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ネットフリックス「好きだった君へのラブレター(To All The Boys I've Loved Before)」を見る

どうも。

 

 

本当は別の映画のレヴュー考えていたんですが、昨日これがやっと観れたので、こちらについて。

 

 

ネットフリックスのオリジナル映画「To All The Boys I've Loved Before」、邦題「好きだった君へのラブレター」です。

 

 

これ、すごく前々から評判良かったので観たかったんですが、ようやく観れました。

 

 

もう、見た人もいるかと思われるので、簡単にあらすじを言っておきますと

 

 

 

ララ・ジーン(ラナ・コンドール)はアメリカに生きる、アジア人と白人のハーフの16歳の女の子。

 

 

彼女は仲のいい三姉妹の次女でもありました。

 

彼女には恋愛妄想癖があり、ちょっとでも好きになった男の子に対して架空のラブレターを書く習慣がありました。ただ、そのラブレターを妹のキティにばらまかれてから、もう大変。

 

 

ララ・ジーンは一気にいろんな男の子の相手をしなくてはいけなくなり、そこで色々一喜一憂し・・・

 

 

・・という感じです。

 

 

 いや〜

 

 好きです!

 

 

 

 改めて思うのは、こういうジョン・ヒューズみたいな、気の利いたハイスクール・ロマンティック・コメディってまだ有効なんだな、ということですね。もう、軽く30 年以上も前の映画ではありますけど、こういう「素敵な片思い」とか「プリティ・イン・ピンク」みたいなヤツ。ジョン・ヒューズの映画って、女の子でも男の子でも、ちょっと世間一般の感じではルーザーな子達が活躍する映画で、そこも強い共感を呼ぶところなんですけど、そこに

 

 

 

こういう、アメリカの社会におけるマイノリティを、その役にうまくはめ込むことでケミストリー出てるよなあ、と思いますね。

 

「アジア系でロマンティック・コメディ」といえば、「Crazy Rich Asians」がアメリカで大ヒットしたばかりですけど、ネットフリックスでも同様に、全く同じタイミングでこれが話題になっていたわけです。

 

 

 そして、これはアジア系に限ったことではなくて

 

 

 

前にここでもレヴューした「Love,Simon」という、ゲイの少年のハイスクール・ロマンティック・コメディも、今年すごく好評でした。僕もこれ、大好きな映画です。

 

 こうした、これまでのハリウッドの方程式に入らなかったタイプの人たちが主役を飾っていき、多分、ちょっとした流行りになった後、それがやがて、「誰でも主人公になりうる」というのがフツーになっていけばいいんだろうなあ、とは最近よく思うことです。

 

 後、この映画

 

 

デートする男の子にヤクルトを渡すシーンがあって、それを男の子が美味しそうに飲むシーンがあるんですけど、これが理由でアメリカでのヤクルトの売り上げがグンと上がったんだそうですよ(笑)。

 

 

 

author:沢田太陽, category:映画, 19:56
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タイトルから「アジア」が削られているのは何故なんだ!

どうも。

 

 

今日は久しぶりに映画の話題でも。もう直ぐ、オスカー前哨戦のアワードが始まりますが、そちらの方は再来週くらいかな。

 

 

いやあ、今年は画期的な年ですよ。

 

 

 

「ブラックパンサー」が1位になったかと思ったら、今度は「クレイジー・リッチ・アジアンズ」が興行1位ですよ!オール黒人キャストのスーパーヒーロー映画が1位になったのが画期的なら、オール・エイジアン・キャストのロマンティック・コメディが1位になる。ハリウッドにおける人種ダイヴァーシティも進んできた、というわけです。

 

 

 この映画、一部で「シンガポールの描き方が甘い」なんて評もシンガポール現地ではされているようですが、でも、それを望むのはまだ時期尚早のような気は僕はしますけどね。だって、「キャストのほとんどが中国人」ということにこぎつくだけでも大変だったのに、いきなりそんな「リアリティ」まで求められないでしょうから。

 

 

それもそのはず

 

 

これの原作書いたケヴィン・クワンは、原作小説の大ヒットの後に、ハリウッドで映画化される際に、制作サイドから「設定を白人にしてアメリカを舞台にしてみては」という提案をされているんですよね。彼は、「この小説は中国人でシンガポールが舞台だからこそ意味があるのに、そんなことはできない」と断ったと言います。ひどい話ですよね。ハリウッドの目算では「出演がアジア人だらけの映画なんて売れない」と踏んでいたところが、いざ、ふたを開けると最初の週で2500万ドル。今時、ロマンティック・コメディのジャンルで最初の週で1000万ドル超える映画なんてほとんどないから大成功ですよね。

 

 

 最近、アメリカのニュースでは、この裏の逸話も武勇伝のようにされて、この映画のサクセス・ストーリーの記事が連日のように載っています。

 

 

僕もですね。

 

 

ワイフがこの小説の大ファンで、もう半年以上前から家にこれがありました。僕も読んでますが、遅読家なのでちょっと時間がかかっています(苦笑)。

 

 

 でも、やっぱり、そうやって前から注目されてる作品がこういう風に脚光をあびると嬉しいじゃないですか。なので、「ブラジルの公開いつかな」とワクワクしながら調べたら

 

ショックなことが!

