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アメリカ人だって悩んでる!? 近年の「ロックの殿堂」選出に見る、ポップ・ミュージック批評の複雑さ

どうも。

 

 

では、今日は1週間前に発表になった、2019年度の「ロックの殿堂」の殿堂入りアーティストの話をしながら、ポップ・ミュージック批評の複雑さについて話すことにしましょう。

 

 

 この「ロックの殿堂」なんですが、近年、選出が思い切り迷走しちゃってます(笑)。ちょっと、今年の殿堂入りアーティストをみてください。

 

 

 

左上から、デフ・レパード、ゾンビーズ、ロキシー・ミュージック、ジャネット・ジャクソン、スティーヴィー・ニックス、ザ・キュアー、レディオヘッドの順になっていますが

 

なんか、一貫性、なくない??

 

そういう意見があってもおかしくないと思います。

 

では、なぜ、こういうことが起こってしまったのか。そのことについて今日はお話ししましょう。

 

 

)榲は委員だって「今っぽい感覚」で選びたい

 

ロックの殿堂の基本的な基準は「デビューから25年経過」が有資格の目安となります。なので、現在は「93年にデビュー」までがアーティストの対象です。

 

この基準でずっと来てて、ここ数年はですね、いわゆるインディ/オルタナティヴ系のロックやR&B/ヒップホップのアーティストが対象になってきていました。

 

これ、例えば最近の音楽の批評基準だと、「ビヨンセだってケンドリック・ラマーだって、ロックよりいいアルバム出してるくらいじゃないか」という理屈はわかると思います。これに関しては一部の選考委員も同じような考え方です。僕もそうですね。というのは、やはり1992年くらいで、ポップ・ミュージックの批評感覚がガラッと変わってしまっっているから。その頃くらいから、インディ・ロックやエレクトロ、R&B/ヒップホップが影響力の強い音楽になっていきましたからね。R&B/ヒップボップはある時期、ちょっと商業的になりすぎて離れちゃってましたけど、2010年代以降はまた戻ってきてますからね。

 

 

で、実際。そうなった方がいいんですよ。それはやっぱり、「女性と黒人を閉めださないでよくなるから」。ロックの悪い癖としてどうしても「白人男性優位的傾向」というのがあって、長らく女性、黒人は狭義の「ロック」というものには入りにくいところがあった。でも、それがエレクトロやヒップホップであっても、黒人や女性が「音楽的に、または社会的な意義上、価値観を変えるような刺激的なことをしていれば選んでいいんじゃない?」という考え方でそれを「ロック」として捉えて選ぶような傾向が出てきたのは、当時を生きた実感としてもやっぱりありましたからね。もう、92年と言わず、その前からマイケル・ジャクソンとかマドンナの例も既にありましたからね。

 

 

 で、ここ最近の殿堂入りにも、グリーン・デイだとか、トゥパック、NWAという名前が並ぶようになりました。もう、殿堂入りの基準も93年まで来てるわけですから、これからはどんどんそういう名前ばかりが対象アーティストとして増えてきます・・・

 

 

 

が!

 

頑なに時代の変化を拒む、クラシック・ロック派の抵抗

 

これがあるんですよねえ。

 

悲しいかな、「ロックの殿堂」のコア・ファンは、「80年代までのロックのファン’が圧倒的に多く、特にベイビー・ブーマーと呼ばれる戦後生まれ、1946年以降から1960年くらいの生まれの人が多い。となると、必然的に「70〜80年代のアーティスト」をどうしても好みたくなる傾向が強いんです。

 

で、彼らに言わせると、「ギターも持たず、曲も自分で作れないようなヤツがどうしてロックの殿堂に入るんだ」となるわけです。で、しかもクレーマーとしてうるさいんです(笑)。僕、クラシック・ロック系のメディアもfacebookで情報得てますけど、コメント欄、たまにムッとしますからね。「こいつら、マジでレイシストかよ。トランプに票入れるのってこういうヤツか」って思う時さえありますからね。

 

まあ、政治的なことはさておき、彼らが特に2010年代に入って、特定アーティストの殿堂入りのファン嘆願運動というのを始めます。それが例えばKISSとかラッシュとかの範囲だったらまだよかったんですよ。確かに、後年まで影響力は確実にあるバンドだったんで。ただ、それがだんだんエスカレートしてきて、「あいつが入るなら、こっちだっていいだろ」みたいな意見が批評性無視してデカくなりすぎたんですね。

 

 

そこでロックの殿堂は一昨年から、「選考委員ではないけれど、ロックの殿堂のサイト主催の一般ファンの人気投票で4位までに入ったら殿堂に入れよう」というお約束を作ったんですね。それで17年のときの投票が「ジャーニー、ELO、イエス、パール・ジャム」で、この時は「イエスって若い人に曲知られてないけど、まあいいか」だったんですけど、その翌年になると「ボン・ジョヴィ、ダイア・ストレイツ、ムーディ・ブルース、カーズ」になって、僕でさえ、「おいおい、勘弁してくれよ!」となりましたからね。

 

 

ボン・ジョヴィってファンは世界中に多いけど「ボン・ジョヴィでバンドを始めたって人は多いのか?」の疑問と、昔からずっとある批評性の低さはどうしても引っかかるし、ダイア・ストレイツ、ムーディ・ブルースに関しては、それこそ「1992年以降に新規のファン、ついたバンドなの?」というのがどうしてもある。僕から見たらオーケーなのはカーズだけですよ。ニュー・ウェイヴ経由で曲が後年まで知られてますからね。

 

 で、選考委員もそう思ったんでしょうね。だから

 

 

 

だから、このあたりがゴリ押されたんでしょうねえ。

 

「おいおい、なんだ、そんな年寄りくさいのばっかり入るのって、勘弁してくれよ!」。一部の若めの選考委員が反旗を翻したのは想像に難くありません。

 

 

だからなんでしょうね。今年はその「ファン投票」の結果で選ばれたのは

 

 

 

この2組だけでしたからね。

 

で、これも賛否両論なんですよ。「スティーヴィー・ニックスはすでにフリートウッド・マックで殿堂入りしているのに2度入る必要があるのか」。僕は彼女の大ファンだし、コートニー・ラヴやラナ・デル・レイなどからのリスペクトがあることも評価できるんですけど、2回入る必要はない。

 

 

で、やっぱり、ごめんなさい、デフ・レパードというのは、僕からしたらありえない。僕、中高の時、リアルタイムですごく好きだったんですけど、やっぱり全盛期が短かったのと、「オルタナティヴ時代以降」になった際の時代への対応の悪さ。ここはすごいマイナス・ポイントなんですよねえ。

 

 

