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映画「BlacKKKlansman」感想 これぞ、スパイク・リー・ジョイント!黒人問題に再び鋭いメス

どうも。

 

 

オスカー前哨戦、もう二つ大きなものが出ています。もう一つ足して、明日、最初のまとめをやりますが、今日は、そのオスカーにも絡んできそうなこの映画のレヴューをやります。

 

 

スパイク・リーの「BlacKKKlansman」。このレヴュー、行きましょう。僕は大学生の頃、スパイク・リーの映画に大ハマリしていて、彼の映画から黒人の人種差別の問題をかなり学んでいます。90sの前半はそうした映画の秀作をかなり作っていました。それから、ややその主題から離れていた観もあったのですが、また、この主題に戻ってきました。そして、この映画でカンヌ映画祭の第2位にあたるグランプリも受賞していますが、果たしてどんな映画なのでしょうか。

 

まずはあらすじから見てみましょう。

 

 

話は1970年台前半。ロン・ストールワース(ジョン・デヴィッド・ワシントン)はコロラド州コロラド・スプリングの警察官に採用されます。この当時、まだ黒人警官は珍しく、署内でネチネチした差別を受ける時もありました。

 

 

 しばらくは記録整理でしたが、張り込みの任務を与えられます。それは60sに恐れられたブラック・パンサー党のストークリー・カーマイケルが演説を行うので、危ない企てでもないか潜入してこいというものでした。

 

 

 ロンはそこで、主催の学生団体を仕切るアフロヘアの女の子、パトリス(ローラ・ハリエル)と出会います。パトリスはかなり激しい黒人運動の闘士でしたがお互いに意気投合。関係もロマンティックなものになります。

 

 

 数日後、ロンは新聞広告に出ていたKKKの構成員募集の広告を目にし、白人人種差別者のふりをして電話をかけて面接に行きます。

 

 

 ただし、面接に行ったのは同僚のフリップ・ジンマーマン(アダム・ドライヴァー)でした。ロンを名乗るフリップはその絶妙な演技でKKKの構成員を見事に騙します。そしてロンが背後からその様子を盗聴します。

 

 

 ロンはさらに、若手の有力政治家デヴィッド・デューク(トファー・グレイス)がその裏でKKKの幹部であることを知ります。そして、その彼が中心となって、黒人の過激派舞台への襲撃が行われる計画も知ってしまいますが・・。

 

・・と、ここまでにしておきましょう。

 

いや〜。

 

 

こういうスパイク・リーの映画こそ見たかった!

 

 

やっぱりスパイク・リーって言ったら、黒人の人種問題に深くメスを入れて切り込んでいく、社会告発した映画が一番いいんですよね。「ドゥ・ザ・ライト・シング」「ジャングル・フィーヴァー」そして「マルコムX」。僕はこういった映画を通して、それぞれのシーンの中で描かれることの背景なんかを詳しい人から教えてもらったりすることで、アメリカにおける黒人の人種差別問題の根深さを知ったものです。それは例えば、90s前半くらいまで続いた、アジア人居住区の拡大が黒人居住者を追いやっていた話とか、ブラック・ムスリムがいかにして拡大していったかの話とか、そうしたことですね。ある種、僕にとっての社会の教科書だったし、こういうことがわかったことで、この当時、黄金期でもあったヒップホップの理解も促進されたものでした。

 

 そのあと、ビル・クリントンの時代になり、ヒップホップも一番人気の音楽になり、黒人がハリウッドで一気に台頭し始めると、スパイク・リーの作品からはこうした主題が見えなくなり、むしろ、白人を主役にした映画なども作るようになりました。言われなきゃ気がつかなかったものも結構ありましたからね。この時代は、まあ、彼も監督の表現として成長したかったというのもあるでしょうし、「25時」みたいな傑作もあるにはあるんですけど、なんか見たいものではなかったんですよね。まあ、彼が人種問題に立ち向かわなくなるというのは、それだけ黒人社会がよくなったという意味でもあるのかな、とも思いはしたんですけどね。そして時代は、ついには黒人大統領のオバマが誕生するところまで行きました。

 

 ただ、まだオバマ政権の頃に、例えば黒人青年トレイヴォン・マーティンの射殺事件で、間違った事実認識で撃った警察が無実になり大暴動が起こるという、まさにリーが人種問題の映画を作っていた最盛期の1992年に起こったロス暴動を思わせるようなことが起こったのを皮切りに、黒人が警察による不当な差別を受けるような事態が再び浮上した。そして2017年のトランプ政権誕生で、極右の人種差別者が声をあげられるような状況も生まれてきた。そんな矢先に、リーは再び時代に立ち向かい、人種問題に斬り始めるに至ったわけです。

 

 

 そんな中で、舞台背景が70sのブラックパワーの時代だったことがまずうれしかったですね。やっぱ、このアフロですよ。この時代は、「黒人の誇り」が最も叫ばれていた時代であり、ブラック・ミュージックも社会問題に触れたシリアスなものが最も多かった時代。サウンドもこの時代に急速に進化しますが、それは今日でもヒップホップのサンプリング・ソースとして愛されています。映画も「ブラックスプロイテーション」といって、主にB級のアクション映画ではあったんですけど、黒人映画の最初の全盛期を迎えます。そのあたりの話はこの映画でも出てきて、そのテのマニアなら思わずニヤリ。リーも、このあたりは大好きで、彼の映画のモチーフにも使われてもいましたね。

 

それから

 

 

基本がコメディだったのも良かったですね。演技や会話が当意即妙でかなり気が利いています。かなり笑えます。このあたりのセンスもリーらしいんですよ。もともと彼、初期はコメディ色が強く、そのあたりは「She's Gotta Have It」「School Daze」といったデビューのことの映画や、「ドゥ・ザ・ライト・シング」でも生かされていたし、90sの「Girl 6」みたいなライトな映画でも生かされていましたけど、この要素がちゃんと出ていたのも良かったです。

