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映画「Battle Of The Sexes」感想 70年代のテニス界伝説の女王の2つの戦い・・なんだけど

どうも。

 

では、今日も映画レヴュー、行きましょう。今日はこれです。

 

 

 

この「Battle Of The Sexes」。これ、行きましょう。

 

これは、1973年、アメリカのテニス界の伝説の女王、ビリー・ジーン・キングの伝説の試合、元男子のせ怪チャンピオン、ボビー・リグスとの世紀の一戦にまつわる頃を描いた映画です。ビリー・ジーン・キングといえば、クリス・エバート・ロイドとか、ナブラチロワの前に、日本でも「キング夫人」と呼ばれ、有名だった人ですけどね。女子テニスが世界的に注目されるようになった頃の偉大な選手ですが、これを「La La ランド」でオスカーの主演女優賞を受賞したばかりエマ・ストーンが演じることでも話題です。さて、どういうお話なのでしょうか。

 

 

早速、あらすじから見てみましょう。

 

 

 

 1972年、テニス界の女王、ビリー・ジーン・キング(エマ・ストーン)は選手としてのキャリアの頂点にありました。テニスのグランドスラムのうち、ウィンブルドンなど3つを制覇。まさに最強のテニス女王でした。

 

 

 

 しかし、これほどまでの強い選手でも、収入に恵まれているとは言えませんでした。その理由は全米テニス協会の会長ジャック・クレイマーとの対立です。クレイマーは、女子が手にする賞金を男子の8分の1に定めようとしていたのです。彼曰く、「女子では客を呼べない。人は注目しない」というのですが、男子と同じだけ客を集めていたビリー・ジーンにその理屈は納得できません。これを不服としたビリー・ジーンはマネージャーのグラディス・ヘルドマン(サラ・シルヴァーマン)とともに、女子のテニスの組合を作ります。

 

 

 

 その団体を女子選手たちと立ち上げ、「さあ、これから新しい人生」とばかりに選手たちとヘアサロンに行った際、髪をセットしてもらっている最中に、ビリー・ジーンはこれまでに感じたことのない胸の高鳴りを感じたのでした。

 

 

 

 

 一方、かつてのテニスの男子世界チャンピオン、ボビー・リグス(スティーヴ・カレル)は、引退後も富豪の娘と結婚し、金には一生困らない生活を送っていたはずでしたが、引退後の空虚感ゆえか、刺激を求めてギャンブル癖を悪化させ、妻から顰蹙を買ってしまい、生活の危機にありました。

 

 

 そんなボビーはある日、ビリー・ジーンや彼女の団体の選手の試合を見ていき、さらに友人たちのちょっとしたアイデアも加わって、「この俺が、今の女子のプロの選手を試合をして稼ぐっていうのはどうだ?」と思いつき、それを実行に移します。

 

 

 

 まさにその頃、ビリー・ジーンは、ヘアサロンでときめきを感じたマリリン(アンドレア・ライズボロウ)とただならぬ仲になっていきます。マリリンはいつしかビリー・ジーンの団体の専属のヘアドレッサーになりますが、彼女ら2人の様子は、不意に宿舎を訪れたビリー・ジーンの夫ラリーにも「何かおかしいぞ」と感づかれてしまいます。そうしたことがビリー・ジーンを焦らせ、彼女はある試合を落としてしまいます。

 

 

 

 すると、ボビー・リグスは、そのビリー・ジーンに勝った選手、マーガレット・コートに試合を挑みます。リグスはすでに55歳でしたが、マーガレットに危ないところを見せることなく圧勝してしまいます。

 

 

 

 当初、リグスの挑戦を、「女子テニスを見世物にしている」と相手にしていなかったビリー・ジーンでしたが、マーガレットの惨敗を目の当たりにし、「女子選手のプライドを見せなければ」とリグスの挑戦を受けて立つことにしました。これには全米のマスコミも飛びつき、巨額のファイトマネーもつきました。そして1973年9月20日に世紀の一戦を迎えますが・・。

 

 

 と、ここまでにしておきましょう。

 

  この映画はですね

 

 

 

 

 監督をしたのは夫婦コンビ、ジョナサン・デイトンとヴァレリー・ファリス。この2人はかつてオスカーの候補にもなった「リトル・ミス・サンシャイン」で有名になった人たちですね。この人たちの2作目が「ルビー・スパークス」と言って、昨日も紹介したポール・ダノとゾーイ・カザンの2人を主役に、かつての天才売れっ子作家とロボットの女の子とのロマンスを描いていましたね。

 

 このように、基本はコメディ、というか、それ以前は実はMTVの監督として有名だった2人なんですけど、それだからか、エフェクト関係は強い強い!

 

 この映画、何が一番良かったか、となると、もうダントツに映像です!

 

 もう、これは実例見せたほうが早いでしょうね。

 

 

トレイラーですけど、「どこの70年代の記録映像だよ」って感じじゃないですか(笑)?これはすごいと思いましたね。

 

なんか見ていてですね、70年代のブラウン菅のテレビ見ているような錯覚に陥りましたね。もしかしたら、その当時のカメラとかフィルム使って撮影したんじゃないかとさえ思いましたから。

 

 そこに加えて、メイク、衣装も立派でしたね。だって

 

 

 

エマがこんな感じで、さらに

 

 

 

スティーヴ・カレルに至ってはこれですからね!カレルのはよくここまでボビー・リグスに似せたものだと思いましたね。

 

 

 あと、やはりコメディ畑の監督なので、話がスカッとわかりやすく、話のテンポもいいから最後まで飽きさせません。見ていて、ダレるとか、飽きるといった類のこともなく、最後まで楽しく見れます

 

が!

 

正直な話、

 

 

 

ビリー・ジーン・キングその人の伝記としては、今ひとつかなあ。

 

 

なんか見ていてですね、すごく尊敬すべき人なんですよ。女性テニス選手の地位向上のために、賃金改正させたのは永遠に評価されるべきことだと思うし、さらに有名人でレジビアンの先駆者でもありますからね。フェミニズム的にすごく描きがいのあるアイコンだとは思うんですけど、

 

なんか、サラッと普通に描きすぎてて、「共感や尊敬できるポイント」がつかめず、感情移入しにくい!

