのアルバムの方をよく聴いてましたね。

 

 なんて言うんだろう。こっちの方がアルバムの起承転結があって、ひとつのライブをそのまま聴いてるような感じがするんですよね。こっちも曲間はフェイドアウトなんですけど、いろいろくっつけてあるわりには全体があたかも順番でもあるかのように聞こえるしね。あと、「Bertha」をはじめここだけで聴ける新曲もいいし、定番化するボブ・ウィアーのソロ・アルバム「Ace」からの「Playing In The Band」もいいし、マール・ハガードをはじめとしたカントリーのカバーも、そしてそしてデッドお得意の18分の長尺ジャムも。もっと評価高くても良いんですけどね、これ。

 

 

3.Aoxomoxoa(1969 US#73)

 

 

いわゆる「サイケの時代のデッド」のスタジオ盤だと、間違いなくこれが最高傑作ですね。

 

 この一つ前の「Anthem Of The Sun」ほどフリー・フォームを利かせてないんですけど、この当時のスタジオ盤で制約で表現出来そうにないことをあえてやるよりは、長くて5〜6分の尺で出来る楽曲で、「少し長くジャムりもするけど、根本的な楽曲がいい」というタイプの曲で名曲を多く生んでいるのがいいです。「St.Stephens」「Doin'That Rag」、そして「China Cat Sun Flower」に「Cosmic Charlie」。デッドにとっては不可欠な曲ばかりです。歌メロのコード感でも、すごくデッドらしい感覚を感じやすいアルバムだと思います。

 

 

2.American Beauty(1970 US#30)

 

 

 デッドのスタジオ盤での最高傑作に一般的にあげられますけど、僕もそれは同意しますね。

 

 これは1970年に2枚発表された、デッドのアーシーなレイドバック路線のアルバムの2枚目ではあるんですけど、やっぱ先の「Worklng Man's Dead」よりはこっちの方が上ですね。ライブやベスト盤の定番にもなる「Sugar Magnolia」「Truckin」「Ripple」「Friend Of The Devil」そして「Box Of Rain」と5曲もあるわけですけど、カントリーっぽさは、とりわけ「Ripple」に顕著なように前作よりも濃くなっているにも関わらず、その一方で「Box Of Rain」みたいな、その後のソフィスティケイト路線を先駆けたみたいな曲もあって、しかもそれが違和感なく収まっているのもいいんですよね。特に「Box Of Rain」は今の耳で聴いても新鮮なんじゃないかな。

 

 

1.Live/Dead(1969 US#64)

 

 

 1位はやっぱりこれですね!1969年の名作ライヴ盤、「Live/Dead」。

 

 まず、なにがいいかって、「これを聴いてからこそのデッド!」と思える長尺演奏がのきなみ目立つことですね。「Dark Star」で23分、「Turn On Your Love Light」で15分、「Death Dont Have No Mercy」で10分。そして、ギターのフィードバックだけで8分ですよ!これ以降のオフィシャルのライブ盤って、曲を聴かせることにも力を入れてるのもわかるんですけど、ここまでそのジャム部分を醍醐味もって聴かせたアルバムはないですからね。

 

 加えて、それがこの当時のデッドのみならず、「60年代という時代」そのものを象徴しているのもいいですね。この時代の、ロックそのものがどんどんフリー・フォームになって拡張して行く様子。これをドキュメンタリーのように捉えた生々しさもあります。60年代、サイケ、サンフランシスコ。これを巧みに象徴している本作がナンバーワンでよいと思います。

 

 

・・といった感じでしょうか。

 

 

次回ですが、早ければ来週にもやりますが、今回とはガラッと違いますよ。

 

 

author:沢田太陽, category:FromワーストTo ベスト, 14:31
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全オフィシャル・アルバム From ワースト To ベスト (第10回)グレイトフル・デッド その1 22〜11位

どうも。

 

 

今日はFromワーストToベスト、行きます。

 

前回のビートルズが「サージェント・ペパーズ」の50周年にちなんだものだったんですが、あのアルバムが現象となった1967年の夏は「サマー・オブ・ラヴ」と呼ばれ、音楽やアートはサイケデリック・カルチャーの影響で飛躍的な芸術的進歩を遂げ、遂には当時の世相にも物申して「世の中がロックで変えられるんだ」といった時代の空気感まで生んだ季節でした。

 

 