 

でも、そんな中でも一番良かったのは

 

 

やはり、社会風刺能力、これに尽きます。「なぜKKKを今描くのか」。それがハッキリわかるのがいいです。今のこの時代、極右が台頭して、どこの世界でも、人種に関わらずヘイト・スピーチが行われたり、そういう団体の行進が行われるような時代。その精神構造はやはり、昔からアメリカに存在するKKKのそれと基本的に変わるものではない。そのことがこの映画ではしっかり描かれてい

ます。KKKは本当に古い団体で、20世紀の初頭からかなり知られたものでもあるのですが、そのあたりのこともこの映画ではしっかり描かれ、これもすごく勉強になります。

 

 

 まだ続きます。

 

author:沢田太陽, category:映画レビュー, 18:37
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映画「ボヘミアン・ラプソディ」感想 ディスコグラフィを確かめることより大事なこと

どうも。

 

 

今週はクイーン特集の当ブログでしたが、最後を飾るのは、やはりコレです!

 

 

はい。映画「ボヘミアン・ラプソディ」のレヴューです。

 

これは全世界的に今週末から興行が始まっているんですが、世界的にかなり話題のようですね。もう、どこもかしこも、かなり話題を呼んでいます。

 

僕としても、クイーンで映画になるのは、今回が初めてなので、「果たしてどうなるか」というのはすごく気にしてましたね。トレイラーが出始めた時から、なんかドキドキしていました。

 

では、どんな映画になっているのでしょうか。まずはあらすじから見ていきましょう。

 

 

話は、1985年、かのクイーン伝説のライブ、「ライブエイド」のスタンバイ前に、クイーン結成時のことがフラッシュバックされるところから始まります。

 

 

 

 

 話は1970年に飛びます。ヒースロー空港の荷物係として働いていたフレディリック・ブルサラことフレディ(ラミ・マレク)は、仕事後にライブハウスに、お気に入りのバンドのスマイルのライブを見に行きます。ライブ後に自分を売り込もうと彼らに近づこうとしたら、ちょうどヴォーカリストが辞め、そのタイミングで歌も歌えることが判明したのでメンバーになります。

 

 

 その後、バンドは「クイーン」と名を改め、ライブを始めます。当初から、女性用の服を着て熱唱するフレディは客の目をひきます。

 

 

 彼はゾロアスター教の厳格な家庭に育ちますが、自分の好きなように生きるために親に反発。名前をフレディ・マーキュリーに改め、バンド活動に勤しみます。そして私生活では、メアリー・オースティン(ルーシー・ボイントン)と深い仲になっていきます。そうしているうちに、クイーンはメジャー・デビューのチャンスをつかみます。

 

 

 デビューを決めるとクイーンは順調に成功します。1975年には4枚目のアルバム、「オペラ座の夜」を制作。その際、フレディの最大の自信曲「ボヘミアン・ラプソディ」をシングルにするかしないかで、レコード会社と大きくもめます。「こんな6分もある、歌詞の意味のわからない曲を出すと大失敗する」という会社側に「これこそがアートであり、ポエムだ」とクイーンは断固としてひきません。どちらが正しかったかは、もうお分かりですよね。

 

 

 ただ、その時期に並行して、フレディに「性のめざめ」も始まります。それが原因で、その数年後、曲まで捧げるほど大好きだったメアリーとの恋愛関係も終わります。ただ、メアリーを完全に断つことがどうしてもできなかった彼は、彼女との複雑な関係を続けていくことになります。

 

 

 

 その後、バンドは大成功を収めていくことになります。ただ、それと同時に、フレディの私生活の派手なパーティ・ライフも制御がきかないものとなっていき、その背後には・・。

 

 

・・と、ここまでにしておきましょう。

 

 

 この映画なんですが、ここまでの情報が日本に入ってきているかどうか知らないのですが、実は公開前に足を引っ張るような事態が起きていました。一つはトレイラーが流れたところ

 

 

 なんだ、これは?!フレディがこれじゃまるで、ストレートの人みたいじゃないか!

 

 という苦情が殺到したんですね。これは最近のハリウッド映画を取り巻く人の過剰な動きで、彼らに言わせると「本来、黒人やアジア人がやるはずの役を白人にやらせるホワイト・ウォッシングのハリウッドは、ゲイまでストレートに演じさせるのか」と騒ぎになったんですね。

 

 そして、いざ試写が始まると今度は

 

 時代描写がメチャクチャじゃないか!

 

 とレヴューがたて続いたんですね。なので実はこれ、レヴューの点数、よくありません。Rottentomatoesで60点、Metacriticでは49点ですからね。

 

 この点に関しては僕も実は、「え?」と戸惑うところはありました。「あれ?なんでこの時期に、この選曲??」というのがとりわけ話の前半に続きます。僕とて、この映画の前半までは、「大丈夫なのかな、この映画?」とちょっと心配になっていたのです

 

 

 が!

 

 こうした諸々の評判に関しては、「それは筋近いだよ!」という結論に、僕的には途中から至りました!

 

 

 それどころか、これ

 

 

 時間かければ確実に、「再評価されるカルト傑作」になりうる可能性もある作品だとさえ、思いました!!

 

 

 なぜなら、これ

 

 

監督のブライアン・シンガーの「フレディ観」がしっかりと描かれた映画だから!

 

彼は古くは「ユージュアル・サスペクツ」、その後も「Xメン」の監督として非常に有名な人ですが、彼自身もゲイとして知られている人です。そういうこともあり、「フレディのセクシャリティ」、これはしっかりと描かれています。「ストレート・ウォッシング」なんて、実はとんでもない誤解です!