 

 ここが問題ですねえ。

 

 実はビリー・ジーンに関しては

 

 

 

これも偶然、昨日の映画とつながっちゃうんですけど、ホリー・ハンターが2001年にテレビ映画で、まさに今回の試合の頃の彼女の伝記で主役を演じてるんですね。この時は完全に、「女性テニス選手の地位向上のために戦った」ところだけが描かれて、同時進行していたレズビアン・ロマンスに関しては描かれてなかったということです。ただ、「それだからこそ、的が絞れてて、素直に見やすかった」と、テニス好きのうちのワイフのアメリカ育ちのママが僕に教えてくれました。

 

 

 まあ、つまりはですね

 

ビリー・ジーンのレズビアンとしての描き方と、その展開がなんか今ひとつなんですよね。

 

 

今回の映画見たときに思ったのは「えっ、でも、70年代だよね??」ってことですね。なんかですね、周りの人が、ビリー・ジーンとマリリンのロマンスにあまりに簡単に感づいていたんですよね。これは正直「えっ??」と思いました。だって、70sの初冬の時点って、

 

レズビアンとかバイ・セクシャルって、当時はまだそんなに世間一般に認知されたものではなかったから。

 

 その頃に、ただホテルの部屋の行き来をしているだけで、そんなに簡単に勘づく人、いたのかなあ。そういう疑問がどうしても湧いたんですね。アメリカでさえ、そこまで理解されていた概念じゃなかったはずなんだけどなあ、と。

 

 その疑問を、先ほどのワイフのママにぶつけてみたんですね。そうするとですね

 

「あの当時、知ってる人でバイセクシャルの人はいたことは痛んだけど、こっちとしては”バイ・セクシャル??それ何??”って感じだった。ビリー・ジーンのことも、そういうことが知れたのはだいぶ後のことだった」というんですよね。

 

 

 確かに、そうしたレズビアン・ロマンスに関しても、その当時のビリー・ジーンの人生の事実だったとは思うんですね。だけど、ドラマ盛り上げよう、話を分かりやすくしようとするあまりにちょっと現実とは違う脚色をやりすぎちゃったかな、とは思いましたね。わからない話ではないんですけど、そこは伝記なので、忠実な方が良かったかな。

 

 

あとですね、レズビアンのロマンスとはいえ、

 

 

形としては「不倫」だったわけですよね?

 

 なんかですね、見ていて「男性とケッコンしているはずの自分が女性に恋してしまった」戸惑いとか、夫に関する罪悪感とか、そういう点の描き方が今ひとつ甘いから、せっかくレズビアンの面を取り上げても共感ポイントがどうしても下がっちゃうんですよね。ここはもう少し丁寧に描いて良かったんじゃないかな。なんか、せっかく取り入れたのに、中途半端な感じになっちゃったんですよね。

 

 

 まあ、とはいえ

 

 

 

ビリー・ジーン・キングというテニスの伝説、フィーメール・アイコンを知るキッカケとしてはいい映画です。

 

なお、世紀の一戦ですが

 

 

 

この映像で、実物が一瞬見れます。興味のある方は是非。

 

author:沢田太陽, category:映画レビュー, 03:24
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映画「The Big Sick」感想 傑作!ロマンティック・コメディの生まれにくい時代に

どうも。

 

今日、こっちは祝日なのですが、2日続けて映画レヴュー、行こうかと思っています。

 

まず最初はこちらです。

 

 

 

 これはもう、半年くらい楽しみにして待っていた作品です。「The Big Sick」。こちらのレヴューです。

 

 この映画の評判はサンダンスの時から耳にしていて、アメリカで公開が始まるや短館規模でかなりのヒットになって、拡大になって、全米映画興行成績でもトップ10に入るほどの話題になった作品です。

 

 今回のこの映画、主役は、知っている人は少し知っている程度、僕も顔なじみはあったんですけど、「えっ、主演なの?」と驚いたくらいの知名度の人。その人の作品がどう話題になったのでしょうか。

 

 

 まず、あらすじから行きましょう。

 

 

 

 舞台はシカゴ。主人公のクメール(クメール・ナンジャーニ)は、友人たちとともに、スタンダップ・コメディの夜の舞台に立っていました。

 

 

 彼は、ある夜、自分のスタンダップの回で、話している途中で声をかけてきた女性と知り合います。終演後、「ああいう時に声をかけるのは良くないんだよ」と彼女に注意します。

 

 

 

 その彼女、エミリー(ゾーイ・カザン)は、ちょっとつかみどころのない不思議な女性でした。知り合って恋に落ちても、なかなか急いで愛に突っ走らせすにクメールに色々ルールを課します。それは、同じくワケアリのクメールにも都合が良かったのでした。

 

 

 

 クメールはパキスタン移民の子供で、基本は一人暮らしでしたが、たまに実家に帰らなければなりませんでした。それは、お母さんが薦める見合い相手との、家族くるみでのデートがあるからです。パキスタン系の家族の場合、見合いは絶対なのです。

 

 

 

 クメールは、そもそもは高い教育を受けている人で、本当は医者にされるところでしたが、今は弁護士を目指して勉強し、「コメディは趣味」ということになっていました。そんな環境の中、クメ−ルには白人のエミリーなど、家族が受け入れてくれるワケがないと思っていたからです。それほどまでに、ママの言うことが家族の中で絶対になっていたのです。

 

 

 

 そんなクメールでしたが、エミリーのことを愛さずにはいられなくなってきます。クメールは彼女のことを知っていきます。それは彼女が心理学を学んでいること。そして、過去には実は離婚歴があること。ただ、そんなことは気にならないほどに彼女のことを愛していくのですが、ある日、エミリーは、クメールの部屋に女性の写真がたくさんあるのを見てショックを受け、せっかく上手くいきそうだった恋愛が壊れてしまいます。

 

 

 

 それからしばらくして、クメールはエミリーの友人から、彼女が急病で倒れたという話を聞きます。入院先の病院に行くと、エミリーは変わらずクメールに釣れなく接しますが、たがて意識不明に陥ってしまいます。

 

 

 

 しばらくして、エミリーの両親が駆けつけますが、なかなかクセモノのこの両親(レイ・ロマノ、ホリー・ハンター)を前にクメールもタジタジとなり、そこからちょっと不思議な数日間が始まります・・。

 

 

・・と、ここまでにしておきましょう。

 

 これはですね。

 

 

 アメリカでも、ここ最近になって、ようやく名前と顔が知れはじめたコメディ俳優ですね、クメール・ナンジャーニ。彼は、この上の写真の、HBOのドラマ、「シリコン・ヴァレー」の中に出てくる、コンピューター・ナードの一人として有名になった人です。だから、この映画も彼が主役と聞いた時に「えっ、もう、そんなことに!?」と僕も驚いたほどです。このドラマでも、彼、インパクトに残る役ではあるんですけど、脇役でしたからね。

 

 そういうことが起こるのは、この映画が彼が自分自身の実体験をもとに、自ら脚本を書いて作ったからなんですが、それを

 

 

今や本当にアメリカン・コメディの大仕掛人ですね、あのジャド・アパトウがプロデュースを買って出たところ、ことが大きくなりました!