 きょう16日はその象徴的なイベント、サンフランシスコ郊外で行なわれた「モンタレー・ポップ・フェスティバル」から50年なんですね。そこで伝説のジミヘン、ザ・フー、オーティス・レディング、ジャニス・ジョプリンなどの歴史的名パフォーマンスも生まれたわけなんですけど、今回はそのモンタレーの出演者でもあり、サンフランシスコでのフラワー・ムーヴメントの頃のシーンの代表格だったこの人たち行きましょう。

 

 

 

 

はい。グレイトフル・デッドですね。

 

デッドって、そのサイケデリックなイメージとか、フリー・フォームのライブとか、デッドヘッズとか、クマさんのイメージでレジェンド化はしていますが、「代表作がよくわからない」と言う典型的なアーティストじゃないかなと思うんですね。僕も以前はそういうイメージ持ってたんですけど、幸いなことに僕にとってのデッドの先生みたいな人が何人かいたおかげで90年代の終わりから2000年越えたくらいまでに結構凝ってた時期がありまして。今回はそのことを思い出して、ちょっとやってみようかと思います。

 

なお、デッドですが、「ライブ盤聴かなきゃはじまらない」タイプのバンドでもありますので、今回はルールを少し変えて、バンド側がオフィシャル・リリースとしてカウントしている22枚のアルバム、ライブ盤を9枚含みますが、これらをランク付けしてみました。

 

では、行きましょう。早速22位から。

 

 

22.Dylan&The Dead(1989 US#37)

 

 ワースト・アルバムはボブ・ディランとの1987年のライブ盤ですね。「ディランとデッドの共演」というとレジェンド同士ですごそうですが、なんてことはない。これ、デッドがただ、ディランのバックバンドつとめただけってことだけですよ。しかも、デッドらしいプレイが特に聴かれるわけじゃなし。デッド側に取ってオイシい側面がほとんどありません。実際、デッド・ファンの中でもこれ、不人気ですね。

 

 

21.Go To Heaven(1980 US#23)

 

 ワースト2位は1980年のスタジオ・アルバムですね。このアルバムは、2代目キーボード・プレイヤーのキース・ゴッドショーという人(その直後に死亡)とその人の奥さんでバック・ヴォーカルをやっていたドナ・ゴッドシャーが抜け、3代目キーボードのブレント・ミッドランドという人が入ってのアルバムでしたが、結局何がしたいのかよくわからないままに終わってしまった感じですね。本人たちはなんとかバンドを立て直そうと、このアルバムの後にツアーはしっかりやったんですけど、このアルバムからの曲がとにかく印象に残らないです。悪い意味で「普通」のアルバムです。

 

 

20.Built To Last(1989 US#27)

 

 これがデッドのスタジオ録音での最後のアルバムですね。この一つ前のアルバムがデッド史上最大のヒット作になっているんですが、勢い落としちゃいましたね。なんか,先述した3代目キーボードのブレント・ミッドランドのポップ趣味が強くなり過ぎて悪い意味でのチープなエイティーズ・サウンドになっちゃってるんですよね、これ。特に最初の方でそれがキツくて、それで聴くの萎えますね。ただ、中盤から出てくるバンドのNo.2、ボブ・ウィアのソウルフルな歌いっぷりのさえるブルージーな曲の出来がよく、そこから引っ張るんですけどね、これ。ただ、結果的にこれがスタジオでの遺作になる中心人物ジェリー・ガルシアにとっては、なんかあまりキレの良さを感じないアルバムになってますね。

 

 

19.Steal Your Face(1976 US#56)

 

 1976年発表の2枚組のライブ盤ですね。実はこのアルバムだけ、ストリームのサーヴィスやってません。これは、デッドが一時期やってた自主レーベルでの作品でもあったので、CD化に際しても聴きにくい作品でもありました。これ、1974年の、彼らが活動休止を宣言した際の「しばしのさよなら」の公演(そしてすぐに撤回、笑)のライブなんですが、今ひとつ演奏に覇気が感じられないというか、「調子良くなかったのかな、やっぱ」と思わせる作品ですね。この当時彼らは、ライブの経費がkさむことと、初代キーボードの”ピッグペン”ことロン・マッカーナンが亡くなったショックを引きずっていた頃でもあったんですけどね。

 

 

18.History Of The Grateful Dead Vol.1(1973 US#60)

 