 

 

 この映画では、フレディが深い関係を性的に持った人がしっかりと描かれているんですが、

 

 

 それは、このメアリー・オースティンも含めてのことです。これは今となってはあまり有名でないことかもしれませんが、彼女はフレディにとって非常に大事な人です。なぜなら、彼女こそがフレディの遺産相続人だから。僕が彼女の存在を知ったのは、1991年のフレディの死の際のことですが、その時に彼女が「長年の親友」として相続することも報じられたんですね。その時以来、「どういう人なんだろう」と気になっていたんですけど、それが今回、ようやく広くハッキリ分かった感じですね。彼女のことは、クイーンのコアなファンなら知られている人なので、ここはあえてネタバレ扱いしないで語っています。

 

 

 そして、こうした事実を明らかにさせた方が、70年代の、まだゲイのカミング・アウトが躊躇された時代を生きた人のリアリティには近いじゃないですか。特にフレディの場合、厳密には「ゲイではなくてバイ」で、その意識の芽生えも決して早くなかった。このあたりのことは彼のパーソナルな歴史を語るには必要なことです。

 

 この二人の、結果的にプラトニックなラヴ・ストーリーを

 

 

ラミ・マレク、そしてルーシー・ボイントンがよく演じていたと思います。ラミは後述しますが、ルーシーは、あの「シング・ストリート」でヒロインの女の子演じてた人です。まだ若い女優さんなんですけど、代表作がこんなに音楽絡みだと、もうロックファン男子には見逃せない人になっていきそうな気がしています。

 

 

 そして、このセクシャリティを背景として

 

 

クイーンというバンドの内部がいったいどんな感じだったのかも、しっかり描かれています。 この不動の4人は、ロック史上にも残る稀有な個性の集団ですが、彼らの人間関係がどんなドラマを紡いでいくかにも、これ注目なんですよ。彼らはよく「実は関係はドライでビジネスライクだ」なんて言われ方もされてきたバンドなんですけど、そういうことを信じてしまっている人こそ、この映画は見る必要があります。

 

 

とりわけ

 

 

ラミ・マレクのフレディは圧巻です!

 

 いやあ、素晴らしいですよ。あのフレディのステージでの堂々とした立ち居振る舞いを乗り移ったように演じきっているだけでなく、私生活での激情的な性格も、そして、フレディ独特の、あれインド訛りらしいんですが、かなり濃いアクセントによる英語の喋り方。これまで本当に絶妙に演じてます。この役、実は前にサッシャ・バロン・コーエン(!、笑)やら、ベン・ウィショーやら、エディ・レッドメインにも演じる噂が浮上していたのですが、「Mr.ロボット」で知られるラミで、最終的には本当にめでたしめでたしだったと思います。他の役者で見ていたかと思うとゾッとしますよ、これ。サッシャだと、本人は真面目に演じていたにせよ、コメディになってしまう可能性、ありましたからね(笑)。

 

 

 

 そして、このブライアン・メイ役の人、この人がまたソックリなんですよ。特に喋り方!ラミのフレディの演技はものすごく惹きつけるんですけど、地味にこの人がまるで本人なのも、クイーンのドラマのリアリティを高めています。ブライアンって、彼が元々のスマイルのリーダーだったこともあって、実は彼こそがバンドのまとめ役でフレディの勢い暴走的な部分も止める役割もあったんですけど、そういうこともあり、やっぱり目立つんですよね、この映画でも。それだけに、一見地味に見える役なんですけど、非常に重要です。

 

 

あと、ジョン・ディーコン役の人も、ソックリな上に、「寡黙だけど、フレディについていくタイプ」だった実像は絵うまく演じているし、ロジャー・テイラーの人はぶっちゃけ似てないし声も全然違うから違和感あるんですけど(笑)、でも、あの時代の、「ある意味、典型的なロックンローラー」的な役柄はちゃんと演じています。

 

 

 こうした、「彼らのバンド人生で大切な内幕」に焦点をすごく当てているが故に、ディスコグラフィ的な通史ではほとんどなくなっています。

 

 

 そこが、「クイーンというバンドの伝記」を求めている人にはかなり不満なんだど思います。さっきも言ったように、時期的にはふさわしくない曲、ファッションが所々に登場しますからね。そのせいで「違和感しかわかない」と拒否反応を示す人も少なくないとは思います。ましてやクイーンって、全世界に何1000万人とファンがいるバンドです。それだけ、「事実にこだわる」人も多いのは事実でしょう。

 

しかし!

 

ブライアン・シンガーからしたら、「そういう映画こそ、作りたくなかった」のではないのかな。

 

僕にはそう思えて仕方がなくなったんですよね。

 

 

 この映画は、シンガー自体が描きたかったクイーンのある1年をいくつか抽出した作りになっているんですが、時期的にそこにハマらない名曲もたくさん出るわけです。その、「時期に合わない曲」を処理するために強引にそれらを散りばめてしまっているからそういう違和感にもつながっていると思うんですが、僕が思うにシンガー、それを「わかっててわざとやった」ように思えるんですよね。おそらく彼には、音楽ファンがウィキペディア見てわかるような”記録”を描く意図がなかったのではないかと。むしろ逆に、コアファンにとっては、「間違い探しをやって、そこも楽しんでくれ」と言っているような感じですね。かなり挑戦的でリスクも高い方法ですけど、クイーンのような有名バンドであえて音楽的な時代考証を間違ったように演出するというのは、そういうことなんじゃないのかな、と思いました。ただ、それだけ、「人間ドラマとしてのクイーンとフレディ」には絶対の自信があったのかな、と思います。それくらい、ドラマそのものに見るべきものがありますよ、これ。

 

 

 そして、さらに、この映画、音楽も結局のところはすごく重視していることが、じっくり見ればよくわかります。

 

 

 

 クイーンのライブのこういう高揚感を、この映画ではリアルに体験できますから。この映画のサントラも、圧倒的にライヴ・ヴァージョンが多いんですが、これもブライアン・シンガーの意向でしょうね。「ライヴあってのクイーン」。そのことはこのバンドを愛する人なら多くの人が知っていることですが、それも遺憾なくこの映画では描かれていますよ。

 

 

 こうしたことがあるからなんでしょうね。この映画、さっきRottentomatoesで批評家の採点は60点だと言いましたが、オーディエンス採点では95点なんですよ! それが、全てを物語っていると思います。

 

author:沢田太陽, category:映画レビュー, 12:40
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映画「ファースト・マン」感想 あまりに険しい、命がけだった「最初の人」への道

どうも。

 

 

では、今日も映画レヴュー、行きましょう。今日はこれです!