 

まず

 

公開が11月!

 

それに加えて

 

ポルトガル語のタイトルからアジアが削られてる!!

 

 

これのポルトガル語題は「Podres De Ricos」で「金持ちの腐敗」という意味です。この題名そのものも如何なものかと思うんですけど、その上にアジアを削るんですよ。ひどくないですか?

 

しかも

 

 

ポルトガル語で出た小説には、ちゃんと「Asiaticos」と、「アジアの」がしっかりついてるのに、わざわざ外してるんですよ。なんなんでしょう。これじゃ、ケヴィン・クワンに白人キャストを強要しようとしたハリウッドの制作サイドと変わらないじゃないですか。

 

そのことをフェイスブックを通じて伝えたんですね。そしたら

 

 

「日本もそうなんですよ!」という返答が!!

 

 

・・・まあ、このいかにもギャル狙いなデザインのセンスは十歩譲ってオッケーにしても、ここでも「アジア」抜かれてますね。

 

 

こっちも、日本の小説の題名は「クレイジー・リッチ・アジアンズ」なんですよね。「アジアンズ」ってかえって言いにくいから「エイジアンズ」の方がよかったかとも思うんですが、いずれにせよ、本の時点では「アジア」はしっかり強調されていたわけです。

 

 これ思うにですね

 

アメリカの配給サイドの方が事前に手を回したんじゃないかな。

 

 

つまり、ブラジルとか日本側が「売れない」と判断して自主的に削ったのではなくて、本国サイドから「アジア」切るようにリクエストがあったのかな、と。だとしたら、ケヴィン・クワンが言ってたことは本当なんだろうし、ハリウッド側のアジア人に対する見方も、こういうことされると・・ちょっとねえ・・。

 

 

 もっと早く知っていればよかったですねえ。日本は9月末の公開。ちょっと抗議を行うにはもう遅いかなあ。

 

 

 でも、冒頭に述べた、ハリウッドでの異例の成功と、その裏で起きた人種差別的なドラマは、これ、今後もずっと語られていくと思うんですよね。それを考えた時に、「おい、それでいいのか」とはどうしても思ってしまう。日本側の、そのトレイラーと本の装丁もそのうちこっぱずかしくなりますよ(笑)。

 

 今からでも、なんとかした方がいい話だとは思いますね。#WeWantAsians

 

 

author:沢田太陽, category:映画, 20:12
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かつて、黒人映画を勉強していたことがあった

どうも。

 

 

本当は今日、あの話題作のレヴューを書くつもりだったんですが、時間がなくなったので、今日はこういう話を。

 

 

まず、この写真から。

 

 

 

これは僕が90年代にハリウッドに旅行に行った際に、映画関係の書店で買った、黒人映画関係者に関しての歴史本です。左の方を1996年に買って、すごく感銘を受けたんですけど、これが1976年までのものしかない古書だったんですよね。「これの続きが読みたいなあ」と思って2001年、もう1度同じところに立ち寄ったら右の続編が出ていて。この2つとも、僕的には愛読書ですね。

 

 

ブラック・ムーヴィーといえば、僕の場合はもうこれでしたね。

 

 

スパイク・リーの「ドゥ・ザ・ライト・シング」ですが、これを見て衝撃を受けたんですね。公開当時は見損ねて、彼のあの当時の超話題作だった「マルコムX」が公開される半年くらい前に、横浜の関内アカデミーという単館映画館の特集上映で観たんですけど、「ああ、今の黒人コミュニティの切迫した状況ってこんな感じなのか」というのをまざまざと感じた映画でしたね。見たとき、ちょうどLA黒人暴動があった直後だったので、この映画がちょうど、「これが起きることを予兆していた」と言われていたものですが、このときに「映画というものも時代の鏡となりうるメディアなんだな」と思い、一時期かなりスパイク・リーに心酔したものでした。

 

 

 それからしばらく、日本にもビデオ・レンタルや、東京の単館ではあったんですけど、あの当時の流行りのブラック・ムーヴィー、日本に入ってきてたんですよ。「ボーイズ・ン・ザ・フッド」だったり「Menace To Sciety」、アイス・キューブの出てた「ニュー・ジャック・シティ」、もう少しして「フライデー」、こうした映画をよく見に行っていたものです。

 

 

 それにプラス、

 

 

 

 

僕の持っていた「ブルボード・トップヒッツ」的なコンピCDとか、サンプリングのネタ元として、やっぱり「シャフト」だったり「スーパーフライ」と言った映画のことは知るわけですよね。ただ、これも当時はビデオ屋さんとかで見れるものではなかったので、インターネットの前の時代でもあったから、もう想像するしかないわけですよ。

 

 