 これは1973年、彼らが最初に所属したレーベル、ワーナー・ブラザーズでの最後のアルバムです。ベスト盤みたいなタイトルですけど、これ、ライヴ盤です(笑)。そんなに悪いアルバムではないんですけど、ただ、その前に出たライブ・アルバムのヴォリュームがドッシリだったこともあって、11曲収録でもなんか短く聞こえちゃうし、カバー曲があまりに多すぎるのも(普段からライブでは多いですけど、それでもね)ちょっと「そこまで偏らなくても」とは思うんですよね。

 

 ただ、それよりも、「これ、レーベルとの契約消化のために無理矢理こしらえたでしょ?」というのが見える感じが順位を下げる最大の要因になってるかと思います。

 

 

17.Dead Set(1981 US#29)

 

 これはデッドが1981年に出した2枚のライブ・アルバムの一作ですね。会場の一つになったサンフランシスコのウォーフィールドは僕も1回行ったことあります。これは、その前に出たライブ盤と基本同じライブのものの中で、通常のロックでのフォーマットの演奏を収めたものです。ただ、普通のヴォーカル曲が多過ぎて、彼ららしい醍醐味であるロング・ジャムの類いが聴かれないんですよね。なんか普通のライブに終わってしまってます。せっかく、収録曲そのものは多かったんですけどね。

 

 

16.From The Mars Hotel(1974 US#16)

 

 このアルバムは、デッドの自主レーベルからの第2弾アルバムであると同時に、キース&ドナ・ゴッドショー夫婦を迎えての2作目でもあります。実はこの一作前でかなりドラスティックな冒険をやってたりするんですけど、このアルバムはそこまで冒険的なことはやらずにアーシーでややファンキーなテイストに収めてます。ただ、その泥臭さの中にちょっと洗練された妙味があり、聴いててなんか、この当時のリトル・フィートを思い出すんですけどね。・・と思っていたら、後年、その印象が正しいと思えることが起こります。

 

 

15.In The Dark(1987 US#6)

 

 これは商業的に最も成功した、1987年のアルバムですね。この中からはシングルになった「Touch Of Grey」も全米トップ10ヒットになっています。僕もこれはリアルタイムでよく覚えてます。僕の中で過去の歴史になっていたバンドが急にヒットを出したので驚いたのと、ジェリー・ガルシアのモジャモジャの白髪が年齢(当時45歳)よりも随分年上に見えて、必要以上に古い世代のバンドに映ったものでした。

 

 このアルバムですが、これまでのデッドにない軽快なポップ感のあるアルバムですね。それを人は「エイティーズ」と呼ぶのかもしれませんが、そこまでオーヴァー・プロデュースの作品でもないところが嫌みになりません。曲もコンパクトでわかりやすい曲が多く、70sっぽい土臭さが少なくなった分、あの当時のリスナーに聴きやすかったのかな、という印象があります。特にセルアウトな印象も与えてなく、むしろファンの間では好意的に受け止められてます。

 

 ただなあ。今の耳で聞いちゃうと、逆に、特に強調すべき特徴もそんなにないアルバムなんだよな、これ。通して聴いてみて、そこまで強い印象に残らなかったんですよね。これ、スタジオにして7年ぶり、ライブ盤からでも6年ぶりと、当時のファンの渇望感を刺激するものがあったのと、時代にあったサウンドになったことで需要にハマったのかな、などとも思いますけどね。

 

 

14.Reckoning(1981 US#43)

 

 1981年に出た2枚のライヴ盤の最初のヤツですね。こっちはアコースティック・セットの楽曲を集めた作品です。

 

 その前にかなり洗練された方向性に行っていたデッドからすれば、かなり落ち着いたシンプルな内容のライブなんですが、このときに70s初頭のカントリー、フォーク路線の曲、またはそれに近いタイプの楽曲を多くやってるんですよね。もしかして録音された1980年という時期から考えたら「古くさいことを」と思われたりしたかもしれないのですが、デッドの時期でも楽曲が最も脂が乗っていてファンも多いモードの曲調ですからね。そういうのって、特に後から追って聴くと耳によく聞こえますよね。今回、これの順位が高くなったのはそうした理由です。

 

 

13.Blues For Allah(1975 US#12)

 

 先述の、1974年のゴタゴタによる活動休止を撤回して作ったアルバムですね。そのスッキリシたバンド側の気分が伝わったのか、全米アルバム・チャートで最高位12位と、この当時での彼らの自己最高を記録したアルバムにもなりました。