それにプラスしてですね、ぶっちゃけ

 

 

デフ・レパードとアイアン・メイデンやスレイヤーだったら、現状、どっちが新作のセールスも、ワールド・ツアーの規模も、影響力も、後続のファンの数も多いと思います?そういうところの視点が足りなすぎるんですね。今のクラシック・ロックのファンって「僕らが若い時に活躍したスター」なら誰でも入っていいと思っているところがある。だけど、それって、自分の世代より若い人の視点からすれば寒いだけ、ということに気がついてない人がアメリカ人でも多すぎますね。だいたい、ディランだとかボウイとかみたいに、80、90年代のうちに一発で殿堂に入っていないから遅れて殿堂入りするくらい、もう「Aリスト」ではないアーティストが遅れて殿堂入りしてる時期なのにね。「評価しそこなって遅れて殿堂入り」させるなら、現状のことをもっと知らベて本当にその価値があるのか確かめてからやるべきだと思います。正直、ウェブ上の「フォリナーとかバッド・カンパニー、パット・ベネターを殿堂いりさせるべき」みたいな意見にはちょっと辟易してます(笑)。

 

 

改めて今回の殿堂ですが、興味深かったことが幾つかありますね。キュアーが入ったのは、この殿堂が基本的に弱点だったUKニュー・ウェイヴを強化する意味で重要だし、レディオヘッドはもう批評家好みのバンドの典型ですからね。本当は去年入ってもよかったのに、あのひどいファン投票に妨害されて1年遅れましたからね。ただ、今年もレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンが犠牲になって殿堂入り遅れましたけど(苦笑)。あと、ロキシー・ミュージック、ゾンビーズあたりが入ったのも「ヒットの数よりも、もっとカルトファンが後年までいるアーティストを入れよう」という姿勢の表れですね。すごく評価できます。

 

で、今回最も面白いと思ったのが

 

 

ジャネットの選出です。

 

これはなかなか綱渡りな選択だし、この先の「ありか、なしか」を考える意味ですごく興味深いんです。

 

 

R&B/ヒップホップ、エレクトロ、アイドル、カントリーをどう批評するか

 

今後の「ロックの殿堂」というのは、クラシック・ロックのファンがどう抵抗しようが、92年以降の基準、ヒップホップやエレクトロ、アイドル、アメリカの場合だとポップ・カントリーも入ると思いますが、このあたりをどう扱っていくか、にかかっていると思います。

 

今回ジャネットが、ホイットニー・ヒューストンやマライア・キャリーよりも先に殿堂入りしたことはすごく実は意味を感じることです。「なんでだ。この2人の方がジャネットより歌がうまいじゃないか」と思われる方もいるかと思われますが、ジャネットの場合

 

・プロデューサーと組んでの1枚のトータル・アルバム

 

・プリンスの影響を受けた80s後半の先進的なファンク路線

 

・実はその後のメロウ系R&Bの雛形を作っている

 

 

この3点においての意味があると思うんですね。

 

「ロックの殿堂」に入るためには、いくら他ジャンルとはいえ、アップテンポの曲に弱いと致命的にダメです。その点、バラッディアーのホイットニーとか、マライアには圧倒的に不利です。あとジャネットの場合は、プロデューサー取っ替え引っ替えしないで、ジャム&ルイスという彼女にとって絶対的なプロデューサー使ってアルバムをトータルで作るから「アルバムの意義性」がすごく重視される。これはアルバム重視のロックには好まれることだし、昨今のプロデューサー取っ替え引っ替えが当たり前のR&B/ヒップホップにとっても良い教訓になりうる。

 

 あと、ジャネット、歌は上手い人ではないですが、その分、丁寧に歌うんで、そのせいかどうかはわからないんですが、彼女の曲って、そのあとのR&Bのメロウな曲の雛形になりやすいんですね。アリアナ・グランデの「Thank You Next」聞いた時にそれをすごく感じたし、僕が年間ベストで入れたナタリー・プラスのアルバムあたりにもその影響感じましたけど、そういうとこでの影響力も考慮できるかなと。これもマライアとか、ホイットニーからは感じられないものなので。

 

 

 こういう、「ジャネットならアリでも、ホイットニーやマライアならダメ」みたいな線引きは、これから大切になってくるかと思います。「ジャンル全対応で誰でもいい」だったら、クラシック・ロックのファンじゃなく、普通のロックファンでも「それはロックじゃないだろう」と反論されることは必至になりますからね。「アリアナはアリだけど、デミとセレーナはまだまだでしょ」とか「ポスティも現状じゃまだありえないでしょ」みたいな感覚は必要になるかと思いますね。そうじゃないと、ただでさえ「曲、自分で作ってない」時点で弱いんだから、何かで挽回しないとダメに決まってます。そうしないと、MTVの音楽アワードとかと変わらなくなるわけでもあるしね

 

 

author:沢田太陽, category:評論, 19:16
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マライア・キャリーのアルバム、通して聴いたの、初めてだな。

どうも。

 

2日前にある映画を見たのでそっちにしようかとも思ったのですが、「このネタ、行けるかな」と思ったので、こっちにしてみました。

 

これです!

 

 

マライア・キャリーのアルバム、「Caution」。これをですね

 

頭から最後まで聞きました!

 

「・・・だから、どうしたんだ?」と思われる人もいるかと思いますが、僕にとっては大きな出来事です。だって

 

これまで、「アルバム、聴いてみよう」と思ったことさえ、なかった人だから!

 

彼女のことを知って、28年くらいになりますが、それが僕の彼女に対する「立ち位置」だと思っています。

 

というのもですね、このマライア・キャリーなんですが、年齢の査証がなければ、彼女、僕と同い年なんですよね。1970年の早生まれ、なので「世代」としては意識するんですが、こと「音楽」となると、どうしても距離を置いてたんですよね。ご存知の方も多いと思いますが、彼女はこと、「1990年代」という時代の最大のシングルのヒットメイカーでした。

 

ただ、それにはその当時のカルチャーの事情というのがありました。というのは

 

「みんなが同じもの聴くの、カッコ悪い」という時代においての最大の人気シンガー

 

だったわけです。つまり、90sという時代は、一つにはオルタナティヴ・ロックがあって、また別のところでR&B/ヒップホップがあって、また別のところではテクノとかクラブがあって、アメリカだと大きなカントリーのカルチャーなんてのもありましたね。そういうものというのは、シングルの総合チャートで流行るものではなく、その仲間内で流行るものだったんですよね。この当時のはやりもので、今に伝わっているものというのは、ほとんどがそういう「カルチャーにとって意味を持ってきたもの」だったんですよね。だから、そういう曲は、いわゆるビルボードのシングル・チャートでは数字で結果が出ていません。だから、わかりにくくもあるんです。

