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ギャラガー兄弟は、これでいいのだ!

どうも。

 

 

現在、年間ベスト選出中のため、いろんな今年リリースの作品と、まだ間に合う、出たばかりの新作を聞いてるとこなんですけど、その過程で、「当初、想定していた順位より評価が上がった作品」というのが何作かあります。その一つが

 

 

 

リアム・ギャラガーのこのアルバムですね。

 

 これ、出た時から「いいな」とは思ってました。ただ、「ちょっと長いなあ」と思って、そこまで高い順位に最初はしてなかったんですけど、聞き返したら、曲がかなりそそる事に気がつきましたね。

 

 

 というか、これ、リアムがもっと早く作るべきアルバムだったというか、「最初からソロでやってりゃ、よかったじゃん」と思える一作でしたね。

 

 リアム、というかオアシスにはとかく、「やってることが同じだ、マンネリだ」という人がいますが、それはあまりにもこの人のキャラを知らなさすぎるナンセンスな批評だと思います。だって、もともとオアシスの曲を書いてきたわけじゃなく、書いたところでせいぜい後期の数曲でしょ。そんな彼にソングライティングで何かを期待するのは間違いだし。

 

 

 それに一番の魅力はやっぱり、あの一度聞いたら絶対忘れることのない、あの歌いっぷりであって。あの歌い方があって、ある程度メロディックで大きなフックのある曲だったら、そりゃ魅力的に決まってます。オアシスがどんなに似たような作りのアルバム連発しようが人気の落ちなかった理由って、やっぱり、彼の声の魅力に抗えない人が多かったからと思うから。声だけで「何を歌おうが、どうしてもその人の歌になってしまう」というのはモリッシーみたいなすごい才能だと思うし、だったらマンネリだと思われようがそのまま歌わせればいい。その開き直りがいいですね。

 

  

 そのためには、いまひとつ大きなフックの書けなかったビーディ・アイのメンバーではダメで、ある程度、大ネタっぽい曲の書けるプロのソングライターの方がいい。ノエルとのケミストリーだって、そうしたところで起こっていたものだし。あと、「バンドっぽいつくりじゃないからなあ」と言っている人もいるようですが、「それがわかる人というのはそれほど多くはないだろう」というくらい、しっかりバンドに聞こえるし、せいぜい女性ヴォーカルのコーラスが入っているくらいのものでしょ?ソロ名義なんだから、逆にそれくらいのことはあって自然だし、それに、「バンド形態にこだわった」からビーディ・アイで失敗もしてるわけで。なので、ここも問題は特にないです。

 

 

 あと、リアムにこれを待ってた人ってのが多かったんでしょうね。このアルバム、初週でのイギリスでのアルバムの売り上げが、「その週の2位から20位の合計より上だった」とも聞いていますが、そういう勢いだけじゃなく、トップ10に5週いましたからね。今、イギリスのロックのアルバムで発売されて5週持つアルバムって年に数枚ですよ。それ考えても成功だと思います。

 

 

 あと、これは本当に問題だと思うんですけど、今、国際的に、「子供に知られているロック」というのがイマジン・ドラゴンズだけになりつつある。まあ、彼らは彼らなりに頑張っているとは思うんですけど、「あれをロックの代表だと思われてもな」と思う気持ちはどうしても消えない。そのためには、その代りになるような「大衆的ないいロック」ってどうしても必要なんですよね。そこに行くと、このアルバムはそのいい見本だなとも思えたし、今の20代の若いバンドのそれより、しっかりその見本たりえてるなと思えたのも、惹かれた理由です。リアムがこの表現を好むとは思えませんが、「この世代のロッド・スチュワートみたいになればいい」と思ってます。

 

 

 僕自身の年間ベストのトップ10にこそ入ってはいませんが、今言ったような観点で、もっと評価されていい作品だと思います。

 

 

 そして

 

 

 出たばかりの、このノエル・ギャラガーの新作を聞いてますが、これまた良いですね!

 

 こっちは逆に、やっと「オアシスの呪縛を解き放った」、快作だと思います。

 

 正直、僕はオアシス解散後の兄弟の作品にどこかちぐはぐなものを感じていました。それが何か、うまく言葉にして言えなかったのですが、今回、2人が示したソロでそれがハッキリわかりました。

 

 リアムの方は、ソングライティングとかサウンドとか気にしないから、とにかくオアシスっぽいことやればいいのに、それをやって来なかった。逆にノエルの方は、いくら曲を書いていたのが彼だと言っても、やっぱり彼の声だけで全部を聞くにはちょっと忍耐力がいるのに、「ポスト・オアシス」の期待を背負わされていた・・。

 

 

今回のこの2人のアルバムは、その「ネジれの関係がようやく解消された」作品だと思います。

 

 