 

 

「ファースト・マン」です。これはかのアポロ11号の月面着陸に成功したニール・アームストロング船長の伝記映画です。すごく知っていそうで、実は意外と知られていない彼の実像を、ライアン・ゴスリング主演、「セッション」「ラ・ラ・ランド」で知られるダイアン・チゼルで映画化しています。どんな話なのでしょうか。

 

 

早速、あらすじから見てみましょう。

 

 

映画は1961年、海軍兵だったニール・アームストロング(ライアン・ゴスリング)が、幼い娘のカレンを脳腫瘍で失うところから、始まります。悲嘆にくれていたところに、彼はNASAの宇宙飛行士の募集の広告を見つけ、応募し、見事合格します。

 

 

 

ニールは妻のジャネット(クレア・フォイ)、そして幼い二人の息子(一人はカレン没後に誕生)とともにNASAのあるヒューストンに越し、支え合いながら生きていきます。

 

 

ニールは他の厳選された訓練士たちと共にトレーニングに臨みますが、それは過酷を極めるものでした。

 

 

 

訓練の失敗などザラで、ニールが親しい友人を亡くしていくこともザラでした。

 

 

「宇宙計画なんて、意味があるのか」などの批判にも彼らは晒されますが、ニールは上司のディーク・スレイトン(カイル・チャンドラー)の励ましなどもあり、着実に訓練を続け、

 

 

1969年の「その日」を迎えるわけですが・・。

 

 

・・と、ここまでにしておきましょう。

 

 

 これはですね

 

 

2005年に出版されたアームストロングの伝記本「First Man」を題材にした映画ですが、これ

 

 

全然、サクセス・ストーリーに見えないところが、とても良いです!

 

 

いやあ、これ、典型的な「成功した、今となってはヒーロー」ってヤツですね。そうじゃなく、例えば、これ、劇中でも描かれる、「あえなく失敗して命を落とした人たち」に数えられていたとしたら、「歴史にも残らない犠牲者」になっていたところです。

 

 

この映画のいいところは、彼の成功がそうした犠牲者の存在の上に成り立っていることを、ちゃんと描いているところですね。

 

 

 加えてですね

 

 

 

当時のNASA関係者も、あまりにも向こう見ずすぎですね。

 

 

決して悪い人たちではなく、むしろいい人たちだとも思うのですが、とにかく当時の宇宙工学のレベルが低いものですから、保険がいくらあっても足りない感じです。今のレベルで考えたら、訓練のさせ方もあまりに強引だし、これ、あえてだと思うんですけど

 

 

そんなテクノロジーで、本当に大丈夫なのか??

 

と思えるほど、機械の類がすごくボロで安っぽく見えます。これ、あえて強調されてたと思います。その当時からしてみれば、それでも、「人類の機械文明は進化した」と思えたんでしょうけど、今からしてみれば、「そんなむき出しの鉄の塊で、本当に宇宙に行ったの?」と思えるようなものですからね。

 

そのあたりの感覚は

 

 

1985年に生まれたダミアン・チゼル監督の目には、特にそう映ったでしょうね。彼より15歳くらい歳上の僕でもそう思うんだから、これ、感覚的にはなおさらでしょうね。

 

 

この当時は、NASAの宇宙実験に対してのプロテストも決して少なくなかったことも描かれます。それくらい、「実現なんてするのか」と思われていたことでもあるわけです。

 

そんな時代を生きたアームストロングの人生を

 

 

ライアン・ゴスリングが、寡黙に、しかし、「意思の強さ」を同時に感じさせる、彼らしい演技でしっかりと演じきってます。

 

ただ、僕的にさらに注目は

 

 

奥さんのジャネット役を演じたクレア・フォイですね。彼女がひときわよかった!彼女はネットフリックスの「ザ・クラウン」でエリザベス女王の若き日を演じて注目された人ですけど、この痩せた顔立ちにひときわ大きなブルーの瞳が印象的な人です。繊細さと強さを持った人物を演じさせたら今世界でもトップクラスの女優さんですが、ここでも献身的な妻と母の役を、大きな思いやりと、夫の死への恐怖を、逃すことなくしっかり演じきっています。他の候補次第でもありますが、オスカーの助演女優の候補には是非入って欲しい!

 

 

 この映画なんですが、オスカー云々でいうと、作品賞へのノミネートは堅いでしょう!その価値は十分にある作品です。監督のダミアン・チゼルは「ラ・ラ・ランド」で監督賞も受賞していますが、他の候補次第でもありますが、2作連続での監督賞ノミネートも、ありえないわけではないでしょう。

 

 

が!

 

 

これ、後押し、あるのかなあ。

 

そこが気になるところです。

 

 

よくできた、見た後の満足感の高い映画ではあるんですが、「映画史に残る凄さがあるか?」と問われたら、正直そこまではわからないです。見て損はない映画ですが、「映画ファンが見ないと生きていけない映画」でもないです。そうした衝撃の点で言えば、ちょっとパンチ不足なところはあるかなあ。

 

あと

 

 

ダミアン・チゼルにこういう映画を求めるか?