 映画館で見れた、70sのブラック・ムーヴィーといえば、これが奇跡的に単館上映されたくらいですかね。「スウィート・スワートバック」。これ、見に行きましたね。この映画の触れ込みは「黒人映画で初の全米興行成績1位を樹立!」というものでしたけど、明らかに低予算な粗い作りと、全く「勧善懲悪」になっていないアクション物という内容にただ驚くばかりでしたね。

 

 

 あの当時、ビデオ屋で観れる黒人映画といったら

 

 

この、シドニー・ポワチエの映画ですね。「夜の大捜査線」とか「招かれざる客」、あと「いつも心に太陽を」。いずれも1967年に彼がたてつづけに映画に出た時の物ですけどね。彼は、デンゼル・ワシントンの先駆というか、黒人の正統派俳優の最初の成功した俳優さんですけど、当時、彼しか有名な黒人俳優が実質いない状態で、役柄もどうしても人種問題に直面する役柄です。僕とて人種問題を通してこうした映画を見始めたわけだし、実際に今もシドニーのことは心から尊敬もしているし、これ以前の「暴力教室」「手錠のままの脱獄」「谷間のユリ」も掘り下げてます。全部1度は見るべき映画です。

 

ただ、同時にこうも思ったわけです。

 

 

映画のすべてが人種問題とからめられたら、当の黒人としてはどうなのだろう?

 

 

そこでこうも思ったわけです。

 

だから70sの黒人映画にはアクション・ヒーロー(あるいはアンチヒーロー)物が多いのか!

 

 

 上にあげた「シャフト」なんかも、まさに黒人刑事のヒーローものでしたけど

 

 

 もう少し掘っていく家庭で出会ったセクシー・アクション・ヒロイン「フォクシー・ブラウン」もまさにそんな時代の産物でしたね。これも、同名のラッパーが1996年に出てくるんですけど、僕が知ったのはその直前。キッカケは忘れたんですけど、やっぱり、アフロの美女が大立ち居振る舞いするこのイメージって、強烈ですからね。見ただけで興味持ちました。このパム・グリアーを主演にタランティーノが「ジャッキー・ブラウン」を作ったのがこの2、3年あとでしたね。

 

 

 上の本は、僕がちょうど、こういう感じで掘り下げていく絶妙なタイミングで出会ったものです。この本、とにかく貴重でしたね。70s初頭のブラック・アクション・ムーヴィーについて細かいところを写真で紹介してるのはもちろん、シドニーが出ていたような社会問題扱った作品(60年代に顕著)だったり、「風と共に去りぬ」で黒人初のオスカー助演女優賞を受賞したハティ・マクダニエルの頃の20世紀前半の状況とか、そういうのまで詳細に書かれてあって。

 

 

 で、これ読むと改めてわかるんですけど、

 

 

 黒人にとって、白人社会を含めたオーディエンスの前で、黒人がヒーローを演じる娯楽作が切実に必要なんだな

 

 

 それは、これを読んでいた時から強く感じていました。

 

 

 そういうこともあって、

 

 

 

「ブラック・パンサー」、僕にとってはすごく楽しみな映画だったんですよね。そして、それは見事に成就していたし、ここからが新しい歴史の始まりだと思いましたよ。

 

 

 

author:沢田太陽, category:映画, 20:29
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サンパウロ、「パディントン2」が全部吹き替えってマジか!

どうも。

 

 

来遊はもう今のうちから全部書くことが決まっているのですが、今日は谷間の日です。

 

 

何を書こうかと思ったけど、これかな。

 

 

 

 

日本ではすでに始まってましたよね。「パディントン2」。これ、我が家でも大人気でみんなしていくの楽しみにしていたのですが

 

 

全部吹き替えって、マジかよ、サンパウロ!!

 

 

 いやあ、これって、思いっきりロンドンらしい映画じゃないですか。こればっかりはさすがにブリティッシュ・アクセントの英語で見たいわけですよ。しかもイギリスを代表する名優たちが集まって、おバカをやっているわけですから(笑)。

 

 

 嫌ですよ、この映画で「ボン・ジア」とか「オブリガード」とか聞くの。

 

 

 当初、それでも、特にトムが好きなので観に行くものだと思っていたのですよ。ところがワイフが僕以上に吹き替えに難色を示しまして、「テレビで英語でやるまで待つ」と言い始めてお流れになりました(泣)。トムも映画館で立て看板を1ヶ月位前から見かけていて「行きたい」と言ってたんですけどね。

 

 

 ブラジルの場合、アニメとか子供向けのものが吹き替えばかりで、普段英語で生活しているトム(ポルトガル語も普通に話しますけどね)には残念なんですけどね。そういうこともあってか、最近彼も「最後のジェダイ」とか「ジュマンジ」を英語で大人と一緒に見る方が、側で見ていて快適そうに見えますけどね。

 

 

 ちょっと残念な週末でした。

 

 

 

 

author:沢田太陽, category:映画, 19:56
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「ワンダーウーマン」に明け暮れた1週間だったけど、もうひとつオマケ

どうも。

 

 

もう今週は「ワンダーウーマン」に明け暮れ過ぎてしまって、他のトピックがすごく話しにくくなった感がありましたが(笑)、やっと落ち着いて来た感じですね。

 