 

 いやあ、彼の才覚って、本当にすごいですよ。10年ほど前には「俺たちニュースキャスター」とか「40歳の童貞男」とか「スーパーバッド」とか、典型的な野郎コメディ、ブローマンスを作っていたのに、2010年代に入ってクリステン・ウィグの「ブライズメイズ」、エイミー・シューマーの「エイミー・エイミー(Trainwreck)」、そしてドラマの「Girls」と言った女性コメディを開拓し、そして今度は移民系コメディアン。ちゃんと時代の先を読んでコメディの可能性を開拓していますよね。

 

 

 そして、この映画自体が、アパトウの注目に値するほど、本当に完成度が高いんです!

 

 まず、何に驚いたかって

 

 

 このクメールとエミリーの2人のケミストリーですよ!

 

 クメールは、映画初主演とは思えない、堂々とした演技っぷりでしたね。愛する彼女が病気になる際のシリアスで献身的な演技も、普段のちょっとトホホで情けないところも、本当にうまくやれてた。いくら自分が書いて、実生活に基づいた話だからって、なかなかここまで演じることは難しいですよ。

 

 あと、パキスタン移民であることを自虐的に描いたところ、これも昨今のアメリカ社会の姿を如実に表してうまいなと思いましたね。

 

 

 

 実際、クメールは、先にインド系のコメディアンとして成功したアジズ・アンサーリやハッサン・ミナージュとともに早速比較されていますが、いずれの人たちも、インド系ということを逆手にとって、それを巧みに笑いに転化させていますね。とりわけインド系と言うと、民族的にやはり本来すごく保守的で、それゆえに西洋社会の観点から見たらすごく古臭く、時としてダサ区さえも見えてしまう瞬間に少なくないんですが、すでにアメリカで生まれ育った彼らには、そのインドとアメリカの文化の距離感というのが客観的にわかるし、彼ら自身も、「必ずしも自分や他にもそうじゃない人はたくさんいるのに、古臭い伝統にとらわれている民族性と思われて困る」という感覚を、すごく自虐的に表現しますね。アジズがネットフリックスでやってるドラマ「Masters Of None」もまさにそういう内容で、なんか「インド版ウディ・アレン」みたいで本当に良いものです。

 

 

 この映画でも、そこんとこはしっかり描かれてますね。とりわけ、クメールの場合、インドではなく、「パキスタン」ですからね。そこのところの微妙な違いを、かなりお約束的なステレオタイプの国民性ギャグを頻繁に駆使してますね。

 

 

 であると同時に、パキスタンといえば、どうしても「アルカイダの活動拠点」という印象も持たれてますよね。その辺りで、すごく差別と偏見にあって苦労している姿も、さりげなくですが、しっかりと描かれています。

 

 

 そして、もう一人注目が

 

 

 ゾーイ・カザンですよ!

 

 彼女、5年くらい前から若手の注目女優として見られていましたけど、ようやくハマる役が見つかったというか、コミカルな役やらせて、こんなにうまかったんだと思いましたね。あと、その笑いの中に、どこか憂いの隠せない、そのあ青い目の感じ。これがすごくゾクゾクッとさせるものがあります。

 

 

彼女って、私生活では

 

 

かの、現代の怪優ポール・ダノの奥さんですよ!そういえば、「ルビー・スパークス」って映画で共演してましたけど、あの時点で実は結婚してたんだそうですね。なんか、今回の映画見て、ダノの役者としての影響が彼女にも生きるようになったなと思いましたね。

 

 それから、この映画、脇役もすごくいい。特に

 

 

ホリー・ハンターは絶品だったなあ〜。

 

もう、彼女も50代後半かな。もうすぐ孫ができるくらいの役をこの人がやったのは初めて見たし、そこまで老けた役ってやったことのある印象ってなかったんだけど、ものすごくリアルに、かつ、ちょっとクセのある娘の、さらにクセのあるお母さん(笑)の役を、ユーモアと人間味、その両方を巧みに演じてましたね。ぶっちゃけ彼女、この演技でオスカーの助演女優賞にノミネートされても、全くおかしくないし、むしろ積極的にされるべきです。

 

 

 あと、彼女のダンナ役のレイ・ロマノも良かったですね。彼は「Everybody Loves Raymond」っていう90年代のテレビ・ドラマの主役で、どっちかというと純朴な役柄の人だったんですけど、ここでの「朴訥だけど、なんか変な人」を、これまでに泣き意外性を込めながら演じてましたね。

 

 

 あと、クメールの両親とお兄さんの家族たちもすごく笑えるし、スタンダップ界の友達たちもいい感じでしたね。「サタディ・ナイト・ライブ」のキャスト・メンバーでもあるエイダン・ブライアントっていう、ちょっと体の大きな女優さんがいるんですけど、彼女も友人役でいい味出してましたね。

 

 

 ・・というふうに、コメディとして、ロマンスとしてなかなか見ごたえのある映画なんですが、同時に

 

 

 これだけの要素が揃わないと、今、ロマンティック・コメDHいは難しいんだなあ〜

 

とも痛感しましたね。

 

 これ、見ててですね

 

 

 もう、本当に愛さずにはいられない、大好きな映画です。「世界に一つのプレイブック」。これを思い出さずにはいられなかったんですけどね。

 

 

 これも、精神的な障害を負った2人のラヴ・ロマンスで、なかなかトラブルありの、一筋縄ではいかない話でしたよね。今回の「Big Sick」も、一方は病気、そしてもう一人はあまり一般に知られていない国からの移民という、これくらい極端なセッティングがないと、今、ロマンティック・コメディって成立しないんだな、と思わされましたね。

 

 

 あるいは、ホアキン・フェニックスの「her」ですね。あれも、人間とコンピューターのOSの恋の物語じゃないですか。そういう、特殊な設定じゃないと、古くからの伝統のあるロマンティック・コメディが描けない時代なのかあ、と思って、見ていてワクワクはするんだけど、同時に寂しくもありますね。

