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映画「インクレディブル・ファミリー」感想 世の家庭の進化はうまく反映はしているんだけど・・

どうも。

 

では、今日は映画評に行きましょう。これです!

 

 

ピクサー映画の最新作です。「インクレディブル・ファミリー」。これはご存じ、2004年の、ピクサー作品の中でも極めて評価が高い1作「Mr.インクレディブル」の14ねんぶりの続編です。僕も前作が大好きだったので、これは「ついに来たか!」って感じですごく楽しみにしていました。今回は果たして、どんな感じになっているのでしょうか。

 

まずは、あらすじから行きましょう。

 

 

 

Mr.インクレディブルこと、ボブ・パーを家長とするパー一家は、スーパーヒーロー一家として街の平和のために戦います。ただ、街の平和を乱す敵を退治する代償として、街中の公共物に図らずも危害を与えてしまうことも少なくありません。このことを問題視した政府は、パー一家に対して、スーパーヒーロー助成金を出すのを止めてしまいます。もっと言えば、スーパーヒーロー稼業は違法となってしまいます。

 

 

 生活に困ったパー一家ですが、そこに一つの朗報が舞い込みます。それはスーパーヒーローの大ファンの企業家ウィンストン・デヴァーが、再びスーパーヒーローを合法化するべくキャンペーンを張ります。彼はスーパーヒーローに街を助けてもらうことで、いかに彼らの存在が必要かを世間に問いかけようとします。彼はすでに、複数の他のスーパーヒーローたちも集めていました。

 

 

 その話にボブは喜びます。しかし、これには制約がありました。パー家でこのキャンペーンで参加できるスーパーヒーローは一人だけ。しかも、それはボブではなく、ヘレンに白羽の矢が立ってしまいます。

 

 

 これにより、ボブは、ヘレンの代わりに、ハウス・ハズバンドとして、子供3人の面倒をみることになります。女性の社会進出そのものには理解はあるつもりで、さらにウィンストンから与えられた超モダンな住宅にも満足はしていました。ただ、それでも子育ては過酷です。「スーパーヒーローなんかになっていると、好きな男の子に持てない」と拗ねている娘のヴァイオレットの機嫌取りに、わんぱく小僧のダッシュの面倒と宿題、そして、赤ちゃんであるだけでもただでさえ大変なのに、スーパー・パワーまで駆使してしまうジャック・ジャック。この3人の世話で、1日が終わるともうクタクタでした。

 

 

 一方、ヘレンの方は、ウィンストンの共同経営者の妹イヴリンの協力のもと、スーパーヒロイン、「エラスティガール」として大活躍し、評判もあげ、キャンペーンの象徴的存在となっていきます。スーパーヒーローの仲間たちからも高い尊敬も受けます。事態は、スーパーヒーローを合法化する流れに傾きかけますが、同時に不可解なことも起こりはじめます。ヘレンの周囲の人たちが次々と催眠にあい、その間に怪事件が増える、というものでした。そして、危険はパー一家にも及びはじめ・・。

 

 

・・と、ここまでにしておきましょう。

 

 

 今回の「インクレディブル・ファミリーですが」ゲストが豪華です。

 

 

今回の重要なキャラクターであるウィンストンとイヴリンの兄妹を、「ブレイキング・バッド」のソウル役でおなじみのビル・オデンカーク、そして、主にインディ映画での渋い演技で知られる女優、キャスリーン・キーナーが勤めています。声だけでも、こういう人が入ると閉まるものですが、この映画

 

 

非常によくできてはいます!

 

 

特にうまいと思うのは

 

 

やっぱり、ボブの描き方ですね。「家族像」というもの自体が変化しているこの時代のリアリティに沿った、新しい時代の中での「男らしさ」のあり方。この描き方が一貫してうまいんですいね。前作で僕が惹かれたのもそこです。家事を一手に引き受け、時にはそれに手を焼いてオロオロもする。だけど、家の中での「頼れる指数」は確実に上がっている。これからの世の中の良い理想だと思います。

 

が!

 

本音言ってしまうと

 

 

前作を上回るインパクトは、正直な話、なかったんだよなあ〜。

 

 前作というのは、いわゆる「スーパーヒーロー映画」において、「何も、男だけが強くなくていいんだよ。これからの世の中、女でも子供でも、みんながヒーローの時代だ!」というメッセージがやっぱりかなりインパクトがあって新鮮でした。あれは全く新しい次元のものの考え方だったから。

 

 でもなあ、今回の続編も、そのコンセプトはしっかり受け継いでいるし、そこの点では満足できるんですけど、「前作のコンセプトに匹敵するさらなる強力なメッセージ」が今ひとつ感じられなかった。そこが残念ですね。

 

 あと、ストーリーそのものに新鮮味もなかったんだよなあ。デヴァー兄妹が展開する話自体もありがちな話だし、さらに言えば、ストーリーの流れでいい意味でのドンデン返し見たいのがなく、ちょっとスルッと進みすぎるんですよね。

 

それから

 

 

ヴァイオレットとダッシュの「今どきの子どもの実態」の見せ方も、ちょっと今回、型にハマっているというか、ここももう少しなんか欲しかったですね。ここがもう少し深いだけで、ストーリーがさらに良くなった気がします。

 

それがゆえに

 

 

 終始、ジャック・ジャックの「キャー、かわい〜!!」に頼りきった映画になってしまっているのはちょっと残念でしたね。赤ちゃんの使い方が面白い映画って楽しいんですけど、でも、ちょっとそれを武器にしすぎると「ズルい」というか。「赤ちゃんの可愛らしさを出されると思わずデレデレ」してしまうのは世の人情だと思うし、そこをつくのも方法論としてはアリだとは思うんですが、この部分がちょっとクドかったですね。

 

 

そして、あとはやっぱり

 

 

エドナの出番が圧倒的に少ない!!

 

ここが一番、不満ですね(笑)!なんで?ジャックジャック生かすのもいいんだけど、彼女が一番笑えるキャラなのに(笑)。もう少し生きれば、話がいい意味で脱線できて、ちょうどいい閑話休題にもなったんですけどね。次回、あるのかないのかわからないけど、「3」があるんだったら、絶対もう少し出して欲しいですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author:沢田太陽, category:映画レビュー, 13:24
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最新全米チャート

どうも。

 

では、全米チャート、行きましょう。

 

SINGLES

1(6)In My Feelings/Drake

2(3)I Like It/Cardi B,Bad Bunny&J Balvin

3(5)Girls Like You/Maroon 5 feat Cardi B

4(1)Nice For What/Drake

5(11)Boo'd Up/Ella Mai

6(1)God's Plan/Drake

7(16)Lucid Dreams/Juice WRLD

8(15)No Tears Left To Cry/Ariana Grande

9(12)Psycho/Post Malone feat Ty Dolla Sign

10(10)Sad!/XXXTentacion

 

ドレイクの1位の曲が変わりましたね。

 

後はなぜか再度トップ10入りした曲が多かったですね。

 

では圏外に行きましょう。33位上昇中のこの曲で。

 

 

これはLauvという24歳の男性シンガーソングライターのようなんですけど、今時っぽくはあるんですが、これ、曲はすごくよく書けてると思います。ちょっと今時のポップ・フォーマットにハマりすぎている気もしないではないですが、その決まりごとの中ではいい曲書いてると思います。

 

では、アルバムに行きましょう。

 

 

ALBUMS

1(1)Scorpion/Drake

2(2)beerbongs&bentleys/Post Malone

3(-)Beastmode 2/Future

4(5)?/XXXTentacion

5(6)Invasion Of Privacy/Cardi B

6(7)Goodbye&Good Riddance/Juice WRLD

7(11)The Greatest Showman/Soundtrack

8(8)Everything Is Love/Carters

9(-)Legends Of The Summer(EP)/Meek Mill

10(12)Harder Than Ever/Lil Baby

 

上位変わらずですが、フューチャーがミックステープを出していたことに気がついてませんでした。9位にはミーク・ミルのEPが入ってますね。

 

 

author:沢田太陽, category:全米チャート, 11:59
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「非英語圏の101枚の重要なロック・アルバム」を終えて

どうも。

 

 

いや〜、ワールドカップと同時に初めた「非英語圏の101枚の重要なロック・アルバム」、閉幕と同時に終えられてホッとしています。ミッションが達成された安堵感でいっぱいです。

 

1ヶ月で101枚のアルバムをレビューするということは、この企画でなくてもかなり大変な作業なのですが、それをやり遂げるためだけに1ヶ月丸々休暇をとってやり遂げました。ワールドカップの試合の合間、あるいは見ながら描いてた時もありました、おかげで今までになくワールドカップの試合も見れましたが(笑)、真の目的はあくまでこれをやり遂げることでした。

 