 

ただ、3日連続で1万ページ・ヴュー超えるくらい、ものすごく読まれたものを書いておいてナンなんですが、僕、実はこれを知らなかったんです。

 

 

 

この,日本最初のトレイラー時点で、もう既に「性差別的」として、かなり不評だったんですってね。「ヒロインは恋も、男も知らなかった」「史上最強の女戦士は天然系」とかいうキャッチつけて。

 

 

あ〜、これでまた、ため息突いちゃいましたね〜。

 

 

これ、もうハッキリわかったことですけど

 

 

宣伝スタッフに、間違いなく保守的な女性観、持った人がいましたね。

 

 

なんか、あたかも、「強すぎる女、なんて、観る人は敬遠するだろう」なんて思い込みがあまりにも先行しすぎて、「親しみやすさ」みたいなものを無理にくっつけようとしたんですね、これ。

 

 

映画見た感想から言えば、現実世界に慣れていないダイアナ(ワンダーウーマン)が放つ世間離れのギャップはたしかに面白いんです。ただ、このセンス・オブ・ユ_モアは本筋じゃなく、あくまでサブ的な面白さであって、表に出すべきことではないんですね。これ、表に出し過ぎてしまうと、話としてかなり誤解が生じますよ。決して「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」とか「デッドプール」の路線ではないわけで。

 

 

 ただ、なんでそこまでして、「強い女」のイメージを必死にやわらげに走るのかが、わかんないんですよね。

 

 

 このトレイラーに対する批判があがったのが3月だったようですね。で、その数ヶ月後には、例のあの秋元氏の大失態だったわけですが、そこで今度は例のあの「女はひとりじゃ眠れない」なわけじゃないですか。これもハッキリ言ってしまえば、映画の内容と合ってないんですよ。これは、見た宣伝スタッフが、クリス・パインの映画の中での役割を誤解して捉えたとしか思えません、

 

 

 僕が推理するに、上のトレイラーを作った時点で3月でしょ?その際の批判が起こってトレイラーは「天然系」が差し代わった状態になっていたんですが、その時点でもう楽曲の発注はされてしまっていたんじゃないのかな?あるいはもう、ほとんど出来てた、とか。炎上が起こった事態で、曲のイメージ変えなきゃいけなかったと思うんだけどね。もし、トレイラーの炎上が起こった時点で、まだ、その「強い女への拒否感に対する」というのを抱えすぎた宣伝スタッフの長みたいな人が、それを捨てきれず秋元氏に発注していたとしたら、これ、かなり悪質ですけどね。

 

 

 こういうとこで、ある特定の人物(宣伝に携わった位の上の人)の「女性に対する偏見」というものが場違いな形で出てしまった、残念すぎる結果だったんでしょうね、むしろ、「天然系」のまま終わらせて、本当に止めに走らなければならなかったのは、主題歌の発注だったところをそのまま生かしてしまって、取り返しのつかないことになったんでしょうねえ。

 

 

でも、あのガル・ガドットのストイックなイメージと、劇中での太く低い声聞いて、秋元系のアイドルと結びつけられる神経というのが、あまりに何か間違っているとしか思えないですけどね。「コアファンだけじゃなく、大衆にアピールだ」とか言っても、その最初の前提である「作品への敬意、理解」が間違ったまま行なわれたら、元も子もないのにね。

 

 

author:沢田太陽, category:映画, 21:03
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「ワンダーウーマン」の投稿への反応や疑問への返答

どうも。

 

いやあ、あまりに反響が大きくなったので、今日もこれで行きましょう。

 

 

 

 

はい。15日に投稿した「ワンダーウーマンの公開で露呈された6つの日本の非常識」。これについてのリアクション。そして、それに対する僕の見解を改めて語ろうかと思います。

 

 

正直なところですね。多少、反響は期待してたんです。やっぱ、今回は話題作だったし。ただ、すでに、主題歌の件や、レッドカーペットの件での炎上の話は既に目にしていたので、「ちょっと、この話をするのはもう遅いのかな」とも思っていて、ちょっと書くのをためらってたときもあったんですね。で、迷ったあげく、「やるならやるで、日本の配給側の根本的な問題を時系列順に総合的な感じになるようにしよう」と思って作ったんですね。そしたら、それが良かったのか、考えられないほどのシェア(以前の「いいね」)の数となってしまいました。

 

1日あたりのページ・ヴューも17日に1万PV超えたんですよ!僕のブログで1万PV行く日って毎年決まっていて、グラミー、もしくはオスカーの授賞式の生ブログの日ぐらいなんですね。普段、本当にそれくらいしか出ないものだから、僕自身もあまり普段期待してなくて、大体、日々4000PVくらいで粛々とやってるブログなんですけど、でも、すごくうれしいものですよ。

 

 

 で、あまりに反響が多いものだから、僕も「どういうとこでリンクされてるんだろう」と思ってリアクションを読むんですけど、そこで、「ああ、なるほど」「あっ、それ違う!」と思うことが結構出て来たので、今日はちょっとそれらをまとめて、それに対する僕の回答を書こうと思います。