 今までソロ2作出してきて、最初のアルバムは、後期のオアシスの良い流れを受け継いだアルバムだと思ったんですが、2作目でどこか癖メロに縛られた曲作ってて抜けが悪いなあ、と思ったんですけど、今回、とうとう、「オアシスっぽさ」みたいのを度外視して、作りたいもの作ったなと思える爽快感がありますね。

 

 オアシスっぽいとこから離れたことで、ようやく曲を弟の声との比較で聞かないで済んだし、アルバム全体通して初めて彼の声の弱さが気にならなかったアルバムでしたね。

 

 あと、従来のロックのベーシックな楽器以外やデジタルのリズムを入れたがっていたのは前作から感じてはいたんですけど、なんか踏ん切りが悪かったところが、今回はそこを思い切りやっていて、そうした決断が潔いからなのか、元のメロディも自信持って聞こえますね。手法的には、ロックをイノヴェートするようなものではないんですが、少なくとも彼の中にこれまで長くあった「コンフォート・ゾーン」は確実に突き破ってるし、50歳の今にしてようやくアーティストとして新たな道筋を築けた、そんな充実感がありますね。聞いて間もないので興奮感があるからもう少し冷静にならないと順位が付けにくいですが、現状では、「リアムよりやや高い順位にしようかな」と思っているとこです。

 

 

 兄がオアシスから離れ、弟がオアシスっぽさを継承する

 

 

 このやり方がやっぱり一番だし、それがようやくできた、ということなんだと思います。それこそ、オアシスの作品、こんなに気分盛り上がって聞くの、20年くらいなかったことですよ。

 

 

 

author:沢田太陽, category:評論, 20:33
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イギリスの4大音楽誌(NME、Q、UNCUT、MOJO)の2017年の年間アルバムTop10

どうも。

 

 

今日はこんな話をしましょう。

 

 

 

イギリスの4大音楽雑誌、NME、Q、UNCUT、MOJOの4誌が揃って2017年の年間ベスト・アルバムを発表しました。

 

ちょっと、見てみましょうか。

 

NME

 

1. Lorde – Melodrama
2. Wolf Alice – Visions of a Life
3. Kendrick Lamar – DAMN.
4. Father John Misty – Pure Comedy
5. LCD Soundsystem – American Dream
6. J Hus – Common Sense
7. SZA – CTRL
8. Lana Del Rey – Lust for Life
9. Wiley – Godfather
10. Liam Gallagher – As You Were

 

 まず、読み手がもっとも若いNMEではLordeが1位、ウルフ・アリスが2位。今年のNMEのこの2つへの騒ぎ方見てたら想像できましたけどね。でも、両方とも上位に入っておかしくない充実作だったと僕も思います。

 

Q


1. Kendrick Lamar – DAMN.
2. LCD Soundsystem – American Dream
3. Wolf Alice – Visions of a Life
4. Lorde – Melodrama
5.Gorillaz – Humanz
6. St. Vincent – MASSEDUCTION
7. Father John Misty – Pure Comedy
8. Baxter Dury – Prince of Tears
9. Queens of the Stone Age – Villains
10. The National – Sleep Well Beast

 

 続いて、大人の大衆音楽誌のQですけど、こっちはケンドリックが1位ですね。兼ねてからNMEとにたチョイスをする傾向があるんですけど、今年は6枚重なってますね。

 

UNCUT


1. LCD Soundsystem – American Dream
2. The War on Drugs – A Deeper Understanding
3. Kendrick Lamar – DAMN.
4. The Weather Station – The Weather Station
5. Joan Shelley – Joan Shelley
6. Richard Dawson – Peasant
7. The National – Sleep Well Beast
8. Courtney Barnett & Kurt Vile – Lotta Sea Lice
9. St. Vincent – MASSEDUCTION
10. Hurray For The Riff Raff – The Navigator

 

こちらは、マニアックな拘り派のUNCUT。1位はLCDサウンドシステムです。2位にはウォー・オン・ドラッグス。どっちかというと、QとかMOJOみたいな大人よりの方がウケるかと思ってたんですけどね。

 

 やっぱり、ここが一番、「えっ、誰それ?」な名前が上がりますよね。毎年そうです。

 

 

MOJO


1. LCD Soundsystem – American Dream
2. Nadia Reid – Preservation
3. Queens of the Stone Age – Villains
4. A Tribe Called Quest – We got it from Here… Thank You 4 Your service
5. Jane Weaver – Modern Kosmology
6. St. Vincent – MASSEDUCTION
7. Kendrick Lamar – DAMN.
8. Hurray For The Riff Raff – The Navigator
9. Sleaford Mods – English Tapas
10. Aldous Harding – Party

 

そして大人のこだわり派のMOJOですね。こちらでもLCDが1位です。

 