 やってみた実感としては、そりゃ難しかったですよ。だって、日本はおろか、海外でも、この企画のロール・モデルなんてないに等しかったから。自分で、いろんな国のオールタイム企画を、時には自分の知らない言語の国のものも読んでみてチェックして、その上でストリームとyoutubeで今回選んだものの倍以上の音源聞いてやったわけですからね。最初にそういうのに興味持ち始めたのは2010年代の初めくらいだから5年くらいコツコツためてた蓄積で作ったわけです。

 

 僕自身も、そういういろんな国のオールタイム・リスト見た時、最初はポカーンとしましたよ(笑)。だから今回、僕の書いたこれらを見て同じようにポカーンとなるのもすごくよくわかります。だいたい、名前も聞いたことのないようなものがほとんどだったと思うし、感想も何も、「他に比較する企画も何もないから、どう反応していいかわからない」となるのは無理もないことだとも思います。

 

 だから今回は、よそに企画もって行って原稿料もらいながらやるとかでなしに、あくまで「後世に残す文化的意義のため」だと割り切ってやりましたね。今回、これを作ったことによって、どこかの世界の誰かが何年後でもいいから参考にしてくれるかもしれない。そう願いながら書きました。別に編集者の人がいるわけでもないから、途中でやめても誰も咎めないのに、何か自分で自分を強引に奮い立たせるようにして書きましたね。

 

 僕がそういうモチベーションを持った最大の理由は、やっぱり「今現在の僕の生活」を象徴するものを、何とか形にして残したかった、というのがあります。僕はブラジルに生活して以来、ものの見方が「サッカー型」に本当に変わったなと実感しています。僕の場合、長らくアメリカのヒットチャートで育っていたから、「日本とアメリカ」の対比でものを見る習慣が長らくついていました。そこに仮にイギリスが加わったところで、そこでそんなに世界が広がったような実感はありませんでした。その意味では「ベースボール」みたいな、限られた国際感覚だったのかな、と今にして思います。そこで「南米で生活」ということを通じて、「ああ、サッカーに世界中の人が熱狂するように、どこの国も同じようにロックとかポップ・ミュージックに熱狂してるじゃないか」と思うようになったんですね。そうしたら自然と、英語圏の国以外の国のロックが聴きたくなった。さらに言うと、日本でも、ブラジルでも、才能はすごくあったのに、言語の壁が障壁になって世界的に広がらなかった優れたアーティストがいっぱいいるけど、そうした人たちは世界中にいるはず。そういう人をもっと紹介したい、という欲求に駆られたんですよね。

 

 そうしたら、テクノロジーがそれに追いついた。それを可能にしたのがネット社会の存在ですね。今や、今回挙げた101枚のアルバム、8割がたはSpotifyとかApple Musicを通じて世界のどこでも聴けます!聴けない作品でも、youtubeを漁れば全部聞くことが可能(そこはかなり意識してます。youtubeでも聴けなかったアルバムは1枚も選んでいないので)なんです!渋谷のあの高層ビルみたいなタワー・レコードでさえ置いていないようなアルバムが、今やケータイいじるだけで簡単に聴けてしまうんです。これって本当に素敵なことだと思うんですよね。いうなれば「音楽版のどこでもドア」ができたような感覚ですからね。こういう特性って、「ストリーミングがCDを聞く文化を破壊した」なんて、意味のない時代遅れな批判がされているような感じだとまだ気がつかれていないかもしれませんが、今の世の中、実際に僕が言っているようなことは可能なんです。

 

 でも、ただ単に音源だけボンと置かれたところで、音楽を聴く幅が急に大きく広がるわけじゃない。それには、いろんな世界の音楽の存在を知らせるための誘導役がないと、いろんなものを聞こうにも聴けないですよね。なので今回僕は、可能な限りわかりやすく、アーティスト紹介をしたつもりです。それもただアーティストを紹介するだけじゃなく、彼らを生んだ国がどういう音楽シーンを持っていたか、また時には、彼らがその歴史においてどんな社会を生きてきたか。読んでいただいたらわかると思いますが、中には圧政にロックとともに戦ったことで自由を獲得した人や、あるいは逆にそれによって命さえ奪われた人さえもいましたね。そうしたことも、日本の高校3年くらいの世界史の時間に先生がなかなか教えてくれない、いわゆる「現代史」というヤツを、ウィキペディアや、あるいは実際に本を買って学んだものもありましたけど、そこも含めて書いたつもりです。この50〜60年の「文化社会史としても恥ずかしくないものを書こう」と、それがやれたかどうかは別として、少なくとも自分の気持ちの中では意識してましたね。

 

 こうやって出来上がったわけですけど、僕の中では「自分の40代でのベスト・ワーク」ですね。20代の時はNHKの「ライブビート」って番組がそれで、30代がHard To Explainだとしたら、40代はこのブログと今回の企画ですね。それくらいの気持ちでいますし、満足感でいっぱいです。こういう気持ちは自分の中でためておいた方がカッコいいのかもしれないけど、やっぱり今回はエモーショナルな要素がどうしても強い企画なので、あえて言っちゃってもいいかな、とも思いまして。

 

 

 これを終えての今後の予定ですが、またいつも通りのブログに戻るだけですね。今週だったら映画評は2本くらい書きたいですね。あと、しばらくお休みさせていた「From ワーストToベスト」、8月から復活しますよ!復活第2弾でかなり大きなアーティストのソレをやります。その頃に誕生日を迎える、ある人で。そこまで言ったらわかるかな。

 

 あと、今回のような企画ですが、とりあえず来年はやりません(笑)。だけど、2020年のオリンピックのタイミングで、ちょっと脳裏に浮かんでいるものが既にあります。同じくレヴューものなんですけど、次のは必ずしも「非英語圏」ではなくやりたいですけどね。でも、間違いなく101枚よりは多くなりそうな企画なので、今度は要望がない限り、やるのよそうかな(笑)。

 

 では、打ち上げ気分で、最後に今回の101枚のアルバム、全部あげて投稿をシメますね。

 

 

 

 

 

author:沢田太陽, category:非英語圏のロック・アルバム, 12:02
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「非英語圏の101枚の重要なロック・アルバム」第10回(最終回) 2010's

どうも。

 

では、ワールドカップの開幕とともにはじまった「非英語圏の101枚の重要なロック・アルバム」。今回でいよいよ最終回。最後はこういう並びです。

 

 

 まさに現在。2010年代の非英語圏のロックを紹介したいと思います。今の世の中、英語を母国語としない地域でおもしろいロックとは一体何か。早速行きましょう。

 

 

Matloob Zaeem/Cairokee(2011 Egypt)

 

 

まず、初めは、最終回にして初登場の国です。エジプト。カイロキーというバンドです。

 

「エジプトでロック」というのは、なかなか存在しなかったものです。エジプトではポップ・ミュージックそのものの歴史は古く、1910年代にはレコーディングが行われ、ウム・クムスームという女王みたいなシンガーがいて、彼女が70年代の半ばになくなるまで、いわゆるアラブ民謡みたいな曲しか受け付けない感じでした。その後、エジプトのポップ・ミュージックはモダン化はされましたが、取り入れたのはディスコであり、ロックでは決してありません。中東の場合、イスラム教が西欧文化を受け付けない傾向が強いので、その象徴とも言えるロックはなかなか受け付けられませんでした。

 

 そんなエジプトで、カイロキーのようなロックバンドが出てこれた背景には「アラブの春」があるようです。アラブの春とは、2000年代の終わりに、まずチュジニアで民衆が立ち上がって独裁政権を終わらせたのをキッカケに、その輪がアラブのイスラム教の国々に広がったものです。エジプトでも、30年以上独裁政権を続けていたムバラク大統領の政権に終止符が打たれます。

 

 カイロキーは、この「アラブの春」の際に一役買ったバンドとして知られています。2003年にカイロで結成された際は英語で歌っていたそうなんですが、やがて、「自分たちの国の言葉で歌おう」ということでアラビア語に切り替えたところ、ちょうど時代が「打倒ムバラク」に差し掛かっていました。彼らは政治色の強いメッセージ・ソングで民衆の心を打ちはじめるわけです。このアルバムにも入っている最初のヒット曲「Sout El Horeya」はその名も「自由の声」という意味で、これが「アラブの春」のある種のテーマソング的存在となります。これをキッカケにカイロキーは、アラブ圏内で最もダウンロードされるアーティストとなり、アラブのロックを代表するバンドとなりました。

 

 そんな彼らなんですが、サウンドの方は歌い方やメロディには多少アラブ・テイストが感じられなくもないですが、基本は「ビューティフル・デイ」から後のU2とかコールドプレイとか、21世紀に入ってからのフェスのヘッドライナーの一つの定番パターンでもある「良識優等生」な感じのタイプのアラブ版、という感じですね。ミディアム調の曲でのキラキラした感じのギター・ソロなんか特にそうですね。