 

 

 

 崘笋襪燭瓩砲蓮JPOPの主題歌や、芸能人をプレミアに呼ばないと売れない」と習慣的に思い込んでる人が少なくない件

 

 これが意外に多いことに今回気がついたんですね。これ、思うに、割と若めの人なんじゃないかな。

 

 まず、こういう習慣って、間違いなく80年代までの洋画にはなかったし、90sでもそんなには聞かなかったですね。おそらく21世紀に入ってからだと思うんですけどね。ただ、そういう時期になっても、僕自身は、日本のオリジナル主題歌がかかる映画なんて、こないだも書いたけど、93年の「めぐり逢えたら」のドリカム、たった1回だけだし、映画のプレミアなんてほとんど行ったことないから、「芸能人が推してる」なんて言われても、「その人、どれくらい映画好きなの?その人がすごい映画マニアだったら参考意見にしてやるよ」くらいにしか思ってないんですね(笑)。

 

 

 そして、2010年からブラジルにいますが、そんな「ブラジル独自の主題歌」なんて聴いたこともないし、「俳優とかコメディアンとか、サッカー選手が来てオススメして行く」なんてことも一切ありません。

 

 

 

◆崋臑蟆里覆鵑董映画の本筋と関係ない」ことを理解してない人をたまに見る件

 

 それに、僕がよくわからないのは、好きなアーティストの歌を、わざわざ映画館まで行って聴きたいものなんですか?その感覚が、僕が一番よくわからないとこです。別に、わざわざ映画館行って、1000円以上する高い料金払ってわざわざ聴きに行くより、買って家出何度も聴く方が時間的にも金銭的にも効率良くないですか?

 

 僕は80年代育ちの洋楽ファンなので、まさに音楽界がハリウッドを一番牛耳っていた頃を知っています。映画の主題歌が、史上一番流行っていた頃のリスナーだったわけですけど、でも、「主題歌が好きだから見に行こう」と思った映画なんて、あの時代ですら、僕はなかったですよ。それが「愛と青春の旅立ち」であろうが「フラッシュダンス」であろうが「バック・トゥ・ザ・フューチャー」であろうが「フットルース」であろうが、映画そのものに興味がないと、チャートで流行った曲のある映画でも見に行きはしなかったですよ。

 

 だって、そうでしょ。映画って、大事なのはストーリーであり、映像であり、演技であり。音楽って言ってしまえば副次的な要素じゃないですか。だから、「その映画が好きなところに、さらに音楽も好きになった」という経験ならあるんですけど、「音楽が好きだから、その映画が好き」という状況には全然ならなかったですね。

 

 

 それだから、「本来、話とか映像で興味を持たせるべきものなのに、歌で釣るって変じゃない?」と思うわけです。

 

 

 まあ、そういう風に冷静に考えれば「なんで??」と思うことが自然になっているということは、「洋画業界、そういう意味のないキャペーンを習慣的に長く遣り過ぎたのが理由なんでしょうね。

 

 

 

「こっちもなにも、歌い手の人選やテーマさえ間違っていなければ、別にそこまで嫌わなかった」ことが意外とわかられてない件

 

 

 たしかに僕は、「日本人アーティストによる、オリジナルの主題歌なんて、なければない方が良い」と思うタイプではあるんですけど、別に、歌うアーティストのイメージと、曲のテーマ性がそこまでおかしくなかったら、そんなには問題にしません。そのことは、文中にもしっかり明記してあるんですけどね。ちゃんと「椎名林檎とか宇多田ヒカルみたいな人が歌うんだったら理解は出来る」と書いておいたのにね。

 

 あと、聞いた話だと、「スパイダーマン ホームカミング」の日本版主題歌は関ジャニだったらしいですね。まあ、必然性はないし、嫌な人は嫌だとは思うんですけど、こっちはまだ学園青春ものだし、そこまでイメージに開きがあるものでもないと思うから、僕自身も、この程度だったらあえて問題にはしません。

 

 

 今回の「ワンダ_ウーマン」の主題歌が嫌なのは、今回の「ワンダーウーマン」が、世のフェミニストがこぞって大絶賛しているような映画なのに、保守的な女性の趣味のアイドルオタ専門の女の子たちが「男がいないと生きれない」みたいな歌、歌ったのが大問題だからであって。

 

 僕がこないだの投稿で、ここを長く書かなかったのは、もう既に炎上しているものも実際に見て来たので、ここはあえて長く説明する必要もないかな、と思ったからで、だから手短にしか言わなかったんですけど、ここが一番問題ですよ。大体、秋元康って、パッと見で頭軽そうな女の子を昔から好むし、少し前に炎上した彼の関連のアイドルの歌で、ダイアナ・アグロンって、「GLEE」に出てくる、意地悪役のチアリーダーの子があたかも良いみたいな歌があったんでしょ?典型的な「ダム・ブロンド」って言われるタイプの、頭悪そうなブロンドの白人の。あの曲はたしか、そういう子の方を、アインシュタインにメタファーされた、勉強も仕事もできるタイプの女性との対比で、あたかも「女の子は頭なんて良くなくていい」みたいな解釈をされてもしょうがないような歌詞でしたね。