 

 この2つ前にガラッとイメージの変わるアルバムを作って、1つ前でやや戻したんですけど、今度はまたガラッとオシャレな方向に行ってますね、これ。1曲目の「Help On The Way」はカーティス・メイフィールドとかスティーリー・ダン思い出すアーバン・ソウルな曲だし、代表曲にもなった「Franklin"s Tower」もルー・リードの「ワイルドサイドを歩け」を意識した曲でしたしね。そう考えると、これ、なかなか強力なアルバムです。

 

 ただ、間にインストが入ったり、組曲になったりという展開が、僕はあんまり好きじゃないんですよね。そこが先にあげた2曲ほどのインパクトがないというかね。それでこの順位になったんですけどね。

 

 

12.Shakedown Street(1978 US#41)

 

 ワーナー〜自主レーベルと来て、最後まで在籍することとなるアリスタに移籍後2作目ですね。先に「リトル・フィートの感覚が」ということを書いたんですが、このアルバム、プロデュースが、そのリトル・フィートのフロントマン、ローウェル・ジョージです。彼は1979年に亡くなっているので、晩年の仕事、ということにもなります。

 

 やっぱり、「ファンキーで洗練されて」ということで言うなら僕は先の「Mars Hotel」よりもこっちの方が好きですね。ただ、僕がこのアルバムに印象がいいのは、ここからシングルになった「Fire On The Mountain」という曲がすごく好きだからですね。なんていうんだろう。AORにちょっとソウルとレゲエをほのかに入れた感じがすごくクールというか。彼ら得意のファルセットのハーモニーが最も生きた曲のひとつでもあるし。この曲に代表されるように、70年代の、特にキース・ゴッドショーがキーボード弾いてた時代のデッドはオシャレなんです。

 

 

11.Without A Net(1990 US#43)

 

 毎回11位は基本、「過小評価アルバム」枠なんですが、今回僕が選んだのは、オフィシャル・アルバムとしてはラストになる、1990年リリースのこのライブ盤ですね。

 

 これ、何がいいかって、デッドのライブの臨場感がダイレクトに伝わってくることなんですね。オフィシャルのデッドのアルバムって、曲間の歓声をフェイドアウトしてつなげたものが多く、実はそれでちょっと萎えるところもあるんですが、このアルバムに関しては編集がすごくうまくてですね、フェイドアウトしないで上手く続けてるから、ひとつのまとまったライブ聴いてるような気になるんですよ。ちょうどCDの時代になったこともあって、ある程度まとまった時間、連続して聴けるようになったことで、そういう聴かせ方ができるようになったのかな。アナログの時代だと、盤面に時間的制約がありましたからね。それが証拠に曲の長さ的にも10分台の曲が5曲もあってね。それも「ああ、デッド聴いてる」と言う気持ちにならせる理由にもなります。

 

 あと、「90年代にさしかかる頃になっても、ライブバンドとしてのデッドってやっぱりさすがだな。これだとさすがにレジェンドになるわな」と思わせる貫禄のライブをこの時期にやっていたことが伝わるのも良いです。たしかに、晩年のイメージが悪かったりしたらそれこそ過去の遺物になって、伝説にまではならなかったでしょうからね。ジェリー・ガルシアの存命中に機会があれば見たかったなと思わせるパワーがこの盤にはありますね。

 

 ちなみに3代目キーボードのブレント・ミッドランドも、このライブ盤が出る2ヶ月前に急逝してます。歴代の3人とも亡くなってるとはなあ。

 

author:沢田太陽, category:FromワーストTo ベスト, 09:58
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全オリジナル・アルバム From ワースト To ベスト (第9回)ビートルズ

どうも。

 

 

今日はFromワーストToベストの第9回をやりますが、もう、いきなり最大のものやります。これです!