 

 エジプト国内での自由な空気は、ムバラクを打倒した大統領の政権がクーデターで倒されるなど挫折もあったりはしますが、カイロキーは依然、facebookでのファンが250万人を超す大物バンドとして活動中です。

 


Outlaw Gentlemen & Shady Ladies/Volbeat(2013 Denmark)

 

 

 続いてデンマークに行きましょう。ヴォルビーツです。

 

 デンマークという国は、90年代に差し掛かる頃に、自国のロックシーンがかなり活発になります。以前、ここで紹介したDADを初め、ハードロック方面にもインディにもかなりの数のバンドが生まれています。90年代にもデンマークで記録的に売れ、日本でもブレイクしたディジー・ミス・リジーが出ましたし、00年代に入るとジュニア・シニアやレヴォネッツ、MEWといったインディ・バンドがイギリスでヒットしましたし、デンマーク本国でもレディオヘッドみたいなカシミールとかエレポップのネフューが国民的なバンドになりました。2010sでも、ソウル・バンド、ルーカス・グレアムが「7 Tears」の世界的ヒット・シングルを出しています。

 

 ただ、そんな中で最も国際的に成功したと言えるのはヴォルビートじゃないかな。彼らは区分こそラウドロックに入れられていますが、いわば「なんでもあり」なデンマークらしく、とにかく雑多な要素が彼らのサウンドの中には含まれています。だって、あえて言ってしまうとこのバンド「メタリカmeetsグリーン・デイmeetsエルヴィス&ジョニー・キャッッシュ」ですよ。「なんだ、それは?」って感じですよね(笑)。

 

 でも、実際、本当にそうなんですよね。彼らは、エルヴィスのモノマネも非常に上手なレザー・ジャケットのリーゼント野郎、マイケル・ポールセンがとにかく歌の上手い芸達者な人で、基本、グリーン・デイみたいな王道ポップ・パンクを骨太に歌いはするんですが、その昔にコピーでもしていたのか、時々思い出したようにスラッシュ・メタルをプレイしはじめ、さらにはウッドベースをバックにロカビリーのリズムをはじめ、ジョニー・キャッシュのごとく、「旅人の孤独」を語りはじめたり・・。ぶっちゃけ、こんなバンド、世界のどこにも存在しないし、「ここまでバラバラでまとまるの?」とも思うんですけど、不思議なことにちゃんと統一感もって聞かせられるんですよね。

 

 さらに言ってしまえば、どのアルバムもそこまで内容に大差もありません。一貫して同じようなことをやっています。デンマークでのローカル・バンドの時から、世界的に成功した今日でもそれは同じ。このアルバムは通算で5枚目で、今作でデンマークはもちろん、ドイツでも1位、スウェーデンやアメリカでもトップ10入りし国際的な足がかりを掴んだ作品なのですが、これも「いつも通り。ただ、他のアルバムより幾分ポップ」くらいなものです。芯がぶれない強烈な個性があれば普遍的な成功も可能、ということでしょうか。


Darmaduman/Duman(2013 Turkey)
 

 

 続いて、これも最後で初登場ですね。トルコで、ドゥマンというバンドを。

 

 実はトルコでは、2000年代にかなり大きなロック・ブームが起こっています。しかもそれがニュー・メタルのサウンドとファッションで起こってます。トルコには70年代から「アナトリアン・ロック」という、サイケデリックの影響を受けた独自のロックが存在してはいたもののシーンとして商業的に成功したかどうかが今ひとつよくわからなかったんですが、この年代のブームは本当に大きかったようで、モル・ヴェ・オテシやマンガといったバンドや、「トルコのエヴァネッセンス」みたいなゴス女王のシェブネム・フェラなどが人気です。こう言うシーンが起きた理由の一つには、ドイツにトルコ系の移民が多いことが関係してるようです。前回ラムシュタインのところで「ノイエ・ドイッチェ・ハルテ」の話をしましたが、おそらくドイツ経由で、このテのロックの人気がトルコに飛び火したんでしょうね。

 

 そんな勢力の中において、この四人組バンド、ドゥマンはひときわクールなカリスマ性で知られるバンドですね。彼らのやってるサウンドは直球のグランジ。彼ら自身もニルヴァーナやパール・ジャムからの強い影響を公言しているのですが、もうそのサウンドはあからさまに「トルコのパール・ジャム」。ヴォーカリストの歌い方もかなりエディ・ヴェダー風です。

 

 そんな彼らはやはり社会的なメッセージを歌詞に乗せることが多いのですが、彼らの名前を一躍世界的に広めたのが、2013年に3ヶ月続いた、イスタンブールでの反政府デモ。あの当時、世界的に話題になりましたね、これ。その際に、このアルバムにも収められることになるこの曲「Eyvallah」がプロテストのテーマソングみたいな感じになりました。

 

 

先ほどカイロキーのとこでも言いましたが、「ロックとは反抗の音楽」というのが一般社会的にはだいぶ風化した概念にもなりつつあるのですが、まだ地球上では、こうやって自由を求める人たちのアンセムとして機能しているところもあるのです。そして残念なことに、トルコでもこの後、政権は反動化してるんですよね。本当は、そうしたことで戦わないのが一番理想なんですが、まだロックのプロテストの力が必要かもしれません。

 

 

 また、このドゥマンですが、ライブに定評があるバンドとしても知られています。これまでオリジナル・アルバムが6枚のところ、すでに3枚のライブ盤を出しているほどです。

 

Raasuk/Mashrou Leila(2013 Lebanon)
 

 

 そして今度も中東、行きましょう。レバノンのバンドです。マシュルー・レイラ。

 

 レバノンという国は中東の中では変わった国でして、国民の4割がカトリックなんですね。そういうこともあってか、他のイスラム教の国より西欧文化とその流通に関しては寛容な感じがありますね。中東のセクシー女性のダンス・ポップといえばほとんどイコール、レバノンだし、ハリウッドのレッド・カーペットで女性セレブが着るガウンのデザイナーにもレバノンの人が結構います。そういうところゆえなのか、マシュルー・レイラのようなオシャレなバンドも登場します。

 

 彼らはアナログ・シンセを使って、サイケデリックかつエレクトロな独自のダンス・ポップを展開する、西欧でもほとんど見ない類のかなり独自のサウンドを聞かせてくれますね。特に、アラビア地方以外で弾かれることのないであろう、弦楽器の存在がかなりのアクセントをつけています。これまでのロックになかった「第三世界からの視点」がしっかりと根付いている感じがします。そうしたこともあり、ニューヨークのエレクトロ・ユニット、ハーキュリーズ&ラヴ・アフェアに目をつけられ、2017年に彼らのシングルにフィーチャリングされます。その縁で彼らを知った人も少なくありません。

 

 そうしたこともあり、彼らはアメリカでもツアーをしていて、こういうウェブ番組にも出ています。

 

 

このスタジオ・ライブの番組で、フロントマンのハメド・シノは冒頭でこう語っています。「この曲はベイルートのクラブで起こったマス・シューティングについての曲だ。この曲で僕は、男性優位主義や、彼らのLGBTの人たちについての態度について歌ってるんだ」と語っています。いくらレバノンはまだ寛容な方だとはいえ、それでも国民の大半がイスラム教の国なわけです。ハメド自身もオープンリー・ゲイなんですけど、彼はよく「中東社会において、LGBTで音楽活動を行うことがどんなに辛い事であるか」についてよくインタビューでも語っています。こうしたところにも、まだ戦いが残されているわけです。

 

 

Chaleur Humaine/Christine And The Queens(2014 France)
 

 

 続いてはフランスです。クリスティーン&ザ・クイーンズです。

 

 フローレンス&ザ・マシーンやマリーナ&ザ・ダイアモンズ以降、一見、「女性シンガーとバックバンド」と思わせつつ実は一人の女性アーティストのソロ・プロジェクトというパターンができていますが、このクリスティーン&ザ・クイーンズも、本名がクリスティーナでもなんでもない、エロイーズ・レティシアというフランス人女性のプロジェクトです。でも、今となっては彼女、「クリス」と普通に呼ばれてますけどね。

 

 そんなクリスがかなり面白い存在であると聞かされたのは、彼女がデビューして間もない2014年に、もう早速でしたね。その当時はまだフランスでしか音源を出していなかったんですけど、「本国ですでにブームになりつつある」と聞かされて気にはなっていました。それから時は過ぎ、2016年、このデビュー作は突如イギリスに進出し、なんと全英トップ10入りまで果たしてしまいました。しかもフランス語のままで!さらに驚くべきは、結果的に2位まで上がったんですよね。

 