 

というのも、あります。すごく、アクの強い映画を作る人なので、前2作で彼が嫌だった人には今回の方がいいと思う人は少なくないかもしれませんが(笑)、「じゃあ、映画としてどっちが印象に残るか?」の話で言えば、「セッション」や「ラ・ラ・ランド」だと言わざるえないとこはあります。

 

僕的に一つ物足りなかったのは、今回、彼、脚本担当じゃないんですよね。僕は監督が脚本を兼ねたパターンの方が圧倒的に好きなので、そういう作りは今後は正直、あまりやってほしくないなあとは思いましたね。

 

 

 

author:沢田太陽, category:映画レビュー, 17:29
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映画「アリー/スター誕生」感想 (ネタバレ注意)ガガ主演なだけじゃない!音楽的にも、社会的にも進化した傑作定番リメイク

どうも。

 

 

今週は2本、デカい映画レビュー、行きます。まずは、やっと行けます。これです!

 

 

 

このブログでも以前から度々名前だしてました、レディ・ガガ主演の定番映画のリメイク「A Star Is Born」、邦題は「アリー/スター誕生」。オリジナルは1930年代の作品なんですが、1954年のジュディ・ガーランド版、そしてこの映画に関しては1976年のバーブラ・ストライザントのヴァージョンのリメイクです。監督は、まだ映画監督としては認知されていない、ハリウッドのAリスター・アクターですね。ブラッドリー・クーパーが自ら主演を兼ねて初監督にも挑戦しています。

 

さて、どんな内容なんでしょうか。

 

 

早速、あらすじから見てみますが、今回の場合、話題作であると同時に、レヴュー内容が作品の核心にかなり触れてしまいますので、読みたくない方は、日本公開される12月まで読まないことをオススメします。

 

 

では、これ以降  「ネタバレ注意」ということで!

 

 

 ジャクソン・メイン(ブラッドリー・クーパー)は全米のアリーナを埋めるカントリー・シンガー。ちょっとロックっぽいエッジもあって、ロックリスナーにも聴きやすいタイプです。そんな彼は、ツアーの繰り返しの日々を過ごしていましたが、ドラッグとアルコールは欠かせない体になっていました。

 

 

カリフォルニアでのライブの後、ジャクソンはタクシーに乗って飲みに出かけますが、渋滞にハマったことで、予定外のバーに入ります。するとそこはゲイ・バーで、彼はそこで「ラ・ヴィアン・ローズ」を堂々と歌い切る女性シンガーの歌唱力に魅了されます。

 

その女性とは

 

 

アリー(レディ・ガガ)でした。彼女はシンガー、ソングライターとしての生活を夢見ていましたが、現実はレストラン勤務で、たまに彼女の歌を気に入ってもらったゲイ・バーで歌う日々を過ごしていました。

 

 

 「なぜ君ほどの人が成功していないんだい?」とジャクソンは尋ねますが、「みんな歌は良いって言ってくれるんだけど、この鼻がね」と自分の容姿を彼女はその理由に挙げます。彼女はもう、「自分は音楽で成功なんかしない」と決め込んで自信をなくしていました。

 

 

 二人は、夜から朝にかけて一緒に過ごしますが、彼女が口ずさんだ自作曲「Shallow」を聞いてジャクソンは驚き、駐車場で軽くそれを録音します。

 

 数日後、アリーの家に、ジャクソンの関係者が現れ、彼女を彼の次のショウに誘うべき、車で待機します。彼女のシンガーとしての成功を支援したいイタリア系の彼女の父親は喜びますが、アリーはそれを疑っていました。しかし、意を決してジャクソンのショーに行ってみると

 

 

そこには、もう早速彼女のためのライブの飛び入りコーナーが作られ、そこでジャクソンが先に「Shallow」を歌い始めます。それに加わったアリーは最初は緊張しますが、やがて見事な歌唱力で歌いきり、早速話題になり始めます。

 

 

ここからアリーはジャクソンのライブでレギュラーで加わるようになります。そして、2人のロマンスも深まっていきます。ジャクソンの腹違いの兄で、早くに亡くなった父の代わりに彼を育てマネージャーも務めてきたボビー(サム・エリオット)は、ジャクソンがこれまでに見せてきたことがなかった姿を見て焦り、アリーにも敵対心を抱きますが、愛は燃え盛るのみでした。

 

 

 そのタイミングで、売れっ子プロデューサーがアリーのもとに近づき、大手メジャー・レーベルでのソロ・デビューの話を持ちかけます。かつては諦めていた夢の予想外の実現で大喜びのアリーでしたが、ここから人生の歯車が少しずつ・・。

 

 ・・と、ここまでにしておきましょう。

 

 

 これなんですが、ここまでのストーリーは

 

 

この、1976年版の「スター誕生」と、ほぼ似たようなストーリー・ラインです。そういうこともあり、今回の映画をご覧になりたい方は、レンタルでもして、この76年を見ておいた方がいいと思います。その方が確実に感動が倍増します。

 

というのは、

 

この76年版、本っ当にひどいんだもん(笑)!

 

 だって、ロックスター役のクリス・クリストファーソンはただの酔っ払いだし、なんでバーブラが惹かれるのかがわからないし、二人してどういうバックグラウンドを持った人物なのかわからない。バーブラなんてあんなに歌が上手いのに、なんで成功していなかったのかとかも全然わからない。

 

 そこに行くと、今回のヴァージョンは、

 

 主演2人のキャラクターのディテールがしっかり描かれている!