 

 

 あと、ちなみにこの映画、何気にグッとくるのがラストです!ネタバレさせたくないので、あまり言えませんが、ニヤリとしますよ(笑)。

 

 

 これ、日本でも公開されて欲しいんですけどね。有力候補ではないですけど、批評はかなりいいし、オスカーでも推す声上がってるから、少しくらいノミネートされて欲しいんですけどね。そしたら、公開に近づけるとも思うので。

author:沢田太陽, category:映画レビュー, 13:13
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映画「Detroit」感想 裏黒人音楽史としても見ごたえのある「Black Lives Matter」の元祖

どうも。

 

 今日は映画レヴュー、行きましょう。これです。

 

 

 

この「Detroit」という映画。これは1967年に起こった、デトロイトでの黒人暴動を元にした実話の映画化・・との話を僕も聞いてて、興味あるテーマで楽しみにしていました。監督は「ハートロッカー」で2010年のオスカーで女性監督による初のオスカーの作品、監督賞を受賞したキャサリン・ビグロウ。来年2月のオスカーの候補作の一つにも見られています。果たして、どんな映画なのでしょう。

 

早速、あらすじから行きましょう。

 

 

 

 1967年7月23日、デトロイトでは、歴史的ににかなり有名になる黒人暴動が起きていました。その理由は、公民権運動が施行されて2年になるのに黒人の就業の平等が達成されず、郊外に押し寄せてきた白人たちに生活基盤を追いやられていたこと。そして白人の警察による、無闇矢鱈な黒人の取り締まりにありました。

 

 

 この有名な暴動も、事の発端は、違法経営の黒人のナイトクラブを取り締まろうとしたことにありました。その夜、そこで行われていたのはベトナム戦争に出陣していた黒人兵の帰還パーティだったのですが、警察はそこにいた人を全員逮捕してしまいます。それに怒って黒人たちは暴動を起こしたのでした。

 

 

 

 白人警官のひとり、フィリップ・クラウス(ウイル・ポウルター)は、その中でも特にタチの悪いタイプでした。彼は、この暴動の最中、ただ、スーパーマーケットに入って窃盗をしただけに過ぎない黒人男性を、ただ逃げているだけなのに後ろから銃で撃つような暴挙をして、警察の上司からも目をつけられているような輩でした。

 

 

 暴動が始まって2日目。デトロイトのローカル規模ながらちょうど注目され始めてきていたばかりのソウル・ヴォーカル・グループ、ザ・ドラマティックスはフォックス・シアターという劇場で1曲のパフォーマンスを行おうとしていましたが、暴動が激化したことを受けて、彼らの出演の出番の直前にショウがキャンセルになってしまいます。

 

 

 

 

 そのリードシンガーのラリー・リード(アルジー・スミス)は友人フレッドと、近くにあったモーテルに宿泊します。そこで彼らは、宿泊客の2人の白人女性ジュリー・アンとカレンに会います。この女性2人は、モーテルの黒人の主人のカールと顔なじみで、ラリーたちをカールに紹介しました。

 

 

 その紹介の場で、カールは友人と喧嘩をして、おもちゃの銃で撃って死んだふりをする、というキツい冗談を演じて、女生2人の顰蹙を買います。彼女たちは黒人ベトナム帰還兵とこの後時間を過ごし、ラリーたちも自分の部屋に戻っていました。

 

 

 ちょっと酒が入っていてゴキゲンだったのか、カールはそのおもちゃの銃を勢いでパーンッ、パーンッと何度か窓の外からならします。しかし、そこから悪夢が始まってしまいます。

 

 

 それは、暴動にそなえ警備していた警察の耳に入ってしまったのです。暴動だと思い込んで忍び込んだ警官の中には、クラウスがいました。そしてクラウスは、「なんか俺、ヤバイことした?」みたいな感じで降りてきたカールをテロリストだと思い込み射殺されてしまいます。

 

 

 そして、モーテルの宿泊客たちは、カールの遺体現場の眼の前で壁に後ろを向けられた状態で「銃はどこだ」と、乱暴に乱暴を重ねて、「真実を話せねば殺す」くらいの勢いでした。

 

 

 この現場には、周辺の警備を行っていた黒人のメルヴィン・デスムークス(ジョン・ボイエガ)も立ち会い、銃がないかを調べる作業などを手伝っていましたが、そこで行われていることを目撃していました・・

 

 

・・と、ここまでにしておきましょう。

 

 いや〜、これですね。

 

 

 想像していたものと、ぜんぜん違いました!

 

 

 僕はですね、もっとデトロイトの黒人暴動そのものを描いたものだと思っていたんですよ。僕としては、そういう話に興味がありました。だって、いわゆるこの時代の黒人の差別問題って、「公民権施行でそれでめでたし」みたいなものになりがちだったけど、実際には施行して数年後に黒人暴動は多発していたし、ブラック・パンサーみたいな党も台頭していました。そこで「めでたし、めでたし」のものではないよなあ。もっと、その当時の黒人社会の実際のところを知りたいなあ、と思っていたからです。

 

 今回の映画は、黒人暴動そのものではありませんでした

 

が!

 

 むしろ、それ以上でした!

 

 というか、これ、黒人暴動の話というよりは

 

 

 Black Lives Matterの元祖じゃないか!

 

 

 そういう意味で、黒人暴動そのものを扱うより、もっともっとコンテンポラリーな問題だったんですよね、これ。

 

 

 

 このBlack Lives Matterというのは、2013年に白人警官のジョージ・ジマーマンが黒人小年のトレイヴォン・マーティンくんを射殺したにもかかわらず、裁判で無罪になったことに端を発して始まっています。その翌年も、ミズーリ州ファーグソンでマイケル・ブラウンさんという18歳の青年が同じように白人警官に撃たれ、この時は直後に暴動に発展しています。

 

 

 この問題って、僕が大学生だった1992年にもLA暴動と言って、この時は殺害まではいかなかったんですが、白人青年が警察のリンチにあったのに、それが無罪になって、この時は暴動が数日続いたものでしたけどね。ちょうどこれをキッカケに、僕が本格的にヒップホップやブラック・ムーヴィーに興味を持つようになったものです。

 

 この映画が描いているものは、それからさらに25年後、50年後に続いていることの、ことの本質を描いたものです。その意味で、悲しいかな、まだ普遍性のあるもので悪い意味であり続けている、白人の黒人に対する差別心、もしくは、一旦、「この黒人は悪い奴」と決めつけたら命をも軽視してしまうその態度の悪しき伝統、というか、ここまできたら病魔ですね、それを描いたものになっています。

 

 この映画で描かれているものは、中でも最悪ですね。この当時は今よりもさらにその偏見が根深かっただけに、起こったこともさらに最悪です。見ていてすごく気分悪くなりましたが、でも、それが現実だったんだなと思います。

 

 

 そして、これ、驚くべきことに

 

 

 ドラマティックスがその後、成功して、今も現存する人たち、ということです!