 

 では、90sの一般的なシングル・ヒットって、なんだったのか。それは、そういうカルチャーに属さない、最大公約数みたいなもの。そういうものばかりがヒットしてたんですよね。あの当時って、まだ、ヒップホップとか、オルタナでもそうかな、まだFワードのラジオ対策も進んでない時期(90s半ばまでそうだった)でもあったから放送でかけられない。だから、ある時期、「無難なものしか放送でかけられない」みたいな時代があったんですね。マライアという人はそういう時期にセリーヌ・ディオンとかホイットニー・ヒューストンとかと並んで人気ありましたね。彼女らの当時の大ヒット曲に、すごくバラードが多いのも、カルチャーなんてものに属しようがなかった中高年意識してたとこが多いにしてあったからです。

 

 そういう目で見てたんで、やっぱ、マライアって受け入れるの、難しかったんですよね。もしかしたら今の比較的若いリスナーの人で彼女を「R&Bシンガー」と思っている人もいるとは思うんですけど、ホイットニーがその括りに入れられても、マライアをそこに入れるのが難しかった人、というのはあの時代、多かったですね。少なくとも、多小熱心にR&Bとかヒップホップ聞く人にとって、「マライア、聞いてる」なんて言えない雰囲気、ありましたからね、やっぱ。あの当時で「女性でR&B」って言ったら、それはメアリーJブライジだったりアリーヤだったりTLCだったりローリン・ヒルだったり。とりわけ「歌唱力」でいうならメアリーかローリンで「ソウルフルな歌い手」ってイメージでしたね。マライアで「ソウルを感じる」なんてことは、一般には言えたかもしれないけど、R&Bとかヒップホップのファンの前では、まず言えなかった。言い方悪いけど、特に日本だと、「音楽の熱心なファンだとは言い難い女子大生やOLさん」が聞いてるイメージあったかな。「好きなのはドリカムとマライア」みたいなこと、言いがちな感じのね。だから、手を出しようにも出しにくかったわけです。

 

 で、実際にマライアってR&Bとかヒップホップとかやろうとしたらカッコ悪かったんですよ。いくらトム・トム・クラブの大好きな曲をサンプリングしても、「おいおい、勘弁してくれよ!」って感じでしたから(苦笑)。「曲を噛み締めて歌う」ってことじゃなくて、スキル先行させて歌う感じだったので、なんか響かなかったんですよね。最後のサビのリフレインであの超絶ハイトーンでも出されようものなら・・・、という感じでね。

 

 

 あと、もう一つが、これは特に2000sから顕著になるんですが、マライアの「怠惰」なイメージね。これが特に主演映画「グリッター」以降に顕著になりますね。すでに90s後半くらいから「わがまま説」みたいなものが出はじめて人気が少し陰ってき始めた時に、ちょうどブリトニーとかビヨンセとか出てきたんですよ。彼女らは、「(当時の)新世代感」とか「カルチャー感」を音楽でもファッションでも掴むのうまかったんだけど、マライアって、曲は一般に人気あっても、「ジェネレーションの声」とか「ファッション。リーダー」みたいな感覚で捉えられていた人ではなかったから、古臭くなっちゃって、そこに「グリッター」の大失敗でしょ。あれで、これまで「シングル連続1位」みたいなイメージだった人が、途端にヒット出なくなっちゃった。

 

 でも、それで彼女自身が「なんとかしなきゃ」って努力する風にも感じられなかったのがねえ。2000年代の半ばに一瞬、人気戻るんですけど、それも「We Belong Together」が1曲売れて、その余波があるうちは良かったけど、そこから何もナシでしょ。なんか見ててねえ、清原とか松坂のイメージだったんですよね。「若い時の才能で頂点に立ったけど、そこからが・・・」みたいな感じのね。だから、長いこと、興味持たずに来たわけです。

 

 

が!

 

そんな僕が、彼女のアルバムを聴いて最後まで聞けたから驚きだったのです!

 

 

それができた理由を挙げていくと

 

 

 屮汽屮好」の時代だから

 

これが一番大きいでしょうね。これ、「CDで買って聞く時代」だったら、まず、「買おう」という行為に至らなかったと思うから。そこがサブスクのいいところです。これまで「聴こう」とも思わなかったアーティストでも、金銭的なリスクを負うわけでもなく、「予想外に気に入ってしまう」可能性だってあるわけですからね。マライアじゃなくても、こういう経験をサブスクでしたことありますけど、いいものですよ。

 

 

で、二つ目が

 

▲廛蹈妊紂璽機漆悗鮓てビックリした

 

ここがやっぱデカかったですね。伝え聞いた情報でソングライターがNinety85だ、No IDだ、LIDOだ、デヴ・ハインズだ、ワンダーガールだ・・でしたからね。「ドレイクにジェイZにホールジーにブラッド・オレンジにトラップって、この人のソングライティング陣にしてはすごくアップデイトされてるじゃないか!」と思ったんですね。やっぱ、言い方悪いけど「いつになってもジャーメイン・デュプリ」ってイメージしかなかったですからね。カムバック・ヒットの時でさえそうでしたから。だから、「なんか、これまでと、情報の時点で何かが違うぞ」と思って聞いてみたんですね。すると

 

 

声が出なくなったことによって、かえって歌に説得力が増してる!

 

これが最大の驚きでしたね。

 

もう、「マライアの声が出なくなってしまった」という話は、もう4、5年前からあったことです。「何だ、ライブ、声が全然違うじゃないか」みたいなこと言われてたのがね。だから、そこも期待しないで聞いていたら、確かに声は出てないんですけど、「あれ、全然、前より聞きやすいじゃないか!」と思ったんですね。

 

歌いはじめでファルセット使うのは、自分のフォロワーであるアリアナ・グランデの逆オマージュみたいな形で面白いし、さらに、これまで聞いたことのないような、しゃがれた低い本人の地声生かした曲も今回多い。彼女って、地声って昔からこんな感じなの知ってたから、「地声と歌声の格差のある、ずいぶん無理な発声してるんだな。これ、後年、喉にくるかもね」と思ったことがあって、それが本当にそうなっちゃったのかな(実はこの危険性、ビヨンセにもあるんだけど。彼女のも地声とあまりに違うから)とは思いつつも、でも、だからこそ、逆説的に自然に聞こえてしまうというね。

 

 なんかですね、声が出なくて張り上げられなくなった分、逆に曲を丁寧に噛み締めて歌うことができてるんですよ、今作。それがあるから、曲そのものの良さがちゃんと伝わるし、彼女の声も、「昔のように出ない」とは言ってもそこはシンガーですから、それなりにはちゃんと歌えるわけで。これが昔だったら、曲がどうあろうと、彼女の歌いたいようなアドリブの方が目立っちゃって、曲の方がそっちのけになることも少なくなかったように感じるんですけど、そういうことが今回のアルバムにはないですね。

 

ということで、今回のアルバム

 

これまでマライアが好きじゃなかった人が、初めてマライアのヴォーカルが楽しめるアルバムになっていると思います。

 

 特に今時のR&B/ヒップホップが好きで、これまでのマライアをあまり知らないような若い人には、「ベテラン・シンガーによる、素敵なアルバム」と映りやすいかもしれません。その意味では、若いファンは獲得するかもしれません。実際、これ、批評的な評価はすこぶる良くて、欧米のメディアの評価だと80点超えてるところが殆どです!