 

 ここデカいですね。そういう「理由と結果」の組み合わせを明確にするだけで、映画ってこんなに説得力持って見やすいものになるんだな、と改めて思いましたもの。やっぱり、そういう前提があって、初めてわかる、役者の心境やシチュエーションじゃないですか。そういうところを手を抜かずしっかりと丁寧に描けるところを見ると

 

 

ブラッドリー・クーパー、それだけでもかなりの才能、ありますね。

 

それから、クーパーの今回の演出のもう一つ良い点は

 

 

現在の音楽シーンの把握

 

ここも見事でしたね

 

 

 

 今回、カントリーのシンガーの設定にしてあるんですけど、そこがいいんですよね。今時、アメリカでアリーナで客が集まって、しかも一般的な感覚の人がより見やすい、聞きやすいのって、カントリーなんですよね。これが悲しいかな、インディ・ロックとかラウド・ロックだったら、絶対ハマってなかったと思います。まあ、76年版のクリストファソンも本人がカントリー・シンガーなので、サザンロック系のアーティスト演じてましたから、それを踏襲したのもあるとは思いますけど。

 

 で、しかもこれ、あえて、カントリーでのメインストリームな感じにしないで、ちょっとエッジの立った、ロック系の批評家からも人気の高いオルタナティヴ・カントリーっぽいアーティストのキャラにしたのが大成功ですね。それがゆえに、ブラッドリーの歌がすごくカッコよかった!

 

 今回のブラッドリーの曲の音楽担当をしていたのは

 

 

このルーカス・ネルソン。かのウィリー・ネルソンの息子ですよ!彼はまだ30になったばかりで、カントリーの世界ではようやく売れ始めてきたかな、くらいの感じなんですけど、今回のこのフィーチャーで一躍売れっ子になるでしょうね、これ。今回は他にも、オルタナ・カントリーの筆頭格の一人のジェイソン・イゾベルも参加していたりもするんですけど、イゾベルとかクリス・ステイプルトン、スタージル・シンプソン、エリック・チャーチといった人たちの中に入っていけそうな気がしますもん。今、ここで名前を挙げた人たちくらいなら、ロック・ファンでも十分チェックして欲しい名前ですね。

 

そして

 

 

ガガの描かれ方、演じ方も見事でしたね。

 

彼女は、猥雑なエレクトロと同時にピアノの弾き語りでの熱唱が両立できるタイプの人ですけど、この映画でもそのコントラストは、ガガ本人ほどではないにせよ、演じ分けられているのが立派です。これは彼女じゃなきゃ、説得力なかったんじゃないかな。

 

 

 あらすじでも話していますが、「プロデューサーの存在を機に、元来持っていた音楽性が変わってしまう」というのが、もういかにも今時の音楽界の姿、そのまんまじゃないですか!そこを運命の変わり目にしてるのも「上手いな」と思いましたね。76年版のヴァージョンは、こういう「売れる前」と「売れた後」のコントラストがないから、「なんでサザンロックの人のサポートでブロードウェイ・スターが?」という謎の設定でしたからね。

 

 もっとも

 

 

この人なんて、もうすでにそういう人生、生きてますけどね。カントリーやってた子が、ラップとかエレクトロやってたりするじゃないですか(笑)。この映画見てて、彼女のことを思わず思い出してしまいました。だからなおのこと、設定に説得力ありましたね。

 

 

 ところで、この映画、当初、ヒロインはガガじゃなくてビヨンセの予定だったんですってね。そうならなくて、本当に良かった。だって、演技、とてつもなく下手くそなんだもん(笑)。それに、彼女がやっていたとしたら、売れない理由がないでしょ。容姿も淡麗で歌だって激ウマなわけだから。そこへ行くと

 

 

この新旧のヒロイン二人が、両方とも鼻の大きなことで有名だったことも、これ、なんか不思議な因縁ですね。バーブラの時にそれが理由ということにはされてなかったんですけど、今回はこれが売れなかった理由だとして、コンプレックスを持たせる要因にもなった。こうした設定もうまいなと思いましたね。

 

 そして、ガガ本人による熱唱のクオリティの高さ。これも文句なかったですね。これ、

 

 音楽のクオリティも、センスも両方レベルが高い!

 

 これが音楽映画として見て、文句なしに楽しめましたね。ここ数年の中ではもちろんトップクラスだし、僕個人としては

 

 

このホイットニー・ヒューストンの「ボディガード」のサントラ、1992〜93年にかけて空前の大ヒットになりましたけど、今回のサントラがあれくらい売れても僕は文句言いません!むしろ、それくらい売れるべきです!

 

それくらい、この映画は、時代をも代表するエンターテイメント映画になれるポテンシャルを秘めています。

 

 

 僕がそこまで言い切れる理由が実はもう一つあります。それが

 

ダイヴァーシティ!

 

 この映画、全くポリティカルな要素はないんですけど、気がついたら、実はかなり多様性があるんですよ。

 

 

このガガの親友役の人をはじめ、ゲイの人がかなり出てきます。だいたい、出会いの場がゲイ・クラブですからね。ガガ自身もLGBTのファンベースがかなり強い人だし、そして実はそれは歴代ヒロインのバーブラやジュディ・ガーランドにも言える事。そういう意味で、この映画でそれが反映できたのは良い事だと思ったし

 

 

劇中では黒人名コメディアンのデイヴ・シャペルがジャクソンの親友として登場もする。

 

 こういうところは、いかにも昨今のハリウッドらしいなとも思ったんですが、この映画

 

 

カントリーを描く事によって、保守側の人までしっかり含まれています!

 

 

そこが良いと思ったんですよね。黒人や女性、LGBTを保護するのが昨今のリベラルじゃないですか。僕もそちら側だとふだん思うのですが、でも、時々、そうする事によって「そういうのが白人のプア層を置いてけぼりにしてしまうのかな」と思うこともあったりするわけですけど、この映画ではそうした、ややもすると対立して外される立場の人まで入ってる。その意味で、本当の意味で、いろんな人が取り込まれてるなと思ったんですよね。それが説教くさくならずに無言でできてるのが立派だなと思いましたね。まあ、その代表の白人男性の主演の行く末は悲劇なので、「やっぱり白人の男は没落するじゃないか」との声も上がりそうではあるんですが、でも、それ以前に彼が音楽をプレイする姿や、アリーに対しての真心など良いポイントはしっかりと描かれているわけでもありますしね。

 

 