 

 

 

 

はい!ビートルズ!もう、いきなりやります。

 

 

もう少し、節目のときでも良いかなとも思いましたけど、ちょうど「いわゆる最高傑作」と呼ばれるところの「サージェント・ペパーズ」のニュー・ミックス盤が出たばかりだし、「9」というのはビートルズにゆかりのあるナンバーだし、ちょうどいいかなとも思いまして。そのかわり、今年はもう、ストーンズとかツェッペリンとかディランはやりませんけどね。

 

 

では、本国イギリスでのオリジナル・アルバムの13枚に僕がどういうランクをつけたか、見て行きましょう。

 

 

 

13.Yellow Sabmarine(1969)

 

 13位は「イエロー・サブマリン」のサントラです。

 

 これは「やはり」というか、同様の企画があった際、必ずワーストに選ばれがちなんですが、それは僕も同じでしたね。やっぱり、半分がジョージ・マーティン作のインストというのが「ビートルズの作品」として見たときに番外っぽくどうしても見えてしまうこと。そして、ビートルズの側の曲が、これまたどうしても、これまでのあまり曲に聞こえてしまう。その辺の弱さがこのアルバムはどうしても出てしまうんですよね。

 

 

12.Let It Be(1970)

 

 はい。厳しいの、わかってます。これが好きな人が多いのもよく知っています。ただなあ〜。いくらビートルズだといっても、録音状態が不備な曲ではさすがに「原曲の良さ」だけでカバーするのも限界があると言うかね。「ゲット・バック・セッション」の録音状況がせめてもう少し良ければ,もう少しランクをあげたと思うんですけど、なんかガンダムで言うところの「ジオング感」が強いと言うかね。完成して世に出されても、「未完成作品」の印象が僕にはやっぱりぬぐえないです。

 

 それと、やっぱ、フィル・スペクターの手による「ロング&ワインディング・ロード」は、今回のこの企画のために改めてキャリアの最初から聴き続けた課程において、最後に突然やって来る強い違和感として、どうしても残っちゃうんですよね。

 

 

11.Help!(1965)

 

 これも低いかな、とは自分でも思います。大事な曲は入ってるアルバムなんですよ。タイトル曲をはじめ、「涙の乗車券」に「イエスタデイ」。ただなあ。ビートルズにとって非常に短命に終わった「フォーク・ロック」のモードが目立つ作品ではあるんですけど、ディランを意識した「悲しみはぶっとばせ」以外のフォーク、カントリー系のチューンの印象があまり強くないというか、ビートルズに似合っているとは正直思わないんですよね。特にアナログのB面は最後の2曲以外は正直弱い。しかも、ほとんどオリジナルなのに。その辺りがなんか不満なんですよね。

 

 

10.With The Beatles(1963)

 

 このセカンド・アルバムは、こういう企画をやった際、割と下位に来やすいですね。それはやはり、キャリア初期の、空前のアイドル時にシングル・ヒットを連発していたというのに、このアルバムにはそのことを示すシングル・ヒットが全然入っていないから。時期でいうと「シー・ラヴズ・ユー」とか「抱きしめたい」の時期だったんですけどね。まず、その時点でかなり惜しいです。

 

 ただ、それでも、僕がこのアルバムをそこまで下に下げなかったのは、ビートルズのルーツの感覚がこの前作以上にわかりやすくなっているから。チャック・ベリーの「ロール・オーヴァー・ベートーベン」が入っているだけでなく、モータウンからのカバー曲が3曲もある。1963年当時の白人アーティストで、モータウンの曲をアルバムで3曲もカバーした人たちっていないんじゃないかな。まだ、スプリームスの大ブームの前でもあるし。そういうとこに、すごく彼らの鋭いセンスを感じるんですよね。

 

 

9.Beatles For Sale(1964)

 

 これ、一般的にはビートルズのアルバムの中で指折りの不人気作です。その理由の多くは、このアルバムの制作エピソードにありますね。この当時、世界的なビートルマニアの最中で多忙を極めていた頃で、レコード会社も「先にアルバムの発売予定を決めて、それに合わせて、あたかもノルマでもあるかのように作る」みたいな感じで、仕方なく、収録の半分近くをカバーで埋めざるを得なくなったんですよね。

 

 ただ、僕としては、そんな、ややもすると「やっつけ」な感じのアルバムであるにもかかわらず、その割に楽曲レベルがきわめて高いので、意外と好きなアルバムなんですよね。それはたとえば、独自シングル・カットだった「エイト・デイズ・ア・ウィーク」が全米1位に輝いたのをはじめ、青春ソングの名曲ですね、「ノー・リプライ」、「アイム・ア・ルーザー」「アイル・フォロー・ザ・サン」と、やたら曲が良いんですよね。加えてカバーのセンスもここだと、チャック・ベリーの「ロックンロール・ミュージック」とか、リトル・リチャードのマナーに則っての「カンサス・シティ」とか、すっごくロックンロールでカッコいい。作られた背景とか動機がどうであれ、結果がすごく良いアルバムだと思います。