 

 

これも驚きなんですけどね。「批評的にいいマライア」なんて、僕の記憶に殆どなかったから。

 

 

ただ

 

「これまでのファン」には、ひょっとしたら微妙なのかも・・。

 

とも思いましたけどね。

 

 

というのは、これ、各国のチャート結果、良くないんですよ。今のところ、アルバム・チャートのトップ10に入ってる国がなく、最高でオーストラリアの15位。イギリスなんて40位です!割と長いこと贔屓にしていた日本でさえも30位でしたからね。

 

 

 まあ、これはこれまでの彼女のツケで、コア・ファンの入れ替わりがなかったからこうなったのかな。90sからずっとついてきてるファン(つまり40、50代)で「最近のR&Bのはやり」まで抑えてる人はそう多くはないだろうし、ましてやそういう人たちにとっては「あの声が出せなくなった」ことの方がショックでしょうからね。そういう人たちは、今回のアルバムで「何かが違う・・」と思ってるかもしれないし、実際、ビルボードのサイトの書き込みでそのテのもの、結構見てます。

 

 

 ただ、この点に関しても、本人の今後の頑張り次第だと思うんですけどね。今作だけだと、悪い言い方すれば「周りにいたスタッフが良かったのでは」とか「声が出なくなった怪我の功名でたまたま吉と出た」という解釈も可能ですからね。僕自身も、そこのところ、本人の意図がどこまで介在しているのかが見えないから、正直なところ、僕の今年の年間ベストにまでは入れる予定はありません。

 

が!

 

 「ここから新しい彼女の時代」を作ることなら可能!

 

 

とは思います。

 

 次のアルバム出る頃には50代に突入だとは思いますが、そこで仮に調子が良くなったとしたら、それは「Cautionから始まった」ということになるような気がしてます。そういう意味ではこれ、彼女にとってはいいキッカケになる作品になるかもしれません。

 

 

 

author:沢田太陽, category:評論, 13:02
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BTSのMステ問題に関しての個人的見解

どうも。

 

 

もしかして、日本では「もう済んだこと」扱いかもしれないんですが

 

 

 

BTS のこの原爆Tシャツ問題での「ミュージック・ステーション」出演見送り問題に、僕なりの個人的な見解をしておきたいと思います。

 

やはり、毎週全米チャートを紹介している立場上、ちょっと、何も語らずにいるのは良くないだろうと判断してのことです。

 

 

で、もう皆さんの方が詳しいかと思うので、先に結論から言います。

 

 

そのTシャツの件って、1年半前のことなんだけど、許されないものなの??

 

という感じですかね。

 

 

 知らなかったんですけど、ジミンがその、光復節の原爆Tシャツを着ていたのは17年3月のブラジルとアメリカのツアーの時だったんですってね。そんなことは、こちらに住んでて全く話題にもなっていなかったので知らなかったんですが、その時にインスタ上の写真でそれを見たファンの人から「そんな物を着てひどい」という苦情が起こっていたらしいですね。それで着るのをやめていたとか。

 

 

 これが仮に本当なのだとしたら、「今回のテレ朝はちょっと神経質な対応かな」とも思いますけどね。

 

 

 もし、これが仮に、例えば先月にそのTシャツを着たとするならば、それは僕とて、「出演見送りでもしょうがないかな」と思いますけどね。最初は起こった時期を知らなかったので、実際そう思いました。これ、このTシャツそのものが、別に右翼の人たちのみならず、「反戦反核の平和主義者」みたいな人を傷つける可能性もあるわけで。僕も、出身が八幡って言って、本当は長崎じゃなくて、そこに2つ目の原爆が落ちる予定だったところの出身で、かなり厳しく反戦教育受けていたりするので他人ごとではありません。「国の独立を語るのに、そんなもの、使うのよしてくれよ」くらいは思います。そして、いくら「日本人にとって、そんな傷になっていることだとは知らなかった」とは言っても、それを不用意に着るという行動も褒められたものではないですからね。

 

 

 ただ、それが過去のことであるのならば、まあ、写真映像的にはショッキングなことではあるけれど、そこまで尾を引かなくても・・というのはありますね。あと、「着まわしていた」とならば、そのTシャツを特に「アピールしたいから」着ていたのではなく、ただ単にそれを持っていて、部屋着感覚で着ていたのかもしれないですからね。

 

 

 一点、彼らに落ち度があったとするならば、ワールドワイドな展開を行い始めた時の、守るべき最低限のマナーの徹底ができてなかったことですかね。そのTシャツを着たのがワールドツアーの時というのは、よくないですね。いくら、該当の国に着て行かなかったにせよ、他の国である国を挑発するようなTシャツ着てたわけでしょ?それは本当なら、スタッフが止めさせないといけなかったんだけど、そういう感覚がなかったのかなあ。聞いた話だと、別のメンバーも日本デビューする際に「歴史をしっかりと学ばなければならない」と言って、かなり挑発的な印象与えていたと聞いてますからね。そういう「自分たちの音楽を聴いて欲しい国」を挑発するような行為は、インターナショナルなスターになりたいなら、やるべきではないでしょう。その対策が、国際デビュー時に甘かったツケが来てるのかな。

 

 

 でも、なんかもったいないですよね。BTSって、親LGBT的なイメージで売っていていたり、儒教の国の韓国で上の世代に反抗する感じのことを歌ったり、「強い女の子」を支持するフェミニスティックな曲があったりと、かなりリベラルなイメージで国際的には売ってるタイプなのに、それとは真逆の「偏狭な愛国主義が生む排他主義」みたいに捉えられてそれで嫌われるのだとしたら、すごい矛盾ですからね。

 

 

 まあ、そうしたある種のジレンマみたいなものが、「韓国から国際的スターになる」といった際の、今後も必要となってくる、K-Pop全体の課題なのかもしれないですけどね。

 

author:沢田太陽, category:評論, 13:25
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近頃の若いロック・ファンがなぜR&B/ヒップホップを器用に聴けるのか、自分の実体験を思い出しながら考えてみた

どうも。

 

今日のお題はですね。これは、ここしばらくずっと考えていたことです。

 

 

近頃の若い人がR&B/ヒップホップを柔軟に聴けるようになっている件について!