 

 

 

 

 

 

この2曲70年代に全米トップ10に入る大ヒットになって、ソウルファンにはそこそこ知られたグループです。その彼らに、こんなにシャレにならない、悪夢のような事件があったとは。

 

 ちなみに、ラリー・リードは、このヒット当時のメンバーではすでにありませんでした。どうなったかは・・映画を見て知って欲しいんですけどね。

 

 でも、リリックによるメッセージじゃなく、実際の体験でここまでえげつない、後の世に対する強烈なプロテスト・メッセージにもなりうるものを彼らがしていた、というのは本当に勉強になりましたね。目からウロコが落ちたような気分になりました。

 

 

 こうしたとこも含めて

 

 

やっぱり、キャサリン・ビグロウってすごい監督だなと思いますね。

 

 いわゆる女性監督って、「女性だから女性らしい映画を作る人」と「女性だからといってそうしたものに左右されずに映画を作る人」の二手(僕はどちらでも良いですが)に分かれて、前者の方が多い印象があるんですけど、彼女は後者側の第一人者ですね。言われないと、監督の性別なんて全くわからないタイプですけど、今回もその徹底ぶり、すごいですね。あくまでも、自身の問題意識のある社会的問題に踏み込むことだけにこだわって作った(それは前作の「ゼロ・ダーク・サーティ」も基本そう。CIA女性捜査官への差別問題もすごく客観的に描かれてるし)感じがあって。あくまでも「社会派監督」としてだけで勝負して、その結果、現在、その道で完全にトップの監督の一人ですね。

 

 そして、前にも書きましたが、この題材を取り扱う際に「めでたし、めでたし」にしないで、今日までしっかり続く問題にしてある点で、やっぱり信頼がおけますね。白人監督だと、「ミシシッピー・バーニング」のアラン・パーカーあたりがそうでしたけど、そういう風な作りにしてしまって後味が悪くなるものもあるんですけど、そういうのがないのも良いです。

 

 

 ただ、惜しむらくは、これだけの良作が、完全なるどインディの配給で、商業的にコケたことですね。もうオスカーも受賞しているし、そうした名誉にはこだわらないとも思うんですけど、やっぱり「優れた作品」というものは多くの人に届いて欲しいじゃないですか。その意味では、惜しい気もしましたね。

 

 

 

  

 

 

author:沢田太陽, category:映画レビュー, 14:14
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映画「ブレードランナー2049」感想 スピリットは感じる良い続編ではあるんだけど

どうも。

 

 

では、今日は前々から言ってた、これの映画レヴュー、行きましょう。

 

 

 

はい。「ブレードランナー」の35年振りの続編、「ブレードランナー2049」。これのレヴュー、行きましょう。

 

 

35年も前の作品を、その当時のキャストも込みでできるというのは客観的に考えたらすごいことですけど、それだけハリソン・フォードの役者人生の長さの冥利に尽きますね。そして、そんなに長い時間、、ファンを引きつけるだけのオリジナルの作品の強さ。そういうことだと思います。僕は、そこまで大ファンということではないんですけど、やっぱり「エイティーズ」のイメージとして思い出すものの一つだし、イメージを大事にして自分の中でとっておきたい映画の一つであるこちには変わりはありません。楽しみにしていましたよ。

 

では、早速あらすじから行きましょう。

 

 

時は2049年。前作の設定から時が30年流れていました。

 

 

その間、人間にそっくりに作られた人工生命体レプリカントは、人間の作業システムに組み込まれる形で生き延びていましたが、新しいモデルが作られると、古いモデルは新しいモデルから無理やり生命を奪われるシステムとなっていました。

 

 

そんな、古いレプリカントを取り締まる別名「ブレードランナー」の一人として、ロサンゼルス警察勤務のK(ライアン・ゴスリング)は生きていました。

 

 

 

 彼の生活はレプリカントを狩り、家に帰ると、レプリカントの製作者として名高いニアンダー・ウォレス(ジャレッド・レト)が開発したホログラフによる映像上のカノジョ、ジョイがいました。

 

 

 そんな彼はある日、レプリカントのレジスタンス運動家サッパー・モートンを追跡している際に、彼が持っていた所有物を見つけたんですが、これが衝撃を呼びました。

 

 

 それはレプリカントの白骨遺体で、それは妊婦でテイプ切開してる際に亡くなった、と言うものでした。それはある種、タブーな存在でした。なぜなら、レプリカントはあくまで大量複製存在で、人間のような妊娠の形をとることはありえないとされていたからです。

 

 

 

 Kはそれを秘密にするよう警察の上司ジョシ警部(ロビン・ライト)に命令されます。

 

 

 

 ただ、その一方で、ウォレスは、その死の妊娠で生まれた子供を見つけ出したいと思い、部下の女レプリマント、ラヴに手を回させもします。

 

 

 

 Kはこの捜査の過程で、この遺体のレプリカントが、前作でデッカード刑事(ハリソン・フォード)と恋に落ちたレプリカント、レイチェル(ショーン・ヤング)であったことを発見します。Kはデッカードをなんとか見つけ出そうとしますが・・。

 

 

・・と、ここまでにしておきましょう。

 

これはですね

 

 

 前作「メッセージ」が大好評で前回のオスカーでも多数ノミネートされたカナダの若き名監督ですね、ドゥニ・ヴィルヌーヴが監督を手掛けたことで話題ですね。

 

 僕はこの人、そういうSFものを手がける以前に「灼熱の魂」とか「ボーダーライン」と言った人間ドラマでむしろすごく好みの監督だったんですけど、今回の映画はそういう彼の良さがすごく出ていますね。脚本のプロットラインがすごく凝ってて、しかもそれが、82年版の前作のおいしいエッセンスをちゃんとくんで話を作ってあるのに好感が持てました。