 「よくある定番シリーズのリメイク」というところから、人間ドラマとして、音楽ドラマとして、社会描写として、ここまで発展させることができたら、もう、それだけでも十分、後世に残す価値大アリですね。傑作です!現状で、この映画のオスカー・ノミネートを支持する声も、それ以上の、「作品賞の受賞」を訴える人もすでにいたりもするんですが、その可能性に関しては、今週のオスカー近況コラムの中で話すとしましょうかね。

 

 

 

 

author:沢田太陽, category:映画レビュー, 10:23
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映画「A Simple Favor」感想:今度はアナ・ケンドリックで。ポール・ファイグは現在最高の女性映画監督

どうも。

 

では、今日も映画レヴュー、行きましょう。これです。

 

 

全米映画興行成績で3位のヒットになっています。アナ・ケンドリックが珍しくサスペンスの主演をやっています。「A Simple Favor」、こちらのレヴュー、行きましょう。最近、歌を歌っている楽しい雰囲気しかないアナですが、今回はどんな感じなのでしょうか。

 

早速あらすじから見てみましょう。

 

 

 ステファニー(アナ・ケンドリック)はユーチューブのクッキング・ヴロガーをやっているシングル・マザー。ちょっと風変わりな彼女は、街ではちょっと浮いた存在でもありました。

 

 

 

 そんな彼女に、ステファニーの息子マイルスくんと、自分の子供ニッキーくんが仲良しだった縁でエミリー(ブレイク・ライヴリー)が近づいてきます。

 

 

 エミリーは華やかなファッション業界のPRディレクターをやっていて、いつも過剰に華やかで、豪邸に住んでいました。さらに彼女の夫ショーンは、ステファニーが以前読んだことのある小説の作家で、それも彼女の興味を引きつけることになりました。

 

 

 ステファニーとエミリーは毎日会うようになります。友達のいなかったステファニーには、全くタイプの違うエミリーは新鮮でした。エミリーはステファニーの秘密まで知ろうとし、そこでステファニーは、自分がなぜにシングルなのかのかなりダークな過去まで告白します。

 

 

 

 しかし、ある日、エミリーは失踪します。彼女はショーンと共に捜索願を出して行方を捜しますが、数日後、エミリーは遠く離れたミシガン州の湖で遺体となって発見されます。

 

 

 ステファニーはヘンリーやニッキーを励ましたりして彼らとの絆を深めていきますが、その矢先に怪しい事実も発覚します。それはエミリーに多額の保険金がかけられていたこと。ニッキーが、エミリーの葬式後にも「今日、ママに会ったんだ」と言い張ること。不審に思ったステファニーは真相解明に一人で乗り出しますが・・。

 

 

・・と、ここまでにしておきましょう。

 

 

これはですね。

 

 

監督はポール・ファイグです。ファイグというと、4作連続して、今やアメリカで本当に人気のある女優さんです、メリッサ・マッカーシーがメインの作品で大ヒットを飛ばしてます。「ブライズメイズ」「ヒート」「SPY」そして「ゴーストバスターズ」。とりわけ「ブライズメイズ」と「SPY」は2010年代を代表する傑作コメディだと僕も思っていて、それゆえ、すごくファンでもあります。

 

 そんな彼が今回はメリッサから離れて、これまでのようなコメディではなく、サスペンスに挑むという異色作だったんっですが

 

 

 またしても、よくできています!

 

 

 正直なところ、サスペンスの出来としては、こないだ紹介した「search/サーチ」に比べると落ちます。良いサスペンスに不可欠な、「実は前半ですでに隠れたホントがある」みたいな作りではなく、ちょっと後半に強引に「実は・・」な展開があるのは、僕はそこまで好きではないから。まあ、それでもプロット自体はよくできてるんですけどね。

 

 でも、僕はそれよりも

 

 

女性映画として、この映画、評価します!

 

 

 というのは

 

 

アナ・ケンドリックの活かした方が絶妙だから!

 

彼女って、ちょっと風変わりでカッコ悪いとこもすごくあるんだけど、でも、根がすごく善人で憎めいない、みたいな役柄させたら、今、一番映える人だったりしますが、ポール・ファイグがそこのところ、ちゃんとわかっていて、しっかり描ききっていますね。「彼女の主演映画」としての機能性が極めて高くなっているのが非常にいいと思います。

 

 

それから

 

 

このブレイク・ライヴリーの、いい意味ですごく嫌な感じね(笑)。

 

彼女って、自分の意図するしないに関わらず、この顔立ちとスタイルの良さ、髪型で、もう「ゴージャスな役やらせたら一番」みたいな華やかさがあるんですよね。それゆえに、どちらかというと、「ヒロインやるには、ちょっと庶民的共感を得にくいタイプ」(だからゴシップ・ガールのヒロインにはいいんだろうけど)だったりするので、こういう役はすごくハマってますね。妙に説得力、ありました。

 

 ファイグの映画の場合、敵役をやる女優ってローズ・バーンだったりするんですけど、彼女がコメディにたくさん出ちゃって、もはやもうあんまり敵役って感じでもなくなってきたから、このブレイクの起用、すごく良かったんじゃないかと思いますね。

 

 

 あと、映画の内容と関係なく、しみじみ思ったのは

 

 

この2人がママ役かあ。

 

方や「ゴシップガール」、方や、脇役だったけど「トワイライト」の高校生役でしたからね。そうか、もう、あれから10年あってるんだなあ、と思うと、時の流れが早いなと改めて思いますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

author:沢田太陽, category:映画レビュー, 20:36
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映画「ルイスと不思議の時計」感想 今年のハロウィンに、ちょっと変なファンタジーはいかがでしょう?