 

 

ですね。

 

 

これ、正直、驚くんですよ。例えば最近、普段、割とインディ・ロック・リスナーのイメージの強い人でも、ケンドリック・ラマーとか、チャンス・ザ・ラッパーあたりに対して、すごく自分のフェイヴァリット・アーティストのように喜んで語るような人、結構いますよね。これ、10年くらい前だったら、なかったことなんですよね。中には、ちょっとこれ、具体的にその例が脳裏にあったりするんですけど(笑)、「あれ、昔、キミ、R&Bとかヒップホップとか全然聞いてなかったじゃん」みたいな人までそうなっていたりするから、不思議です。

 

 別にそれが悪いというわけではなく、「リスナーとして聴く幅が広がるのならいいことじゃん」と僕はそれ自体は肯定しますけど、でも、これ、10年、いや20年前もだな、それを考えると隔世の感がありますね。

 

 

 では、なんで、近頃の若いロックリスナーがR&B/ヒップホップに、このように柔軟になれたか。ちょっと自分なりに考えてみました。

 

 

.ぅ鵐妊・ロック/UKロックにあまりに長いこと、R&B的な要素がなかったので、今聞くとかなり新鮮だった

 

 これ、僕は絶対にあると思うんですよね。

 

 というのは、ロックに関して言えば、かなり長いこと、R&Bのフレーバーをサウンドに取り込まない状況が続いていましたからね。特に90sね。ブリットポップにもUSインディにもそれを感じてたんですけど、ブラック・ミュージック的な要素があるバンドってほとんどなかったですからね。なんか機能が完全に別れてしまっていたというか。「そういうの聞きたきゃ、R&Bとかヒップホップ聴けば?」みたいな感じになっててね。だから、特に90sですね、僕の場合は両方聞かざるをえない感じでした。

 

 ただ、それ以前に80sを体験していると、90sのそういう状況って、正直なところ、違和感もあったんですよね。というのは

 

 ニュー・ウェイヴ聴いてても、「ブラック・ミュージックを体感する瞬間」って、結構あったから。

 

例えばこんな感じでね。

 

 

 

 

 こういう感じのものを、普通に、そんなに意識しないで聞いててすごく好きだったんですよ。こういう曲を聴いて「ソウルフル」だとか、「R&Bっぽさ」というのを無意識に吸収してたんですよね。これが大体、中学から高校の時だったんですけど、こういうの体験していたおかげで、もう少し大人になって、「60sとか70sのソウルのレジェンド、聞いてみたい!」となった時に、かなりすんなり移行できたし、コンテンポラリーなR&B/ヒップホップにしても、1990年前後からだったと思うんですけど、抵抗なく聴けるようになっていましたね。

 

 あと、上にあげたものとかもそうだし、あとワム!のジョージとかもそうなんですけど、歌い方がすごく好きだったんですよ。ハイノートを踏ん張って張り上げる感じとかね。それがまさにソウルっぽい歌い方っていうヤツだと思うんですけど、それだったものだから

 

実はリアルタイムだと、ザ・スミスとかニュー・オーダーとかより上の動画の人たちの方が全然好きだったんですよ(苦笑)。

 

 

 それもあったんで、昔は別にUKギター・ロックどっぷりってわけでもなかったんですよね。

 

 

で、それが、マッドチェスターとシューゲイザーが流行ったあたりかな。その辺りから、UKロックにソウルフルな匂いってかなり後退するんですよね。マッドチェスターはグルーヴこそファンクでしたけど、リアルタイムであの歌い方がどうしてもねえ〜。恐れずに言ってしまうしまうと音痴だったじゃないですか(笑)。だから、今だから言いますけど、ちょっと苦手だったんですよね、あの当時。

 

 そこから、イギリスにせよ、アメリカにせよ、インディとかオルタナティヴとかのロックにR&Bエッセンスのある人って、極端にいなくなっちゃったんですよ。アメリカだと、オルタナティヴにはほとんどなかったなあ。ファンクの影響を取り入れたレッチリみたいなタイプはいたけど、せいぜいそれくらいであれもアンソニーの歌い方は全然ソウルのそれではなかったし。イギリスでも、スタカンの流れを受けたポール・ウェラー周辺に若干黒っぽさを求めるものってあったけど、せいぜいそれくらいだったでしょ。ジャミロクワイも当初はUKロックのくくりで語られもしたけど、途中からは除外されましたからね。ゴリラズとかもあったわけだけど、あれもデーモンの歌い方には限界あるんで「本格的なR&B/ヒップホップへの接近」という感じでは、特に最初の方はなかったしね。

 

 

 で、2000sに入っても、そこのところが解消されずに進んでいった結果、UKロックとかインディ・ロックとかが、表現的に似たり寄ったりで行き詰まってしまった。そのタイミングでピッチフォークやらが、ドレイクとかウィーケンドとかフランク・オーシャンとかを紹介していて聞いてみたら「これまで聞いたことのない新鮮さを覚えて良いと思えた」、そういう人が多かったんじゃないかな。

 

 実際の所、洋の東西問わず、歌下手になってましたからね、ロックバンド。あと、R&Bって、「コード進行の技巧」みたいなところでも勝負できる音楽だったりするんですけど、そうした妙味もロックから消えて久しくなっていましたからね。コードの点でそれができてたのって、ダフト・パンクとフェニックスくらいでしたからね。あっ、だから彼ら、2010sにウケたのか。

 

 

⇒弔ず△北軌媼韻里Δ舛R&Bとヒップホップを耳にしていて実は免疫があった

 

 

,離僖拭璽鵑犬磴覆ゃ、この△な、とも思います。

 

 例えば、リスナーの想定を20代、もしくは30代だと仮定します。そうなると、もう世の中的には、小学生の頃と言ったらとりあえずアイドルとかダンス・ポップを否応なく聞きますよね。その影響があるかもしれません。

 

 その意味で、日本のリスナーの場合、案外ここがデカいんじゃないかなと思うのは

 

 小学生の頃に、安室奈美恵、SPEED、宇多田ヒカルのブームを体験した

 

 こういう世代の場合、R&Bの要素が無意識のうちに刷り込まれている可能性、あるのかな、と思います。

 