 

 それもひどいとは思ったけど、あれ、皮肉が実はもうひとつあって、「GLEE見てたんだったら、なぜヒロインのリア・ミッシェルじゃないの?」って思いません?実は僕の場合、真っ先に気になったのはそっちの方でした(笑)。なんで?あのユダヤ系に典型的な鼻でもお嫌いなんですか?そこに僕は、ひそかに女性の容姿に対する彼の偏見を裏読みして感じ取っちゃいましたけどね。

 

 まあ、これに限らず、おニャン子の時代から、オタク男子的な目線でしか女の子描けないタイプでしたけどね。そんな人に、「男に依存しない、戦うヒロイン」の歌をまかせたことが大問題だったわけです。

 

 

ぁ屮錺鵐澄璽Α璽泪鵝廚髻▲ューティハニーやセーラームーンみたいなものと変わらないと思っている人がいる件

 

 ただ、今回の反応の中にあったあるひとことで、「あっ、だから、『アイドルを起用すればいいんだ』と血迷った判断をしたのかな」と思える文章は見つけたんですよね。

 

 それがこのひととこ

 

「日本にはキューティーハニーやセーラームーンがあるから、ワンダーウーマンは珍しくない」

 

 ああ、つまりは

 

「戦う女性キャラクター」というのを「萌えキャラ」か何かと勘違いしている人がいるということですね。もしかして、今回の配給や広告代理店のチームにもそういう人がいたのかな。

 

 そんな人は、今回のガル・ガドットが何歳で、どんな声で喋るのか、ちゃんと知った方がいいですね。それが決して、保守的なオタが喜ぶようなものではないということが一瞬にしてわかるでしょうから。何のためのガル起用なのか。なんのための女性監督起用なのか。そこももう少し配慮されるべきだと思います。

 

 あと、100歩譲って、ワンダーウーマンがキューティハニーやセーラームーンと同じものだとした場合、それらって、実写映画版、国際的にリリースでもされてヒットでもしたんですか?たしかキューティハニーは佐藤江梨子でやってたはずですけどね。それと比べても「同じようなもの」と言い切れるんだったら、ある意味すごいですけどね。

 

※書き込みの方に加え、個人的な知人からも指摘があったのですが、セーラームーンに関しては事実誤認があったようなので、ここでお詫びしておきます。

 

 

ァ岷撚茲慮開を遅らせないとプロモができない」と思い込んでる人が結構いる件

 

 いったん、主題歌話は置いておいて、今度は公開時期の話に移りましょう。

 

 僕が何度も言い続けている、「日本の映画公開の時期の遅れ」に関して、「だって、日本は字幕が必要だから仕方がないじゃないか」と返す人が必ずいます。

 

 では、逆にお返ししますが、

 

 他の非英語圏の国が日本より公開が断然早いのはどうして??

 

 おかしいですよね?母国語が英語じゃない人にとっては、条件はみんな同じはずなのに。他の言語の人は、僕の住んでるブラジルをはじめ、なんで2、3ヶ月も先にこの映画を見ているのでしょう?日本の字幕翻訳の人の英語力はそんなに時間がかかるものなんですか??そんなわけないでしょう!そんな、先進国で勉強もできる人が多い国で。日本よりGDPが圧倒的に低い、東南アジアとか、東欧とか、中南米よりも公開が遅いと言うのは、一体なぜなんでしょう?

 

 あと、「ワンダーウーマン」であったり、DCとかマーヴェルに関しては、プロモーションは「世界公開がはじまったとき」ではなく、もう、とっくの昔にはじまっているものです。

 

 

 

 

 このトレイラーと、この写真が出回ったの、いつだかご存知ですか?去年の7月ですよ!

 

 

 つまり、この映画は、去年の7月に、アメリカのコミコンに参加した際に、目玉作品として取り上げられ、その時点でもうすでに2017年の話題作と目されていたのです。つまり、あの時点から、もうプロモーションははじまっていた。ブラジルでも映画館でのトレイラーはもう早くから見てたんですよ。

 

 よその国は、アメリカでの公開タイミングでのウケがどうだとか言う前に、ほぼ世界同時上映での準備を進めていたし、そこで成功させるためのプロモーションもしっかり進めていました。それは別に公開を遅らせないと出来ないことじゃなかった。コミコンのときからちゃんと算段立ててやれば、全く不可能なことではなかったんですよ。

 

 それを棚に上げて、「外国のものなんだから遅れても仕方がない」「日本に根付いていないんだから」などという言い訳は聞きません。「日本に根付かない」って、一体、もう何年、DCとかマーヴェルの映画、日本でも公開してるんだ?もう20年くらいは経ってるでしょ?いい加減、根付かせましょうよ。

 

 