どうも。

 

今日も映画評行きましょう。これです。

 

 

こないだの週末の全米興行1位でした。「The House With A Clock In Its Walls」、日本でも10月12日に「ルイスと不思議の時計」の邦題で公開されることになっています。こういうタイプが早めに公開されるということは、日本でもハロウィンがかなり根付いているということなんでしょうね。

 

 

 早速あらすじを見てみましょう。

 

 

 話は1955年。10歳の少年ルイス(オーウェン・ヴァッカーロ)が両親を亡くし、ミシガンにいるジョナサンおじさん(ジャック・ブラック)のうちに迎えられるところからはじまります。

 

 

おじさんは優しいんですが、何か変な感じです。

 

 

おじさんはフローレンス・ジマーマン(ケイト・ブランシェット)という、婚姻関係もなさそうなおばさんと二人でそこに住んでいましたが

 

 

この家は置いているものが変で、中でも壁には時計がコレクションしてあります。家具がひとりでに動き出すのも子供には奇妙でしたが、どうやらおじさんは魔法使いのようです。

 

 

一方、ルイスは学校では、親の形見で授かった大きなゴーグルメガネを肌身離さず持っているために変人扱いされます。そんな彼に、クラスの仕切り屋のタービーが話しかけてきます。タービーは「キミはあんな気持ち悪い家に住んでいるの?」と聞きますが、友達の欲しいルイスは「おじさんは魔法使いなんだぞ」と言って、彼の興味を引こうとします。

 

 

 

おじさんはルイスに次第に家の秘密を話しはじめます。それは、この家の持ち主がそもそもアイザック・イザード(カイル・マクラクラン)という、おじさんのかつての仲間の魔法使いのものだったのですが、彼がある頃から凶暴化し手に負えなくなっている間にアクシデントで死亡。おじさんはそれを譲り受けて生活しているのですが、この家自体がおじさんにも奇妙なため、絶えず点検をし、この家の秘密を探っているとのことでした。

 

 

 怖がるルイスでしたが、ある晩に夢に出てきたママの幻の言うことに従って、おじさんが禁じているあることをやったがために、恐怖を味わうことになってしまい・・

 

 

・・と、ここまでにしておきましょう。

 

 

この映画なんですが

 

 

1973年に発表された、この同名の児童ファンタジー小説が元になっています。設定が古いのはそのためなんですが、これを

 

 

今やB級ホラーの鬼才ですね。イーライ・ロスが監督をしています。彼と言えば、 彼自身の監督作もさることながら、タランティーノの「イングローリアス・バスターズ」での、ブラッド・ピットの戦隊の隊員での怪演も未だに印象に残っているものなんですが

 

 

そんなこともあり、かなり変な映画です(笑)!

 

 

これ、原作は「ハリー・ポッター」の原点がここに」なんて言われ方もされているカルト作のようなんですが、確かにハリーの持ってたダーク・ユーモアな部分は確かにルーツと言えるかもしれないんですが、

 

 

このルイスくんが変で、特に可愛らしくもないので、ハリーみたいな効果が期待できません(笑)。さらに言えば、ハーマイオニーみたいなキュートなキャラクターがいるわけでもない。ハリーだったらマルフォイだって、かなり嫌なヤツだけで、顔そのものは美形だったりするじゃないですか。そういう、「子供へのキュート・アピール」をあえてこの映画は削ってしまっています(笑)。

 

 

さらに

 

 

ジャック・ブラックも、まんま、いつものまんまのジャック・ブラックでしかありません(笑)。典型的な彼の役柄です。決してカッコいいわけじゃない。

 

あと、

 

 

 

怖いとこも、わりとしっかり怖いんです。これも、小さいお子さんが見るにはちょっと刺激が強いです。

 

 

 そういうこともあり、これ、「ハロウィンに子供客がメインの映画で、これでいいの?」と思える映画でもあるんです

 

が!

 

 

だからこそいい!

 

 

ぶっちゃけ、僕はかなり気に入ってます。

 

 

一つはこれ、イーライ・ロスの絶妙なバランス感覚ですね。「子供に見せるからなんだってんだ。手加減しねえぞ!」みたいなイキがった感じが見てて伝わるのがいい。子供に見せるから可愛く作ったら、逆に刺激がなくなってしまうし、子供だってそういうのに飽きてるかもしれないじゃないか。そんな彼の思いが伝わってくるようだし、さらに言えば「逆に、これの良さがわかるようなキミなら、かなりいいセンスしてるぜ」みたいな、挑戦的な突き放した感じがあるのが、かえってアピールになってる気がします。

 

 

そして、その意味でジャック・ブラックって、やっぱいい。まんま「スクール・オブ・ロック」なんですよね。大人社会から見たら社会に適応できない不器用なオッサンなんだけど、ユーモアのセンスも含めて子供にはすごくフレンドリーで、笑えるチャーミングなおじさん。そして、彼自身に子供に対しての深い愛が実はある。その意味で、今、一番子供向きな俳優さんかもしれませんね、彼。

 

 

 うちの息子のトムも一緒に見に行ったんですが、彼にとっては「ジュマンジに出てた面白い人」という感じで、実際に好感度あがってますね。近いうち「スクール・オブ・ロック」見せるタイミング近いかなと思います。

 

 

 あと素晴らしかったのはケイト・ブランシェットね。もう、誰もが認める、シリアスな演技での大女優さんですけど、いつもながらの演技ではあるんですが、ユーモアに富んだ演技もあの固く引き締まった顔の表情のまま柔軟に演じることができるのはさすが。今だったらさしずめエマ・トンプソンあたりがやりそうな役柄ですけど、”魔女”本来のちょっと怖いイメージも兼ね備えていることを考えれば、ケイトのこの抜擢、すごく良かったと思います。

 

 

・・と、こんな映画です。今年のハロウィンに一つ、いかがでしょう。

 

あと、この映画が仮に気に入った方は

 

 

 

原作を書いたジョン・ベラリスの他の作品にトライするのもいいかもしれません。一貫して、こうした濃いダーク。ファンタジーのようですので。

 

 

author:沢田太陽, category:映画レビュー, 19:45
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