 で、この世代の前後くらいに、和製のヒップホップも流行ってますよね。90sの終わりから2000sの始めですけど、その頃に小学生というと、計算してみると生まれが80sの後半から90sになるんですよね。で、僕がイメージしてる「R&B/ヒップホップへの対応がうまい若いロックファン」というのはこの辺りの世代のことを指してますから、ちょうど合致するんですよね。やっぱ、ここ大きかったのかなあ。

 

 僕の世代の場合、さっきも言ったように、「洋楽ロックを聴く人が、無意識にR&Bの要素を吸収していた」というパターンはあったんですけど、「歌謡曲でR&Bを吸収する」なんてことは表向きには少なくともなかったすからね。厳密に言えば、「いや、筒美京平にはフィリー・ソウルの影響がある」というのは事実なんですが、そんなこともよほどのマニアが後付けで気づくもので(笑)、リアルタイムでそんなことを表向きにいう人は日常的にはいなかったですからね。

 

 おそらく、日本のロックファンで、R&B的に最も恩恵を受けなかった世代が、おそらく僕の5歳から10歳くらい下の世代かなと思います。この世代だと日本のアイドル低迷期に小学生で、洋楽ロックの聴き始めが僕が,埜世辰浸期なので、体験しそこなった世代かな。もちろん中には「異ジャンルに挑戦」みたいな気分で聞いた人もいたとは思うんですけど、あの当時だとファッションでジャンル分けされる要素も強くなっていたから、かなり敷居も高く入りにくい状況もありましたからね。

 

 

・・という、2つのパターンなのかな、と思います。

 

 

 ただ、これ、あくまでも「推測」なので、「いや、自分の場合は違います!」という方は是非意見も聞きたいですね。リスナー観測上、興味深い話なのでね。

 

 

 ・・で、実はこれが壮大な枕詞です(笑)。これを受けて、明後日から、またFromワーストToベストをやるわけですが、そこでは僕自身が、「R&Bやソウル・ミュージックに興味を持つキッカケになった、実は最初は”ロック”だと思って聞いていたアーティスト」をやります。上の動画の人たちもそういう人たちなんですが、あえて最大のものを抜かしてます。だいたい、ニュー・ウェイヴでは直接的にはなかったですからね。

 

 

 さあ、誰でしょうね?

 

 

author:沢田太陽, category:評論, 19:32
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「キミはアメリカのロック系ラジオで今流行ってる曲を聞いたことがあるか?」(3)そろそろ「オルタナティヴ(一味違う)な女性」が救う時代に

どうも。

 

 

では、こないだからやってる連載、「キミはアメリカのロック系ラジオで今流行ってる曲を聞いたことがあるか?」のラスト、行きましょう。

 

前回では、せっかく増えてきてるのになんかかける曲がイマイチなアメリカのロック系のラジオが、「こう言う曲かけたら少しは良くなるのでは?」という提言をしてきて、「でも、本当にこれから一番大切だと思うもの」を残して終わりましたが、その答えを言います。

 

それはズバリ

 

女性アーティスト!

 

もう、これしかありません。

 

 

ここはですね、アメリカのロック系のラジオ局の昔からの泣き所です。とにかくですね、もう、昔から、女性アーティストの曲がかからないんですよ。90sに一瞬、アラニス・モリセットとかノー・ダウト、ガービッジのでてきた頃にかかってたくらいで、そこから後は本当にかかんないですね。これ、サンパウロのラジオでもほとんど同じような感じです。今だってかかるの、フローレンス&ザ・マシーンとアラバマ・シェイクスだけですからね。

 

で、彼女らなんかがかかんない、あるいはかけるの躊躇するんですよ。

 

 

 

もうね。「なんで〜!!!」って感じなんですよね。ラナの曲をかけないんですよ。

 

だって、ファン層が普段どういう音楽聴いてる人が多い人かって、その印象だけで「ありか、なしか」ってハッキリ分かるタイプのアーティストじゃないですか。それがケイティ・ペリーとかアリアナ・グランデ、デミ・ロバートと混ぜて自然な感じなのか、セイント・ヴィンセントとかフローレンスとかと混ぜて自然な感じなのか。その区別がつかないところが、アメリカのロック系ラジオの感性の非常に鈍いとこなんです。こういうとこ、もう、イライラしますね。

 

 

 

Lordeも判断が微妙なとこ、ありますね。

 

この曲なんか、アメリカのラジオ局がここ10年で流行らせた最大のヒット曲だったりするんですが、「じゃあ、彼女が今のアメリカのロック系ラジオの中心か」と言われたら、そんなこと、ありません。とりわけテイラー・スウィフトと関わるようになってから躊躇する傾向があるんですが、じゃあ、「音楽が俗になったか」と言ったら決してそんなことはないわけで。ファン層にテイラー経由のポップな層が加わったというのはあるとは思うんですが、

 

だとしたら

 

「オルタナティヴな女性アーティスト」を好む層を惹きつけるような感じにすればいいと思います。

 

ここでいう「オルタナティヴ」とというのは、「90sのオルタナティヴ・ロックをやる」という意味ではありません。他人に一方的にプロデュースされるでなしに、自分の意思が主体でほとんどの曲を自分で書くタイプのアーティスト、みたいな意味ですね。ただ単に「ギター持って歌ってる」っていうだけじゃなしにね。

 

 だって、ポップの局にしたって、ラナとかLordeとかって、決してかけやすいタイプではないし、彼女たちだって、「ポップ」と括られるのには違和感はメチャクチャありまくりだと思うんですよね。このテのアーティストがいやすい場所を提供すること、これも非常に大切なことです。

 

僕の言ってることを象徴する写真がまさにこれですね。

 

 

 

これ、ラナ・デル・レイのインスタにあった写真なんですが、すごいですよ。マリーナ&・ダイアモンズのマリーナとFKAトウィッグスとフローレンスとラナが一緒に写った写真。ラナって、実は人付き合いすごく上手い人で、インスタ見るとかなりいろんな人と写真撮ってますけど、この写真はすごく仲間意識強い人と写った写真ですよね。特に彼女、マリーナとはかなり親友みたいで、2人だけの写真もかなりあります。

 

その線で行くと

 

 

ケイシーもですよね。彼女のこのブログでの登場頻度、このところすごく高い気もするんですけど(笑)、彼女の今作の曲も、カントリーのステーションでは非常にかけにくいタイプです。今回のでかなりインディのファンついたはずだし、彼女のイメージ変える意味でも、ロック局に開放してほしいですね。

 

 

あと、彼女たちもだなあ。

 

 