 その快進撃の最中、ちょうど僕がストリーミング・サービスのケータイでの使用を覚え始めた頃でもあったので早速聞いてみると、かなり新鮮な驚きでしたね。鮮度の高いエレクトロ・サウンドでもあったんですけど、それがなくても十分に通用する優れたメロディ・メイカーとしてのセンス。そして、フランス語の鼻にかかったアンニュイな響きを最大限に利用したセクシャルにそそるヴォーカル。これなんて”ズルい”とさえ思いましたからね。この魅力があれば、英語でなくても十分通用します。

 

 さらに言えば、彼女、MVでもステージでも、常に曲に合わせてダンスを踊るんですけど、その世界観が完全にコンセプトになってて、ストーリー性とコアグラフ(振り付け)の調和が完璧なんですよね。マドンナ以降、いろんな女性ダンス・アーティストは出てきましたが、ここまで個人で考えられた踊り、なかなかないですよ。それを大かがりなプロジェクトでなく、1個人の脳内世界でDIY的にできてるところが彼女のすごいとこです。

 

 クリスですが、9月に2枚目のアルバムが出ます。先行シングルはもう2曲でてますが、いずれもかなり好評で、アルバムへの期待が高まります。

 

Hasta La Raiz/Natalia Lafourcade(2015 Mexico)

 

 

続いてメキシコに行きましょう。ナタリア・ラフォルカーデです。

 

メキシコではインディ/オルタナティヴ・ロックは盛んなんですが、それを支える勢力の一つに女性シンガーソングライターの存在があります。90sにフリエタ・ヴェネガスという女性が出て、同国だけでなく中南米(彼女の場合はブラジルも含みます)でもかなり人気なんですが、それ以降にエリー・ゲーラ、カルラ・モリソン、そしてこのナタリアが続いている感じですね。

 

 ナタリアは18歳だった2002年にデビューして、メキシコで一大センセーションになるくらいに話題になります。奇しくもこの頃、世界的にアヴリル・ラヴィーンのブームもあったりしています。「10代の女の子アーティスト」というのが話題になりやすかったんでしょうね。ただ、ナタリアの場合は、オルタナティヴ・フォークという感じで、その素朴さがウケた側面の方が強そうですけどね。

 

 彼女は音楽の方向性を一つにとどめることを好まず、ある時は自身のバンド、ナタリア&ラ・フォルケティーナ名義でロック・アルバムを出したり、前述のフリエタ・ヴェネガスと共演アルバムを作ったり、ボサノバっぽい作品を作ったりと、才能は誰もが認めるものの、なかなか本人単独名義での作品にフォーカスしなませんでした。ところが2015年に出したこのアルバムは、彼女のそうした多面性が、彼女の名妓の作品でようやくまとまり、極めて高い評価を得ましたね。彼女、声は昔から舌足らずの幼さが残る歌い方なんですけど、そういう少女性を残しながらもアーティストとしては成熟。アメリカのインディ・ロックでも通用しそうなシャープな音像に乗せ、中南米のあらゆるフォーク・スタイルを飲み込んだ曲の数々は大絶賛を受け、2015年のラテン・グラミーでは5部門を受賞。最優秀アルバムを受賞できなかったことがサプライズとして話題になったほどでした。本作は中南米のみならず、イタリアやスペインでもヒットを記録しています。

 

 彼女は常にスペイン語で歌うのですが、アメリカにもファンベースがありまして、KEXPみたいなインディ・ロック専門のラジオ局ではよく曲がかかっていたりもしますね。


Meliora/Ghost(2015 Sweden)

 

 

 続いてスウェーデン、行きましょう。ゴーストです。

 

 いわゆる”北欧メタル”、”スウェディッシュ・メタル”に関しては、それこそヨーロッパの「ファイナル・カウントダウン」の頃からあるので誰で代表させようかで迷いました。ある時期までは、スウェーデンでの圧倒的な評価の高さを考えて、90sのメロディック・デスメタルの雄エントゥームド(マニアックに聞こえるかもしれないけど、本国で唯一殿堂入りしているメタルバンドが彼らです)にすることも考えたんですが、今後、北欧メタル史上で最大のバンドになりそうな予感もして、僕自身も心から大好きなゴーストにすることにしました。

 

 彼らを最初に見たのは、2013年にテレビ中継で見たロック・イン・リオでした。いきなりテレビに映った、「スリップノットみたいな、骸骨の顔した司教、ありゃ一体、なんだ?」というのが最初の印象でした。しかも風貌の割にやっているサウンドは全然メタルっぽくなく、歌ってる人の声も極めて普通。「なんじゃこりゃ?」と当惑しましたが、今から考えたら、あれは本当に見る目のあった大抜擢だったと思います。

 

 そのあとに、デイヴ・グロールがシングルをプロデュースしたり、結構名前も聞くようになったので注目してこのアルバムを聴いてみたら、ちょっとした衝撃でしたね。このバンド、同じ「悪魔」をモチーフにしたバンドでも、70s前半のニューヨークのブルー・オイスター・カルトのような、「よくそんな細かいマニアックなとこに目をつけるな」といった感じの、ロック史を裏側までしっかり学んだ感じのある重箱センスが非常にくすぐりましたね。そう。もともとヘヴィ・メタルとは、やたらめったら激しい音楽というわけではなく、「悪魔をモチーフにした気持ち悪い音楽」なんですよね。今では忘れ去られそうになっったそうした事実にスポットを当てるという通な芸風を醸し出しつつ、ステージ上ではコスチュームに身を包むという極めてキャッチーな職人芸を見せる。しかも、このアルバムのプロデューサー、はクラス・アーランド。前回紹介した、エレクトロのRobynのプロデューサーですよ!エレクトロのプロデューサーに、オールドスタイルのロックをプロデュースさせることで、同じ古いサウンドでもどこか違うように聞こえさせる(確かに音のキレ、すごくいいんです、これ)。こうしたしたたかさはすごいなと思いましたね。

 

 このアルバムで彼らは北欧のみならず、ドイツやアメリカでもトップ10入り。6月に出たばかりの新作「Prequelle」は英米、スウェーデン、ドイツ、フランス、オーストラリア、スペインでトップ10入り。次代のメタル界の頂点に立ちそうな勢いがあります。

 


Amanecer/Bomba Estereo(2015 Colombia)

 

 

いよいよ残り3つ。次はコロンビアでボンバ・エステレオです。

 

現在、全米チャートウを見ていて、「非英語圏で最もチャートインしている国」は、K-Popの韓国もそうですが、それ以上のコロンビアのレゲトンですね。Jバルヴィンとかマルーマとかの。しかし、彼らを選んでしまうと、「ロック」という部分で明らかに引っかかる。R&B/ヒップホップでも、インディ・ロックの聞き手が納得しそうにないと、そうした判断は苦しいとこありますからね。

 

 それだったら、このボンバ・エステレオを選ぶ方が断然妥当でしょう。彼らはシモン・メヒアとリー・サムエットによる2人組なんですが、サウンド・メイキング担当の男性のシモンがもともと90sにオルタナティヴ・ロックバンドをやっていた人で、彼が作り出すエレクトロ・サウンドと中南米伝統のダンス・ミュージックを融合させたサウンドが特徴です。そのエレクトロ・サウンドにはEDM的な通俗的な妥協がない上質な音なんですけど、そこにはアフロ・キューバン的なワイルドなエネルギーに溢れている。テクノロジーと人間本来の肉感性が理想的な形で融合しています。

 

 そこに加え、女性ヴォーカルのリーの猥雑で力強いヴォーカルも武器ですね。声がただでさえエネルギッシュなんですが、そこ彼女の声から歌われるのは、「ブラウンのプライド」。つまり中南米に生きるラテン女性としての誇りで、このアプローチゆえに彼女は中南米女性のロール・モデルの一人にもなっています。

 

 彼らは南米のロラパルーザを始め、中南米のロック・フェスでは常連出演者で、去年はアーケイド・ファイアのブラジル・ツアーのオープニング・アクトも務めましたね。また、欧米のフェスでもかなりお呼ばれの回数が多く、さらにはラテン・グラミーのオルタナティヴ部門の常連にもなっています。

 

 なお、彼らのデビューを後押ししたのが、前々回で紹介したアテルシオペラードスでもあり、そうした良質の連鎖もしっかり受け注がれてもいます。

 


Clashes/Brodka(2016 Poland)

 

 

 ラストから2番目はポーランドから。ブロトカです。

 

 ブロトカは、女性シンガーソングライター、モニカ・ブロトカ率いるバンドですが、彼女の経歴が実に2000年代っぽいんですよね。彼女、キャリアの始まりはリアリティTVなんですよ。しかも、あの「アメリカン・アイドル」のポーランド版、その名も「Idol」のコンテスタントだったんです。

 

 