 

 

8.Please Please Me(1963)

 

 記念すべきファースト・アルバムですね。ビートルズの第一歩というだけでなく、ロックンロール、ロックバンド、イギリスのロック文化にとっても第一歩の作品です。やっぱり、下には下げれないですよね。ただ、とはいえ、この時期だとアルバムの半分がカバー曲だし、いささか黎明期ゆえに、ソングライティングの幅も限られてるから、これより良いものがどうしてもさらに上に来ちゃいますけどね。

 

 それから、このアルバムだけだと、まだ「ビートルズの何がすごいのか」ということを、シングル・ヒットした曲ほどには雄弁に物語ってはいないですね。僕の持論だと、シングル曲のレベルが「ラヴ・ミー・ドゥ」だったり、ここで披露しているシュレルズのカバーみたいなドリーミーみたいな感じから、一気に「プリーズ・プリーズ・ミー」の次元に駆け上った、そこに最初のマジックがあるなと感じていて、このアルバムはそうした飛躍の対比みたいなものが見えて面白いなと、今回聞き返してみて思いました。ただ、「アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア」「ツイスト&シャウト」的なものがあともう数曲あったらな、とは思うんですけどね。

 

 

7.Rubber Soul(1965)

 

 ここから先は、他のアーティストだったら余裕で1位のレベルですね。ちょっと次元が違いすぎる。ただ、そこをあえて言いたいこと、言いますね(笑)。

 

 

 7位は「ラバー・ソウル」です。このアルバムの何がすごいかというのは、ファーストから出た順に聞いて行けば一発でわかります。やっぱ、レコーディングのグレードが飛躍的にここであがっているんですよね。なんか急に音が圧くなっているうえに、楽曲構造そのものも3コードのロックンロールの域を超えた曲に発展してね。これ、当時リアルタイムで聴いた人はビックリしたろうなと思います。

 

 ただ、その後の耳で聴いた場合、このアルバム、メロウで感傷的な楽曲に代表曲が多いものだから、そうした時代背景のことを知らない人には「ポップスのアルバム」みたいな感じに聞こえてしまわないかな、ということですね。「イン・マイ・ライフ」「ひとりぼっちのあいつ」「ミッシェル」ってあたりが、もちろんすごくいいんだけど、良くも悪くもすごく今の耳にはお行儀が良すぎるというかね。「いいんだけど、これじゃブッ飛べない」というのが、僕が10代後半ではじめてこのアルバムを聴いたときの率直な感想でもありました。

 

 

6.Sgt.Pepper’s Lonely Hearts Club Band(1967)

 

 はい!言いたいことはよくわかってます。空気読めなくてスミマセン(苦笑)。

 

 いや〜、もちろん、50周年ですし、出たばかりのニュー・ミックスの出来も文句なしに素晴らしかったわけですけど、このアルバムが僕の中で特別だったことって、残念ながらないんですよね〜。

 

 もちろん、このあルバムが「1967年夏」という、特別な磁場にあったがゆえにひときわ輝いたのであろうということは僕も認めるし、当時に10代とかであれば、僕の意見も変わっていたかもしれません。だけどなあ〜。僕、どうしても、「シングル・カットを行なわない、アルバムのみで完結したコンセプト作」という概念の特別さというのが、今ひとつ理解できないんですよ。僕にとってみれば、「アルバム」というものには必ずシングル、もしくはリード・トラックというものが存在してほしいし、これが出て50年経っても「シングル・カットを行なわなかった名作」なんてものの方が数が圧倒的に少ないですよ。その意味で、このアルバムが今後のアルバム制作に直接的な影響を与えたとは思えないんですね。

 

 あと、これ、必ずしもビートルズの中で曲の出来が素晴らしいアルバムではない。個人的にポールの楽曲のレベルはすごくここでは高いと思うんですけど、ジョンのがなあ〜。1967年にジョンはキャリアを代表する曲を何曲も作ったのに、それがここだと「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」がそこに加わるくらい(ごめんなさい。「ルーシー」、そんなに好きじゃないです)で、「Being For The Benefit Of Mr.Kite」とか「Good Morning Good Morning」は正直弱いかな、と。せめて「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」をシングルじゃなくて、ここに入れてくれたらなあ。もちろん、ポールの「ペニー・レイン」込みで。

 

 あと、「音楽的実験性」という点に関しても、楽曲単位だと、この前後の作品ほどではない気がします。

 

 

5.Magical Mystery Tour(1967)

 

 というわけで、僕は同じ1967年の作品でも、こちらの方が好きです!