このRobynだったり、クリスティーン&ザ・クイーンズみたいな、本当にカッコいいエレクトロの女性アーティストですね。CHVRCHESはロック系のラジオ局は割とよくかかってるアーティストなんですが、だとしたら彼女たちだってアリだし、センスの良さではむしろ上ですよ。「ソロ」か「グループ」の別で偏見で曲をかけない、というのもかなり変な話です。EDMにすり寄った媚びたロック系の曲かけるより、よっぽど健全だというものです。

 

 もう、このRobyn、クリスティーン、ともに期待した以上のこの新曲の出来で、僕も今から楽しみにしてるんですから。

 

 

 あと、それから、もちろん、「ギター女子」、ガールズ・バンドの存在も忘れちゃいけません。

 

 

 

この辺りは言うまでもありません。「女がギター持つのがカッコいい!」と思わせる文句なしのアイコンです。彼女たちの曲、かかってるといえばかかっているんですけど、もう少し「これからは女がギターを持つ時代!」くらいの煽りでかけていいレベルだと思います。

 

 

実際の話、ギブソンの破産申告などでギター産業、大打撃みたいなんですけど、売り上げ自体は決して下がっていないんですって。その理由は、女性の購買層が増えているからなんだそうです。それはこういう記事からも明らかです。

 

https://inews.co.uk/news/taylor-swift-female-guitar-sale-phallic/

 

http://www.lamag.com/culturefiles/electric-guitar-women/

 

 

こういうことからも、ロックも女性アーティストにフォーカスを当てる必要が出てきています。

 

そして、そうしていかないと、せっかくインディで出てきている彼女たちみたいな存在が浮かび上がってきません。

 

 

 

 

僕がこの辺りを押してる話は、3ヶ月おきのトップ10アルバムでも、5月に書いた「今のインディの主要レーベルの押しものは実は女の子ばかりだ」という話でも何度もしてる話なんですが、これも、ロック系のラジオ局が男女差別やめない限り、解消はされません。

 

 ここにあげたものだけじゃないですよ。ヤーヤーヤーズだって、パラモアだって、ウルフ・アリスだってかけてほしいし、ジュリアン・ベイカー、PVRIS、ビッグ・シーフ、サンフラワー・ビーンなどなど、曲かけてほしい女性アーティストはいくらだっていますよ。最近では、女性アーティストがロックもので増えてきてるので、「フェスに女性アーティスト出演の一定の割り当てを」と求める運動なども起こっています。もう、ロックにおける女性のプレイヤー側の割合が増えてきているのは事実で、もう無視はできないところまで来ています。

 

 

 そんな感じですけど、シメは今度の週の週末に新作がリリースされる彼女の曲でシメましょう。彼女もかなりギター持つ姿がカッコいい人です。注目されないかなあ。

 

 

 

 

 

author:沢田太陽, category:評論, 19:57
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「キミはアメリカのロック系ラジオで今流行ってる曲を聞いたことがあるか?」(2)こういうの、かけてみてはいかがでしょう?

どうも。

 

 

では、昨日の続きで、「キミはアメリカのロック系ラジオで今流行ってる曲を聞いたことがあるか?」、これの第2弾を行きましょう。

 

 

今日は、昨日の話を受けて、「こういう曲もかけてみたら、もっとアメリカのロック系ラジオ曲の幅も広がるんじゃない?」というのの提案をしてみたいと思います。

 

 

ザックリ言って5つ。一つは大きいので次回に取るので、4つのタイプ、これを挙げてみたいと思います。

 

 

 崋造魯▲ぅ疋襦廚蔽砲燭

 

まずは、今、イギリスで出てきている、「アーティスト風に見せてるけど、人気のベース、どう見てもアイドル風なんだけど・・」のタイプのアーティストですね。この辺りです。

 

 

 

このあたりは今、イギリスのティーンの女の子、もしくはお姉様方に人気の、「インディじゃないけど、でも、コテコテのアイドルってわけでもない男性アーティスト」の人たちですね。「エド・シーランの台頭後に出来た層」、と言えるかな。特にジョージ・エズラとイヤーズ&イヤーズ、今、本当にかの国では人気がありますからね。

 

イギリスだと、この辺りをロックに含めちゃうのは「おい、ちょっとやめてくれ」みたいな空気はもうあるかとは思います。ただ、アメリカが新しい「若いコに受けるアイコン」を探しているのであれば、彼らを使うのも一つの手だとは思います。ただし、「すごく短期的に」ではありますが。

 

 実際、サンパウロのロック系のラジオだと、前作ではあるんですが、ジョージ・エズラもジェイムス・ベイもかかってましたよ。イヤーズ&イヤーズも、「ロラパルーザで見たいアーティスト」のアンケートでも必ず上がる名前だし。なので、「ユーザー・ベース」でも需要はあるような気もしているので、取り入れてみてもいいと僕は思いますよ。

 

 実際、ソングライティング的にも彼ら、ロックからんでますしね。ジョージ・エズラのその曲、すっごくダサいんですけど(笑)、でも曲作ってるの、アスリートって言って、2000sの前半にUKロックで結構人気あったバンドの人ですからね。ジェイムス・ベイは、今年出たセカンドはポール・エプワースのプロデュース。そのおかげでちょっと垢抜けてますね。イヤーズ&イヤーズはこないだ出た新作、あれ、かなり評判いいんです。僕もシングルになった2曲は好きですね。彼ら、というかオリーの場合、もうちょっと頑張らないと、「でも、その曲、インシンク末期からソロになりたてのジャスティンだよね」の域を出なくなる危険性もなくはないんですが、周囲にいる人たちも含めてエッジィに見せる努力をしてたらいいクロスオーバーにはなるような気がしています。

 

ただ、

 

 

ここまで手を広げる必要はないかなあ、とも思いますけどね。彼らの場合、最初から打ち出しが「アイドル」だったですからね。

 

 

 

▲薀Ε鼻Ε蹈奪、クラシック・ロック系リヴァイヴァル

 

 続いててはですね、これは普通に「なぜもっとやらないの?」と思うタイプのものですね。ラウド・ロック、あるいは70s〜80sのハードロック・リバイバル。この辺りですね。

 

 

この辺りは普通にかかってアリだと思いますけどね。

 

グレタ・ヴァン・フリートに関しては、もう時間の問題ですよね。昨日も言ったアメリカのALT系のラジオ局のサイト、どこでも彼らの話題してるんで。上の曲も結構、ロック・チャートの上位に行って、アルバムもかなり売れると思います。あっ、なんか前、僕が言った発言を曲解して「アデルくらい売れる」と僕が言ったと思っていらっしゃる方がいるようなんですが、違います。「リスナー層が似てる」という意味なだけで、「売れる枚数が同じ」だとか、そういうことは言ってません。

 