これはこの番組の第3シーズンで、この時、彼女、16歳だったんですけど、このドアーズの「ハートに火をつけて」のカバー、自己アレンジで、その年齢にしてはかなり見事に歌えてますね。彼女はその年齢で、このアイドルっぽい容姿ながら、かなりロックっぽい選曲にこだわったコンテスタントだったようですね。

 

 彼女はこの翌年にデビューし、すぐに国民的人気になりますが、ポップな売られ方に反抗して、2006年から10年にかけて押して2010年に復活するや、インディ・ギターロックも、エレクトロも、フォークもブリースもブッ込んだ、かなり先鋭的なアーティストになって戻ってきました。この「Granda」というアルバムで、彼女は国内チャートの2位まで上がり、ダブル・プラチナムの大ヒットを記録します。

 

 そして、その間にアメリカ進出も狙ったEPを作った後、2016年にこの「Clashes」を発表し、さらなる大きな成功を彼女は手にします。

 

 路線的には、「Granda」で築いたものはブレずに成長している感じなんですが、彼女自身が自分の体も使ってだんだんかなりアートになっていきます。

 

 

 彼女に関してはこういうジョークもあります。これは「彼女は一人で『ストレンジャー・シングス』の出演者の髪型を全部やった」というものなんですけど、とにかくヘアスタイルに関しては同じ髪型で止まることがほとんどありません。今はピンクのツンツンのヴェリー・ショートかな。ファッションも斬新で、とりわけこのアルバムのツアーで頭を剃った時にはフェイス・ペインティングして、やけにモードな想像上の和服(このジャケ写でなんとなくイメージできますが)を着て歌ってましたね。彼女はファッション誌からも引っ張りだこで、検索すればたくさんのファッション・シュートも出てきます。

 

 まだ30代になりたてと若いし、これから国際的に大きく注目されて欲しいです。 

 


23/Hyukoh(2017 South Korea)

 

 

 

 

 そして、いよいよラストです。最後を飾るは韓国でヒョゴです。

 

「韓国でラスト」というのは、昨今の非英語圏のポップ・ミュージックを考えた場合に、国際進出が最も著しいのが韓国だと客観的に判断したためです。前もこの話しましたけど、ちょうど。この101枚のリストを発表する直前にBTSが全米アルバム・チャートで1位になったので、それでシメることも考えないではなかったのですが、内容は悪くはないものの、でも、どう聞いてもロック風な解釈はできない。それに関しては、僕がK-Pop全体に感じているフラストレーションでもあります。R&B/ヒップホップをベースにしたポップスでも、でも、やりようによってはビヨンセくらいブッとばした、ロックよりも刺激的なこともできるんじゃないか。そんな風に考えるとK-Popって、完成度の高いものは作ってはくるんですけど、だけどひっくり返るくらい独創性のあるものがないんですよね。

 

 なので僕はあえて、他のK-Popのアーティストが集団でダンス・ポップをやる中、あえてエレキギターを手に取り、バンドをやるという選択をしたヒョゴを選んだんですよね。それ自体がなかなか気骨があるじゃないですか。

 

 さらに言うと彼らは、以前ここでも紹介した、韓国のポップ・ミュージックの潮流を大きく変えた、90s前半にミクスチャー・ロックを実践したソテジ・ワ・アイドゥルの元メンバーが運営するYGミュージック傘下のインディ・レーベルからデビューしてるんですよね。この後も、気鋭の精神性の後継が感じられます。YGって、そうじゃなくても、BIg Bangとか2NE1とか、K-Popの中でちょっと尖ったものやってる印象ありましたからね。

 

 そのヒョゴでしたが、出てきた当初はなんかマルーン5みたいというか、R&B/ヒップホップをやってる人たちのレーベルから出てくることを考えればそれらしい、でも、「それだとポップっぽくなって、ロックには聞こえないんじゃない?」と思える、ちょっとライトなアーバンっぽい曲を作ってました。ところがこのアルバムで全体的に彼らを聞くに、ちゃんとしっかりロックなんですよね。とりわけギターのセンスが好きですね。なんかブリットポップ期のギタリスト、ブラーのグレアム・コクソンあたりかな、そこに通じる鋭角さがあったりして。イム・ヒョンジェという人みたいなんですけど、いいギタリストだと思います。

 

 そして、そういうギター・ロックの上に、フロントマンのオ・ヒョクの清涼感のある高音のスモーキーな歌声と、ちょっとソウルフルなメロディが意外性ある組み合わせになって面白いケミストリー生むんですよね。また、その感じが、今年出たばかりの「24」というEPでは、さらにサイケデリックかつハードに進化もしたりして。彼らはまだ面白くなる気が僕はしてますね。

author:沢田太陽, category:非英語圏のロック・アルバム, 12:48
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最新全米映画興行成績

どうも。

 

とうとうワールドカップが終わってしまいましたね。僕もこの1ヶ月はサッカーにかなりドップリだっただけに寂しくなります。

 

 

だけど気分はもう早速4年後ですよ(笑)。もう今のうちから、ケータイのサッカー・アプリで4年後にセレソンで出れそうな選手のデータ集めて勝手に想像してたりしてますからね。今回チャンピオンになったフランスはまだかなり若いし、この後、毎回優勝候補になると思うんですけど、どうやったらいいチームが組めて一泡吹かすことができるか。それを考えただけでも楽しかったりしますね。後、今回のW杯で、日本代表にもかなり興味持ちましたね。これまでは肝心な試合が見れないのでちょっと距離も感じていたりもしたんですけど、今や本当に便利なアプリもあるので、情報もかなり得やすくなりました。

 

 そして、「非英語圏の101枚の重要なロック・アルバム」、先ほど完成しました。やったーーー!!!ああ、もう、これで一安心。このブログ史上に残る大型企画だけに喜びもひとしおです。これ書いたら、すぐにあげますね。

 

 

では、全米映画興行成績、行きましょう。

 

 

1(-)Hotel Transylvania 3 Summer Vacation

2(1)Ant Man And The WASP

3(-)Skyscraper

4(3)Incredibles 2

5(2)Jurassic World Fallen Kingdom

6(4)The First Purge

7(16)Sorry To Bother You

8(5)Sicario  Day Of The Soldado

9(6)Uncle Drew

10(7)Oceans 8

 

 

初登場で1位は、これ、今知ったんですけど、日本だと「モンスター・ホテル」ってタイトルなんですって?「Hotel Transylvania」の第3弾です。これはアダム・サンドラーが吹き替えで主役を務めるドラキュラが、娘メイヴィスの生後にすぐに亡くなった妻の後、恋愛を一切していなかったことを心配され、娘からのプレゼントで豪華船でクルーズに出かけたところ、その主催者の女性に恋をする・・という内容です。

 

 

これ、今まで「面白くない」とか散々言われながらも続いてきたシリーズですが人気はあり、今回、4400万ドルとかなり高い数字になっています。そして評判も、これまでで一番いいんです。Metacriticで54点、Rottentomatoesで60点。これ、我が家でも実は子供に人気でして、僕も既に見ています。レビューするかもしれません。

 

 

3位初登場は「Skyscraper」。これは、今年本当に主演が多いですね。”ザ・ロック”ことデュエイン・ジョンソン主演の最新アクション・ムーヴィー。これは香港の1000メートルを超える超高層ビルを舞台に、ロック扮する元FBI隊員が家族救出のために戦うという、「ダイ・ハード」みたいな映画です。

 

 ロックにとっては「ジュマンジ」「ランペイジ」と、ここ半年強で3本目の主演作ですが、評判はまあまあ、という感じですね。Metacritic、Rottenともに52点でした。

 

  拡大公開で7位に入ってきたのは「Sorry To Bother You」。これはインディ系のブラック・ムーヴィーで、テレマーケッティングの仕事で白人の喋り方を覚えた黒人男性が引き起こす騒動をコメディ・タッチに描いたものだそう。

 

 

 これが実はかなり評判がいいんです。Metacriticで80点、Rotten Tomatoesで95点。これ、規模は小さいけど、脚本賞ならオスカーのノミネートある気がするので、ちょっと気になっています。

 

 

 では、すぐに「非英語圏の101枚の重要なロック・アルバム」の最終回、すぐにあげますね。

 

 

author:沢田太陽, category:全米映画興行成績, 08:37
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「非英語圏の101枚の重要なロック・アルバム」第9回 1998-2008

どうも。

 

「非英語圏の101枚の重要なアルバム」、いよいよ残り2回となりましたが、最後から2番目はこんな感じです。

 

 

 今回は1998年から2008年までの10年について紹介しましょう。前回では、オルタナティヴ・ロックの存在が非英語圏でも定着したことを書きましたが、これがミレニアムから21世紀にどうなったかを書きたいと思います。

 

 