 

 

 一つにはやはり、「高度に進み過ぎた人間の合理性の潜む恐怖」ですね。これに関しては、リドリー・スコットの手掛けた前作より丁寧に描けている気がしました。前作って、「用無しになって命を奪われるものの哀しさ」に関してはルトガー・ハウアーやダリル・ハンナを主体にうまく描けていたと思うんですけど、追い詰める側の醜さに関しては、こないだ見返して改めて思ったんですけど、案外薄いんですね。今回は両方の側の立場がうまく描かれていたと思います。

 

 

 そして二つ目はやはり

 

 

 デッカードとレイチェルの愛の復活ですね。これがしっかり描かれ、それこそが今回のストーリーの軸としてしっかり生きていたのが良かったです。これは人間とレプリカントの愛なのか。もしくはレプリカント同士の愛なのか。それは見る人に目に委ねるしかない領域なんですが、それが何の場合にせよ。愛の形は変わらない。そのメッセージが、今回の続編のスピリットとしてしっかり通じているように思えましたね。

 

 

 あとヴィルヌーヴで言えば、演技の配役的にも良かったですね。ライアン・ゴスリングの不器用で孤独で何かに彷徨っている姿といい、今やクセものの役をやらせたら欲しい存在になっているジャレッド・レトといい、どうも「ハウス・オブ・カード」や「ワンダーウーマン」以来、貫禄ある女性像が板についてるロビン・ライトとか。こういうとこの配役はうまいと思いましたね。

 

 あと、未来都市の浮遊感ね。今回、あの小型飛行船がポカンと浮くのが3Dになってるから、そこはなおのことでしたね。

 

 

 という風に、監督自身の「ブレードランナー」という作品に対する解釈や愛情はしっかり伝わる作品にはなってはいるのです

 

 

 が!!

 

 ごめんなさい。正直、こうも思ってしまいました。

 

 

 これ、見た人の記憶にいつまでも残る作品かなあ〜。

 

 

 そう思うポイントを挙げておきましょう。

 

 これ、さっきも言うように、話自体は前作よりもずっと入り組んでいて、凝った作りにはなっているんですが、

 

 それでも160分というのは長すぎるし、簡潔さに欠けるんじゃないの・・

 

 話は確かに深くなっているんです。でも、そのために覚えにくい話にもなっているんですね。分かりやすいインパクトに欠けるんですよね。

 

 それから、ここが一番違和感あったかな。映像、確かにテクニカルには優れてはいたんですけど

 

 いつまでも印象に残るような未来都市の絵柄のオリジナリティが少ない

 

 ここがなあ〜。それでこそオリジナルは映画史に残ったんだけどなあ。

 

 

 強いて挙げればジョイのこれくらいですね。これだって前作のビルに映った芸者さんとか、ああいうのと比べてしまうと、やっぱり物足りないんですよね。

 

あと、女優さんでいうと

 

 

 

 

やっぱ、ダリル・ハンナのプリス、そしてそして、ショーン・ヤング演じたレイチェルのこうしたショットには全然及んでないんですよねえ。ズバリ今回は、ジョイ役を演じた女優さんのインパクトが弱かった。アナ・デ・アルマスという人みたいなんですが、なんで彼女を起用しないといけなかったのかは今ひとつ判らなかったですね。

 

 

 あとサントラもですね。前作のヴァンゲリスのシンセのインストに匹敵するようなものがなかった。そこも物足りなかったですね。

 

 

 あとですね。僕、今回、どうしてもこれと比較しちゃったんだよなあ。

 

 

 

 やっぱ、「マッドマックス怒りのデスロード」ですよねえ・・。この復活作が持つ狂気の表現力と、オリジナルを作ったジョージ・ミラーの異様なまでの才能の爆発ですよねえ。なんか「人間の想像力の底力とかほとばしり」みたいな、創作者の業みたいなものさえ感じてしまったこれに比べると、ヴィルヌーヴ版のマッドマックスはいささかスマートすぎるんですよね。一緒にしてはいけないのかもしれないけど、でも、同時に「フォースの覚醒」のフレッシュさとオリジナルの持ってた輝きの直感的なツカ味ですね。そういうのが非常に分かりやすかったのに比べると、ちょっとじっくり見ないとよく分からないとこでも損をしてますね。

 

 

 なんとなくですけど、「評判はいいけど、興行が今回今ひとつ・・」なのはなんかわかるような気がします。

 

 

author:沢田太陽, category:映画レビュー, 10:19
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映画「mother!」感想  良くも悪くも、これがアロノフスキー

どうも。

 

 

では、今日は映画レヴュー行きましょう。これです!

 

 

 

ダーレン・アロノフスキー監督、ジェニファー・ローレンス主演の話題作ですね、「mother!」、これのレヴューに行きましょう。

 

アロノフスキーと言えば、2010年のナタリー・ポートマンの「ブラック・スワン」での奇妙な世界観で一躍有名になりましたが、基本、かなり少なくない人に一定の後味の悪さを残すことで有名な人です(笑)。その時はナタリー・ポートマンにオスカーの主演女優賞をもたらしましたが、今回の主演は、現在、交際中との噂もある、本当に大人気ですね。ジェニファー・ローレンスが勤めています。果たしてどんな映画なんでしょうか。

 

 

早速あらすじから語りましょう。

 

 

 

 今回のこの映画ですが、なんと配役名が付けられていません。主人公の女性(ジェニファー・ローレンス)は、かなり有名な詩人(ハビエル・バルデム)の妻で、ちょっと古い木造の大きな家に住んでいました。この話が始まる時点で、彼は自分の作品をだいぶ前に書いたきり、次が書けていない状況のようです。

 

 

 主人公の女性は、以前から家の中で漠然とした不安を感じる時があり、それが家の中の何かに象徴的に現れるのを目にすることがありました。

 

 

 そんな2人に、ある日、夫の熱狂的ファンという高齢の男性(エド・ハリス)が家にやってきます。初めて来る割には随分図々しいとこもある人物でしたが、人を受け入れるのにウェルカムな夫には関係ありません。

 

 

 やがて、その夫の妻(ミシェル・ファイファー)まで、その病弱な夫の介抱だとかなんとか言って、気がついたら居座ります。タチの悪いことに彼女はヒロインの女性に関して「子供はまだなの?」などと上から詮索し、家のことまでとやかく言うようになり、ついにはこんなことまで・・。

 

 

 

 そして、そこに、その二人の来客の息子2人までもが入ってきて、事態はさらにおかしなことになり、そのたび、家では金曜な光景が見られるようになり・・。

 

 

(中略)

 

 

 

 その奇妙な出来事からしばらくして、ヒロインは妊娠します。ようやく心が落ち着いたかのように見えましたが、子供ができて喜ぶ夫は、前の出来事よりもさらに多くの人を招こうとして・・・。

 

・・と、ここまでにしておきましょう。

 

 

 で、

 

変な映画でしょ(笑)?