こっちはUNCUT とチョイスがかぶることが多いんですけど、4枚重なってますね。そのうちの一つがHurray For The Riff Raffというのが嬉しい!これ、僕もかなり上位に入れてますので。

 

 

で、実際はUNCUTが75枚、その他が50枚選んでいるんですけど、その全てでランクインしたものが数枚あります。

 

まず

 

4誌全てでトップ10

LCDサウンドシステム、ケンドリック・ラマー

 

この2つは圧倒的に強かったですね。LCDに関しては全てでトップ5です。

 

4誌全てでトップ20

セイント・ヴィンセント、ザ・ナショナル

 

ヴィンセントはNMEで11位だったので、惜しかったんですよ。これ入ってたら全部トップ10でした。ナショナルはトップ10は2つではあったんですが、一番低くてNMEで13位と安定してましたね。

 

 

とりあえず4誌全てでランクインしてトップ10もあり

ファーザー・ジョン・ミスティ、ウォー・オン・ドラッグス

 

そして、この2つも全てでランクインしてましたね。前者は2つ、後者は1つでトップ10。

 

 

全部20位以下なんだけど、全部でランクインした

サンダーキャット、ローラ・マーリング

 

 あと、サンダーキャットとローラ・マーリングが最高位は低かったんですけど、全てでランクインしてますね。前者がMOJOの21位、後者がUNCUTの21位が最高でしたが、これらが今年一番のカルト名盤なんでしょうか。

 

 

 でも、全部でランクインしたのは、これだけなんですよね。それだけ、いろんなものが世の中にはある、ということです。

 

 逆にどんなに現象的にヒットしてようが、エド・シーランやサム・スミス、イマジン・ドラゴンズを入れた媒体はゼロ!ここも気になるところです。

 

 ちなみに、僕も現時点で自分の年間ベストを35位くらいまですでに選んでいるんですが、ヒントを出しておきましょう。

 

 NMEと5枚、Qと4枚、UNCUTとMOJOと3枚、僕のトップ10アルバムと重なってます!

 

 今年は割と好き勝手に選んだんですけどね。でも、重なるところは重なっちゃいますね。逆に、4誌で1誌も入らなかったものも2枚トップ10に選んでいたりもしますが。

 

 僕の年間ベストに関しては、12月の3日からの週から50位からのカウントダウンになります。

 

 

 

author:沢田太陽, category:評論, 13:26
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デヴィッド・キャシディ追悼 僕の愛した70s初頭のアメリカン・キッズ・アイドル・ポップ

どうも。

 

 

今日のネタはマニアックですよ。このブログ読者的に馴染みはないかもしれないけど

 

 

 

70年代前半のアメリカを代表するティーン・アイドル、デヴィッド・キャシディがなくなってしまいました。すごく残念です。

 

 

というのもですね、僕、彼が活躍した70年代初頭のアイドル・ポップスがですね、もう、本当に大好きなんです!本当にちょっとしたマニアでね。ある時期、CD買いあさってました。

 

 なんかですね、この頃のテレビのカラーの配色とか、ファッションとか、髪型とか、好きでしてね。僕はこのころに生まれているんですが、おそらく、そのころに日常的に目にした残像が残ってて、それを求めているのではないかという気が僕にはしています。

 

 デヴィッド・キャシディは「パートリッジ・ファミリー」という、一家で、というか子供達中心にバンドを組んで全米で大人気、という、不思議な設定のドラマでリードシンガー役で一番人気だったんですが、これが一番有名ですね。

 

 

これですね。1971年の全米ナンバーワン・ヒットですけど、このイナたい感じがたまりません。

 

 

パートリッジ・ファミリーには母体となった現実のファミリー・バンドがありまして、これがまた、いい感じのサイケ・ポップでいいんです。これは60sの終わり頃に大ヒットしています。カウシルズです。

 

 

 このころ、まだフラワー・ムーヴメントなんですけど、現実逃避的ないつまでも永遠に続いて欲しいイノセンスが愛された時代だったんですね。「永遠に、無邪気な子供のままでいたい」というメッセージが、例えば

 

 

 

こういうイメージで愛されていた時代です。このころ、キッズ・アイドルのブームがシリアス担っていくロックの対岸で起こっていたというのは、そうし世の影響もあったのではないかなと僕は思ってます。

 

 そして「パートリッジ・ファミリー」だけでなく、このドラマも大ヒットしました

 

 

 

 

全く同じころですね。この「ブレイディ・バンチ」。この分割画面のオープニング、未だにパロディにされますけどね。また、音楽がすごくソフトロック風でサイケでいいんです、これが。

 

 

 

こういう感じですね(笑)。

 

僕はこのドラマは90sにリメイクされたリバイバルで知ったんですけどね。日本でもオリジナルが「愉快なブレイディ一家」という名で放送された形跡があって、幸いにも2000年前後かな、日本のケーブルで再放送されたんですよ。その時にまとめ見してます。