Gear Blues/Thee Michelle Gun Elephant(1998 Japan)

 

 

 では、まず日本から行きましょう。ミッシェル・ガン・エレファントです。

 

 日本のポップ・ミュージックの90年代ですが、すごかったと思います。表向きには「タイアップとV系の時代」のようにも一見見えた時代ではあったんですが、その裏のオルタナティヴな音楽文化がすごかった。渋谷系とタワーレコード、HMV、90年代前半だけならヴァージン・メガストアも加えていいと思いますが、外資系CDショップの乱立文化ができて以降、日本国内の、一般的なヒットチャートでは価値がはかることができない、まさにもう一つ(オルタナティヴの英語上の意味はこんな感じです)の音楽文化がいろんなジャンルで出来上がりましたからね。ロックだけでも、いわゆるインディ・ギターバンドだけじゃなく、メロコア、スカコア、ミクスチャーでそれぞれシーンがあったし、エレクトロでも、R&B/ヒップホップでもそれぞれシーンがあった。アメリカでのそれと比べて、足りてないシーンというのがなかったですからね。

 

 あの当時、優れたバンド、たくさんいたんですけど、一つ挙げるならこのミッシェルですね。国内シーンのここまでの層の厚さは、フジロックやサマーソニックの国内組を支え、さらにはライジング・サンやRIJといった日本のバンドのフェスを全国規模に広める役割を果たしたものですが、ミッシェルはその中で頂点の存在でしたね。とにかく、ロックンロール・グルーヴのスピードと切れ味と破壊力。そして、その爆音に込められた深い音楽的造形に裏打ちされた知性。これに関して言えば、あの当時、世界的に見て彼らのロックンロールはトップクラスのカッコよさでしたね。90sのグランジ/オルタナの時代に響かせても十分クールでしたが、今から振り返って考えても、2000sのロックンロール・リヴァイヴァルの時代をも先駆けたようなカッコよさがありましたからね。

 

 とりわけ、96〜98年くらいのミッシェルは客の熱気でライブ会場が破壊だの、これまでイス席しかなかった会場がオールスタンディングに変わるだの、全国のライブ会場に伝説を残していきましたが、頂点となったのは、このアルバムが出る数ヶ月前にやったフジロックでの炎天下での、6回だったかな。モッシュが崩れての中段騒ぎがありました。その時にチバユウスケが「お前ら絶対に死ぬなよ」って言ったんですが、あれは日本のフェスの黎明期に残る名場面でしたね。

 

 ミッシェルはこのアルバムで、シングル・ヒットも妥協もない音楽性で50万枚を売り、さらにはあの当時の日本の他の気鋭のアーティストと同じく海外でもアルバムをリリースして好評を博します。2000年にはブランキー・ジェット・シティと共にフジロックのヘッドライナーを飾りますが、日本人アーティストで同フェスのソレを務めたアーティストは今日に至るまで存在しません。それを考えても、どれだけ特別な存在だったかは明らかです。

 

 ミッシェルは2003年に解散しますが、その頃には、これまで”もう一つの”流れでしかなかったシーンはかなり一般的なものとなり、今では日本で”バンド”といえばインディ・ギターバンドっぽいイメージにもなっているようですけどね。ただ、それもやはり、あの90sの時のような巨大なマグマあってこそのものだと思いますけどね。

 


Agaetis Byrjun/Sigur Ros (1999 Iceland)
 

 

 続いてはアイスランド、行きましょう。シガーロスです。

 

 時代が21世紀に差し掛かる頃、彼らの登場もかなり衝撃的なものがありましたね。全編にわたって何語なのかさえわからない謎めいた言語を終始ファルセットで歌われるのもかなりミステリアスでしたが、それを、その歌声にピッタリな、壮大ではあるのだけれど同時にすぐに壊れてしまいそうでもある繊細でファンタジックな音像で築き上げた、まるでどこか他の世界からやってきたかのような不思議な音楽。初めて生で体験したのは2000年、富士急ハイランドで行われた時のサマーソニックで、冷房のない小さな体育館みたいなところで体操座りしながらでしたが、うだるような汗をかきながら、気持ちが昇天していたことをしっかり覚えています。

 

 この当時のシガーロスは、ちょうど「キッドA」の頃のレディオヘッドからも強く推薦されていたこともあり、「旧来のロックを解体して前に進める存在」として、かなり高く期待されていましたね。時代はちょうどポストロックの時代。アメリカでグランジ/オルタナティヴ、イギリスでブリットポップと、大きなムーヴメントが終わった後だっただけに、そのある種の失望感もあって、「どうやったらロックは現状を打破できるか」と、その先を求める一部メディアやファンからの期待を受けていたものです。

 

 ポストロックのブームそのものは、日本でとりわけ熱中した人が多かったですね。日本人の場合、音楽でもなんでも「型」を求めるタイプの人が多いし理屈っぽいところがあるからそうなりやすかったのかもしれません。ただ、観念的すぎてわかりやすさに欠ける音楽性ゆえか、あるところまでで行き詰まってブームそのものもいつの間にか終わっていたものでした。

 

 シガーロスが良かったのは、そうした理念だったりとか、計算されたインストとかとはかけ離れた、あくまで雰囲気だったりイメージで勝負できたバンドだったことですね。そこのところが、理屈で聞きたがる人以外に、もっと気楽に「ファンタジックで素敵な空気感」をインテリア感覚で感じたいような人にも強くアピール出来ましたから。これ、ビヨークもそういうところあったんですが、やはり「アイスランド」という、「北の果てのミステリアスな小さな国」、という地域の印象が彼らの音楽が持つ神秘性を印象操作で演出していたことは否めないですね。

 

 そして、このシガーロスの登場から後に、アイスランドからワールドワイドな活動を展開するアーティストは激増し、今や同国は、良質ポップ・ミュージックを求める人たちにとっての経緯の対象にまでなっています。

 

 

Zemfira/Zemfira(1999 Russia)
 

 

 続いてはロシアに行きましょう。ゼムフィーラです。

 

 80sに開花したロシアン・ロック・シーンですが、90年代の末から21世紀は完全に女性シンガー、ゼムフィーラの時代です。1976年に生まれた、ゼムフィーラはこんな感じの人です。

 

 

デビュから今日に至るまで、ほぼずっと、こういうイメージの人です。そんな彼女は、「ロシアン・ロック第2世代」というべき存在で、学校でクラシック音楽の英才教育を受けながら、同時に、ここでも紹介したキノーやアクアリウムといったロシアン・ロックの立役者を聞いて育ち、コピーもやっていたということです。当初はバスケットボールのロシアチームの中学生代表のキャプテンを務める程の腕前だったらしいのですが、やがて西欧のロックにものめり込む感じで音楽に没入したようです。

 

 ゼムフィーラは1999年にこのデビュー・アルバムを出すや否や、一大センセーションになり、そこからトップ・アーティストになります。その理由は幾つかありますね。一つは、彼女の書く曲の洗練され加減ですね。これまでロシアン・ロックって、かなりダークでモソモソ歌う印象があったんですが、彼女の場合は、極めてよく通って伸びるアルト・ヴォイスを生かしたスケール感の大きな、リズミックなロックを歌う印象があります。そして二つ目は、彼女が女性シンガーであったこと。これまでロシアのロック界というのは、かなり男性上位の世界で女性の入り込む余地がなかったらしいのですが、彼女がそうしたロシアのロックの地図を完全に書き換えてしまったようなのですね。

 

 あと、ゼムフィーラでもう一つ特筆すベきは、彼女がレズビアンであることがあります。彼女はレナータ・リトヴィノーヴァという、本国ではかなり大物の女優さんと長きにわたり恋愛関係にあることでも知られているのですが、プーチン政権下のロシアがLGBTに非常に不寛容であることはロシアW杯の際にも報道されてましたが、非常に悪名高いです。そんな世の中で、まず堂々とステージでユニセクシャルな雄姿で歌い、更に私生活でも信念を通す生き方を貫いているわけです。彼女が他の国のアーティストであったとしてもかなりロックなアティチュードだと思うのですが、それをロシアでやるわけですからね。2003年頃に、ロシアからは全世界的にブームになった少女デュオ、t.a.t,uが出ましたが、ああいう作り物でなく、筋の通った本物ならちゃんと存在したわけです。

 

Veni Vidi Vicious/The Hives(2000 Sweden)
 

 

 続いてスウェーデンです。ご存知の方も多いでしょう。ザ・ハイヴスです。

 