 あと、ゴーストも前も言ったようにアルバムはアメリカ、イギリス、オーストラリア、ドイツ、フランス、イタリア、スウェーデンでトップ10入りするくらいのすごい人気だし、ヘイルストームも英米でアルバムがトップ10です。それで「ロック系のラジオ局で曲がかからない」というの元来、変な話ですよね。

 

 今、アメリカって、10〜20年くらい前に流行ったニュー・メタルとかオールドスクールなヘヴィ・メタルはのれん分けがされていて、「アクティヴ・ロック」という名称のラジオ局専門でかかっていていて、その影響があるのかどうかわからないんですけど、例えばファイヴ・フィンガー・デス・パンチだったりシャインダウンといったバンドもアルバム、英米トップ10くらいの人気があったりします。ただ、アクティヴ・ロックのラジオ局って今、数もすごく限られているし、ロック系のチャートの集計にもほとんど影響力持たないから、僕はこの際、ALTの曲に吸収してもいいと思うんですけどね。メタル系のリスナーの場合、昔から「激しい音以外は聞きたくない」みたいな意固地な性格があるため、そこがややこしくなってしまうとこではあるんですけど、今のロック内での需要のバランスの範囲内であるならば、取り入れてもいいと僕は思いますけどね。で、また影響力を持つようなタイミングが来れば、その時にまた細分化すればいいわけで。今のロック界に「細分化の体力」があるとは、僕は思っていません。

 

 そうじゃなくても、上の動画の3つのバンドくらいは、そこまで音がハードってわけでもないから、その意味でも普通にアリかなあ、と思うんですけどね。わざわざ、「アクティヴ・ロック」に分ける必要ないと思います。だいたい、ヒップホップにジャンル分けしたラジオ局とか雑誌メディアなんて、そんなのないですからね。それ考えると、ロックって、長い歴史の中で人のタイプ的に本当にいろんな人を惹きつけてきたんだなあ、とは思いますけどね。

 

 

1冓動奮阿旅颪ら才能を発掘する

 

あと、ストリーミングを通じて音楽情報がインターナショナルになってるんだから、英米以外の国の才能の発掘を積極的にすべきですね。ポップの世界では実際、K-Popが出てきてるわけだし、コロンビアのレゲトンなんかもあるわけですからね。ロックだって対抗すればいいと思います。

 

例えば、僕はこれを激押ししますけどね。

 

 

オーストラリアの若きカリスマですね。ギャング・オブ・ユース。彼らは僕の去年の年間ベストの20位以内に入れたバンドなんですけど、最高ですね。彼らが本国以外に、英米で巨大なバンドにならなかったらロック界の損失ですね。それくらいスケールの大きな才能だと思ってます。サウンド的にも、アメリカだから押すべきバンドだと思います。

 

 

あと、このジール&アーダーとかも、今、紹介するタイミングはすごくいいと思います。彼らはスイスとかドイツではもうすでにかなりの人気があるみたいですけど、「ブラック・メタルとゴスペルの融合」といった、かなりオリジナリティあるサウンドを展開しています。曲も、リスナー層を選ばない広さがありますしね。

 

これは、僕のお友達のライター、エディターの人が紹介してくれたんですけど、すごくいいですね。なんかのタイミングがあれば、世界的に広がりそうな気がしてます。フロントマンが黒人というところも、ポリコレが進んだ現在の世の中的に大事なとこだとも思うんで。さっきのギャング・オブ・ユースのフロントマン、彼もサモア系の人だったりします。

 

 

いい泙い舛鼻◆屮瓮献磧爾鳩戚鵝廚眤膸

 

 あとですね、「もう今さら」と思われていた「メジャー・デビュー」、これもいまいちど、大事になってきてる気がします。

 

 というのもですね、これはお恥ずかしい話ではあるんですが、アメリカ人って、「本当はインディ、嫌いなんじゃないか」って思えるとこ、あるので(苦笑)。

 

 

 本当に昔から、アメリカのラジオ局って、インディ・レーベルのバンド、かけるの嫌がるんですよ。僕がHTEやってる時に苦労したのもそこです。あの時期にアメリカでヒットしたインディ・ロックってキラーズでしたけど、あれはユニバーサルが押したから可能だったわけで、あの時期、他にかかってたインディものだって、モデスト・マウスとかデス・キャブ・フォー・キューティだって、あれはメジャーにレーベル移籍したから可能だった話です。

 

 これが例えば、2008年以降くらいのピッチフォークが押したタイプのアーティストだと、ラジオ、全然かけてくれませんからね。ボン・イヴェールとかフリート・フォクシーズとか。ああいう、サブポップとかマージのアーティスト、マタドールのアーティストとかだと、なんかラジオ・オンエア、すごく冷たいんですよ。2010年代にヒット出した、例えばマムフォード&サンズとかフォスター・ザ・ピープルとか。あれも大手のメジャーがついてラジオがたくさん曲かけましたからね。そういうとこのフラストレーションはずっとありましたね。

 

 もちろん、「ラジオ側がインディ・レーベルに振り向く」ということが一番いいんですけど、それが叶わないなら、アーティストの側がメジャーに行く。これも一つの手です。

 

と、思ってたら、それを彼らが実行するようですね。

 

 

ヴァンパイア・ウィークエンドですね。ソニーに移籍するようです。

 

いいことだと思います。彼らも、これまで作品の評判はいいのに、ラジオで満足に曲をかけられなかったバンドですからね。この移籍はすごく意味があると思います。タイミングもバッチリです。

 

 メンバーも変わって、ライブの評判も今回、いいようですね。もう、こないだも言いましたけど、僕は彼らのライブは正直苦手でした。僕以上にブラジルのメディアも、2014年にサード出してきた時のロラパルーザのライブ、もう、ケッチョンケッチョンに叩いてましたからね。だいたい、アルバム2枚連続して全米1位なのに夕方のスロットしか任されなかったところに「何をかいわんや」だったわけですけど、エズラの中で何らかの意識改革みたいのがあったのかなあ。確かに、このライブの様子、今までとは何か違う感じはしますね。

 

 特にmyspaceの時代に、インディ・バンドが「もうネットでの話題で人もCD買ってくれるし、それでいいんだ」みたいな状態になってたんですけど、Spotifyの時代って、逆に多くの人が話題にしてくれるものの共有が強い時代で、そこでインディは一気に逆風に立たされてしまいました。だから、今一度、「頑張って目立つ方向」に行かないと、なかなかキツい。そんな時代の、「インディの突破口」みたいな存在も、やっぱり必要だとは思いますからね。

 

 

で。本当はイあるんですけど、ここはとびきり長い、そして一番重要なことです。「全英チャート」の後に続きます。

 

 

author:沢田太陽, category:評論, 19:35
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