 

 そしてそして、70sのキッズ・アイドルと言ったら

 

 

 

もちろんジャクソン・ファイヴは重要です。

 

 

 これ当時人気だった「ソニー&シェール・ショー」の一コマなんですけどね。典型的な70sモーメントです。

 

 そしてジャクソン・ファイヴに触発される形で

 

 

オズモンズが出てきます。この人たちも曲によってはすごくカッコ良くてですね。

 

オズモンズはこの当時、カルピスのCMにでてて、それで日本の茶の間でもおなじみだったのですが、僕が最初にテレビで外国人見たの、これが最初ですね。

 

 

日本語で歌ってたのまでは覚えてないんですが、絵は視覚的な残像で残ってますね。これが海外エンタメの僕の大元のルーツなんじゃないかと、今となっては思ってます。完全に無意識なんですけどね。

 

 

 そして、掘っていくうちに好悪いうレアなものも見つけたりしてね(笑)。完全にジャクソン・ファイヴのパクリなんですけど(笑)、これも時代性を感じさせます。曲もいいしね。

 

 

こういう感じですね(笑)。

 

フィンガーファイブは、もうモロ。新御三家だと、圧倒的にヒロミーゴー=ですね。五朗と秀樹は微妙にニュアンス違うんですよ(笑)。このグルーヴィーさと、ユニセクシャル感。これは後でも似たの出てきてない気がしますね。

 

 

・・と、そんな感じですね。アイドルって他の時代もいろいろあるんですけど、全面的に時代ごと愛せるのは、僕の中ではこの時代だけですね。改めてデヴィッド・キャシディにRIP

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author:沢田太陽, category:評論, 19:35
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「ライブが伝説として受け継がれて欲しい現存するアーティスト」を選んでみたらキリがなくなった

どうも。

 

 ちょっと今週までは、先週行ったライブの余胤に浸った内容で生かさせてください。

 

 でも、そうなるのも無理はないですよね。だって、

 

1週間のうちにポール・マッカートニーとU2のライブ、同時に見たんだから!

 

 ロック史における伝説を一気に2本見たわけです。こういう風に思ってもしょうがないと思っています。

 

 

 でも、これこそがロックの誇るべきところなんですよね。ただ単に音源で伝説になることもあるけど、さらに本物のアーティストはライブで聞かせても人間業を超えている!それに関しては、20世紀後半に人類が作った最大のアートだと僕は思っているし、それに魅了された人が全世界で何億もいたからこそ、世界中でライブハウス、スタジアム、フェスでロックを楽しみレジャー・カルチャーだって育まれてきたのです。

 

 

 僕がポールやU2を見て「伝えたい!」という衝動に駆られたり、「彼らはもう結構な年だけれど、こういうレガシーはちゃんと後世に伝わっているのか」とすごくあせらされる気分になるのは、こうした優れたアーティストの生み出してきた生での奇跡的な表現の歴史や伝統が受け継がれなくなったらどうしようという焦りがあるからです。だから、ボウイやプリンスが昨年亡くなった時もとにかく焦ったのです。

 

 

・・と、ここまで書いてきて、「ライブを後世に残したいアーティスト」というものを選んでみたらですね

 

 

リストが軽く30くらいになって止まらなくなってしまいました(笑)。

 

 やっぱ、こういうのはいざやってみると、「ああ、あれが外れた」「これも選ばなきゃ」というのが出てくるので本当に難しいです。

 

 なので、すみません。今回は、僕がライブを見て好きな瞬間の動画を貼って、お茶を濁します(苦笑)。

 

 

 

 やっぱ、こういうのが残って欲しいというか、受け継がれて欲しいというか。最近のを多めにしたのは、やっぱ「伝説は気がつかないうちに生まれているよ」ということが言いたいのでね。最近のだったらQOTSA、フローレンス&ザ・マシーン、ロイヤル・ブラッドも考えたんですけどね。みんなキャリアを長くして、なくなることが惜しまれるようになって欲しいなあ。

 

 

author:沢田太陽, category:評論, 18:34
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U2、スプリングスティーン、パール・ジャムは日本でライブを見せて正当に評価させるべきだ

どうも。

 

 

いや〜、まだ余韻は続いていますよ。

 

 

 

U2!

 

本当に素晴らしかった。彼らのブラジル公演も、昨日終わったばかりで、サンパウロ市民的にもU2ロスが確実に残った感じですね。何せ、いくらサンパウロのみの4公演と言っても、1回につき6万7000人の会場、4日とも即完にしたわけですから!

 

 

 この感じだと、次のツアー、また来ますね。

 

 

 ただ、同時に、こういうことにも気が付きました。

 

 

 U2、日本にもう12年、行っていない!