λ佑「国際基準」を持ち出すと、「何も全部本場と同じにしなくても・・」と言い出す人が必ず存在する件

 

 

 あと、これはいつも悔しいんですけど、ロックでも、フェスでもそうなんですけど、僕が「そろそろこういうのを人気にして行かないと」みたいなこと言うでしょ。そしたら、「なにも全部を本場のようにしなくても・・」と言う意見が必ず上がります。

 

 

 安心してください。普段の生活と、言語が違うわけです。「全く同じ」なんてことにはなりようがありません。どんなに頑張ったところで、追いつけないものには追いつけません。

 

 でも、今より状況を他の国並に良くすることだったらいくらでも可能ですよ。実際、僕がそう言う国に住んでますよ。少なくとも、世界的目玉の映画に関しては同時公開、もしくは2週間以内の遅れだし、オスカーは授賞式前までに全部作品賞ノミネートの映画、見れますよ。そんなこと、どこの国でもやってることですよ。

 

 実際、日本の映画の公開状況、ブラジルの知人に話すでしょ?彼ら、まずはじめは信じませんもんね。「嘘だろ。なんであんなうまくオーガナイズされた国で、しかも古くから映画の伝統のある国で」って言葉がまず返ってきます。それくらい、ありえないことなんですよ。

 

 そろそろ、いい加減で聞く耳持って欲しいんですけどね。

 

 

Х覿鼻◆崑圓辰討娠撚茲慮開が遅れたり、DVDスルーされたこと」に悔しいと思った経験のある人がまだ少ない件

 

 あと、「同じじゃなくても・・」とか「遅くても・・」と言う人は、思うに、自分が待ってた映画が極端に遅れたり、DVDスルーにされた経験が薄いんだろうと思います。

 

 僕はこの10数年、これがかなりの数あります。パッと思い出すだけでも

 

 

俺たちニュースキャスター(2004)

 2000年代を代表するカルト映画で、この時代以降のコメディの主演俳優目白押しの作品だったのにDVDスルー。2013年のパート2もDVDスルー。これを機内放送で知って、「こんな面白いものがなぜ?」と思ったのが洋画を疑いはじめたキッカケ。

 

ミーン・ガールズ(2004)

 あの当時のリンジー・ローハン・ブームの代表作だったのに10ヶ月遅れ。共演がレイチェル・マクアダムスにアマンダ・サイフリッド、脚本ティナ・フェイという、後に考えたらかなり価値がある映画だった。

 

スーパーバッド(2007)

 これも当時大ヒットし、今も青春コメディの傑作扱いされてる映画なのにDVDスルー。その後、出演のジョナ・昼は2度のオスカー・ノミネート、彼の相手役だったのは映画初出演のエマ・ストーン。

 

ハングオーバー(2009)

 当時世界的に大ヒットしたコメディ。日本で公開嘆願運動が起こったのに1度はDVDスルー。しかし直後にまさかのゴールデン・グローブ作品賞受賞で、1年遅れで急転公開。主演のブラッドリー・クーパーはこの後、3度、オスカーにノミネート。

 

ブライズメイズ(2011) 

「女性コメディの金字塔」扱いされている傑作。公開されただけマシも1年遅れ。主演のクリステン・ウィグはその後「ゴーストバスターズ」のヒロインかつ、「怪盗グルー」のルーシーの声役。助演のメリッサ・マッカーシーが後にハリウッド女優長者番付3位まであがることになった出世作。

 

21ジャンプ・ストリート(2012)

「ハリウッド一のセクシー俳優」にも後に選ばれたチャニング・テイタムがコメディ路線で開花した傑作もDVDスルー。彼は続く「マジック・マイク」も大ヒットしたのにこれも1年遅れ公開。それ故日本では、古くさいアクション俳優の誤解されたイメージを長く持たれた。

 

ハンガーゲーム(2012)

 あの当時、「フランチャイズもの第1作」の興行新記録を作り、ブームになる「ディストピアもの」の走りで、ジェニファー・ローレンスが女優長者番付1位になるキッカケの映画だったのに半年遅れ。内容も確認せず、勝手に「バトル・ロワイヤルのパクリ」と炎上もされる。

 

きっと星のせいじゃない。(2014)

 全米興行成績1位にもなった青春ロマンス。ジョン・グリーンは欧米圏では10代に圧倒的に人気がある作家で、ブラジルに至ってはその年の年間興行成績で1位になったほどのブームになった国もあったのに1年遅れ。主演のシェイリーン・ウッドリーの相手役だったアンゼル・エルゴートは今年「ベイビー・ドライバー」の主役でブレイクし、来年も主演作2本決定済。

 

アンブロークン(2014)

 日本軍が描かれた映画だったのに、ネトウヨの妨害により公開1年遅れ。

 

SPY(2015)

前述のメリッサ・マッカーシー主演。「肥満体の中年女性でもアクション映画のヒロインやハリウッド有数の主演女優になれる」ことを証明し、メリッサが社会的に尊敬され、興行的にも大ヒットもした映画だったのにDVDスルー。さらにDVDのパッケージでは体型を隠され、誰が主演なのかわからない加工までされた。