 

 それはやっぱり、ジョンの3曲、「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」「愛こそはすべて」、そして「アイ・アム・ザ・ウォルラス」!1967年のジョン・レノンを代表する曲が3曲揃って入っている。その時点で、やっぱ、こっちの方が僕には魅力あるんだよなあ。

 

 加えて。ポールも「ハロー・グッバイ」に「フール・オン・ザ・ヒル」「ペニー・レイン」でしょ?素晴らしいじゃないですか!それだけで満足です。

 

  もしこれが仮に、「シングル3枚を足した、映画のサントラ」みたいな、いかにも「寄せ集めてみました」という簡易な作りでなく、映画ももう少しまじめに作ってさえいたら、確実にもっとレジェンダリーな評価になっていたはずです。でも、僕は断然こっちですね。

 

 

4.A Hard Day's Night(1964)

 

  そして4位は、初期のスタイルではやっぱりこれが一番上に来ますね。「ハード・デイズ・ナイト」です。

 

 キンクスの回でも同じような行動をしましたが、僕はですね、「まだアルバムの時代ではなかった」として、初期のブリティッシュ・ビートのスタイルを世界中の10代に浸透させた功績が大きなものであるにもかかわらず、除外しようとするようとする動きが本当に嫌いです。そんなことを言っていたら、その当時の作品のアルバムでの評価が不当なものにしかならなくなるじゃないですか。大体、初期のビートルズが存在していなかったら、世界中でバンド文化そのものが出来ていなかったのにもかかわらず、ね。なんかその事実を無視するのも嫌なので、最低限1作品は初期作品を上位にしたいのですが、ビートルズなら間違いなくコレですね。

 

 このアルバムがまず画期的なのは、この当時、1964年当時の時点で、全曲オリジナルということですけど、僕にとってはこの件の方が快挙ですね.そして、この3枚目のアルバムにして、ようやくシングル曲でのパワーと華が,アルバム収録曲全体で反映出来るようになった。そこも大きいですね。そして、映画の方でもそのことはしっかり堪能できますが、彼らが時代を象徴するスーパー・アイドルだったこと。この事実もまぎれなく表現されています。

 

 本当はトップ3に入れることさえ頭にあったんですけど、上3枚はそれでもあまりに外せない作品ばかりでしたね。

 

 

3.The Beatles(The White Album)(1968)

 

 2位と3位はものすごく悩んだし、僕の中ではまだ逆にしたい気持ちもあったりするのですが、今回のところは「ホワイト・アルバム」を3位で行かさせてください。

 

 ビートルズというバンドがすごいのは、ロック史上において、バンド内個人主義が確立していることですが、4人が全員ソングライティングをやってヴォーカルも取った、あたかも4人のソロ作が同時に並立するかのような作品を1枚にした意味でこれ、画期的だと思います。そんな作品、50年近く経った今でも他に聴いたことないですからね。しかもこれ、4人がそれぞれ自分の作りたいように作った作品であるにもかかわらず、揃えてみると不思議な統一感があるというかね。

 

 各々見て行くと、このアルバムはジョン、ポール、共にかなり振り切ってると思います。ジョンには「ディア・プルーデンス」「グラス・オニオン「ハッピネス・イズ・ア・ウォーム・ガン」「セクシー・セイディ」といった、ある時期から顕著だったけだるい系統の曲での名曲が目立つし、ポールにも「ヘルター・スケルター」「バック・イン・ジUSSR」みたいなロックンロールがあったかと思えば「ブラックバード」「ロッキー・ラックーン」といったアコースティックでの名曲もあったり。この2人がライバル状態で一番沸点の高いとこでぶつかりあったの、やっぱりこのアルバムかな。

 

 数少ない難をあえてひとつだけいうなら、ジョージ・ハリスンの「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」以外の収録曲が弱いことかな。「サヴォイ・トラッフル」とか「ピギーズ」って、ファンしか知らない曲だと思うしね。

 

 

2.Abbey Road(1969)

 

 そして、僅差で2位は「アビー・ロード」ですね。

 