 

 寂しいですよね〜。

 

 調べたらですね、U2のブラジル公演って、今回で5回目なんですよ。でも、最初に来たのは1998年なんですよね。同じ年に日本でツアーで行ったのは通算4回目。U2って昔から

 

 

 

この放送、僕も中学生で見てましたけど、この「夜のヒットスタジオ」の出演が、日本への印象を悪くした説があって、彼らのにほんへ行く足を鈍らせてるという話があります。でも、1983年以来、なんだかんだで日本に行ってはいたんです。

 

が!

 

21世紀突入以降、ブラジルには4度行ってるのに、日本には1度しか行っていない!!

 

 

これは本当に問題だよなあ〜。

 

 

 そして、これ、別にU2だけに限った問題でもないんですよね。だって

 

 

 

 

パール・ジャムも2004年以来、日本に行っていない!

 

彼ら、ブラジルだと、2010年代だけですでに3度、来年もくるの決まってるから4度も来るのに!

 

さらに

 

 

ブルース・スプリングスティーンも20年、日本に行っていない!

 

 しかも、1997年に行ったのは1人だけの弾き語りですよ。バンドを引き連れたライブだと、32年、行ってません!

 

 これもなあ〜。彼の場合はブラジルでも、そんなに人気はないんですが、それでも2013年にきてくれ、サンパウロとロック・イン・リオですっごい熱い、高水準のライブやってくれて、ブラジルのメディア、大熱狂でしたからね!

 

 

 これ、ぼく思うにですね、来ない大物ロック・アーティストの共通点みたいのがある気がするんですよね。

 

 

 それをまとめると、こうですね。

 

 

)槓のライブをする

△修離薀ぅ屬、年輪を重ねれば重ねるほど凄みを増している

アートっぽい雰囲気とか、斜に構えた雰囲気がなく実直

た箸硫鵑蠅里海箸ら、時に社会的なことも歌う

 

 

やい亡悗靴討蓮∨佑發錣らないではありません。というのも、ある時期から日本のロック・メディアが参照にしているイギリスのNMEのような音楽メディアにこういう要素を軽視する傾向が強いから。特にブリットポップ以降、この傾向、強いですね。グランジでも、ニルヴァーナだけを推したがるような傾向を取ってもそう。やっぱり、どこか世をはすに構えたオアシスみたいな感じとか、レディオヘッドみたいな究極のアート思考で進歩的な何かを示してくれる存在とか、そういうタイプが好きなんですよね。僕も、こういう趣味はこれはこれで好きなので特に文句を言う気もありません

 

が!

 

それでも、U2、スプリングスティーン、パール・ジャムって、イギリスでも一般的にかなり人気はあるんだよなあ・・。

 

 

 それがなぜそうなるか。その答えとなるのが、やっぱり,任△雖△覆鵑任垢茵△笋辰僂蝓彼らの場合、ロックバンドとしてのアンサンブルの安定感と、力強さが若い時から頭2つ3つ抜けてます。だから、若い時分から固定ファンがしっかりついてるし、さらに自己メンテナンスがすごくしっかりしてるので、年を重ねても貫禄あるライブをしっかり披露できる!

 

 

そこのところが、ただ単に、「雰囲気のイケてる」感で人気が出たバンドとの差になって、年取った時に出てくるんですよね。で、結局、年取れば取るほど強くなっていく。

 

 

 あと、日本人のロックファンの場合が、本国イギリスのメディアよりも、そうした外面上のイメージを重視しすぎているようにも感じますね。あまりにもファッション的機能性を優先しすぎている気がするというか。僕も、ある程度は意識すべきだとは思うんですけど、ちょっと行きすぎかな、と。

 

 

 なので、結局、さっきあげた3つのアーティストって今、「固定ファンが見えない」→「だから、日本でライブやっても外国のように客が集まらないようで怖い」→「結局、来ない」という悪い循環ができて、その結果、

 

 

彼らの若い時を知ってるファンだけが残って新規の若いファンもつかない、

 

 

という状況になるんだと思います

 

 

でもなあ〜、そこを踏ん張って

 

 

「レジェンドだから」で無理やり押し切って招聘する努力も必要!

 

だと、思うんだけどなあ。

 

 

 だって、彼らみたいな人たち呼ばないと、何が本当に素晴らしいロックのパフォーマンスなのか、その審美眼が確実に鈍る、かつ、偏ったものになりかねませんからね。

 

 

 ここはひとつ、

 

20000年代にザ・フーやAC/DCを呼んで日本でも評価を上げたようなこと、そろそろやるべきじゃないの?