 

 まあ、

 

 

 

 ダーレン・アロノフスキーの映画で「万人が喜ぶ映画」なんてものは、これまでもないし、この先もまず存在はしないでしょう(笑)。それは「ブラック・スワン」もしかり、「レクイエム・フォー・ア・ドリーム」しかり「パイ」しかり。そうすると、「レスラー」だけ、明らかに異色ですけど。実際、今回もシネマスコアっていう、アメリカ人が映画を見る際の参考にするサイトみたいのがあって、そこでF評価を受けてしまって、興行で大苦戦する、ということが起きています。

 

 

 ただ、

 

僕からしたら、今回の作品、すごくわかりやすい映画でした!

 

というのも、これ

 

 

 すごくわかりやすい、ロマン・ポランスキーへのオマージュだから。

 

まず

 

 

不安に駆られたヒロインが家の中で奇妙なものを見て恐れるという設定はまんま「反撥」だし

 

 

 

奇妙な隣人と共に、赤ちゃんが呪われるなんてのはまんま「ローズマリーの赤ちゃん」だし。

 

 

ローズマリーに至っては、自分たちでこんなパロディまで作っていたりね(笑)。

 

 

 でも、ただ単純にこの二つを組み合わせた、というわけでもなく、しっかりストーリーとイメージするものはあります。

 

 

 これは僕、ズバリ、「男女における”プライベートでプレシャスな感覚の違い”」に関する映画かな、と思ってしまいました。より外交的で人を安請け合いなくらい受け入れたい男と、自分の時間を大切にしたい女。とりわけ、出産とか、子供との時間というのには、その「プレシャスなプライベート」の象徴的な時間というか。そういう、ある種、普遍的な感覚を描き、女性のそういう感覚ゆえに生まれる、自分の空間と時間が奪われる恐怖を描いた作品なのかな、と思いましたね。

 

 

 これ、とりわけ、今、最も世界で多忙な女優の一人でもある、J.Lawみたいなタイプの人には特に訴える内容だったんじゃないかな、と思うんですよね。忙しい上に、パパラッチに追いかけられる生活を送っている彼女にとっては、この恐怖はわかりやすいものだし、それこそ、「どこかで一息つきたい」とも思っているでしょうからね。それを、今の彼氏のアロノフスキー自身が作ってくれたことで、よりに意気に感じて出演したんじゃないのかな、とも思います。

 

 

が!

 

 それがゆえなのかどうかわからないのですが、この映画、

 

 

ちょっと自己満足感が強いのも確かです(笑)!

 

ぶっちゃけ言ってしまうと

 

 

最後の10分はなくてよかったかなあ。

 

 

 これですね。その「最後の10分」までは、すごくわかりやすく、話を進めてるんですよ。それなのに、最後の10分くらいで、なくて良いものを付け足してしまっているがために、「何が言いたいのか」の主張をちょっとぼやかしてしまっているんですよね。必要以上にドラマを作りこもうとして、すごく自分たちの自己満足に終わってしまっているような、そんな印象を受けてしまいました。ただ単にドロドロにドラマティックだったらいいというわけではない。普通にサクッと終わって、最後に別のブラック・ジョークを足す、とか、そういう風にしたほうが見ている人にはよりスンナリわかりやすかったのに。これをやってしまったがために、なんか

 

 

 結果的にラース・フォン・トリアーの映画みたいな破綻状態で終わってしまっています(笑)。まあ、そっちの方が好きって人も少なくないでしょうけど。

 

 

 でも、その結果、「ブラック・スワン」以来となるアワードレースはちょっと後退しちゃったかなあ。決して嫌いな作品ではないですけどね。

 

author:沢田太陽, category:映画レビュー, 12:29
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映画「It(イット)」感想  話題の「あのドラマ」に似てる?いや、ルーツはこっちだ!

どうも。

 

 

今日はこの映画評、行きましょう。これです!

 

 

この9月、全米で大ヒットしました、青春ホラー映画「It」。こちらのレヴュー、行きましょう。原作はこれ、あのスティーヴン・キングの有名な代表作の映画化作なんですが、どのようになっているのでしょうか。

 

早速、あらすじから見ていきましょう。

 

 

 ストーリーの舞台となるのは、アメリカ北東部メイン州のデリーという町です。話は1988年10月。主人公の病弱なビルの幼い弟のジョージが、大雨の日に、ビルの作った折り紙の船を雨の流れる通りで流して遊んでいたところ、それが排水溝に入ってしまいます。溝を覗くと、そこには不気味なピエロの存在がありました。赤い風船を持った彼は気味悪く「ここでは楽しいことがいっぱいだよ」とジョージを誘います。怖がりながらも、ビルに対して申し訳ない思いからジョージは、その、別名ペニーワイズというピエロに近づきますが、そこから行方不明になってしまいます。

 

 

 翌1989年。ビルは学校に戻っていました。そこで彼は、学校内でどこかさえない、いじめられっ子タイプの3人、瓶底メガネのリッチー、マザコンのエディ、ユダヤ教徒のスタンと仲良しグループを作っていました。ビル自身も吃音障害を患っています。彼らは凶暴ないじめっ子、ヘンリーのグループに目をつけられています。

 

 

 一方、かわいいのに、どこか影のある女の子ビバリーも、ちょうど身体的な変わり目の時期で、そのタイミングで女の子たちの間でいじめられていました。彼女の男やもめの父親はどこか不穏の匂いのする人物でもありました。そんなビバリーは、ニュー・キッズ・オン・ザ・ブロックのファンの小太りの小柄の少年、ベンと出会います。そのベンもヘンリーのいじめの対象となっていました。また、もう一方で、親が動物を屠殺することを生業にしていた黒人少年マイクもヘンリーからいじめられていました。

 

 