 「アビー・ロード」はどこが好きかというと、「ホワイト〜」から続く、「4人の個人主義」の形態は維持しつつも、それでも「同時に4人が一緒に揃って、バンドとして一緒に揃って作った作品でもある」ということですね。こっちの方は、「ソロ作の持ち寄り」色は「ホワイト〜」よりは薄いですから。

 

 そして、「4人が揃って、良い曲を自分で書いて自ら歌った」という意味でも、これが一番かな。率先したポールは「オー・ダーリン」「マッックスウェルズ・シルヴァー・ハンマー」に加え後述の偉業があるし、ジョンも、気持ちは離れつつある状態でも「カム・トゥゲザー」「アイ・ウォント・ユー」「ビコーズ」は作り得たわけだし。そして、今回はジョージが「サムシング」に「ヒア・カムス・ザ・サン」と、ビートルズのキャリア史上に残る名曲を第3メンバーにして最後に作りあげたことでも感慨深いかな。リンゴの「オクトパス・ガーデン」も2作の自作曲の中ではこれが1番です。

 

 でも、やっぱり1番の聴かせどころは、B面途中からの「You Never Give Your Money」(もしくは「Golden Slumber」)から「The End」に至る、ポールがまとめあげた、ビートルズが最後に力を合わせて完成させたロック・オペラですね。これに関しては、ポールが75歳になる今も元気でステージで表現し続けているうちに価値が上がって来ているようにさえ思います。この印象の良さで2位になったのかもしれないです。

 

 

1.Revolver(1966)

 

 そして1位は、やっぱ、どうしてもこれになっちゃうんだよな。「リボルバー」です。これがいわゆる、「ビートルズのグループ内個人主義」が芽生えた作品であり、かつ、一番実験的で刺激的な作品だと思いますね。

 

 

 このアルバムはまずジョンですね。サイケデリックな飛び方で言うと、当時、一番のポップスターでありつつ、アンダーグラウンドも含めて当時一番刺激的でもあったという。「トゥモロウ・ネヴァー・ノウズ」と「アイム・オンリー・スリーピング」を最初に聞いたのは10代終わり頃だったと思うんですけど、「ビートルズって、こんな曲も書いていたんだ!」と、いわゆるテープの逆回転というヤツを聴いて衝撃を受けたものでした。あと、ポールは,一方でストリングス、一方でホーン・セクションをロック式に導入するという、「スタジオ技術よりは多彩な楽器類」な彼なりの進化を果たしている上に、「フォー・ノー・ワン」のような、後にいろんな人たちからも参考にされた「ピアノ・ポップにおけるビートルズ、もしくはポール」の手本みたいなものも作ってるし。

 

 

 そしてジョージはここではじめてインド路線(シタール自体は一つ前にも入れてはいましたが)の曲にトライしてビートルズの個性に異色なものを取り込むことに成功したのと、あと、やっぱ、このアルバムだとやたらとファズでビリビリいってるギターですね。そして、本来「オチ」になる部分のはずのリンゴのヴォーカルの曲、もちろん「イエロー・サブマリン」ですが、それまでがサイケデリックに飛びまくってるのが、このアルバム、すごいとこです。後、ジョージ同様、彼のドラマーとしてのプレイも、すごく手数が増えてグルーヴィーになってます。スタジオ技術の進化があったとは言え、ジョージとリンゴの、楽器プレイヤーとして特筆して見るものがあるのも、このアルバムの見逃せないとこだと思います。

 

・・と、考えると、こっちの方がやっぱ僕には「サージェント〜」より音楽的なパイオニアになってるとこも強いと思うし、ビートルズの内部個人主義の発揮も出来ていると思うし、曲ひとつひとつのレベルも高いと思うんですけどね。いくら当時、アメリカ盤が3曲さっぴかれてリリースされたという、60年代らしいマイナス・イメージの過去があったとは言えね。

 

 

 ・・といった、とこでしょうか。まあ、ビートルズくらいまでになると、リスナーひとりひとりにいろんな意見があると思うので、あくまでも「一意見」として、そんなに深くとらえないで欲しいんですけどね。

 

 

 次回ですが、今回も「サージェント・ペパーズ」にも象徴される「サマー・オブ・ラヴ50周年」も意識してのビートルズでもあったんですけど、次も「サマー・オブ・ラヴ」なチョイスだと言っておきましょう。

author:沢田太陽, category:FromワーストTo ベスト, 10:16
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