 

 とは、思いますねえ、やっぱ。

 

 この2つも、「世界屈指のライブ・アクト」と数10年呼ばれていたのに、フーは2004年になるまで来日がなく、AC/DCも20年近く日本に行かなかった。だから、「日本では人気が出ないバンド」のレッテルを勝手に貼られてたんですけど、でも、1回呼べば、2つとも割と若い層に聞かれるようになって、横浜アリーナだ、埼玉スーパーアリーナでライブできたりするようになりましたからね。そこはやっぱり努力ではないかと。

 

 

もっともU2に至っては、潜在的な人気は日本でもあるわけだし、12年前はスーパーアリーナで3公演とかやってるわけですからね。昔はドームでもやってるし。恐れることはないはずなんですけどね。

 

 

 

 洋楽ロックを見る目の多様性養う意味でも、さっき言った人たちの来日公演は実現させるべきです。 

author:沢田太陽, category:評論, 12:42
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ヒップホップに関する微かな不安と、R&Bへの期待の高まり

どうも。

 

 

今日も昨日に続いて、ここ3ヶ月のベスト・アルバムに付随する話です。

 

 

 今年に入ってから、というかもうここ数年ですね、ヒップホップがすごく調子がいいことになっていますね。アメリカのヒットチャートを見る限りにおいては、今が何度目かの最高潮にあるかのようにも見えます。

 

 

 僕自身もやっぱりそれは評価してますよ。10年ひと昔前はもう完全に業界がクリエイティヴィティじゃなくてビジネス一本やりみたいになってたから、その頃はよく友達と、「ヒップホップではインディみたいなものは存在できないのかね」という話を実際によくしてましたね。「この世界でカート・コベインみたいなヤツって、出る可能性ないのかな?」とかね。そうしたら、「そういうの出てきたら、殺されるんじゃないですか?」なんて返事が返って、それがオチになるようなとこもありましたね。

 

 

 ところがそのヒップホップ盤石状態が2000年代の終わりから10年代の頭にかけて陰りが見えて落ちてきて、EDMに人気の音楽の座を奪われた時くらいからようやくインディというか、アンダーグラウンドで展開されてたものが注目を浴びるようになってきて。それは西海岸のコンプトンのケンドリック・ラマーだったり、同じくウェスト・コーストのタイラー・ザ・クリエイターだったり、東海岸のASAPクルーだったり、カナダのドレイクの一派だったり、シカゴのチャンス・ザ・ラッパーだったり、アトランタ周辺のトラップの一派だったり。そうした、地道にやってきてた人たちが、むしろこれまでヒップホップに興味なかったような人たちの後押しも受けてより広く盛り上がってきた。2013年くらいから今の流れって、そんな感じだったと思うんですね。去年からはそこにロンドンのグライムの新世代も入ってきたりもしてね。

 

 

 基本的にそれは今も引き続いて起こっている・・・かのように見えます

 

 

が!!

 

 

なんかですね、

 

 

「悪貨が良貨を駆逐する」みたいなことがもう起こり始めているんじゃないか・・・。

 

 

 そんな不安がここ最近、僕の中でよぎってきています。

 

 

それが何なのか。ちょっと指摘していくと

 

 

,笋燭蕕肇薀奪僉爾肇廛蹈妊紂璽機爾1枚のアルバムに詰め込みすぎ

 

 僕が今、いちばん危惧していることがあるとすれば、ズバリこれですね。真面目な話、今年出た新作で売れたヒップホップにこのテの作品がなんか目立つんですよね。

 

 それはラッパーを2枚組で20人くらいつぎ込んでしまったDJキャリドもそうだし、ラッパーでもフレンチ・ンタナとかミーク・ミルみたいな、10人以上ゲスト・ラッパーをつぎ込んだ作品があって、そういうのに限って売れてるとかね。フレンチ・モンタナとか、2コーラスめになるまで本人出てこないで、聞いてて「えっ??」ってなったりしますからね。

 

 

 あと逆に、アルバムを構成する曲が、あまりにも1曲1曲で違うプロデューサーが付きすぎてるのも気になります。まあ、トラップの人たちは、「たくさんクリエイターがいる中で競争させる」的な意義を感じるものも中にはあったりもするんですが、それが感じられず、「ただ人気のある人を漫然と集めてるだけじゃん」と思えるものもあったりとかね。

 

 

 そして、こういうアルバムの作り方をしてると、そのうちアルバム1枚を自分で作る体力、なくなっちゃいますよ。

 

 

 だから、僕は

 

 

 

Jコールとか最近のジェイZみたいな、ゲスト極力少なめで、アルバム一枚通して同じクルーで作るようなアルバム制作を行っている人にすごく惹かれます!