 

 

 パッと頭に思い浮かんだだけでも、これくらい思い出しますからね。こういうのがこの10数年積み重なった上に今回の出来事でしょ。そりゃ、「いい加減にしろ」と言いたくもなります。これだけの作品がインパクトに残らないまま公開が遅れDVDスルーになっちゃうと、映画界のターニング・ポイントとかが見えないし、人気役者がどうして出てくることになったのかの「線」がブツブツに分断されちゃいますよね。こんなことじゃ、今のハリウッドの流れなんて見えなくなっても当然です。

 

 これ、ロックに置き換えたら「欧米のフェスのヘッドライナー級のバンドが5組くらい日本盤が出てない」というのとほとんどかわらないインパクトだと思っていいと思いますね。

 

 

┘灰◆Ε侫.鵑疎外感を持つような状況というのが、一番危険な件

 

これだけの経験が存在すると、そりゃ中には「自分が待ってるような映画は日本では公開されないんだ」と諦めてしまう人が必ず出て来ます。で、そういう人が結局、待ちきれなくなって、ネットでストリーム探して字幕なしでひとり寂しくそういう映画を見るか、輸入DVDを「日本語字幕」を便りに買って見るか、国による格差の少ないネットフリックスにハマって見るか、そういう方向性を強める方向性にどうしてもなってしまいます。

 

残念ですよね。こうやって、これぐらい熱心な行動をするような映画ファンが映画館に金を落とさなくなり、「年に映画館なんていって1回や2回」みたいなタイプの人ばかりに向けて芸能界的宣伝をやってしまうわけだから。こういうのを「本末転倒」というのです。

 

 そりゃ、アメリカだって、フランチャイズもののビッグ・バジェット映画が興行独占してますよ。でも、こういう映画だって、前の年からコミコンで作品を仕込んで、コアなアメコミ・ファンを喜ばせておいて、そこから全土にブームを広げるという努力を当たり前のようにしてますよ。

 

 あと、興行には直接役に立たないように見えるインディペンデントだって、いろんな映画祭を開催することによって確実に底上げはやっている。ちゃんと考えられてるんですよね。そういうヴィジョンが今の日本の映画に、果たしてありますか?「将来的に、長きにわたって映画を見そう」な層を方向付ける努力はしてるんでしょうか?

 

 

 

「現状に対応しない」、「今を伝えない」ことが、結局、苦し紛れのマス向けタレント起用のプロモにつながり、それが洋画不況をかえって悪化させていることに気がついていない件

 

 

 結局、普段から地道に「伝えるべきこと」を伝えていないで、直前になって慌てようとするから、無駄な芸能人稼働のむちゃくちゃなプロモーションにつながって、それが呆れられてかえって洋画離れが進む・・という悪循環に陥ってると思うんですよね。

 

 なんか不思議ですよね。80年代、90年代は、「今、この監督とか俳優がキテる!」的な情報は今より安定して日本に届いてましたよ。80年代はブラット・パックの時代だったから、僕の同世代とか、少し上の若いハリウッド・アクターが活性化されてた時代でもあったからコアなファンがつきやすく、ちゃんと情報しっかり入ってたんですけど、今、そういうのが壊れてません?

 

 僕が洋楽ロックで培った経験上でもいえることですけど、結局のところ、「今、これが注目されてないとおかしい」というアーティストがズルズル紹介されないで、情報のフローが悪くなると、結局停滞のはじまりにしかならないんです。

 

 

 洋画界は特に「状況の変化」に対応できずに取り残された感じがしますね。ネットの時代になってもいまだに公開ペースが情報のなかった時代のままのタイム感のまま。それだけならまだしも「アメコミは日本の文化じゃない」かなにかわかりませんが、DCだと80年代末、マーヴェルでも2000年くらいから日本で毎年公開されてるのにそれにふさわしい対応がいまだに出来ていない。ヤング・アダルト小説が10数年前からヒットのカギになってるのに、出版社と対策を打つこともしない。ブラジルの映画界と出版界、ここのとこが非常に密なので、むしろ原作ものの方が強いくらいになってます。そういう例も国によってはすでにあるのに、ちっとも対策をうとうとしない。「コメディは日本人に合わない」とか言ってやりすごしていたら、さっきも言ったように、ブラッドリー・クーパーとか、チャニング・テイタムとかクリス・プラットとか、今のご時世、コメディ演技もこなせないとハリウッドの主演級俳優になれないのに、そう言う事実に気がつかないで平気でDVDスルーにしようとする。

 

 

「日本じゃ苦手」だと勝手に思い込んで、時間をかけて解決しなかったらズルズル行く問題をほったらかしにして対応しないでマス向けの芸能人ばかりに頼ろうとするから、しっかりと根を張ったコアファンも育たないし、映画の客層自体が安定しない。こういうことに失敗してるから、今があるんでしょうね。

 

・・と、そういう感じでしょうかね。

 

 

 

author:沢田太陽, category:映画, 11:16
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