 2000年代前半。まだ、イギリスのメディアが「ブリットポップの次に来るもの」を模索していた時代に、ザ・ハイヴスはタイミングよく登場しました。「初心に戻ったアーティなロックンロール」、ロックンロール・リバイバルがザ・ストロークスやザ・ホワイト・ストライプス筆頭に起こり、それに気を良くしたNMEは当時、”ニュー・ロック・レヴォルーション”と称して、新世代バンドのイベントもロンドンでよく打っていたものでしたが、ザ・ハイヴスもそこに加わり、イギリスだけでなく、アメリカでもかなりの注目を集めたものでした。

 

 あの頃のメディアが言うには、この新世代のバンドは名前に古めかしい「The+複数形」を冠し、ドレスアップして、荒削りな音で短い尺のシンプルなロックンロールを演奏する、というものでしたが、ザ・ハイヴスこそはまさにその見本中の見本でした。実際、60年代っぽいスーツ姿で、あの当時のミック・ジャガーみたいなステージでの煽りとジャンプをしてましたからね。まさに”ひょうきん”という古めかしい表現がぴったりのギャグ連発のフロントマンと、汗っかきのデブ・ギタリストに、ハゲ&ヒゲの老けたベーシスト。それがゆえにコミック・バンド扱いされることも実際ありました。

 

 ただ、それでも彼らの存在というのはかなり斬新でしたよ。一見、シックスティーズの焼き直しをしてるようで演奏のベースにあるのはハードコア・パンクだったりするし、キレがあってダンサブルなグルーヴは、ヒップホップやエレクトロのアーティスト達からも気に入られていましたからね。実際、あの当時、ファレル・ウイリアムスとかティンバランドとは共演もしているし、彼ら自身の楽曲でもエレクトロの要素を加えた”これからのロックンロール”の姿も提示されていましたからね。ブームが去った後でも、グリーン・デイやアークティック・モンキーズのワールド・ツアーでオープニング・アクトの抜擢も受けてたりもするんですけど、どうもあの時の「時代の徒花」的に誤解されているのは僕としても非常に残念です。

 

 ただ、このアルバムの名曲「Hate To Say I Told You So」「Main Offender」「Die Alright」が普遍的なロックンロール・アンセムである事実は変わらないし、彼らとザ・ヴァインズ、ジェットの存在が、北欧やオーストラリアのインディ・バンドたちに世界進出の希望を与えたことも紛れも無い事実です。

 

 

Mutter/Rammstein(2002 Germany)
 

 

 続いてドイツ、行きましょう。ラムシュタインです。

 

 日本も実際そうだったし、全世界的に見ても、オルタナティヴ・ロックの台頭は、それ以前のヘヴィ・メタルと音楽の境界線をハッキリと分けた印象がありました。たとえそれが、メタルの影響が絶対にあると思われるかなりハードなサウンドでも、ヒップホップやエレクトロ・ノイズなんかが入っていた場合、それは”オルタナティヴ・ロック”と見なされ、メタルとはみなされませんでした。ただ、そうすることによってやがて矛盾も生じ、「やってる側の気持ちはメタルバンドのままなのに、手法が新しいからって、それがインディの文系のロックと一緒くたに語られるのは、それってどうなのよ?」と疑念を抱く人も2000年代に入るとかなり増えてきたものでした。

 

 ただ、ドイツはその辺りの事情の飲み込みが早かったようですね。この連載でも4回目くらいから入っているように、ドイツは70sからエレクトロやダンス・ミュージックの国でしたから、『メタルのバンドがエレクトロの要素を入れる』ことも何ら不思議なことではなかったようで、そこでこのラムシュタインみたいなバンドも出てくることになります。彼らは1997年にセカンド・アルバムを出した頃にはドイツでは最大の人気バンドになり、こうしたサウンドをドイツで人気にし、それはノイエ・ドイッチェ・ハルテ(ニュー・ジャーマン・ハード)と呼ばれる流れになりました。

 

 彼らと似たようなサウンドならアメリカでもナイン・インチ・ネールズやマリリン・マンソンも先にやっていたのですが、ドイツでは彼らはラムシュタインが当たった後にブレイクしてるんですね。さらにKORNやリンプ・ビズキットみたいなミクスチャー系のバンドもそれは同様です。なので、アメリカで”ニュー・メタル”とこの後に呼ばれるようになったサウンドがドイツではそのままノイエ・ドイッチェ・ハルテに当てはまるようになりました。

 

 このアルバムは、彼らが本格的に国際進出を目指したアルバムでしたが、かなり成功しました。この当時、何が驚いたかって、彼らがドイツ語の歌詞のままで世界的に成功したことです。メタルがどれだけ国際的になっても、「英語で歌う」ことがこインターナショナル・ヒットの絶対条件と思われていたところが、それを打ち破ったわけですからね。さらに、ここのシンガーの声と、ドイツ語のRの巻き舌が妙にクセになるんですよね。あと、とにかく炎が大好きな過激なライブ・ショーね。僕も一回見たことがありますが、もう一つの曲芸として立派なものでしたね。言葉の壁はあっても乗り越えるだけのアクの強さがあったということでしょう。

 

 その後、アメリカでは2000s後半にニュー・メタルがエモに人気を取って代わられ人気が下火になりましたが、ドイツでは相変わらずノイエ・ドイッチェ・ハルテは大人気で、今やドイツはニュー・メタル・バンド(オールド・メタルも同様ですが)の商業的な拠点となりました。ラムシュタインは2011年から活動を休止していましたが、現在、新作をレコーディング中みたいですよ。

 

 

Tocotronic/Tocotronic(2002 Germany)
 

 

続いて、今度もドイツ行きましょう。トコトロニックです。

 

ドイツのロックのメインストリームでノイエ・ドイッチェ・ハルテが大きなものとなった反面、文科系なインディ・ロックもその対抗馬としてかなり強いものとなります。それを支えたのが「ハンブルガー・シューレ」と呼ばれたシーンです。

 

 「ハンブルグ学校」という意味のこのシーンは、文字通り、「ハンブルグでのインディ・ロック・シーン」という意味でしたが、これは日本で言うところの渋谷系、アメリカで言うところのグランジ/オルタナ、イギリスで言うところのマッドチェスターからブリットポップを意味するインディ・バンドのシーンでした。このシーンはブルムフェルドというバンドをリーダー格にして、数多くのバンドを90sの半ばに生み出しますが、その中で最も商業的に成功したのがトコトロニックです。

 

 1993年にハンブルグの大学生4人で結成されたトコトロニックですが、当初は思いっきりその当時のUSインディ・ロック、そのまんまをやってましたね。ペイヴメントとかダイナソーJrとか、曲までソックリでしたからね。しかも、演奏は超ド下手。良くも悪くも「アメリカの最先端に憧れるドイツの学生」といった感じでした。ただ、それでも、もうドイツではその当時からコアな層にはカリスマだったんですよね。それだけ、センスの良さを買われていたということでしょうか。

 

 そして、僕が彼らの作品を通して聴いて、「ここがターニング・ポイントだな」と思ったのが、2002年リリースのこのアルバムですね。ちょうど、この前に初期ベスト盤が出てるんですけど、そこで気持ち的に一区切りがあったのか、ここからの作品はそれまでのような”ロール・モデル”を背後に感じさせる作品ではなく、彼ら独自のオリジナルなインディ・ギター・ロックが聞かれるようになります。この時点でようやくドイツのチャートでトップ10に入るようになってきたんですが、2000年代の終わりくらいには遂にドイツのチャートで1位を記録。今や、ドイツ、オーストリア、スイスのドイツ語圏では大物バンドになってますね。

 

 そんな彼らの最新作は今年の初めに出てまして、これもドイツで初登場1位を記録しています。

 

 

Ventura/Los Hermanos(2003 Brazil)

 

 

続いてブラジルに行きましょう。ロス・エルマーノスです。

 

ブラジルでも、2000年代には、「ラウド・ロック」と「文科系インディ」のバンドがハッキリ分かれるような状況になりましたが、後者の代表的存在がリオの4人組、ロス・エルマーノスですね。

 

 このバンドは1999年、「Ana Julia」という、ウィーザーのファースト・アルバムの曲に雰囲気が似たナンバーで、シングル・チャートの1位取るくらいに大ヒットするんですよね。それで勢い”一発屋”みたいな見られ方もされるときがあるんですが、彼らがアーティストとしての確かな成長を見せたのは、それ以降のアルバムです。

 

 そんな彼らの最高傑作と言われているのが、2003年発表のこのサード・アルバム。このアルバムはバンドの2人のフロントマン、マルセロ・カメロとロドリゴ・アマランテの二人の個性の台頭が著しいアルバムですね。マルセロはウィーザーぽさを持ってた人なんですが、甘美なギター・ロックのセンスを、よりシンガーソングライター的に職人的なポップセンスで細密画のように細かいアレンジの曲を作るようになります。それはギターのコード進行のセンスから、アナログ・キーボードやホーン・セクションのアレンジに至るまで。60年代のところで紹介したカエターノ・ヴェローゾみたいなセンスの持ち主ですね。