 

 Jコールなんて2枚連続でフィーチャリング・ゲストなしのアルバム作ってますからね。そうやって、ごまかしのきかないところに自分を追い込んで作る、というのはすごくいいことです。このJコールの方法論をプロデューサーのNo.idが見習って作ったのがジェイZのこないだのアルバムである「4;44」だったりもしますからね。ちょっといい時代でバブルっぽくなりかけている時期だからこそ、僕はそういうのを評価したいです。

 

 

▲瓮妊アがアイドル的なラッパーを推しすぎ

 

 あと、インディのメディアは、ちゃんとアンダーグラウンドのシーンとか、音楽的な面を見てニューカマーをおしたがるものですが、そこがヒップホップのメディアが必ずしもそうじゃありません。

 

 

 特にこうやって、ヒップホップのメディアが「ニュー・スクールの期待のラッパー特集」で紹介したようなラッパーであればあるほど、なんかあんまり信頼できないものの方が目立ちます。なんかアイドルっていうか、「歳の若さ」ばかりをアピールした感じのラッパーが目立ちますね。

 

 

 今年もこういうものの中から、コダック・ブラックとか、リル・ヨッティとか売れましたけど、彼らって若い層にはいいんだけど、どうやらヒップホップのリスナーの中にも世代差はあってですね。年が上のヒップホップのファンが若い子をバカにするときなんかに「お前はコダックとかヨッティでも聞いてろ」みたいな言葉を使っていて結構僕も目にしましたね。

 

 

 そして、その決定版がこれですよ。

 

 

 それがこのエクスエクスエクスタシオンだったりするんですけど、もうっ、大っ嫌いです!

 

 何が嫌かって、聞いていただくとわかると思うんですけど、もう全然ヒップホップでもラップでもないんですよ。アルバム全体がアコースティック・ギターかピアノによる正味2分くらいの曲の集まりで、ラップより圧倒的に歌が多い。しかも、どこかの部屋でただ録音しただけの劣悪な音でね。こんなのミックステープならぬデモ・テープですよ!

 

 

 で、彼が話題になったのは、自殺だか殺されたカノについての曲を歌ったからで、それが「リアリティある」とかなんとかで、ただそれだけで「ニュー・トゥパック」みたいな言われ方までしてね。トゥパックの一体何がわかってるって??しかも、彼は別にトゥパックみたいなフェミニストなわけでも何でもない、女性への素行にも非常に問題があったと言いますからね。

 

 なんか、こういうのは、ソーシャル・ネットワークが流行る中で、表面的なとこだけで「おお、すげえ」と騒ぐ子供たちの悪いとこが出た感じかな。まあ、ヒップホップに限らず、80年代のニュー・ウェイヴとかメタルとかも人の事言えたものじゃないですけど、子供主導だと、ひどい流行りも生まれちゃいますからねえ。

 

 

「水で薄めたホワイト・ラッパー」の出現が増えそう

 

 あとドレイクの登場以降、顕著になった動きとして「ボーダーレス化現象」、これがあると思います。

 

 彼によって、ヴォーカルなのかラップなのかだとか、ジャンルとか、時間軸とか、そういうバリアーがすごくとき放たれた感じになったと思うんですね。それ自体はすごく歓迎すべきことだと思うんですが、それによって

 

黒人以外の人種の人でもヒップホップに参入し易くなった

 

これ自体も良いと思います。

 

が!

 

節操無く成りすぎて、根無し草的にもなりやすい!

 

「これが起こる危険性はあるよなあ」と少し前から思っていました。

 

そしたら、出てきましたよ、こういうのが。

 

 

 

このポスト・マローンですね。なんか彼は僕、ちょっと「う〜ん」というか。

 

なんかですね、すごく「水で薄めた」感が強いというか、デジャヴ感が強いというかですね。あと、彼の場合は界隈ではその出自が嫌われてますね。彼は裕福な白人家庭の出身で、親が音楽界への進出に投資してキャリアの道を開いた、という話ですね。そういうとこを捕まえて彼のことを「ヒップホップ界のドナルド・トランプ」という人もいるほどです。

 

 

 まあ、別に思想がそういうものではない(というか、それだったら受け入れられない)と思うし、そこはキッド・ロックではないと思うのでよいとは思うのですが、なんか、同じ白人ラッパーでも、マック・ミラーとかロジックの方が「黒人の世界の中で這い上がってきた白人ラッパー」的なイメージをまだ感じるんですけど、この人にはそういうものがほとんど感じられないというかですね。

 

 ただなあ、確かに全てがボーダーレス化した状況だと、「音楽的にいろんなことに対応する幅広さ」でいうと、白人の方がバックグラウンド的に有利なのは確かなんだよね。ブラック・ミュージックしか聞かない黒人が多すぎるのもまた問題なんですけどね。例えばロックとかカントリーとかのレファランスとっても白人の方が黒人よりは自然にできちゃうわけでしょ。そうなると、確かにこういうのでやすいよなあ、とは思うんですよね。

 

 

 ・・と、こんな風にヒップホップに対してはちょっと不安もあるんです

 

が!

 

R&Bに対してはすごく期待感を持っています!