 そんな折、ビルたちはちょうどベンがヘンリーにいじめられている時に遭遇し、さらにここにビバリー、マイクが加わり、彼らは「ルーザーズ・クラブ」なるグループを結成します。そして、ちょうどその頃から、彼らは個人個人で、それぞれの形で奇妙な恐ろしい体験をするようになります。

 

 

 

そして、そこにはあの不気味なピエロが暗躍することがほとんどでした。

 

 

 図書館に通ってデリーの昔の不可解な事件について調べていたベンによると、この街には1908年、35年、62年と、27年おきのスパンで、街の少年少女が次々と行方不明になる奇妙な事件が相次いでいたと言います。1989年はちょうどそのサイクルに当たっていたのです。

 

 

 

 6人の中でも、とりわけ関心を示したのはやはりビルでした。それはやはり、この恐ろしい弟をさらわれた、という意識が強いからです。彼は、怖がって嫌がる、または怖いもの見たさのルーザーズの仲間を引っ張り、ジョージをさらった下水、そして、エディだったかスタンだったか(すみません、ここ、記憶が曖昧です)が恐怖体験をした無人のあばら家をチェックしようとします。

 

 そして、その間、ビルはビバリーに恋心を抱いていきます・・。

 

 

 ・・と、ここまでにしておきましょう。

 

 

 これはですね

 

 

 

スティーヴン・キングが1986年に発表し、彼の代表作になるほどの大ヒットになった小説「It」の映画化作です。

 

 

 そこで「あれ?」と思われた方もいらっしゃるかもしれませんね。「1986年発表なのに89年って微妙に未来じゃない?」と。そう!これ、映画化に伴って

 

 実は話の時代設定を大幅に変えています。

 

 

 これ、実は原作では、時代設定は、1957〜58年なんですよね。

 

 

 そしてさらに言えば、その27年後の1984〜1985年にもう一つ話があります。

 

 ここでピンと来た方もいらっしゃるかもしれませんが

 

 つまり、今回の話は、その最初の話を80年代の設定に変え、後半の27年後の話は描かれていません!

 

 実際、アメリカでは、原作に忠実に作って欲しかった人からはこうした苦情も漏れています。ただ、それは僕に言わさせてもらうと、今回の製作者の意図の方が正しいと思います。だって、そうでしょ?今の時点で、1950年代と80年代の話なんてしても、あんまいい味がないじゃないですか。大体、80年代時代がなつかしの話になっているのに、2つの過去の話をしてもしょうがないわけで。なので今回は、80年代の話を過去の話として、その次の27年後を現在の設定としているわけです。

 

 

 ただ、その設定を、原作の出た1986年にしちゃうと、現在の物が2013年と微妙にズレちゃううんですね。そこで、つじつまを合わせる意味でも今回は設定を80年代ギリギリの89年にしていて、次作の設定を、ごく近い過去の2016年に来るようにしているわけですね。

 

 ただ、今の時代がうまいこと、27年スライドしているので、原作がリリースされた80年代のイメージがちゃんと残して、それを今に伝えられてるのはすごくうまいと思いましたね。 

 

 で、これ、「なんか最近、どこかで聞いたような話だな、これ」と思った人は、これ、世界中に多いんです、これ。というのも。

 

 

 

「ストレンジャー・シングス」のブームがありましたからね。

 

 

実際にこのネットフリックスのドラマと、一人配役までかぶってますからね。今回の「It」のリメイクに関して、この「ストレンジャー・シングス」のことが製作者の意識になかった、と言ったら、それは嘘になるでしょうね。

 

 

 でも、ですね、

 

「いじめっ子といじめられっ子で80年代」といえば、スティーヴン・キングなんですよ!

 

 だって、これがあるわけじゃないですか。

 

 

 

「スタンド・バイ・ミー」!

 

 この映画が、まさに「it」の原作の出た1986年の公開だったわけですけど、やっぱ、この当時、この子役たちも、いじめっ子ものちに有名になりましたからね。リヴァー・フェニクスしかり、コリー・フェルドマンしかり、そしてキーファー・サザーランド。その図式が「ストレンジャー・シングス」に生かされて、逆に「It」でパクリ返した、というわけです(笑)。

 

 

 今回のこの「It」は、そうした思わぬエイティーズ・リバイバルの波にノルことで「It」とスティーヴン・キングの持っていた時代性を最大限に生かし、さらに、無駄のない巧みなストーリー展開と、鮮やかかつ見た目に美しい映像技術と、それを生かすテクニックによって、原作の持っていたスピリットを見事に再現させてます。これはうまい!正直、かなり高度な頭脳プレイだと思いましたね。

 

 

 この出来にはかの

 

 

 スティーヴン・キング先生も大変大喜びだったそうですよ。あのキューブリJックによる「シャイニング」の映画化の時でさえ、「ジャック・ニコルソンのあの役は、私の想定したものではない」として大巨匠を批判したキング先生でしたが、今回の映画化に関しては手放しで褒めていますね。

 

 そうしたシナジーもあったのか、この「It」、リリースから3週目の時点で最もヒットしたホラー映画になったようですね。今年の夏の全米興行が10数年ぶりに低調だったとも言いますから、これでだいぶ穴埋めもできるんじゃないですかね。

 

 あと、この映画、少年たちの演技もいいんですけど、僕的には

 

 

 この子、ビバリーを演じたソフィア・リリス。この子は、次のイレヴンになれる素材だと思いましたね。ビバリーは劇中で髪をショートにして、エイティーズのアイドル女優だったモリー・リングウォルドみたいになっちゃうんですけど、この子、どうやら普段はもっとトンボイっぽい子で、この役よりもさらに短髪だったというから、ちょっと驚きました。この子、惹きつけるものあるので、次も何か主演に近い役、あるんじゃないかな。

 

 

 あとペニーワイズ役のビル・スカースガードも怪演でしたね。ちょっと、これでステレオタイプの役回りが来そうな気もしないではないですが、怪優に成る可能性ありかな、と思いました。

 

 

 この「It」ですが、もう続編も決まってます。というか、原作の「27年後」の部分が描かれてないので、むしろ、「やらないといけない」ものなんですけど、そこでは少年少女たちの27年後の姿が描かれるわけです。もう、その候補の選定に入っているわけですけど、どうやらジェシカ・チャステインにオファーが行っているようですね。まあ、何の役かは、これを見たらすぐに分かっちゃいますけどね(笑)。

 

 

 

author:沢田太陽, category:映画レビュー, 13:27
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