 

 一方、もう一人のロドリゴの方は、マルセロと似たようなセンスも持ちながらも、この当時に彼が傾倒していたザ・ストロークスのようなギター・ロックで強みを見せます。ストロークスのあのひび割れたようなギターとメトロノームみたいなスネアをそっくり自分のものにしているのに加え、歌声までジュリアン・カサブランカスにそっくりですからね、彼(笑)。実際、この数年後に彼は、当のストロークスのドラマー、ファブリツィオ・モレッティとユニット、リトル・ジョイまで組むほどになります。ファブリツィオも生まれ、ブラジルなんですけどね。

 

 彼らはブラジルのインディ・シーンでは誰もが認めるトップバンドになります。ライブでの熱狂ぶりとかすごいですよ。こんな感じですからね。

 

 

 

2000年代の後半、ブラジルからはCSSが登場し、日本でも人気でしたが、彼らの口からも「ロス・エルマーノスこそ最高のバンド」という発言が実際に出てましたからね。ただ、残念なことにエルマーノスは2007年に活動休止。以降はごくたまにツアーはやってますけど、作品は作らずじまいでソロでの活動が続いています。

 


Robyn/Robyn(2005 Sweden)

 

 

 続いてスウェーデンに行きましょう。Robynです。

 

 2000年代のニューヨークやロンドンをはじめとして、英米やヨーロッパだと、インディ・ロックで踊るクラブが、エレクトロを並行してかけて盛り上がる流れがありました。それは初期だとニューヨークのエレクトロクラッシュだったり、イギリスだとポストパンク・リバイバル以降のニュー・レイヴのバンドだったり、フレンチ・ハウスだったりしましたが、その中の一つにスウェーデンからのエレクトロもありました。

 

 その代表的なアーティストとしては男女デュオのザ・ナイフ(現在はソロ名義のフィーヴァー・レイとして有名か)がまず挙げられますが、こと人気で行ったらこのRobynの方が上ですね。

 

 Robynですが、彼女、元々はスウェーデンの人気アイドルだったんですよね。90sに10代でデビューしてて、当時からトレードマークのハイトーンのねちっこい歌い方そのものは同じなんですが、曲調は、あの当時のTLCとかモニカ、ブランディみたいなアメリカのR&Bみたいな感じだったんですよね。その頃、日本でもアルバムが出てたので耳にしてはいたんですけど、「スウェーデンだと人気かもしれないけどね」といった感じで、そこから先にウケるような印象はなかったですね。

 

 ただ、それがガラリと変わったのが、この4枚目のアルバムですね。ここでRobyn女は、サウンドを押し付ける前のレーベルと決別して、自分の求めるサウンドで勝負し始めます。彼女はこの頃のニュー・レイヴ系で人気のあったテディベアーズのクラス・アールンドをソングライティング・パートナーにつけ、硬質でクールかつ鋭いエッジの電子音に乗った、感情抑えめなエレクトロ・ポップを展開します。唯一感情的なのは、曲のサビ近くから顕著になる、彼女の喉から強引に振り絞られる、甘さと痛々しさの両方を感じるヴォーカルのみ。とりわけ、語尾の粘っこい伸ばし方は聞いててクセになります。

 

 このアルバムはイギリスで11位まで上昇し、「Who's That Girl」など4曲のシングル・ヒットが出たことで一躍国際的に注目されます。それはさらに、2010、11年にリリースされた2枚の連作EP(のちに合体しアルバムに)「Body Talk1&2」の批評的大絶賛され、エレクトロの世界では見逃せない女性になります。また、マドンナやケイティ・ペリーをファンにつけたことで、彼女らを通じてよりポップな方向性でファンをつかむことにも成功します。

 

 これ以降、ちょっと沈黙していたのですが、2018年、いよいよ新作が出るようですよ。

 


Le Dimensioni Del Mio Caos/Caparezza(2008 Italy)

 

 

 続いてイタリアに行きましょう。ラッパーのカパレッツァです。

 

 カパレッツァは「イタリアのエミネム」の異名をとるほどに、本国では物議とともに国民的人気のラッパーとして有名です。そんなカパレッツツァは、イタリアの片田舎、「南北問題」と言った時に必ず貧困が話題となる南部のプッリャ州出身。90年代に一度、別名義で「ラップもできるR&Bシンガー」みたいな感じでデビューもしていましたが、2000年代に入って、本性を現すべく、アルター・エゴ、”カパレッツァ”として生まれ変わります。

 

 ここから「アウロヘア&無精髭」が強烈なトレードマークとなったカパレッツァは、ユーモア感覚とともにイタリア社会や同国の音楽界をぶった切るラップで人気を獲得し始めます。2003年には既にイタリアのチャートでアルバムがトップ5に入るほどの人気になっていました。

 

 このアルバムは2008年に発表された、彼の最高傑作と目される1枚です。このアルバムはコンセプト・アルバムなんですが、これが良い意味ですっごく変なストーリーです。それは、よく言えばタイムスリップ・ラヴ・ロマンス。1968年にジミ・ヘンドリックスに狂っていたヒッピー女性ラリアが、ひょんなことでタイム・トラベルして2008年の現在に飛びます。そこでラリアはジミヘンと同じアフロヘアのカパレッツァに興味を持ちますが、カパレッツァも、まだイタリアが性大国だった60年代だった頃の感覚を持つラリアと出会うことで、今日の抑圧されたイタリアに疑問を投げかけるようになる・・・みたいな話です。そうしたコンセプト上の影響もあり、このアルバムではかなりハードロック・ギターのサンプリングが目立ち、トラックそのものもジャンルを超越した自由さが目立ちますね。さしずめ、2000年代前半の頃のアウトキャストに近い縦横無尽な自由さが溢れています。

 

 以後、カパレッツァはイタリアではカリスマ中のカリスマで、2017年後半に出た最新作を含め、ここ2作連続してアルバムがイタリアで1位を獲得しています。現在のイタリアを知りたいなら見逃せない存在になっていますが、そんな彼のリリックは、イタリアのポップ・カルチャーにかなり突っ込んだものでもあるとか。そうしたイタリアのサブカルチャーも知ってみたいですけどね。

 


Los De Atrás Vienen Conmigo/Calle 13(2008 Puerto Rico)

 

 

 今回のラストはプエルトリコです。アーティストはラップ・グループ、カイエ13(トレーセ)です。

 

 80年代にはロックがスペイン語を共通言語として中南米に拡大したという話はここでもしていますが、その20年後にはヒップホップで同じことが起きています。どこの国でもスペイン語によるヒップホップのシーンはありますが、その中で最も影響力を持っているのがプエルトリコのこの3人組です。

 

 彼らはラップ担当のレジデンテ、トラックメイキング担当のヴィジタンテ、女性バック・ヴォーカルのイレアナの3人から構成されますが、とりわけ注目されているのがレジデンテの社会的なラップですね。彼のラップ・スタイルはいわゆるギャングスタ・ウォナビーから距離を取ったもので極めて’珍しく(中南米はドラッグ・ディールの世界的な本場ですからね)、それよりはむしろ激しい社会批判や風刺に満ちたもので、その社会を見る目は常に高く評価されていますね。同時に「政治家になりたいか?」との問いには「そんな存在になってしまったら終わりだ」と語っているほど、「自分のやるべきこと」に対しての強い自覚を持っている人です。

 

 そして、ヴィジタンテによるトラックメイキングも秀逸です。彼はエレクトロやロックからサンプリング・ソースを持ってくるだけでなく、”ラティーノ・ヒップホップ”の自覚が非常に強い人で、サンバやサルサ、フォルクローレに至るまで、中南米の伝統音楽から引用を持ってくるのが得意な人です。

 

 3枚目に当たるこのアルバムでは、彼らのそんなラティーノ・アイデンティティが頂点に達した作品ですね。ここでは前回紹介したメキシカン・オルタナティヴ・ロックの雄、カフェ・タクーバ、そしてパナマが誇るサルサ王、ルーベン・ブラデスとの共演を行うなど、中南米の他のジャンルの大御所たちと組むことで、ヒップホップの枠を超えた新たなラテン・ミュージックの創造を行っています。

 

 このアルバムで彼らは2008年のラテン・グラミー賞で最優秀アルバムを含む5部門で圧勝。彼らはこの次のアルバム「Entren Los Que Quieran」では、マーズ・ヴォルタのオマー・ロドリゲス・ロペス、アフリカン・ミュージックのキング、フェラ・クティの息子セウン・クティと共演し、その視野をさらにグローバルに広げ、2011年のラテン・グラミーでは9部門を制覇する偉業を成し遂げています。

 

 

 

author:沢田太陽, category:非英語圏のロック・アルバム, 07:40
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