 

 

R&Bの方はですね、こっちは結構長いこと、キツいなあ、難しいなあと思ってたんですね。というのもあまりに「アーバンR&B」というのがフォーマット化しすぎてて、同じようなマンネリな感じになっていて。「なんだ、歌い方まで一緒じゃん」という風に思って、2000年代の終わりに、例えばニーヨーのことなんかは見てましたね。面白いと思ってたの、エレクトロをバキバキに入れたリアーナくらいの時期が結構長かったし。

 

 

 それが、さっき言ったドレイクとかウィーケンドが出てきたあたりから、ちょっと作風変わってきたなあ、と思ってはいたんですけど、その時期だけだとまだ彼らくらいしか面白いのもなくて。あと、ロック、エレクトロ畑の人を使い出して面白くなったビヨンセか。そのくらいかなあと思っていたんです

 

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去年、この二つが出てきて、というか、その前からもちろんいましたけど、1年で揃って2枚出たことで面白くなってきましたね。

 

 

 

このフランク・オーシャンとソランジュのアルバムですね。

 

 

 フランクは2012年に出てきた時から、孤高なまでに突出した作りしてましたけど、このアルバムがまた格別に進化した感じでしたね。R&B聞く面白さの中に、「曲のコード感」というのもあるんですけど、例えば70sなんかはこういう楽しみ方、できたんです。聞いてて、「う?このメロディとか、後ろのピアノのコードとか、ちょっと変わった感じだけど、なんだろう」と気になる感じ。特にスティーヴィー・ワンダーとかアイズリー・ブラザーズ、白人でもスティーリー・ダンだったりトッド・ラングレン、ローラ・ニーロとかを聞いたら感じたもので、実際調べてみたら、メジャー・セブンスだ、分数コードだ、とやっぱ通常と違うことやったりしてたりするんですけど、フランク・オーシャンの曲って、久々にそういうことを探りたくなるような非常に凝ったR&Bなんですよね。彼はセヴンスと、フラットが主体となったコードを使うのが好きなことはネットで譜面サーチしてわかりましたけどね。彼もサウンド的には、時間軸もジャンルも全部飛び越えるというかそういうタイプなんですけど、それに加えてこのコードの凝り方ですからね。すごく労力使った、入り組んだR&Bを作ってきます。

 

 

 また、ソランジュもそういう感じですね。彼女は元来、60sとか70sのトラディショナルなソウルが好きなんですが、同時にニューヨークのインディ・ロックのシーンに遊びに顔だして友達になって。だからここでもTVオン・ザ・レディオとかダーティ・プロジェクターズとか参加してるんですが、それと、90sのR&Bで、僕がさっき言ったような「コード感」みたいなとこに一番凝ってたタイプのアーティストであるトニ!トニ!トニ!のラファエル・サディークを共同プロデューサーに迎えるセンスの良さですよ。この時のアルバムも、クラシック・ソウルとエレクトロとインディ・ロックが交錯した絶妙な出来でしたからね!時代もジャンルも、曖昧になんとなくではなく、すごく咀嚼しまくって(そこんとこがさっき言った安易なドレイク・フォロワーと違うとこ)新しいの作ってる感じがします。

 

 

ぶっちゃけ、この2人から、R&Bの方向性がガラリと変わってきた。最近、そんな風にも思います。

 

 

 それが今年に入ってから

 

 

 

こういったあたりを聞くと、「最近のR&Bは変わったなあ」と改めて思いますからね。

 

 

そして、この流れで、最近特に気に入ったのはこの二つでしたね。

 

 

 

一昨日から話してるジュネイ・アイコですね。これなんかはさっき言った「コード感」の面白さがすごく強く出た曲。アルバムもだいたい、こんな感じで、もっと評価されないかな、と思ってます。

 

 

 

 

でも、驚異だったのは、このモーゼズ・サムネイですよ!!

 

 これ、R&B突き抜けて、去年のレディオヘッドのアルバム並みの凝り方ですよ!なんかストリングスのサイケデリックな使い方とエレクトロの混在のさせ方とかですね。あとヴォーカルがジェフ・バックリーとかシガーロスの領域に入ってますしね。この人、一体何者なんだろうと思ってるとこです。カリフォルニアの人なのはわかってるんだけど、いまひとつ素性がわかんなくてですね。

 

 

 

 

あと来年に向けては、このカリ・ウチス、とフィーチャリングで出てくるジョージャ・スミス、この2人に非常に期待してますね。

 

カリ・ウチスはアメリカ在住のコロンビア人で、最近流行りつつあるラテンのエッセンスを入れるのがうまいし、ジョージャはUKR&Bの人なんですけど、彼女も非常に越境的センスがあるというか、すでにその才能をドレイクの目に付けられてて、付き合ってる説までありましたが、続いているのかな。2人とも来年の大きなリリースになると思うので要注目です。

 

 

author:沢田太陽, category:評論, 14:05
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